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私の侍女、私の従姉妹。

2021.12.14 アイリスの姓をマコーリーに変更。

 レストランからの帰り道、侍女のアイリスに(たしな)められました。


「姫殿下、あのようなことをなさるなら、事前に私に教えておいて下さいませ。びっくりするじゃないですか。私は繊細な淑女です。姫殿下のような、ごっつい心臓は持ち合わせていないのです。ほんとに!」


 アイリスは頬を盛大に膨らませてプンプンしております。彼女は童顔でとても可愛らしい顔故、怒っても全く怖くはないのですが、今、馬車の中にいるのは私、イルヴァと侍女の彼女だけです。へそを曲げられては困ってしまいます。謝っておくのが無難です。


 ……ですが、ちゃんと謝るのは止めにしました。さきほどのアイリスの台詞、何気に私をディスってます。あの表現では、私はまるで、心臓に毛が生えたゴリラ女のようではないですか。失礼な。私は悪くない、絶対謝りませんからね。


「まあ、それは可哀そうに。でも、あれは偶々(たまたま)セラフィーナ居たから思いついたこと。先に伝えようがないでしょう。不可抗力です」


 私の返事にアイリスの表情が更に険しくなりました。明らかにイラッとしています。言葉の選び方を間違ったかもと少々焦りましたが、言ってしまったものは仕方ありません。


「違います、不可抗力ではありません。たとえ急な思いつきであったとしても、私を驚かさない方法は幾らでもあります。レストランでの件だって、先にセラフィーナ様に協力を願っていて下されば、私は心配などしません。それなのに()()()()は、いきなり立ち上がって、天を覆う雲をかき消してみせましょうなどと……」


 げっ、イルヴァ……。どうやら彼女は説教モードに入ったようです。このモードの時、私への呼び方は「姫殿下」から「イルヴァ」に変わるのです。


「私だってブロンズとはいえ魔力持ち、それなりに魔法のことはわかっています。イルヴァが魔力不足で失敗し、赤っ恥をかく未来は容易に想像出来ました。どうフォローしよう、どうすれば王家の、王女様(あなた)の体面を保てるのかと必死に考えましたよ。もう最後の手段、貴女の提案を頓挫させるために嘘の発作でも起こして、あの場でぶっ倒れようかとまで思ったのですよ! それなのに、それなのに……」


 アイリスの眼に大きな涙が浮かび始めました。


 マコーリー侯爵家令嬢、アイリス・フォン・マコーリーは、子供の頃からの私のお側付き。彼女とは長年親しみ交流を重ねて来ました。それ故、アイリスは私に感情を隠しません。素直に心を、喜怒哀楽を私にぶつけてくれます。王女として生まれ育った私の周りには、忖度に塗れた毒にも薬にもならぬ言葉を使う者ばかり。真に私のことを思った言葉を使ってくれる友人は彼女ぐらいです。


 いえ、もう一人いました。そのもう一人とは、セドリックお兄様を譲っても良いと思ったメイリーネ様。彼女とも心を見せ合って話すことが出来る仲です。でも、彼女は今、王都を離れていて会うことはかないません。お兄様に、彼女は何処にいるの? どうして学院に通わないの? と聞いてみましたが、


「メイリーネは、とある理由で、とある場所にいる。これ以上は成人していないお前には言えない」


 としか答えてくれませんでした。とある、とあるって何ですか。全く説明になっていません。それに、何が成人していないお前なんですか。私は今、十五歳。成人の儀(十六歳)なんて、あっと言う間にやって来ます。もう大人、十分に大人ですよ、お兄様。


 けれど、それ以上の追及はしませんでした。辛そうに顔を歪めるお兄様を、更に問い詰めることなど私には、どうしても出来なかったのです。



 私はハンケチーフを取り出し、アイリスの涙を拭いました。ほらほら、可愛い顔が台無しよ。謝るわ、謝るから。


「ごめんね、貴女の気持ちはいつも嬉しく思っているの。でも、私の性格は知っているでしょう。思いついたら、すぐに体が、口が、動いてしまうのよ」


「だから、その性格を直して下さいと言っているのです。本当に我が強いですね、イルヴァは」


 アイリスはそう言って、クシュっと小さく鼻を(すす)りました。


「フフッ」


「何ですか、何で笑うのですか」


「いえ、ただ、アイリスみたいな可愛い子は、鼻を啜る音まで可愛いいのねと思ったまでよ」


「もう! 茶化さないで下さい。私は真剣に話しているのですよ!」


 この後、顔を真っ赤にするアイリスに散々謝り、なんとか鉾を収めてもらいました。彼女は私のことを我の強いと言いますが、貴女も相当だと思いますよ、アイリス。


「でもまあ。結果的に、姫殿下とセラフィーナ様との関係が、かなり修復出来てたのは良かったと思います」


 ……アイリスが言うように、かなりかどうかはわかりませんが、多少なりとも出来たことは確かでしょう。私とセラフィーナ、二人で協力して大魔法を成功させ、見事マーテルの湖面に「逆さコルドゥラ」を浮かび上がらせた時、セラフィーナは私に「やりましたね!」という感じで、なんとも愛らしい笑顔をくれました。


 嬉しかったです。そして、更に思いました。


 セラフィーナ。今、貴女は幸せなのね。本当に幸せなのねと……。




 私は、照れもあって、アイリスの言葉に曖昧な返事しか返しませんでした。


「うん、まあね。そうかもね」


 しかし、アイリスはそんなことは少しも気にせず、今回のことで、一つ質問があると言ってきました。


「姫殿下は、どうしてセラフィーナ様と仲直りしようと考えられたのですか? あんなに嫌ってらしたのに……」


「それは……」


 うーん、どう答えたら良いのでしょう。興味津々のアイリスの顔が悩ましいです。


「それは、演劇祭で、セラフィーナ達が作り上げた素晴らしき劇を見たからですよ」


「あー、あの劇。『音痴姫』。確かに良い劇で、私も楽しんで見させてもらいましたが、劇の良し悪しが、仲直りとどう結びつくのでしょう?」


「アイリス、今、貴女は、彼女たちの劇を楽しんだと言ったでしょ。それが答えです」


「?」


 きょとんとするアイリス。やっぱり説明は必要でしょうね。


「真に人を楽しませたり、感動させたりする作品は心貧しき者達には作れません。その者達に作れるのは上辺だけ、見せかけだけの(まが)い物です。でも、セラフィーナ達の劇は違いました。心魅入られる素晴らしき作品でした。私達の劇『アンギレンの戦い』は、最終的な順位では勝ったことになっていますが、あちらの劇の方が上だと言われれば、受け入れようと思ったくらいの素晴らしさでした」


 劇ラストの歌唱、オンテーヌ姫が一番の歌詞を歌い終え、二番めへと移る合間に、アンサンブル王子を抱きしめた時には、姫と王子を演じているのがパティ嬢とセラフィーナであることも忘れ、思わず涙ぐんでしまいました。彼女達の作った「音痴姫」はコメディ、いくら不遇の姫の恋愛を基調としているとはいえ、あのように心揺さぶられるとは思ってもいませんでした。


 私もオンテーヌ姫のように、人を愛し、愛されてみたいと、つい思ってしまったのは内緒です。


「そんな、姫殿下の『アンギレンの戦い』の戦いは最高の作品でした。セラフィーナ様達の劇に並ばれる評価ならまだしも、負けるなど絶対ありえません!」


 アイリスの語調の強さに少しびっくりしました。


「あらあら、嬉しいことを言ってくれるわね。でも、気遣いは無用よ」


「気遣いなどしておりません。私は、姫殿下の下で、皆と作り上げた『アンギレンの戦い』は素晴らしい劇、優勝にふさわしい劇だと誇りを持っているのです。ですから、姫殿下。私の前では、負けたと言われても良い、などのようなことは決して言わないで下さいませ」


 アイリスは、「アンギレンの戦い」では、主人公、騎士イエルハルドに恋しながらも、姉、ウルスラ姫の想いを知り、身をひく妹姫の役で出演しています。史実にはない架空の姫の役ですが、彼女なら、役に血肉を与えてくれるだろうと思い抜擢しました。そして、彼女は、悲しい恋に悩みながらも、なんとか前を向こうとする少女姫を見事に演じ、イエルハルドとウルスラ姫の恋物語に深みを与えてくれました。


 アイリスには、いくら感謝してもしきれるものではありません。(勿論、劇に出演してくれた、協力してくれた他の皆にも)


「ありがとう、アイリス。そこまであの作品を愛してくれているだなんて。嬉しい、本当に嬉しいわ」


 私は素直に礼を言いました。それに照れたのか、アイリスは私から少し視線を外しながらも、言ってくれました。


「いえ、そんな。当然です、姫殿下と皆と一緒に頑張ったあの時間、あんなに楽しかった時間は他にありません」


 あんなに楽しかった時間……。


 私的感情でセラフィーナを降板させ、皆を振り回した私なのに、ほんと我儘で、抑えが効かない情けない私なのに……。胸が熱くなって、涙が出そうになり上を向いて堪えました。


「もう、止めてよね。私は絶対泣かないからね」


 そんな私を見て、アイリスがフフッと笑いました。


「姫さまったら」


 姫さま……、アイリスが私のところへ、遊び相手として連れて来られた頃の私への呼び方。それは時とともに変わって行きました。姫さま…、イルヴァ……、そして、姫殿下。


 十年。アイリスとの仲はもう十年にもなります。彼女は常に私に寄り添い、陰になり日向となり私を支えて来てくれました。ダメ、本格的に泣いてしまいそうです。


 しかし、私は王家の者(我がアリエンス家が真の王家でないとしてもです)。情けない姿を見せ続ける訳には行きません。


「アイリス。セラフィーナの話に戻りましょう」




 私の、ちゃんとした説明を聞いたアイリスが、呆れたような感じで言って来ました。


「え、それじゃ。セラフィーナ様達の作った劇の素晴らしさを見て、セラフィーナ様も、私達と同じ普通の少女、感情が揺れ、悩み喜ぶ心豊かな少女だと、()()()()()()ということですか?」


「そうよ。セラフィーナとは従姉妹だから、何度も会って話したけれど、彼女の口から出てくるのは紋切り型の言葉ばかり。全く心の内を見せようとはしないのよ。だんだん、あの神の造作の如き美しい顔が不気味に思えてきたの。もしかしたら、この子、心を見せないのではなくて、心が無いのでは……。ただの喋る人形なのではって」


「ふっ! ただの喋る人形!」


 全く持って失礼なことに、アイリスは、私の真剣な話に吹き出してくれました。


「嘘でしょう、イルヴァ! セラフィーナ様が、喋る人形なんて訳無いじゃない。本当にそんなこと思っていたの! そんな、そんな、ダメ、お腹が、お腹が!」


「こら! そこまで笑うな。思ったのよ、思ってしまったものは仕方ないでしょ!」


 アイリスの笑いは離宮に帰り着く頃まで終わりませんでした。彼女が笑い上戸だということは知っていましたが、ここまでだったとは……。人間、長年の付き合いがあったとしても、新たなる発見というものはあるものですね。



 日が傾きかけた頃、セラフィーナより私宛の贈り物が届きました。


 その贈り物は花籠。小ぶりではありますが、夏の花々をセンス良くあしらった素晴らしい花籠でした。そして、その添え状には……。


”素晴らしきご提案に誘っていただきありがとうございました。かようなことを思いつけぬ我が身の至らなさを思うと、とても恥ずかしく……”


 溜息をつきたくなりました。こういう、すかさずお礼を贈るという儀礼的なところはしっかりしているのに、どうして彼女は、私の従姉妹は、このように不器用なのでしょう。たった一言。


 嬉しかったです! とか、


 楽しかったです! とか、


 書けば良いのです。素直な言葉一つ、笑顔一つで、心は伝わるのです。紋切り型の言葉をぐだぐだ連ねるなど愚の骨頂。ほんとにもう、セラフィーナ、貴女って人は……。


 私は、アイリスに話さなかったもう一つの理由。セラフィーナとの関係を修復しなければと思った、もう一つの理由を思い返しました。


 私が、マルグレットからの手紙を受け取ったのは、学院の演劇祭が終わってから数日後のことでした。私は腐っても王女。いくら公爵家のメイドとはいえ、平民からの手紙など受け付けはしないのですが、彼女は違います。彼女は、メイリーネ様が「私のマルグレット」と呼び、終生、付き従って欲しいと願っているメイドなのです。私がぞんざいに扱って良い相手ではありません。


 それに、マルグレットには妙な気品があり、彼女が、どこどの伯爵家や侯爵家の令嬢だと言われたとしても、全く違和感がありません。彼女は大変有能なメイドですが、奇妙なメイドであることも確かです。


 私はその奇妙なメイド、マルグレットからの手紙を開きました。


「な、なんですってー!」


 思わず声を上げてしまいました。自室で読んで正解でした。手紙には私が思ってもいなかったことが書かれていたのです。セラフィーナが好きなのは殿方ではなく、女性であること。それを隠し暮らし続け、ようやく巡り合い愛を実らせることが出来た運命の相手がパティ嬢であること……。


『殿下、このような主が隠していることを、お伝えするのはメイドとしてあるまじきこと。それは重々わかっております。ですが、どうしても殿下には知って頂きたく、セラフィーナお嬢様のお苦しみを(おもんばか)っていただきたく。どうか、どうか、切にお願い申し上げ……』


 私は情けなくなってきました。これでは、これまでセラフィーナに怒っていた私は馬鹿みたいではないですか。私は、私の素晴らしき最愛のお兄様、セドリックお兄様との婚約に形だけの謝意をみせるだけで、心からの喜びを全く見せない彼女に腹を立てていました。それはそれは腹を立てていたのです。


 ですが、セラフィーナがお兄様との婚約を喜ばないのは当たり前です。だって、セラフィーナの好きなのは女性。いくらセドリックお兄様が素晴らしくても、男性である時点で、セラフィーナの恋愛対象にはなりえないのです。野菜しか食べない人に、どのような高級ステーキを出したとしても喜ばれないのと同じです。


「ああん、もう! これまでの私の怒りはどこへ持って行けばいいのよ! どうして、ちゃんと話さないの、私は貴女の従姉妹よ、バカ セラフィーナ!」


 私が出した大声を聞きつけたメイド達が跳んできました。何でもない、何でもないからと追い返すのに苦労しましたが、その御蔭で少し冷静になれました。先ほど真実を話してくれなかったセラフィーナに腹を立てましたが、彼女の立場になってみると、こんなこと、女性が好きなことなど、例え従姉妹であっても話せるでしょうか?


 答えは、無理……。


 たとえ話す相手が従姉妹であろうが、何であろうが恐ろし過ぎます。どんなに良く知った人であろうと、どう思うかなど完全にはわかりません。変な人と思われるかもしれない……、気持ち悪いと思われるかもしれない……、近寄らないでと言われるかもしれない……、最悪、彼女って変態、と周りに言いふらされるかもしれない。


 無理、無理、無理。絶対無理。


 だったらどうした良い? 答えはもう出てます。マルグレットの願い通りにすれば良いのです。私の方から仲直りの手を差し出しましょう。そうしましょう。そうすれば、あの不器用な私の従姉妹でも手を取ってくれるでしょう。おずおずとでも、きっと取ってくれる筈です。


 私は機会を伺うことにしました。そして、その機会は案外早くやって来ました。



「あら、セラフィーナ様。このようなところでお会いするとは、なんとも奇遇ですね」



 私は、出来る限りの優しい声を出したつもりでしたが、私に臣下の礼をとるため、立ち上がった時の彼女の顔は、青白くこわばっていました。どうしたら、どのようにしたら、仲直りをしたいという私の気持ちを、彼女に伝えることが出来るでしょう。


 私は頭を、自らの情けない頭を精一杯働かせました。


補足。侍女と専属メイドについて(本来は本文内で説明すべきことですが……)


本作における、侍女と専属メイドには、決定的な差があります。平民は、専属メイドにはなれても侍女になることは出来ません。


侍女のメインの仕事はアドバイザー。何でも屋のごとき専属メイドに比べれば優雅な仕事といえます。まあ、貴族の女性が就く職種なので当然と言えば、当然でしょう。

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