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最強の術式。

 絶対に勝ちたい!


 劇が始まってから、私には、その気持ちしかありませんでした。今回の劇「音痴姫」は、クラスの劇「アンギレンの戦い」の主演を降ろされた私、セラフィーナのために、有志の皆がチームを組み、作り上げてくれたものです。そして、そのチーム、音痴姫チームは他のクラスを単位にしたチームと比べ、圧倒的にメンバーの数が少なく、魔法を使える者も、たった三人しかおりません。このような苦しい状況の中で、皆は出来る限りの努力をしてくれました。


 私と同じ主演のパティ様に至っては、学院での皆との稽古以外にも、独自にダンス教師を雇われて練習されました。そこまでして下さらなくても……、もし、お体に障っては……と申し上げたのですが、パティ様は、大丈夫と笑顔を見せ、次のように言ってくれました。


「せっかく、大勢の方々の前で、セラフィーナ様と踊れるのです。こんな晴れ舞台、一生に一度あるかないかです。だから恥ずかしくないダンスをしたい、楽しく踊りたいのです。つまり、これは私のワガママ。気にしないで下さいませ」


 でも、連日の深夜に及ぶ練習(レッスン)はかなりきつかったようで、彼女の目の下には、いつもクマが出来ておりました。まことに申し訳なく、本来なら喜びを持って見つめる彼女の可愛らしいお顔を見るのが辛い日々でした。


 ですから、皆の頑張りに報いる為にも、私は何としても勝ちたいのです。勝って、皆と笑いあい、喜びあいたいのです。(イルヴァ殿下への遺恨は私にはありません「アンギレンの戦い」は彼女の劇です。殿下は元々私を嫌っていました。私の降板はなるべくしてなったのです)



 駄目、譲渡魔法(ギフト)の術式が維持できない……。


 構築する傍から次々と崩れて行く、砂の城のように消えていってしまう……。


 でも、それでも、このダンスが終わるまでにパティ様に魔力を渡さなきゃならない。そうでないとパティ様は真面(まとも)に歌えない。愛するパティ様に恥をかかせる訳にはいかない。


 絶対、絶対、渡さなきゃ!


 魔力の搾りかすになったって、渡すんだ!!



 私は、イルヴァ殿下達に勝つために勝負に出ました。私とパティ様のダンスシーンに、自らの歌唱を付け加えました。私もそれなりに踊れますし、パティ様も努力のかいあって、かなり上達しておられるので、ダンスだけでも見応えのあるシーンになると思います。思いますが、ここで、もう一押ししておいた方が良いと私は判断し、予定に無いことをしました。それが、皆で喜びを分かち合える最良の選択だと思ったのです。


 ですが、歌い始めてすぐに後悔しました。


 ダンスと歌唱を行いながらの譲渡魔法(ギフト)の発動は、予想以上に困難でした。脳が三つの行為の同時進行に悲鳴をあげ、以前、マルグレットが私に警告したように、魔法の術式構築が不完全になってしまいました。それでも、魔力を盛大にぶち込むという無理やりな力業(ちからわざ)で、譲渡魔法はなんとか完遂しました。沢山の魔力が無駄になりました。


 パティ様。貴女に魔力を渡すことは出来ました。でも、私の魔力はもう、ほんの少ししか残っていません。ほんの少ししか……。


 ああ、私はなんて馬鹿なことをしてしまったのでしょう!




   +++++++++++++++++++++++++




 私とセラフィーナ様のダンスシーンは終わりました。魔力のほうも無事受け取ることが出来ました。(セラフィーナ様がいっぱい汗をかかれていたので、かなり心配したのですが、さすがです、セラフィーナ様。略して、さすセラ!)


 朝の光が差し込み始め、音楽の精霊ミューイック(マイクロフト様)の雄々しい声が響きます。


「よくぞ、この恐ろしき呪われた廃城での夜を乗り切った。約束通り、オンテーヌにかけし我が呪い解いてつかわそう。オンテーヌよ、もうお前は、音痴姫などではない、美声の姫、稀代なる歌姫なのだ。さあ、姫。自らの想いを歌に乗せて告げよ!」


 私は、セラフィーナ様の下から離れ、舞台の中央に進み出て歌い始めました。ここが私の見せ場、独唱「真実の愛」です。


 私の声、皆が「甘い声」と言い、セラフィーナ様やアンナが大好きだと言ってくれる私の声が天高く昇っていきます。声の伸びも音程も完璧です。これは自己満足ではありません、歌い始めてすぐに観客から拍手が起こりました。このように歌える喜びを噛みしめつつ、セラフィーナ様の方を見ました。そこには、解放された恋人の姿を喜ぶ王子様がいる筈でした。しかし、そこにいたは、泣きそうな顔でこちらを見つめる少女、今にも泣き伏してしまいそうなセラフィーナ様でした。


 何故? 何故そのようなお顔をされるのですか? 貴女のお蔭で、私は、こんなにも上手く楽しく歌えているというのに……。


 そのような疑念を抱きつつも、私は歌い続け、一番の歌詞の中ほどになって漸く、起こっている異変に気がつきました。その異変とは、魔法による演出効果が少ないこと。はっきり言って少な過ぎです。


 予定では、呪いが解けたオンテーヌが歌い始めると、セラフィーナ様は光魔法や幻視魔法などを盛大に使って、私の歌に華を添えてくれることになっております。確かに、星のように煌めく光が、私の周りをちらほらと舞ってはいます。しかし、練習の時とは量と質が違い過ぎます。この程度の量と質の魔法演出なら、初級レベルの魔法で十分です。私やヴェロニカ様でも出来るでしょう。どうして、セラフィーナ様は、ちゃんと魔法を使ってくれないのでしょう?


 先ほど見た彼女の泣きそうな顔が頭に浮かびました。そして、自らのあまりの愚かさに心が張り裂けそうになりました。使ってくれないのではありません、使()()()()のです。


 先ほど、セラフィーナ様は私達のダンスに、予定に無かった歌を添えてくれました。そのせいで譲渡魔法を上手く使えず、大量の魔力を無駄にしてしまったのでしょう。多分、今の彼女には、少しの魔力しか残っていません。このような初級魔法しか発動できないほどの魔力しか……。


 セラフィーナ様は精一杯頑張ってくれました。私達皆で喜び合うために……、私のために。その結果がこれ。なんて運命は残酷なんでしょう。


 セラフィーナ様の目からついに涙が溢れ始めました。


 どうしてセラフィーナ様が、あのようなお顔をされなければならないの? 彼女の頑張りは、どうして何時も報われないの? ねえ、どうしてなの?


 私は決心しました。もう運命とか、そんな抽象的なあるかないかわからない物を恨んだりするのは止めます。セラフィーナ様がどんなに頑張っても報われないなら、報われるようにすれば良いだけです。私がします、私が、彼女に幸せを運べば良いのです。


 しかし、私の弱き心が反論して来ました。


『セラフィーナ様に幸せを運ぶ? あなた何様? 最下級の貴族、男爵令嬢のくせに、平民上がりのくせに!』


 男爵令嬢とか、平民あがりとか関係ない。人を救うのは心よ。助けたいと思う意志よ。それに……。


『それに、何よ』


 それに私には、他の人が持っていない力がある。私は、支援魔法(バフ)を持ってる、これを使えばセラフィーナ様を助けられる!


『支援魔法? 貴女、馬鹿でしょ。支援魔法なんて今まで一度も使ったことないじゃない。それに、術式はどうするの? 貴女、覚えてないでしょ。教本見て、難し過ぎ! 覚えるのまた今度~、って投げ出したじゃない。使える訳ない、貴女には、そんなもの、使・え・な・い!』


 五月蠅い! 五月蠅い!


 貴女は私、私だけど今は黙ってて、というか、黙れ!


 

 確かに私は支援魔法の術式をちゃんと覚えていません。普通に考えれば術式を覚えていない魔法を使うことは無理でしょう、不可能でしょう。でも!


 アンリエッタ様が、私に教えてくれました。「魔力の源は()、その魔力を使ってなされる魔法は()()()()」であると。これは魔法の真理です。真理だと私は信じています。


 だったら、教本に載っていた術式、ちゃんと覚えていない術式など頭から消し去りましょう。そんなものは無くても、私は今、術式を持っています。セラフィーナ様への()()()という最強の術式を持っているのです。


 私は歌唱を続けながら、セラフィーナ様に近づき、彼女の手を取りました。そして、歌の一番が終わったところで、彼女を引き寄せ抱きしめました。


 泣かないで、セラフィーナ様。もう大丈夫、大丈夫です。


 私が貴女を助けます。



 そして、彼女の耳元に口を寄せ、私の心を、思いの丈を彼女に告げました。



 「私は、貴女を心の底から愛しています」


 「私のセラフィーナ様、愛しいセラフィーナ様!」



 その瞬間、私の中から目に見えないエネルギーが爆発しました。




   +++++++++++++++++++++++++




 カーテンコールが鳴り止みません。私もパティ様もヴェロニカ様も、他の皆も全員、溢れんばかりの笑顔です。私達の劇「音痴姫」は大成功を収めました。全員で頑張って作り上げた劇なので、それなりの自信はありましたが、観客から、これほどの賞賛を得られるとは思っていませんでした。ほんと嬉しいです。


 あ、お父様が手を振って下さっています。


 お父様! セラフィーナはやりましたよ、やり遂げましたー!


 そう思って、お父様に手を振り返そうとした時、私は意外な事実に目を見張りました。マルグレットが、あの私を嫌っているマルグレットがお父様の傍にいるではありませんか。そして、あろうことか、私達に向かって手を叩いてくれています。こんなことが起こるなんて……。


 胸が熱くなって、再び涙が溢れて来ました。筆頭公爵家の令嬢が人前で泣くなんてとも思いましたが、思い直しました。


 いいじゃないですか。令嬢とかである前に、一人の人です。一人の人間なのです。


 そっと左隣に立つ人、私の愛する人を見ました。パティ様も嬉しそうに手を振っておられます。あそこに見えるのは、パティ様のお祖父様とお祖母様、そして彼女の専属メイドのアンナ、三人とも本当に嬉しそう。愛されてますね、パティ様。


 私は心の中で彼女に向かって頭を下げました。ありがとうございます、パティ様。あの時、貴女が救って下さらなかったら私は、どうなっていたことでしょう。


 私は自分の判断ミスで、パティ様の見せ場、クライマックスに全く貢献出来ず、絶望に陥っておりました。それを、パティ様が魔法で救ってくれました。彼女が私に使ってくれた魔法は、多分支援魔法の一種、他者の魔法を格上げする魔法「バフ」だと思います。


 バフは、私の持っている支援魔法一種「ギフト」より、さらに希少な魔法です。そのような凄い魔法を持っていたなんて、ほんと驚きました。


 パティ様、初めてお会いした時より、貴女には驚かされてばかり、本当に驚かされてばかりです。でも、一番驚いたのは今回、貴女がくれた言葉でした。私の耳元で囁いてくれたあの言葉……。


「私は貴女を……」


 パティ様とは女同士故、私の想いは届かない。私を友達と思ってくれるだけで、満足しなきゃ、我慢しなきゃと、自分の心に言い聞かせ続けてきました。


 でも、でも。パティ様に私の想いは届いていました。彼女も私のことを想ってくれていました。


()()()()()()

 

 彼女は明確に言葉にしてくれました。


「私のセラフィーナ様、愛しいセラフィーナ様」


 きゃあ!


 ああ、こんな幸せなことがあるでしょうか。世界中に叫びたいです。私が愛し、私を愛してくれるパティ様は、こんなにも優しく愛らしい素敵な女性なのです。世界で一番の女性です!


 世界で一番の女性? いくら自分の想い人……、いいえ恋人、もう恋人です。恋人だからって、そこまで持ち上げる必要はないだろうと思われるかもしれません。ですが、私の答えはこうです。いいえ、パティ様は世界で一番です。これは本当です。


 さきほどの、パティ様の独唱「真実の愛」の二番、三番のシーンを思い返して下さい。彼女の支援魔法(バフ)により、魔法能力が格上げされ、少量の魔力でも盛大に魔法が使えるようになった私は、思いをいっぱい込めて、力いっぱい色々な魔法でパティ様の舞台を彩りました。


 乱舞する七色の光、舞うピンク色の花びら。祝福するかのように現れた森の可愛い動物たち、その中で、その中心で軽やかに舞い、歌うパティ様。


 その姿も、歌声も、なんて美しかったこと、愛らしかったこと、素晴らしかったこと……。


 観客の全員がパティ様に恋をしたとしても、私は疑問には思いません。それは当たり前のこと、当然のことなのです。


 ああ、もう! 溢れ満ちる喜びが抑えられません!


 私は、その気持ちを魔法に乗せてぶちまけてしまいました。



「我が歓びよ、天に届け! 風魔法、タイフーン!」



 大風が渦巻きました。幸いなことに怪我人は出ませんでしたが、観客の帽子や荷物は飛びまくり、会場内は滅茶苦茶に……。私は学院から大目玉をくらい、私達の劇の順位も一つ落とされました。本来ならイルヴァ殿下達の劇と同位、優劣つけがたく二チームとも一位の同時優勝だったのです。


 チームの皆に平身低頭で謝りました。(皆、笑って許してくれました。優しい方々です。ごめんなさい、本当にごめんなさい)



 ああ、どうして私はこうなのでしょう。


 どうして、何時も最後は、こうなってしまうのでしょう!


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― 新着の感想 ―
[良い点] いつサポート魔法が効くのだろうと思っていました。 このように見るのは美しいです。 結局緊張が高すぎたとしても、これは大切な思い出になります。
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