音痴姫。
20/11/17 冒頭、数行ほど変更しました。
セラフィーナ様の独唱『偽りの愛』が終わりました。盛大な拍手が鳴り響きます。
今の彼女は、凛々しい王子様姿。舞台中央に立ち、観客の視線を一身に集めています。
「ああ、私に群がってくる令嬢達は、私の地位や金が目当ての者ばかり! 真に私を愛している者など、どこにもおらぬ。なんたること、なんたること! 私が欲しいのは真実の愛なのだ、偽物の愛などいらぬ!」
「アンサンブル兄上、偽物などと言っては令嬢方が可哀そうです。人に表と裏があるのは常とはいえ、殆どの方々は本当に兄上のことを、お好きでいらっしゃいます。だいたい、兄上は見目麗しく性格もお優しいのです。好かれぬ訳は無いではありませぬか」
妹姫、ソネット(リネーア様、伯爵家)が、当然の反論をなされます。だって、セラフィーナ様は演じるところのアンサンブル王子は、この世の女子が思い描く理想の王子様そのものです。
まじめな話、セラフィーナ様が初めて王子の衣装を着られた時、その男装姿は、「音痴姫」チーム内に嵐をもたらしました。女子達は、セラフィーナ様の王子様姿のあまりの素晴らしさに涙し。男子達は、自らの見目とのあまりの差に悲嘆にくれました。
セラフィーナ様は、落ち込む彼らを、慰めて回っておられましたが、近くで見るセラフィーナ王子は益々キラキラ。彼らの落ち込みは更に深くなりました。
地獄への道は善意の石畳で出来ているのですよ。覚えておいて下さいませ、セラフィーナ様。
「ソネット、馬鹿なことを言うな。このように貧相な小男を、誰が好きになるものか。彼女達は私が王子だから、地位と金があるから寄って来るのだ。だいたい、私が見目麗しいとはなんたる戯言。本当に見目麗しいというのは、父上のような男のことだ!」
「ええっ! あのゴリラマッチョが見目麗しい!?」
ソネット姫は素っ頓狂な声をあげました。ヴェロニカ様のナレーションが入ります
『アンサンブル王子は、筋肉フェチの母、マスレーネ王妃の影響を受け、感覚が偏っていました』
背景の書割の城の窓が、開きました。そこにいるのは豪奢な衣装を纏い、王妃の冠をつけたメアリー様(子爵家)、両手を掲げ朗々と宣言。
「わらわは王妃マスレーネ。筋肉は正義! ムキムキが至高! 暑苦しさこそが最高!!」
ピシャっと閉まる城の窓。これでメアリー様の出番は終わり。控えめな彼女は最初、裏方を希望していたのですが、チーム人数の少なさのせいで、出ない訳にはいかなくなり、「一番出番の少ない役を……」ということで王妃役に。上手でしたよ、メアリー様。
「妹よ、ここでは真実の愛は見つからぬ。私は旅に出る、旅に出て、運命の女性を見つけるのだ!」
「ええっ、旅って!」
「さらばだ、妹よ。また会う日まで!」
「兄上ー!!」
セラフィーナ様は舞台袖へ駆け去って行きました。一人舞台に取り残されるソネット姫。彼女は床に座り込み、嘆きます。
「アンサンブル兄上……、貴方は残念な、なんて残念なお方なのです! よよよ……」
観客席から、沢山の笑い声。よし、予想以上!
舞台袖から見ていた私、パティは胸を撫でおろしました。「音痴姫」は音楽劇ではありますが、喜劇です。笑ってもらわないことには話になりません。これまでのところ、上手くいっており、セラフィーナ様をはじめ、どの役者の演技もきっちり笑いをとれています。
さあ、そろそろ出番です。心臓がドキドキです、体が少し震えてきました。そんな私を、いつの間にか横に来ていたセラフィーナ様が励ましてくれました。
「パティ様、大丈夫ですよ。愛らしいオンテーヌ姫は、パティ様そのものです。貴女が、歩き、喋り、笑えば、舞台は花園になります。さあ、自信をもって!」
セラフィーナ様、褒めてくれるのは嬉しいですが、言葉が大げさです、花園になるなんてだなんて……。でも、貴女が私のことを心配してくれる気持ちは嬉しい、本当に嬉しいのです。
私は全力の笑顔で、全力で彼女をハグしました。ありがとうございます! 私の……。
そして、私は舞台の中央へと走り出ました。
「私はオンテーヌ。メヌエット国の姫、捨てられし姫!」
粗末なスカートをひらめかせ一回転。
「でも、私は淋しくないの。だって、私には友達がいるもの、優しくて愉快な、六人の小人さん達が!」
ヴェロニカ様が脚本を書かれた「音痴姫」は、いわゆるボーイ、ミーツ、ガール物。トアール国の王子、アンサンブルは旅に出て、メヌエット国の十番目の姫、オンテーヌと出会います。オンテーヌはそれは愛らしい可愛い姫。彼は彼女に恋をします。
でも、オンテーヌ姫は呪いがかけられた悲劇の姫でした。姫は、音楽の精霊ミューイックによって、果てしなき音痴となる呪いをかけられていたのです。
音楽の都ウィーヌを擁し、日々、歌や楽器演奏が満ち溢れるメヌエット国に於いては、死刑宣告にも等しいもの。そのような可哀そうな姫であるのに、自己中の王は王家の恥だとして、森の中の一軒家に、オンテーヌを放逐してしまいました。その一軒家には召使の一人もいません。彼女の世話をするのは森の住人達、心優しき小人さん達。
小人さん達の楽しい合唱が終わりました。小人さん達(マクシーネ様、キャスリン様 他)が私を囃し立ててきます。
「オンテーヌ姫も歌おうよ。歌うのは楽しいよ!」
「そうだよ、歌いなよ。歌うとお腹が空いて、ごはんが美味しい。幸せだよ!」
「そうだ、そうだ。幸せいっぱい、胸いっぱい。歌うの最高!」
私、オンテーヌは、彼、彼女らから顔を逸らし、下を向きました。
「でも、前から言っているでしょ。私はとんでもない音痴、歌えない、歌えないわ……」
「僕達は気にしない。音が少しぐらい外れたって、いや、途轍もなく外れったっていいじゃないか! 歌は上手か下手じゃない、心さ、心だよ!」
「そうかな、そうなのかしら」
私は、小人さんたちに押される感じで、歌い始めました。その歌を聞き、バタン、バタンと倒れる小人達。マクシーネ様が必死で声を絞り出します。
「こ、これは……、もうダメ、キュウ……」
観客は大笑い。
くそ~。こっちは真面目に歌ってんのよ、笑うな、コンニャロメ~!……って、「音痴姫」はコメディ。笑ってもらわなければ困ります。皆さん、笑ってくれてありがとう。
「オンテーヌ姫……。今の歌は……」
突如のセラフィーナ様の声に、私は舞台の左端を見ました。そこには呆然とした表情で私を見つめるセラフィーナ様。
「アンサンブル王子、どうして……。今日は来ない日では……」
いや――!
私は森の中へ(舞台袖へ)駆け込みました。セラフィーナ様が後を追って来ます。セラフィーナ様の声が会場中に響き渡ります
「姫、待ってくださいませ! 姫ー!」
セラフィーナ様の声は、ほんとよく通ります。練習の時、そのような発声では、観客に聞こえないとヴェロニカ様に、私は何度も注意されましたが、セラフィーナ様には一度もありませんでした。何から何までチートなお方です。でも、彼女の心は傷つきやすく繊細……。私はそれをよく知っています。
舞台は順調に進み、中盤を過ぎました。次のシーンはオンテーヌ姫の呪いを解くため、呪いをかけた音楽の精霊ミューイックの住む森の中の古城に、二人で乗り込むシーンです。
セラフィーナ様は目の前に佇むミューイック(マイクロフト様、伯爵家)を糾弾しました。
「ミューイック様。貴方は精霊という尊き身にありながら、オンテーヌ姫にかような呪いをかけるとは、なんたる残酷。恥ずかしいとお思いになられませぬか!」
「外つ国の王子よ。悪いのは私ではない。その姫の父、国王が悪いのだ。私を恨むのは筋違いというものだ」
「国王陛下が?」
「父上が悪いとはどういうことなのです。教えて下さいませ、ミューイック様!」
「よかろう。この国では、子供が生まれた時に、我ら精霊に貢物をするのが習わし。それは知っておろうな」
「はい、知っております。メヌエット国が、今かく隆盛あれるのも精霊様方の加護のおかげ、子供誕生時の貢物は平民から、王家に至るまで常識でございます」
「うむ、そうであるのに、そなたの父、国王は貢物をケチったのだ。普段の五分の一しか出さなかった。このようなことは前代未聞だ。我ら精霊の怒りがどれほどだったか、そなた達にもわかろうもの」
私は、ガクッと膝をつきました。
「父上が、そんな……」
「そして出さなかった理由も酷かった、ほんと酷かった」
音楽の精霊ミューイックが、ため息交じりにそう言うと同時に、舞台端に、メヌエット国、国王(ローレンツ様、伯爵家)が現われました。ぼやーとした顔で、体もでっぷり太り、如何にも暗愚な王という感じ、指で鼻の穴をほじっています。(ローレンツ様の名誉のために書き添えますが、これは役作り。彼は中肉で、顔もきりっとされた好男子です)
「だってさ、息子と娘が二十人。作り過ぎちゃったんだ、もういらないんだよ。だったら貢物なんて、お金の無駄。そのお金で、美味しい物食べた方が得じゃん。誰か、誰かおらぬか。我は豚の丸焼きが所望じゃ、豚の丸焼きを持て!」
「「御意!」」
召使が二人現れ、国王を担ぎあげて行きます。
「おい、こら! 我は豚ではない! 豚ではないと言うとろうが!」
ここでも、かなりの笑いをとれました。今までの感じだと、私達の劇「音痴姫」は喜劇としてかなりの成功を収めております。では、イルヴァ殿下達の劇に勝てるでしょうか? う~ん、現状では難しい。残る見せ場、クライマックスを大成功させて、なんとか五分と五分……というところでしょう。
この後、王子は精霊ミューイックに「王が悪いのに、オンテーヌに呪いを与えるのはおかしい。姫の呪いを解いてくれ」と訴えます。それにある程度納得した精霊は、王子と姫に言いました。
「では、そなた達二人だけで、この廃城で一晩過ごしてみせよ。ここは夜になると幽霊や悪霊が跋扈する。夜が明けるまで、朝日が差すまで逃げ出さずにいられれば、姫にかけし我が呪いを解いてやろうぞ」
こうして、劇は、夜の古城の大広間のシーンに移っていきます。このシーンにおける王子と姫のダンスは、今回の劇の最大の難関です。観客を魅了するダンスをするだけでも難しいのに、セラフィーナ様は、私と踊っている最中に、私に魔力を譲渡する高難度の魔法「ギフト」を行わなければなりません。
もし、それが出来なければ、今回の私達の劇は大失敗に終わります。セラフィーナ様から魔力をもらわなければ、私は真面に歌うことは出来ません。呪いから解放され、歌い舞い踊るオンテーヌ姫を演じることなど絶対に不可能なのです。私は、顔見知りの女神様に祈りを捧げました。溺れる者は藁をも掴みます。
女神様、どうか、セラフィーナ様がギフトを成功するよう、お助け下さい。もし、お助け下さるなら、女神様の私の中でのランクを格上げします。メリッサお姉ちゃんやアンリエッタ様より上にします。ですから、どうか!
舞台が暗くなり、蝙蝠が飛びまわり始めました。ここは古城の大広間、とっっても不気味な深夜の大広間。
闇魔法を使って暗くするのも、幻視魔法で蝙蝠をみせるのセラフィーナ様が担当しております。私もヴェロニカ様もこのような高度な魔法は使えません。私達は、魔法に関してはセラフィーナ様に頼り切っています。セラフィーナ様のために! と有志が集まった劇ですが、現実はこのざま。情けない限りです。
ですから、なんとしても成功させなければ! そうでなければ私達は自らを許すことが出来ません。私達みんなセラフィーナ様が大好きです。彼女に喜んでもらいたいのです、彼女と一緒に笑いあいたいのです。
セラフィーナ様と私は、薄暗い舞台の中央で寄り添っています。
「姫、このような恐ろしき場所。怖くはないですか? 朝まで耐えられますか?」
「大丈夫です。王子が傍に居て下さいますもの。恐れるものなど、もう何もありません。私はもう決めました。私は貴方のもの、私の命は永遠に貴方と共にあります」
「オンテーヌ姫、なんと嬉しいこと言ってくれるのだ。私も同じだ。私の心は、一生貴女のものだ」
私は、セラフィーナ様と熱き抱擁を交わしました。ああ、これが劇でなかったら、本当ことだったら……。
セラフィーナ様が立ち上がり、手を差し伸べてきます。
「姫、踊りましょう。朝まで座り込んでいるなんて勿体ない。ここは廃城の、とはいえ大広間。踊るための場所ですよ」
「でも、私は捨てられた姫。ダンスなんて、小人さん達と遊びで踊ったくらい、ちゃんと習ったことはありませんの」
私は小首をかしげて、上目遣いにセラフィーナ様をみました。かわい子ぶりっ子、こういうのは私は得意、下町での生活は殆どこれで乗り切って来ました。
「大丈夫、私がちゃんとリードします、私に身を任せて下さいませ、姫」
私はセラフィーナ様の手を取りました。それと同時に音楽、有名な舞踏曲「愛しき人」が流れてきました。(劇の楽曲の演奏は、学院が手配したプロの楽団が担当してくれます。さすがに学生が劇の全てを自分達だけで行うのは難しいです)
セラフィーナ様のリードの下、私は踊り始めました。このダンスのために、お祖父様とお祖母様はプロのダンス教師を雇ってくれました。ですから、それなりに踊る自信はあります。
見て下さいませ、お祖父様、お祖母様。貴方達の孫は、こんなに踊れるようになりました。こんなに上手く、こんなに軽やかに!
その時です。思ってもみなかったことが起こりました。
思ってもみなかったこと、それは、私と踊るセラフィーナ様が楽団の演奏に添えて『愛しき人』を自ら歌い始めたことです。観客は、彼女の素晴らしい歌が追加されたことを、とても喜んでいます、歌の途中なのに拍手が起こるほどの大喜びです。でも、でも!
セラフィーナ様は私に魔力を渡さなければなりません。ダンスをしながらというだけでも難しいのに、さらに歌いながらだなんて、いくらセラフィーナ様といえど、それは無理、無理というものです。
セラフィーナ様、どうしてです、どうして、このようなことを!
いえ、彼女に聞かなくても理由はわかります。セラフィーナ様はこのままでは、イルヴァ殿下達に勝てないと判断されたのでしょう。見事に勝って、チームの皆と喜びあえないと……。
それ故、彼女は賭けに出た。無謀な賭けに……。
セラフィーナ様は今のところ、歌も、踊りにおける私へのリードもちゃんとやってくれています。そして、魔力も、繋がれた手から私へ入って来てはいます。けれど、二人で行った練習の時に比べると、入って来る魔力の量は、いささか……。そして、彼女の額には、びっしりとした汗。
ああ、女神様!
私はセラフィーナ様が泣く結末などまっぴらごめんです。
どうか、どうか、
私の愛しき人、セラフィーナ様を守って下さいませ、助けて下さいませ!
お願いです、女神様!
これからは、もっと敬います!
ちゃんとちゃんと敬いますから、どうか!!
真剣に真剣に祈りました。これまでの私の人生、これほど真剣だったことは一度もありませんでした。