女神様と私。
※冒頭、第一話「代理神、降臨。」を間違って投稿しているように見えるかもしれませんが、そうではありません。
2023.02.08 パティの台詞の矛盾を修正。
私は、大きく豪華な寝台の上で目を覚ましました。
ここは、とある公爵家の別荘の一室……、もとい、自室です。さすが公爵家、広いです、調度も内装も素晴らしいです。私の家、ロンズデール男爵邸の一番良い部屋でも全く及びません。
私は、パティ・フォン・ロンズデール。男爵令嬢です。十四歳です。貴族になって半年にもならない新米令嬢です。
私は、私の左手に腕をからめて眠っている同い年の少女を起こさない様に、ゆっくりと上半身を起こしました。 彼女は昨晩、一人で寝るのが寂しいと言って、私の寝台に潜り込んで来たのです。
彼女の寝息が微かに聞こえます。私は左側へ視線を落としました。彼女の姿は天使のようです。彫像以上に整った小顔は、可憐さと妖艶さを兼ね備え、艶やかな金の長い髪は、彼女の体に沿って流れ、彼女の均整のとれた体を、光り輝かせています。この世の奇跡を見ている気がします。
神様というものは、ほんと、上には上を作るものです。下町で一番と言われた私など、彼女の横に立つと、道端の野の花以下の存在になってしまいます。
彼女ほど美しい人を知りません。私は彼女の名前を呟きました。
「セラフィーナ様……」
それに釣られるかのように、彼女の艶やかな唇が動きました。
「パティ様……」
一瞬、セラフィーナ様が目覚められたのかと思いましたが、寝言でした。彼女の寝言はさらに続きました。
「お慕いしております。セラフィーナは、貴女のものです。一生、ずっと、このまま……永遠に」
私は頭を抱えてしまいます。
セラフィーナ様はアリンガム筆頭公爵家の令嬢にして、アレクシア王国皇太子、セドリック殿下の婚約者。私は王国を滅亡から救うため、二人の婚約を破談に持ち込もうとしてはいましたが、まさか私自身が、セラフィーナ様を奪い取る、彼女と恋仲になるとは夢にも思っていませんでした。
どうして、こんなことに……、
どうして…………
な~んてね!
今更、後悔なんてする訳無いのです。私は、お母さんがたまたま男爵家出身だったおかげで貴族階級に拾い上げられましたが、元々は何処にでもいるような下町の小娘でした。でも、下町の小娘だって、根性を決める時は決めるのです、腹をくくるのです。
私は、セラフィーナ様に愛を囁いた時に決めました。私が彼女の真のパートナーになろうとすることによって、起こってくるであろう数々の苦難には絶対負けはしないと! 絶対負けないでセラフィーナ様を幸せにするんだと!
私が一番大事にしたいと思うのはセラフィーナ様の気持ち。そして、自分自身の気持ち。
彼女は、私を愛していると、共に生きて行きたいと言ってくれています。そして、それは私も全く同じです。
彼女は私には勿体ない人です。神々の寵愛を一身に集めたような美少女であるばかりではなく、皇太子殿下と恋仲である妹君、メイリーネ様の為に自ら精霊廟に赴くような心優しき人なのです。そんな彼女が私を望んでくれました。
それを受け入れ、彼女と、セラフィーナ様と一生を共にし、愛を紡ぎたい……、そう願うのは悪いことなのでしょうか?
いいえ、そんな筈はありません。
「自分たちの幸せを願うことが、悪いことであってたまるものですか!」
最後だけ、つい口に出してしまいましたが、まあ、良いでしょう。朝にお弱いセラフィーナ様はぐっすりされておりますし、いつも朝の身支度を手伝ってくれるアンナも、まだ来ておりません。
なのに、返事が返ってきました。
「悪いなど、私は思いませんよ」
驚いて、周囲を見渡すと天井の隅に黒装束姿の女神様が張り付いておられました。何でそんなところに、そんな恰好で…………。私は呆れ果ててしまい、少々蔑んだ眼を向けてしまいました。
女神様ともあろう御方が、なにやってんの……。
「やはり、世界設定に無いものは受けませんか。新たに、影の者、忍びの者の設定を作ろうかしら」
女神様は、訳のわからぬことを言いながらも天井から降りて来てくれ、姿も、いつもの流麗なローブ姿に戻してくれました。ほっとしました。あんな怪しさ満点の侵入者に見える女神様を、他の者に見られたら、屋敷中が大騒ぎになってしまいます。まあ、今のローブ姿でも、侵入者には違いなし、それなりの騒ぎになるのは間違いないのですが……。
私のそんな思いを読み取っったのか、女神様は言ってくれました。
「大丈夫ですよ、私の姿はヒロインである貴女以外には見えないのを忘れたのですか?」
ああ、そうでした、そうでした。この年で健忘症なんてやばいなと思いながら、女神様に挨拶をしました。
「女神様、おひさ~!」
ペシッ! 頭を叩かれました。
「神に向かって『おひさ~!』とは何ですか! せめて、『お久しぶりでございます。偉大なる御身自ら降臨下さいましたこと、この上なき幸せ、重畳至極にございます』くらい言いなさい」
「え~、偉大なる御身~、重畳至極~。天井に張り付いてた黒蜘蛛さんに、そんな言葉使いたくありませんよー」
ペシッ! また叩かれました。女神様との久々のスキンシップ、嬉しかったです。女神様は私に無理難題を押し付けた方ですが、嫌ってはおりません。気が良くて見た目も良いけど、頭が少々残念な親戚のお姉ちゃん的な親しみを持っております。
そして、何よりも、彼女が私を「ひろいん」に選んでくれなければ、私がセラフィーナ様と出会い、愛を誓い合う仲になれることなど絶対なかったでしょう。そういう意味では、彼女は私の大恩人。ひたすら感謝し敬意を表すべき相手ではあるのです。
ありがとうございます、女神様。
いつか、全てが落ち着いたら、きちんと御礼を言わせてもらいますね。それまで、今しばらくお待ち下さいませ。
「それにしても女神様。いつから来ておられたのですか?」
「貴女が起きる少し前からですよ。セラフィーナと二人仲良く寄り添って、スヤスヤしていましたね。まるで恋人同士のようでしたよ」
私が起きる前って……。
「恋人同士のようではなく、恋人同士なのです。女神様」
女神様に本当のことを言いました。女神様は、先ほどのセラフィーナ様の寝言を聴かれたでしょう。今更とりつくろったところで……、怒られることを覚悟しました。女神様は以前、セラフィーナは悪、悪役令嬢。蹴散らすべき存在なのだと仰られていたのです。
ですが……、
「うーん、まさか貴女が悪役令嬢ルートを行くとは思ってもいませんでした。この手のルートは本来、全ての表ルートを攻略した後の隠しルートな筈なのです。何故入ってしまったのやら……。ほんと、貴女はやらかしてくれる娘ですよ、パティ」
女神様は少々投げやりな感じでそうおっしゃいましたが、私に対して腹をたてているようには思えませんでした。ただ、女神様の御言葉には、時々、謎用語(今回は、悪役令嬢るーと、隠しるーと等)が出てきて、文意を把握しづらい時があります。
私の傍らで健やかな眠りを続けているセラフィーナ様に手をやりながら、女神様に確認いたしました。
「女神様は、私とセラフィーナ様がこうなってしまったことに対してお腹立ちではないのですか?」
「別に。私は貴女の恋路を邪魔するほど野暮ではありません。それに私が貴女に皇太子の心を奪えと言ったのは、セラフィーナと皇太子がくっついてしまったら、この王国が滅んでしまうからです。今の状態でも二人の結婚はもう無いでしょう。目的達成という観点から見れば、貴女が皇太子の心を奪うことも、セラフィーナの心を奪うこともそう変わりはないのですよ。貴女はよくやってくれています」
女神様の御言葉はとても嬉しいものでした。私がセラフィーナ様と愛し合うことは、女神様の意向に反することではない、悪いことではないと言ってくれています。(女神様の意向に沿うことが必ず正しいことなのか? という疑問があるのは十分承知しております。でも、それでもです)
そして、『貴女はよくやってくれています』……。
涙が出そうになりました。
「パティ」
「はい、女神様。何でしょう」
今日初めて女神様に敬いの気持ちを込め返事いたしました。
「貴女が選んだ道は、普通のものより厳しい道となるでしょう。ですが、その厳しさの分の喜びも用意されている筈です。天は自ら助くる者を助く、迷うこともあるでしょうが自らの選んだ道を精一杯、力の限り突き進むのです。わかりましたか」
女神様が今回、私に投げかけくれた言葉や眼差しは、とても慈愛に満ちたものでした。彼女は私のことを「下界生物」と蔑んだりしますが、時には、このような気遣いの言葉、応援の言葉をかけてくれます。ほんと、なんて人間臭い神様なのでしょう。
私は照れ隠しもあって大仰な返事をしました。
「はい。尊き御身のお言葉、しかと胸に刻み頑張って行きとう存じます。お気遣い感謝致します、女神様」
「フフッ。パティ、やっぱりいつもの通りに話しなさい。貴女にはその方が似合ってるわ」
苦笑気味の女神様。
やはり、使い慣れぬ言葉、柄でもない言葉は使わない方が良いようです。でも、私の似合わぬ言葉に下さった女神様の笑顔はとても好ましいものでした。私が見た彼女の表情の中で、一番愛らしく、一番優しいお顔でした。
「そうそう、頑張っている子にはご褒美を上げなければなりませんね。神からの祝福です、受け取りなさい」
女神様はそう言って、私に右手を翳されました。その掌から優しい光が発され、私の体を包み込みました。暖かな波動が体に染み込んできます。普段親しんでいる魔力とは全く違う波動です、神様が使うものなので神力とでもいえばいいのでしょうか? とにかく人智を超えた力であることは確かです。
ああ、女神様は本当に神様だったのですね。実は、心の隅に偽神なんじゃと疑う気持ちがありました。すみませんでした。
「これで良し。これでもう貴女は音痴ではなくなりました」
「へ、もう音痴ではない?」
「そうです。音感を授けました。それも大出血サービスで絶対音感をです。もう音程を外すことなど、死んでもあり得ません。これからは、どんなところでだって堂々と歌えますよ」
私は、あまりと言えばあまりの祝福に言葉が続きませんでした。口をあんぐりとするばかり。
「そうですか、そうですか。ものも言えないほど嬉しいですか。なんて気の利く神なんでしょう、私は。うんうん」
一人で悦にいった女神様は「では、これからも頑張って下さいね」の言葉を残して去って行かれました。無駄にキラキラした爽やかな消え方でした。
「今更……」
なんて間の悪い女神様なんでしょう、なんて……。
「今更ですよ、女神様! 劇は、もうとっくに終わっています、終わっているんですよ、女神様!」
部屋に響き渡った私の心からの叫びに、さすがに朝がお弱いセラフィーナ様も目を覚まされました。上体を起こし、寝ぼけ眼を擦っている彼女に朝の挨拶をします。誰かがいたのではと思われては説明がやっかいです。いつも通りの顔で、いつも通りの笑顔で。
「セラフィーナ様、おはようございます」
「おはようございます、パティ様。一緒に寝させて下さってありがとうございました」
セラフィーナ様は、なんとか開いた片目だけで私に微笑んでくれました。なんだか、ウインクしているみたい。可愛いなー、もう!
「そんな、お礼を言ってもらうようなことでは。それより、ぐっすり眠れましたか?」
「はい、ぐっすり眠れました。パティ様が優しく抱いて下さったおかげです」
読者の皆様、セラフィーナ様の仰った「抱いて」は、アレな意味の「抱いて」ではないですからね。セラフィーナ様が、眠りにつけるまで抱きしめて欲しいと言われたので、抱きしめて差し上げたまでのこと。それ以上でも、それ以下のことでもありません。しかし、まあ。私にとっては天国のような状況であったこと、それは否定いたしません。
「こちらこそ。セラフィーナ様の鼓動をあんなにも身近に、あんなにも長く感じることが出来てとても幸せでした」
「鼓動? 幸せ?」
セラフィーナ様はキョトンとされました。まあ、仕方ありませんね。あんな言い方ではわかる訳ありません。きちんと説明しましょう。
「不思議ですよ、最初、当たり前ですが、セラフィーナ様の鼓動と私の鼓動は違う周期で脈打っているのです。でも、寄り添いあっていると段々、互いの周期が近づいて来たのです。そして、ついには周期が一致し、全く同じ間隔で脈を打ち続けるようになったのです。貴女と一つになれたような気がして幸せでした。ほんとに、ほんとに幸せでありましたよ、セラフィーナ様」
セラフィーナ様に向けて、にっこりしました。人間、幸せな時、自然と笑顔が出るものです。ですが、セラフィーナ様の目には何故か涙が。
「パティ様!」
セラフィーナ様が、突然抱き着いて来ました。その勢いで私達二入は、寝台の上で折り重なった状態に……。
「大好きです! 本当に本当に貴女が大好きなんです、だから、だから、一生、お側において下さいませ、一生、私を放さないで下さいませ、パティ様!」
彼女の私を抱きしめる力は、この華奢な身体のどこにあるのだろうかと驚くほど強いものでした。負けないように、私も彼女の背に手を廻し頑張りました。
「もちろんです。貴女は私のもの、放してくれと言われたって放しません。そして、私は貴女のもの、永遠に貴女のものですよ。セラフィーナ様」
本当に、本当に頑張って抱きしめました。
セラフィーナ様から泣き声が聞こえて来ました。嬉し泣きでしょう。でも、それだけでしょうか? 多分、そうではないでしょう。セラフィーナ様には泣かざるを得ない理由があるのです。それは恐らく、メイリーネ様のこと……、アレクシスの化身のこと……。
セラフィーナ様は、妹君のこと、化身のこと、そのどちらも私の前で口にされたことはありません。彼女は恐れているのです。
セラフィーナ様が謳歌している私との春が、妹のメイリーネ様が、精霊廟で一人、アレクシスの化身として戦うという犠牲の上になりたっていること……、そのことを知られてしまった時の私の反応が怖いのです。
もし私から、たとえほんの少しでも嫌悪や拒絶の感情が帰ってきたら……。そう思うと怖くて怖くて口を開くこと出来がないのでしょう。
セラフィーナ様、勇気を持って下さいませ、私を信頼して下さいませ。私が「貴女は恥ずかしくないの」などとセラフィーナ様を責めることなどあり得ません。
私はメイリーネ様や化身のことを、貴女の方から伝えて欲しいのです。そうでないと、他人には優しいのに、自分に厳しい貴女には、きっとしこりが残る。私を、パティを信頼しきれなかったというしこりが貴女の心に残ってしまい、永遠に貴女を苦しめる。
だから、貴女が話して下さる日を待っています。
今日か、明日かと
貴女のパティは、ずっと待っていますよ。
さあ、セラフィーナ様。もう泣くのはお止め下さいませ。今日も一日、楽しく過ごしましょう。どんな楽しみが待っているでしょうね。
素晴らしい景色でしょうか?
美味しい料理でしょうか?
面白いゲームでしょうか?
女四人の姦しいお喋りでしょうか?
優雅な午睡でしょうか?
そんなの、何だって良いんです。貴女と一緒なら、私は何だって、幸せいっぱい。
ワクワクです。
ワクワクなんですからね、セラフィーナ様!
追伸。女神様へ
間の悪い神様なんて、悪口を言ってすみませんでした。よく考えると劇以前に音感を頂いていたら、本番で、セラフィーナ様があのようなピンチに陥ることもなく、私が支援魔法と共に、彼女に愛を伝えれる機会が訪れることもなかったでしょう。
本当にすみませんでした。貴女は間が悪いようで、実は良い、変な神様です。変だけど、本当に変だけど……、素晴らしい神様。
女神様、これからもふつつかな私ですが見守って下さい。お願いいたします。
そして、絶対音感ありがとうございました。凄いですねこの音感。全ての音を音符に直せます。今度、下町の実家に帰った時、私の歌に笑い転げてくれやがったお母さんと妹と弟の度肝を抜いてやります。今から、めっちゃ楽しみです。
ワクワクが止まりません!