アンギレンの戦い。
2024.07.26 「魔法士」を「魔導騎士」に変更。
「報告します! 王の軍は八千。アンギレンの近くにまで迫っております!」
斥候の報告に頷く主人公、騎士イエルハルドの下へ、村長が進み出て嘆願しました。
「イエルハルド様。あのような暴虐な王の下では、私達、民の生活は成り立ちませぬ。税を納められぬ者は例外なく殺されます。この娘の両親も……。どうか、どうか、我々民をこの生き地獄から救って下さいませ。お願いでございます、お願いでございます!」
「お願げーでごぜぇます、騎士さま!」
村長に引き続き、薄汚れた野良着を纏ったセラフィーナ様、村娘Aがイエルハルドの前に跪きました。
「あいわかった。我らアレクシスの啓示を受けし者、必ずや暴虐なる悪王を倒し、そなた達、無辜の民を救ってみせようぞ!」
イエルハルドは、剣を天に向かって突き上げ、付き従う部下達、勇敢なる騎士達に呼びかけます。
「死をも恐れぬ、誇り高き勇者達よ! いざ、行かん、戦場へ! 煉獄の荒野へ!!」
彼の名は、イエルハルド・アリエンス。
後にアレクシア王国を建国し、初代王となる英傑……。
ほんと感動的なシーン。役者の演技も演出も殆どは素晴らしいと思う、けどね、やっぱ変だよ。なんで端役の村娘が一番奇麗なのよ。同じ平民、元町娘だった私が断言するわ。こんな奇麗な村娘はいない。王国中どころか、大陸中探したって絶対いないって。
そりゃね。平民の娘の中にも可愛い子はいるよ。私みたいにね(まあ、私は半分貴族の血がはいってるけど)。でもね、でも違うのよ。平民の娘はいくら可愛くても、どこか芋っぽい。隠しきれない芋っぽさが絶対ある。セラフィーナ様にはそれが無い、全く無い。いくら、煤で顔を汚したって、そんなものでは誤魔化せない。彼女の神の造作とも言うべき洗練された美しさは隠しきれない。
だいたいおかしいでしょ。イエルハルドに大精霊アレクシスの啓示を伝えるもう一人の主人公、ウルスラ姫より村娘Aの方が輝いて見えるなんて!
私は周りを様子を伺い、隣の席に声をかけました。
「ヴェロニカ様、感動的なシーンの筈なのに観客席は微妙な感じですね。セラフィーナ様に酷い仕打ちをするから罰が当たったんです、いい気味です」
「ほんとです。でも、これでも、本来よりマシな反応だと思いますよ」
「本来より良いマシ? どういう意味です?」
ヴェロニカ様は左手に持ったパンフレットを、これですよ、これ、という感じで指さされました。
ああ、そういうことですか。私はポンと手を打ち鳴らしました。
そのパンフレットは学院が作成し、学院生や来客に配布されたものです。今回の演劇祭で披露される五組の劇の順番や紹介(簡単な粗筋、出演者や演出者の名前等)が記されております。
「そうです。私達の劇があり、その主演にセラフィーナ様の名前があるからこそ、あの程度の反応なのです。もし、私達の劇がなかったら、セラフィーナ様の出番は、村娘Aだけ。いくら学院の行事といえど、貴族社会においてそんな非常識あってはなりません」
「確かに……」
今日の演劇祭には、学院生の親御様や学院に関係する有力者の方々も多数来られております。つまり、王国の有力貴族がいっぱい来ているのです。セラフィーナ様の御父上、アリンガム公爵様も来ておられます。そのような状況で、劇への出演に何の問題も無いセラフィーナ様の出番が、本当にあれだけだったら……、
考えるだに恐ろしいことです。筆頭公爵家アリンガム家の面目は丸潰れです。公爵様やその派閥の方々はどんなにお怒りになることか……。不敬かもしれませんが、イルヴァ殿下はもう少し広い視野を持たれた方が良いと思います。いくら王女殿下といえど、筆頭公爵家に喧嘩を売るなど、してはならないことです。なんと浅はかなのか……。
それとも、そこまで浅はかになってしまうほど、セラフィーナ様をお嫌いなのか……。
お二人は従姉妹です、仲良しこよしになるのが普通……。いえ、理想論は止めましょう。血の繋がりがあるから仲良くなれるとは限りません。私には、弟と妹、フランとレベッカがいます。二人との仲は普通に良好で、姉として二人を可愛がっていましたが、私の歌を腹を抱えて笑い転げてくれやがった時には一瞬、殺意が湧きました。
おのれ、階段から蹴落としてくれようか! (勿論、そんなことしませんよ。思っただけです、思っただけ)
まあ、兄弟姉妹と言っても、そんなものです。セラフィーナ様とイルヴァ殿下の間にも、歌を笑われた的な何かがあったのでしょう。でも、セラフィーナ様は控えめな方。人を怒らせるようなことをするとは思えないのですが……。
と、そのようなことを考えているうちにも、劇の方は進んで行きます。愛しき恋人、イエルハルドの勝利、無事を祈るウルスラ姫の独唱が始まりました。ウルスラ姫役のオルガ様の歌唱力は素晴らしいものでした。さすが、セラフィーナ様の代わりに選ばれただけのことはあります。イエルハルドを想う切ない姫の恋心が、ひたひたと、こちらの心に染みこんで来ます。凄いです。
でも、この独唱は、やはりセラフィーナ様のお声で聴きたかったです、あの濁りの無い澄んだアルトで(彼女はソプラノでもアルトでもどちらでも出せます。この歌の場合、落ち着いたアルトの方が良いでしょう)。もし、セラフィーナ様が歌われていたら、私は感動のあまり涙に濡れて舞台が見えなくなっていたことでしょう。残念です、本当に残念。
ウルスラ姫の独唱が終わりました。そして劇はクライマックスに、アンギレンの戦場に切り替わりました。これまでのところ。セラフィーナ様の美少女過ぎる村娘で違和感を感じたものの、それ以外は順調に劇は進んでいました。でも、魔法を使った演出は、予想していたより控えめなものでした。これは、あれですね。盛り上げどころでドカンと使う戦略でしょう。私達の劇と同じです。
唯一派手だった魔法の演出は、ウルスラ姫の前に大精霊アレクシスが顕現するシーン。空中に浮かぶアレクシス、あれはどうやったのでしょう。一瞬の高ジャンプなら風魔法等で可能ですが、空中浮揚となると、どういう魔法を使えば出来るのか皆目見当がつきません。奥が深いですね、魔法。
劇のラストへ向けて、胸が高鳴って来ました
さあ、イルヴァ殿下。どれほどのものを見せてくれるのですか? 殿下達がどんなに素晴らしいものを見せてくれたって負けませんからね。私達は時間が許す限り、精一杯練習しました。練習量は私達の方が絶対上です。それに、こちらには主演にセラフィーナ様がおられます。美しさ、演技力、歌唱力、三つとも揃った万全の彼女がいるだけで、劇の魅力は倍増。ラストの魔法を使った盛り上げだって、負けませんよ。なんと言ったってセラフィーナ様はプラチナランク。イルヴァ殿下のゴールドが最高位の貴方達とはレベルが違うのですよレベルが。
へ、へーんだ!
『皆の者、我、イエルハルドに命を預けよ! 全軍我に続け! 突撃!!』
『イエルハルド様、どうか、どうか生きてお戻りを! 私の下へ、このオルガの下へ!!』
殿下達の劇「アンギレンの闘い」が終了しました。万雷の拍手が会場、王立野外劇場に鳴り響きました。沢山の上気した観衆が、殿下達を褒めたたえます。
「いやー、ほんと素晴らしかった。初参加にして、これほどのものを作り上げるとは、恐れ入ったよ。今年の高位の一年は凄いな。期待出来るぞ」
「劇を作り上げた者達全員素晴らしいと思いますが、中でも特筆すべきは、イルヴァ殿下ですね。劇には出演しておられませんでしたが、劇の脚本から配役、演出まで、殆どお一人でなされたそうです。ほんと素晴らしい才能ですわ」
「なんと、第三王女殿下が。才女だと聞いていたが本当だったんだな、王家の方々も、さぞ鼻が高いであろう。これはもしかしてがあるかもしれんぞ」
「あるかもしれんとは、何ですの?」
「上級生をさしおいての優勝だよ。ここ十数年無かったが、あの出来なら十分可能性はある。私はそう見るね」
「ふふふ、そうね。私もそう思いますわ」
観劇後の感想を言いあう、観客の皆様方は本当に楽しそうです。でも、次の次に舞台を披露する私達は……、まるでお葬式のよう。雰囲気が真っ暗です。
だって仕方ありません。イルヴァ殿下達が作り上げた劇のクライマックスは、私達の予想を遥かに超えた素晴らしい出来でした。水属性の魔法と風属性の魔法で作った嵐の吹き荒れる中、血みどろ(もちろん模造の血)になりながらも必死で剣を打ち合う騎士達の姿は圧巻でした。一瞬、本物の戦場にいるのではと勘違いしまいそうになるほどの臨場感がありました。
私達観客は、劇の迫力に飲み込まれ、心を掴まれてしまいました。イエルハルドの親友の騎士が敵に殺されるシーンなど涙なしでは……。
まずい、まずい。この劇に勝たなければならないなんて……。
イルヴァ殿下達の劇は、役者の演技や歌唱も凄かったのですが、一番、驚かされたのは魔法の使い方です。クライマックスのアンギレンの荒野には嵐、暴風雨が吹き荒れました。でも、嵐が吹き荒れているのは舞台だけ。観客席の方には雨粒一つ飛んできません。
あまりの不思議さに魔法か! と思ってしまいました(いえ、魔法なんですけどね)。後でセラフィーナ様に教えてもらったのですが、あれは防御魔法、通称シールドを使って実現していたそうです。ただし、シールドはとても高難度の魔法、もし使えるならば、あの騎士中の騎士として名高い「魔導騎士」にだってなれるとのこと。
魔導騎士……、ほんと魔法に関してはイルヴァ殿下達は恵まれています。
「参りましたね……」
ヴェロニカ様がポツリと弱音をこぼされ、それにマクシーネ様が同意なされました。
「そうですね。劇の出来の素晴らしさもさることながら、観客への気遣い。この点で殿下達は、わたし達より一歩優っておられます。これは参ったといわざるをえません」
ほんとにそうです。この点に関しては、無条件で殿下達を褒めたたえたいです。
いくら素晴らしい劇でも、嵐の中でずぶ濡れになりながらの観劇などゴメンです。それでも、嵐の中の戦いを表現したかったイルヴァ殿下達は、その解決策を見つけ出されました。凄いです。
アンギレンの戦いは、嵐の中での戦いとして有名です。ですからイルヴァ殿下達の劇でも嵐の表現はあると思っていました。ですが、せいぜい強風、風魔法による演出くらいだろうと私は思っていました。まさか大粒の雨まで降らし、雷鳴まで轟くとは思ってもいませんでした。うう……。
私はカラ元気を出しました。カラの元気でも無いよりましです。
「皆様、やる前から意気消沈していてどうするのです。私達のするのはコメディですよ。方向性は全然違うのです。やりようによって、より高評価を得ることは可能です。元気出しましょう!」
「そうね、パティ様の言う通りだわ」
「やる前から、こんなではいけませんね。私達なら、必ず出来ますわ、自分達の努力を信じましょう!」
「私も信じます!」
「私も!」「私も!」「私も!」「私も!」「私も!」
皆の目に光が戻って来ました。良かった、これなら、なんとか真面な劇が行えそうです。ヴェロニカ様が肩に手を置いてくれました。
「ありがとう、パティ様。皆を鼓舞しなきゃならないのは私なのに……。ほんと、貴女には助けてもらってばかり、感謝しているわ」
「もう! 感謝だなんて、これくらい仲間なら当然のことございましょう。水臭いですよ、ヴェロニカ様」
私はヴェロニカ様を肩で、軽く小突き、拗ねた口調で答えました。彼女のセラフィーナ様を思う気持ちは本物です。彼女は私と同じなのです、親愛の情を持たずにいられましょうか?
「そうですね、そうでございました。私としたことが……」
照れたように笑うヴェロニカ様の目が、少々潤んでおられます。
ヴェロニカ様、本当に貴女は良いお方ですね。私は貴女と友達になれて幸せです。さあ、今やってる組が終われば、次は私達です。私達がお慕いするセラフィーナ様のために、そして、私達全員のために劇を成功させましょう。
イルヴァ殿下、あなたは王女様、仲間は高位貴族ばかり。
それに比べて、私達の半分は下位貴族、私なんか元平民。でもね、そんな私達にだって意地はあるの。だから、私達はやるよ、私達の精一杯の劇を。
そして、貴女に見せてあげる。
貴女が嫌ってるセラフィーナ様が、どんなに素敵な女性であるかってことを!
セラフィーナ様と共にある私達が、如何に幸せかってことをね!