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マルグレット。

 セラフィーナお嬢様の劇を観劇した翌日、私は、街で一人の知人に出会いました。


「マルグレットさん、それでは失礼します。最近、このあたりも治安が悪くなっております。気を付けてお帰り下さいませ」


「あなたもね、アンナ」


「はい、重々気を付けたいと思います」


 そう言って、アンナは私の前から去って行きました。彼女は、以前の私の同僚で、今は、ロンズデール男爵家で、()()パティ嬢の専属メイドになっています。


 二カ月ほど前まで、もう、アンナとは会うことはあるまいと思っていましたが、縁は繋がっていたようです。彼女は、十七歳と年若いにもかかわらず、多彩な能力を持ったとても()()()メイドです。今まで多くの人と一緒に働きましたが、私に負けない対等な能力を持っていると、私が認めるのは彼女だけです。


 自分で言うのも傲慢かもしれませんが、あえて言いましょう。私の能力は人並み外れです。今まで任された仕事で出来なかったことはありませんし、どのような難しい仕事でもこなせる自信があります。なんなら、王妃様の侍女でも務めてみましょうか? 見事にやり遂げてみせますよ。


 私は、貧しい下町で生まれましたが、読み書きは教えてもらわずともすぐ覚えましたし、八歳になる頃には、商人並みの計算も出来ました。ようするに、いわゆる神童でした。少しやる気を出せば、殆どのことは、すぐに出来るようになるのです。


 魔法でさえも難なく使えます。さすがにセラフィーナお嬢様のような最上位の使い手ではありませんが、教本の記述を信じるなら上位クラスであることは確かです。


 半月ほど前、私はセラフィーナお嬢様とパティ嬢の馬車での会話を盗み聞きしました。あの時も魔法を使いました。魔法で聴覚を強化し、お二人の声を聞き取ったのです。(セラフィーナお嬢様は疑問に思われなかったようですが、そうしないと馭者台から馬車内の会話を聞きとるなど無理です)


 自分に魔力があることを知ったのは、十五年前。九歳の時でした。


 その日、私は教会の前のベンチに座り込んでいました。母の仕事を徹夜で手伝い、一人で納品に行った帰りだったので疲れきっていたのです。うろんな眼差しで教会の建物を眺めていますと、教会の中から親子連れと思わしき三人が、神官と共に出て来ました。三人の服装が大層立派なことと、神官の態度で、その三人が貴族、貴族様だと直ぐにわかりました。


 その貴族様達は笑顔でした。素晴らしい笑顔でした。


「ああ、リネット。お前は、なんて誇らしい娘なんだ。こんなに可愛い上、魔力まで持っていたなんて!」


 男性は四歳くらいの女の子を抱き上げ、抱きしめました。女の子は無邪気に笑います


「もう、おとうさまったらー、おヒゲがいたいよー」


「おー、すまない、すまない」


「いい加減な剃り方するから。もう自分で剃るのはやめて、下僕にさせなさいよ。その方がいいわ、そうなさいよ、あなた」


「んー、そうだなー」


 その幸せな家族の姿に、心がイラつきました。とても、とてもイラつきました。


 何が可愛いよ! あんたの娘、フワフワの金の巻き毛は素晴らしいけど、肝心の顔の造りは十人並みじゃない。この程度だったら、私の方が絶対可愛……、奇麗なんだから!


 私の顔は整っています。でも、つり気味の目せいで、奇麗な子とは言ってもらえても、可愛いと言ってもらえることは殆どありませんでした。


 そして、私には父親がいません。どこかにいるのでしょうが、会ったことはありません。母は私を私生児として産みました。母に、何度も「私のお父さんはどこにいるの? どんな人なの?」と尋ねましたが、言いたくないの一点張りでした。


 それでも尋ね続けると、怒鳴り出します。


「五月蠅い! 五月蠅い! 五月蠅い! そんなことより、頼んであった縫物は終わったの? 終わってたら持って来なさい。次のを渡すから!」


 私は母のことを嫌ってはおりませんが、好いてもおりません。彼女はほんと凡庸な女性です。体は、まま丈夫でしたが、読み書きは出来ず(これは母だけではありません。平民の半分は同じく出来ません)、取柄は容姿が少々良いことくらい。そして、その容姿も上手に生かすことが出来ず、私を私生児として産む始末。


 私は、よく思いました。このような母から私のような娘が、どうして生まれたのだろう? もしかしたら、会ったことの無い父は、頭の良い人、能力的に凄い人なのかも!(人格的なことは期待しませんでした。私を私生児として産ませた男です。素晴らしい心根の持ち主ということはないでしょう)


 しかし、そんなことを考えても詮無きことでした。いくら頭がよく、同年代の子供に比べ優秀であったとしても、私は、ただの下町の小娘、(つくろ)い物でなんとか生計を立てている貧乏な女が産んだ私生児に過ぎないのです。世間から見向きもされない路傍の石のような存在なのです。


 私の心には境遇への不満が積み重なっていました。幾重にも幾重にも……。


 そして、あの時。その暗き心は、金の巻き毛の女の子へと向かいました。


 何故あのような凡庸そうな子が魔力まで持っているの? 貴族の家に生まれたから? ただそれだけで、私がどんなに努力したって持てない魔力を持てるなんて不公平だ。


 彼女には優しい父親がいる。裕福な生活がある。貴族として世間から尊重される地位がある。


 それなのに私には何もない、彼女が持っているような幸せが、どこにもない。不公平、不公平過ぎる! 魔力が無いこと以外、あんな子より私の方が上、ずっと上なのに!!


 足元に転がっていた石を拾いあげました。そして、それを彼女に向かって投げつけようとした寸前、なんとか理性が働きました。


『マルグレット、気でも違ったの? あんな小さな子供に……。それに、()()()に害をなした平民がどうなるのかくらい知っているでしょう。子供だからって許してくれない。良くて百叩き、最悪、死刑よ。縛り首なのよ!』


 わかってる、わかってるよ。でも、腹立ちが収まらない、収まってくれないの!


『はあ、貴女はもっと賢い子だと思っていたけど、そうじゃないわね。馬鹿よ、貴女は馬鹿』 


 なんてこと言うのよ。私は馬鹿じゃない、この町で一番賢い子供だわ!


『じゃ、その賢い貴女様はどうして決めつけるの? どうして自分は魔力を持っていないと決めつけてるの?』


 え? 決めつけてる? だって私は平民だもの。


『半分はね、平民として確定しているのは半分だけ。貴女の父親はどう? 平民なの? それとも……』


 !!


 私は自分の愚かさに驚愕していました。その時まで、自分の父親が貴族である可能性について考えた事はありませんでした。母が下町で生まれ暮らし続けて来た女性だから、貴族との接点などあろう筈がないと決めつけていました。


 でも、母の生業(なりわい)は繕い物です。貴族の家から仕事を請け負ったことが無いとどうして言えるのでしょう? 仕事を請け負えば、接点が出来ます。請け負った品の受け渡しで、屋敷を訪問します。平民の母でも貴族の目にとまる機会が出来るのです。


 もし、そうだったら。私にも貴族の血が流れている可能性があります。魔力を持っている可能性があるのです! 


 私は石を投げ捨てました。そして、裏口から教会の中へ忍び込み、祭壇へ向かいました(幸運なことに、誰にも見咎められませんでした)。思った通りです、祭壇の後ろには水晶球が置かれていました。


 その水晶球は、魔力保持者が触れると光を放つと聞いています。その色、量、光り方によって、魔力量や使える魔法の属性等がわかるらしいですが、私は詳しくは知りません。ですが、とにかく光れば良いのです。光が発せられれば、その者は魔力保持者、貴族中の貴族ともいうべき希少な魔法使いなのです。


 躊躇なく水晶球に手を置きました。光は発せられました。その光の美しかったこと、私は一生忘れません。


 この時以降、魔力を持っていることは私の拠り所となりました。私は身分こそ平民ですが、れっきとした貴族の娘。誇りを持って生きようと心に決めました。


 奉公に出れる年齢、十歳になるとすぐに母の下を離れました。メイドとして働き、幾つかの商家や貴族家をわたり歩きました。どの家でも高い評価を受けました。より良い職場を求めて他家へ移ろうとすると、当主が直々に引き留めてくれるほど認めてもらえました。


 そういう意味では、私は幸せでした。でも、どの職場でも、どのお屋敷でも、心許せる友達は出来ませんでした。私は楽し気に話す同僚たちの輪から、いつの間にか弾かれていました。いくら、雇い主から高い評価を貰えても、これは淋しいことでした。


 今から考えると、それは私が悪かったのです。こちらの方から同僚達との間に溝を作っていたのです。


 私は自分に貴族の血が流れることを誇りにしていましたが、そのことは、平民である同僚達を見下す気持ちと表裏一体であることに気づいていませんでした。当時の私は、同僚達を蔑んでいるつもりなど全く無かったのですが、彼女達は敏感に私の差別意識を感じ取り、敬して遠ざけたのです。無理やり彼女達の輪に入ってみたりしましたが、場の雰囲気を暗くするだけでした。


 そのような私を救ってくれたのが、メイリーネ様でした。


 より良き職場、より高き賃金を求めて、家々を渡り歩いた私は、ついには筆頭公爵家として名高い、アリンガム家のお屋敷に勤めることになりました。紹介状に書かれた評価がとても高かったせいもあってでしょう。勤めて早々、公爵様の次女メイリーネ様の専属メイドに抜擢されました。


 メイリーネ様は当時、八歳。華のように可愛い女の子でした。初めてお会いした時、この世に、こんなにも愛らしい少女がいるのだろうか? 本当は人ではなく天使ではなかろうか、と思ったほどの美少女でした。


 双子の姉である、セラフィーナ様も、それはそれは美しい少女でした。そして、周りの評価はメイリーネ様より上でした。でも私は、断然、メイリーネ様の方が好きでした。何時も、おすましのセラフィーナ様より遥かに可愛く思えました。だって、だって、


「マルグレット、マルグレット。ねえねえ、聞いて、あたしね!」


 などと言って駆け寄って来てくれる、メイリーネ様の愛らしい笑みといったら! 見ているだけで心が蕩けそうになります。


 彼女はとても懐いてくれました。こんな私に、友達と呼べる者が一人としていない私なんかに……。彼女があまりにも懐いてくれるので、嬉しくなって聞いてみました。


「メイリーネお嬢様。お嬢様はどうして、これほどまで私に懐いてくれるのですか? 私なんかより優しいメイド、話して楽しいメイドなど沢山おりましょうに」


「どうしてって、マルグレットが好きだからよ。他のどのメイドよりも貴女好き」


 彼女の言葉に胸が熱くなり、泣きたくなりました。この当時、私は十七歳、男性に口説かれた経験もありましたが、彼らの言葉は、メイリーネ様の言葉の何分の一の力も持っていませんでした。


 嬉しさのあまり、彼女と同じ目の高さになるまで屈みこみ、さらに聞いてみました。


「では、どこを好いて下さっているのですか? 私のどこに、お嬢様に好いてもらえるところがあるのですか?」


「もう!」


 彼女は、眉間に皺を寄せました。そして、すぐに表情を戻し、私の肩に抱き着いてきました。


「全部よ、全部! 賢い貴女がどうして、そんなこともわからないの?」


「どうしてって……」


 声が震え言葉が続きませんでした。


「好きよ、本当に大好き。マルグレット、あたしのマルグレット」


 そう言って、メイリーネお嬢様は私の頬にキスをしてくれました。あの時のお嬢様の、とても柔らかな唇の感触はいまだに覚えています。


 もう涙を留めておくことが出来ませんでした。とても恥ずかしい話ですが、私は、八歳も年下のメイリーネお嬢様に縋って大泣きしまったのです。お嬢様は大変、驚かれていましたが、私が泣き止むのをじっと待ってくれました。そして、私の涙が漸く止まった頃、メイリーネお嬢様が鈴のような澄んだ優しいお声でおっしゃいました。


「ねえ、マルグレット。あたしが、嫁ぐことになって家を出る日が来たら、貴女、一緒に行ってくれる? 無理にとは言わないわ。でも、一緒に行って欲しいの、あたしはマルグレットと一緒にいたいの」


「勿論です、お嬢様。お供します、私は、マルグレットは、一生、貴女のマルグレットですよ」


「ほんと! 約束よ、約束なんだからね!」


 そういって喜んでくれるメイリーネお嬢様を見るのはとても幸せでした。私の人生の中であの時以上に幸せな時間はありませんでした。


 しかし、この約束は果たせませんでした。精霊廟に向かわれていたセラフィーナ様が、大精霊アレクシス様に、アレクシスの化身として認めて貰えず、お屋敷に戻って来たからです。代わりに。メイリーネお嬢様が精霊廟に向かわれました。私も一緒に行きたいと公爵様に何度も頼みましたが、許してもらえませんでした。精霊廟は聖域、アリンガムの血をひいていない者を入れる訳にはいかないそうです。


 メイリーネお嬢様がお屋敷を出られたので、当然ですが、私は専属の任を解かれました。そして次に与えられた任が、セラフィーナお嬢様の専属メイド……。


 私はセラフィーナお嬢様が好きではありませんでした。別に彼女が、私に対して酷い扱いをしたとかいう訳ではありません。彼女の私への態度は良くもありませでしたが、悪くもありませんでした。でも、メイリーネお嬢様を生涯の主と定め心を捧げてしまった私にとっては、セラフィーナお嬢様は苦々しい存在でした。


 メイリーネお嬢様とセラフィーナお嬢様は、常に比べ続けられていました。これは双子においてはよくあることです。でも、勝ち負けにそれほどの差が無ければ、それは大したことではありません。悲劇が起こるのは、どちらかの一方が圧倒的に優っている時、劣っている時です。


 メイリーネお嬢様は、姉のセラフィーナお嬢様に勝てるところを殆ど持っておられませんでした。勉強も、運動も、魔法も、芸術的才能も、全てセラフィーナお嬢様が優っていました。それに、容姿においても、お嬢様は、あんなに可愛く愛らしいのに、人はセラフィーナお嬢様の方が奇麗だ美しい! と褒めそやしました。


 メイリーネお嬢様は、人前でこそ平静を装っておいででしたが、自室で一人になると、声を殺して泣いていたのを私は知っています。セラフィーナお嬢様を悪く思うのは筋違いだということはわかっています。でも、どうしてもセラフィーナお嬢様さえいなければ、メイリーネお嬢様が幸せになれるのに、笑って暮らせるのに……、と思う気持ちを止めることが出来ませんでした。


 そんな私でもセラフィーナお嬢様に感謝した時がありました。それは、皇太子殿下と恋仲になっていたメイリーネお嬢様のために、セラフィーナお嬢様が自ら精霊廟に赴かれた時です。この時ばかりは、本当に彼女に感謝しました。


 セラフィーナお嬢様、メイリーネお嬢様を救って下さって、ありがとうございます。ありがとうございます。


 私は何度も、彼女のいる精霊廟に向かって頭を下げました。


 でも、その感謝は無意味なものでした。セラフィーナお嬢様は、大精霊に化身として認められず、屋敷に戻って来ました。そして、その代わりにメイリーネお嬢様が……。


 メイリーネお嬢様は、お姉様は一生懸命努力して下さった、決して悪く思ってはならないと、私に諭されました。お嬢様の言ってることは正しいです、セラフィーナお嬢様は何も悪くはありません。


 ですが、ですが!


 セラフィーナお嬢様を疎み、憎む気持ちを抑えられませでした。


 セラフィーナお嬢様。貴女はメイリーネお嬢様にとって有害な存在です。貴女がいるから、あんなに素晴らしいメイリーネお嬢様が悲しい目にあう。今回のことだってそう。貴女は、メイリーネお嬢様に希望の光を与えましたが、結局、その光を維持することが出来ませんでした。


 これが、如何に残酷なことか、わかりますか? 希望の後にくる絶望は、単なる絶望より遥かに、遥かに酷いものです。そのようなことを貴女は妹君にされたのです。そのことをちゃんとわかっていますか、セラフィーナお嬢様!


 私は、無能な者は嫌いです。貴女は無能です。


 貴女は人形のように奇麗なだけ、それだけです。


 貴女は、たった一人の妹にさえ、幸せを与えてあげることも出来ない無能なんです!


 それが、貴女です、セラフィーナ!



 私の心は、もう無茶苦茶でした。論理のかけらもありはしません。


 私は、自分自身をメイリーネお嬢様に重ねていました。貴族の血が流れているのに、貴族として扱ってもらえない自分を、あんな素晴らしいお嬢様なのにセラフィーナお嬢様と双子であるというだけで、人から認めて貰えず悲しい思いをしているメイリーネお嬢様に重ねてしまっていたのです。


 なんて愚かな……。自分がこんな馬鹿だとは知りませんでした。こんな馬鹿に人を、無能と蔑む資格などありはしません。


 セラフィーナお嬢様の専属となってから、私は彼女に対してろくなことをしませんでした。厭味ったらしい忠告をしたり、彼女への手紙を隠したり、盗み聞きをしたり……。


 ですが、もうこんな恥知らずなことは止めにします。


 セラフィーナお嬢様、申し訳ございませんでした。今の今まで、本当に、本当に申し訳ございませんでした。


 情けない話ですが、お嬢様達が作りあげた劇を見て漸く気づきました。貴女も人、心を持った人なんだと……。


 演劇の最中、パティ嬢が貴女に囁いた言葉を私は聞いています。魔法で強化した聴力で聞き取っているのです。


『 私は、貴女を心の底から愛しています 』


『 私のセラフィーナ様、私の愛しいセラフィーナ様! 』


 パティ嬢のこの言葉を聞いた後の貴女の歓喜に満ちた表情ったら! この世界の全部をくれるといわれても貴女は、あれほどの表情を見せることはないでしょう。本当に、本当に嬉しかったのですね。


 私も、メイリーネお嬢様に、『 好きよ、本当に大好き。マルグレット、あたしのマルグレット 』と言ってもらった時、本当に嬉しかったです。この時のために生まれ来たのかと思う程に……。


 セラフィーナお嬢様。


 私達は三人は、みんな同じです。貴女も、メイリーネお嬢様も、そして私も、


 他者からの愛を願う、普通の人なのです。



 セラフィーナお嬢様、パティ嬢から愛の言葉をもらえて良かったですね。おめでとうございます。


 女同士故、難しい問題が多々起こるでしょうが、お二人が幸せになるのを祈っています。心の底より祈っております。



 屋敷に帰ってから、公爵様にセラフィーナお嬢様の専属から外して頂けるようお願いしました。私はもはや、セラフィーナお嬢様の専属でいるべきではありません。いる資格のない人間なのです。




 私の願い、専属の辞意は叶えらませんでした。


 セラフィーナお嬢様から拒否されたのです。彼女から「勝手なことをされては困る。貴女は専属というものを、なんと心得ているの!」との、お叱りの言葉をもらいました。


 お叱り御もっとも。


 私は常々、どんな仕事でもこなしてみせると、自らの能力を誇ってきました。それなのに、途中で投げ出そうなんて恥ずかしいにもほどがあります。私を「あたしのマルグレット」と言って下さった、メイリーネお嬢様に顔向けできません。


 お嬢様、私は何時までもお待ちしております。貴女がこちらに戻られるその日まで……。



 さあ、今日も、セラフィーナお嬢様を起こしに参りましょう。


 セラフィーナお嬢様は、朝がとてもお弱いのです。誰かが起こして上げないと、いつまでだって眠っておられます。



「さあ、セラフィーナお嬢様。起きて下さいませ、朝ですよ、気持ちの良い朝です!」


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― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公たちに近いキャラクターを深く掘り下げるのが好きです。 これを見るには2つの方法があります。 彼女がどれほど懸命に働いたかに誇りを持っているか、システムが若い女の子や他の無数の人々を不…
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