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キャッキャウフフ。

 パティ様の寝台で一緒に眠らせてもらった日の朝、私は彼女に縋って泣いてしまいました。


 私は彼女が好きです、心から愛しています。なのに私は、メイリーネのことも、アレクシスの化身のこともパティ様に話せてはおりません。


 パティ様はお優しい方です。アリンガム家の子女の宿命とも言えるアレクシスの化身のことや、その化身の役目を妹のメイリーネに託さざるを得なかった経緯をきちんと説明すれば、私をお責めになることはないでしょう。


 でも、そうとわかっていても、どうしても口が動かないのです。勇気が出ないのです、怖いのです。


 私の中のエゴイスティックな心が囁いてきます。


『パティ様に話す必要がどこにあるの? 貴女は精一杯頑張った。化身になれなかったのは仕方が無いこと。本当に仕方がないことなの。貴女は何も悪くない、貴女には何の責任もないのよ、セラフィーナ』


 精霊廟にいた一年近くの間、私は厳しい修練や何百回もの禊に耐えました。そして、聖なる廟のどこかに()らせられるとされるアレクシス様に、何度も何度も願いました


「私を化身としてお認め下さい。この国を、アレクシア王国を守る力をお与え下さい。アリンガム家の子女の義務を果たさせて下さい! お願いです、アレクシス様!」


 しかし、アレクシス様は私の懇願を聞き届けては下さいませんでした。私の体からはアレクシス様の聖なる力は一度たりとも発現しませんでした。


 そんな私に比べ、メイリーネは精霊廟に向かって半月もたたぬ内にアレクシス様に認められ、化身としての聖なる力を行使出来るようになりました。ただ、歴代、最弱の化身としてでしたが……。


「アレクシス様。私、セラフィーナは妹のメイリーネより多くの種類の魔法が使え、魔力容量も数倍以上あります。化身としての適性は遥かに高いのです。私ならメイリーネより、ずっと強い化身となれた筈……。なのに、どうして私ではなくメイリーネを選ばれるのです。よりにもよって、セドリック殿下と結ばれることを夢見ていたメイリーネを!」


 私はアレクシス様に激怒し、そして、絶望しました。神の如き力を持つ大精霊にとって、私のような小娘など道端の一匹の蟻ようなもの。どんなに激しい感情を持とうとも、アレクシス様に何一つ影響を与えることは出来ません。


 だったら、もう良いです。勝手にします。


 私は今現在、とても幸運なことに幸せの真っただ中にいます。パティ様という望んでいた以上の恋人が出来ました。彼女は私を愛してくれています。常に、笑顔を向けて下さり、時には、私を優しく抱きしめ、甘く囁いてくれます。


「セラフィーナ様、大好きですよ。私のセラフィーナ様……」


 はっきり言って、私にはパティ様が側にいて下さるなら欲しいものなど何一つありません。私は、この幸せと共に生きて行きます。これからもパティ様との幸せなキャッキャウフフの生活の中で生きて行くのです。


 だから、他のことなど、どうだって良い。


 メイリーネのことも、化身のことも、私の幸せを邪魔しないなら、


 ほんと、どうだって良いんです!




 醜い……。


 なんて醜い心が私の中にあるのでしょう。このような心を持つ者に、パティ様のパートナーでいる資格、愛してもらう資格があるでしょうか?


 ありません。私のような心汚き者は彼女から離れるべきです、即刻、立ち去ってしかるべき者なのです……。心が耐えきれなくなり、寝台の上でパティ様に飛びつきました。彼女も私も寝間着(ネグリジェ)姿、薄衣一枚。その熱き感触に眩暈を覚えます。


 離れたくない。


 私は彼女と一緒に生きたいの。


 彼女の隣に立つのは私、セラフィーナ。


 誰にだって、この場所は渡すもんか!


 死んでも渡すもんか!




「大好きです! 本当に本当に貴女が大好きなんです、だから、だから、一生、お側において下さいませ、一生、私を放さないで下さいませ、パティ様!」


 彼女の身体に必死で抱き着きながら、心の中で謝りました。


 パティ様、ごめんなさい。本当にごめんなさい。


 メイリーネのことも化身のことも必ずお話いたします。でも、もう少し、もう少しだけ時間を下さい。この別邸での滞在が終わるまで、それまでは……、この幸せで幸せで、この身がはじけてしまいそうになる貴女との夢の日々を続けさせて下さい。


 お願いです、パティ様。


 どうか、どうか、


 貴女との夢の日々、キャッキャウフフの日々を……。




   +++++++++++++++++++++++++




 今朝、セラフィーナ様が泣いてしまわれたので、このまま意気消沈なされてしまったらどうしようと心配したのですが、彼女は、あっさりと元気を取り戻してくれました。


「パティ様。先ほどは取り乱しすみませんでした。でも、パティ様も悪いんですよ。『二人の鼓動がぴったり重なった。私と一つになれた気がして嬉しかった』なんて……、あんな甘い甘い言葉を仰るから感極まってしまったんです。反省して下さい」


 なんで私が反省? そう思いましたが、セラフィーナ様の珍しいツンツンモードが可愛かったので謝っておくことにしました。


「すみません、反省します」


 うんうん、よろしい、という感じで、目を閉じ頭を縦に振るセラフィーナ様。その仕種がこれまた可愛い。初めてお会いした頃の彼女は、可愛さより美しさの方が優っているタイプのように思えましたが、最近の彼女はそうではありません。表情も豊かになり、可愛さや愛らしさが、ぐっと前面に出て来るようになりました。


 これは自惚れを許してもらえるなら、私と言う恋人を得てセラフィーナ様のお心が軽やかになったからでしょう。セラフィーナ様の幸せを一に願う私としましては嬉しいことで。ほんと、嬉しいことなんですが……。


「私、前々から思っていたのですが、パティ様って口がお上手ですよね。一見拙いように感じさせていても、要所要所で的確に相手の心を掴む言葉を放ってきます。まるで女を(もてあそ)ぶジゴロのようです。まさか、他の女の人にも……」


「ちょ、ジゴロって! あんなのと一緒にしないで下さい」


 慌てて抗議しました。貴族街に比べ遥かに風紀の良くない下町に住んでいた私は、彼らをよく知っています。彼らは酷い男達、言葉巧みに女性の(ハート)を誑かし金を巻き上げて行きます。私が人生の師匠のように慕っていたメリッサお姉ちゃんでさえ騙されました。あの時のメリッサお姉ちゃんの怒りよう、未だに覚えています。


『あの野郎、今度あったら絶対許さない! 切り取った○○××を口に詰め込んで、セドン河に放り込んでやる!』


 私はメリッサお姉ちゃんを騙した男が町に戻ってこないことを天に祈りました。お姉ちゃんは、やると言ったことは必ずやる人。犯罪者になどなってもらいたくありません。(男は戻って来ませんでした。良かった、良かった)


 ガシッとセラフィーナ様の両肩を掴み、自らの目を大きく見開き、彼女の美しい瞳を見据えました。


「セラフィーナ様、私の目をまっ直ぐに見て下さいませ。私の愛は貴女一筋です。この目が嘘をついているように見えますか? 見えるのですか!」


 私が投げかける真剣な眼差しに、セラフィーナ様のお顔は少しずつ赤らんで行き、そして……、


「ふっ!!」


 セラフィーナ様が吹き出しました。ここで漸く、私はセラフィーナ様にからかわれていたことに気づきました。


「ひっ、ふひっ、ひふ」


 出てくる笑いを必死で元に戻そうと口と腹を押さえるセラフィーナ様。


「セラフィーナ様! からかいましたね、純真な私をからかったのですね!」


「ひっ、許して下さい、許して下さいまし~!」


「許しません! こうしてやる~!」


「きゃ~!」



 この後、私とセラフィーナ様は床に座らされていました。私達を座らせたのはマルグレット。私達がじゃれ合い、大きな声を上げていたのを、たまたま部屋の前を通りかかった彼女に聞かれてしまったのです。


「セラフィーナお嬢様、パティお嬢様!」


 私達の名前が呼ばれるとともに、部屋に備え付けのライティングテーブルがバン! と叩かれました。マルグレット先生の説教開始です。


「お二人とも、ちょっと浮かれ過ぎです。休暇中ではしゃぎたいでしょうから、今まで大目に見て来ましたがもうダメです。もう少し自重して下さい。貴女方は貴族令嬢、淑女と呼ばれる方々なのですよ。朝っぱらから、あのような嬌声を上げて喘いでどうするのです!」


嬌声きょうせい なまめかしい声。性的な色っぽい声


「嬌声……」


 マルグレットの言葉にセラフィーナ様は顔を赤らめました。むむ、セラフィーナ様が辱められています。恋人としてお助けせねば。


「マルグレット、嬌声を上げて喘いでってて何よ。あれはじゃれ合いよ。ただの()()()()()()()()!」


 私の抗議に勇気を得たでしょう。セラフィーナ様も加勢してくれました。


「そうよ、キャッキャウフフなのよ、キャッキャウフフなのだから何も悪くない キャッキャウフフ最高! キャッキャウフフ万歳! キャッキャウフフよ、永遠なれ!」


 あの、セラフィーナ様、そこまでキャッキャウフフを繰り返さなくても……、貴女様は、キャッキャウフフ教の方ですか。


 しかし、私達の、キャッキャウフフだから、かまわないもん抗議はマルグレットに一顧だにされませんでした。


「あれは嬌声です、キャッキャウフフも立派な嬌声なのです! 覚えておいて下さいませ、パティお嬢様、セラフィーナお嬢様!」


 ガーン! カルチャーショックに襲われました。キャッキャウフフも嬌声って……、固い、固すぎるよ、マルグレット……。


 呆然となり、マルグレットの説教を聞き続けるほか無くなっていた私達に天からの助けが現れました。それは、アンナ。私の専属メイドのアンナです。


「セラフィーナお嬢様。マクレイルさんからセラフィーナお嬢様宛のお手紙を預かって来ました。こちらです」


「あら、お父様から。何でしょう」


 セラフィーナ様は、ペーパーナイフで開封し手紙の文面に目を通し始めました。ぱっと表情が輝き、こちらに顔を向けられます。


「パティ様。お父様が一泊だけですが、こちらに来られます! 到着は明日だそうです!」


「公爵様が! それは楽しみですね!」


 良い機会だと思いました。公爵様には最近世話になりっぱなしな上、ついにはアリンガム真正紋のペンダントさえ頂きました。お礼を言わねばなりません。そして、お話したいのです。私とセラフィーナ様のこれからについて。


「ええ、楽しみです。お忙しい筈なのに……、頑張って時間を作って下さったのですね。もう、お父様ったら!」


 これは忙しくなりそう、という感じでアンナとマルグレットが部屋を出て行きました。公爵様は久しくこの別邸を訪れていないと聞いています。たった一泊とはいえ、主の来訪は別邸の皆を活気づかせることでしょう。


 公爵様。セラフィーナ様と私の将来には問題が山積みです。


 でも、負けません。絶対、負けはしません。


 ()()()()()()()()()。セラフィーナ様の為なら彼女の笑顔のためなら、何だって出来るのですよ。


 何だって!


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