融通が利かない。
「それは貴方~~~~~~~♪」
それはそれは気持ちよく歌い上げました。歌い終わると同時に、盛大な拍手が、放課後の教室に響き渡りました。皆、精一杯手を叩いてくれています。歓声まで飛びました。
「パティ様、素敵ー!」
その歓声の主はセラフィーナ様。嬉しいですけれど、貴女様は、そんなキャラでしたっけ?
私は昔から歌がダメでした。私が歌うと、お父さんは、大変悲しげな顔になり、お母さんと弟、妹は、腹を抱えて笑い転げました。そうそう、近所の友達に誘われて入った教会の少年少女合唱団でも、すぐに、これは駄目だという顔をされました。まあ、子供達を指導していた神官様は優しいと評判だった方なので、合唱団をやめろとは言われませんでしたが……。
「パティ、君は口パクね、笑顔で口パク。見た目だけは良いから、そちらで貢献だ」
即日退団しました。私にだってプライドはあるのです。
見た目だけは良いから……。あの神官様、ほんとうに優しい方なのでしょうか?
でも、そんな悲しい日々とは、おさらばです。
セラフィーナ様に魔力をもらえば、私はこんなに上手に、まるで歌姫であるかのように歌えるのです。ありがとう、セラフィーナ様! ありがとう、セラフィーナ様の魔力!
貴女に一生ついて行きます! 犬と呼んで下さい! ワンワン!
と、このように私が、感動と感謝に打ち震えているというのに、それなのに……。ヴェロニカ様は盛大に溜息をついてくれました。台本を持った彼女がこちらへやって来ます。
「パティ様。そして、皆さん。今、練習している劇の題名をちゃんと覚えていますか?」
セラフィーナ様を始めとする今回の劇のメンバー(セラフィーナ様の取り巻き & マクシーネ様達 & 他数名)は黙り込みました。すぐに自分達の過ちに気づいたのです。
でも、皆から拍手をもらって気分が良かった私は、しゃあしゃあと答えました。
「題名くらいちゃんと覚えてますよ。『音痴姫』です」
「そうです、『音痴姫』です。貴女の役、オンテーヌ姫は超絶 オ・ン・チ な姫なのです」
ヴェロニカ様が切れました。
「なのに、拍手を取るほど上手に歌ってどうするのです! ここで取るのは、笑いです。拍手ではありません! 下手に歌って下さい、ど下手に! 死ぬほど、ど下手に!」
「うう……」
すぐに返事が出来ませんでした。確かに、ヴェロニカ様の仰ることは、ごもっともです。
ヴェロニカ様はイルヴァ殿下達に対抗するために、コメディを選択されました。イルヴァ殿下達がなされる劇、『アンギレンの闘い』はシリアスな戦記物です。(アレクシア王国は、この闘いに勝利したことによって建国されました)
シリアスにシリアスで対抗するのは、今回の場合得策ではありません。
あちらは魔法が使える人材が豊富(なんと十人以上!)なので、劇中、魔法を使った特殊効果がふんだんに使えます。きっと、本番の劇では、嵐が吹き荒れる戦場で、血みどろになって戦う騎士達の剣(劇なので、もちろん模造剣)が激しい火花を飛ばす、大スペクタクルが見れる筈です。
セラフィーナ様をいじめた憎い敵の劇ではありますが、凄いものを見れそうです。不謹慎かもしれませんが、ちょっと楽しみにしております。
それに対し、私達のほうで魔法を使えるのは、セラフィーナ様、ヴェロニカ様、そして私、パティの三人です。たったの三人なのです。これだけ戦力差があると、同じようなシリアスもので対抗するなど愚策も良いところです。ヴェロニカ様が、コメディに決められたのは正解です。
でも、私達だって、魔法を使っての盛り上げを放棄したわけではありません。こちらにはセラフィーナ様がおられます。セラフィーナ様にはラストで盛大に魔法を使ってもらいましょう。彼女は王国でもトップクラス、プラチナランクの魔法使い。今から胸が躍ります。ワクワクです。
ラスト前までの、こまごまとした効果は、私とヴェロニカ様が受け持ちます。私も、ヴェロニカ様も魔力量はブロンズランクですが、まあ、なんとかなるでしょう。
ヴェロニカ様に謝りました。
「歌う心地良さに酔うあまり、劇の趣旨を忘れしてしまっていました。すみません」
「わかって下されば良いのですよ。最後に、オンテーヌ姫の音痴は治ります。その時に、パティ様の素晴らしい歌声、甘やかな歌声を響かせてくださいませ。その時までは、下手に、ど下手に。お願い致しますよ」
「わかりました、ちゃんと下手に歌います。下手に歌うのは超得意です!」
カラスが、カア! と鳴きました。
奇麗な夕焼けが西の空を覆っています。町並みは夕陽に照らされ、黄金色に輝き、家路を急ぐ人々を優しく見守っています。なんと優しく幸せな光景でしょう。なんと……、でも、私の心は……。
馬車の隣の席に座るセラフィーナ様が慰めてくれました。(演劇祭までの間、劇の練習で、学院からの帰りの時間が同じになるので、彼女の馬車に同乗させてもらっています)
「パティ様、気落ちしないで下さいませ。何か方法はあります。きっと、ありますから」
「そうでしょうか。今日の練習では、どんなに下手に歌おうと努力してもダメでした。どうしても上手に、正しい音階で歌ってしまうのです。まさか、こんな苦難が待ち受けてるなんて……。運命は残酷、なんて残酷なんでしょう! 神様、そんなにこの私がお嫌いですか! このオンテーヌが!!」
私は悲劇の姫となって、天を仰ぎました。
「ああ、可哀想なオンテーヌ姫。私が、この私が、いつか貴女を運命の頸木から救ってあげましょう!」
セラフィーナも乗ってくれました。彼女の役は、オンテーヌを救う王子様。もう一人の主役です。
「アンサンブル王子、貴方にそのような力はございません。もう、オンテーヌのことは忘れて下さいまし! 私は一人森の中へ消えて行きます、消えて行きとうございます!」
「何とバカなことを! 私は貴女を妃に迎えて見せる! なんとしても迎えて見せる!」
「アンサンブル王子、そんなに私のことを!」
「もちろんです、オンテーヌ姫! 私の貴女へ愛は天よりも深く、海よりも高いのです!」
「王子!」
「姫!」
私とセラフィーナ様は、ガシッと抱き合いました。うーん、決まったー!
と、このようなバカなことをしていても、何の解決にもなりません。上で書きました通り、セラフィーナ様の魔力をもらった状態では、私は歌を下手に歌うことが出来ません。セラフィーナ様から頂いた魔力が、下手に歌わせてくれないのです。セラフィーナ様の魔力、融通が利きませんね。頭が固いです(魔力に頭があればですが)。
「でも、ほんとどうしましょう。このようなこと予想だにしておりませんでした。やはり、貴女から魔力を頂くのを止めるべきでしょうか? でも、それではちゃんと歌うべきところで、ちゃんと歌えなくなるし……。うーん、全く解決策が思い浮かびません」
煮詰まってしまった私に、セラフィーナ様は覗き込むように顔を寄せ、自らの手を私の手に重ねて下さいました。セラフィーナ様は時々、スキンシップをとって下さいます。自然に、とても自然に。
セラフィーナ様は、ニッコリ微笑まれました。なんて、素敵な笑顔でしょう、彼女の心、私への親愛が伝わってきます。思わず涙が出そうになりました。彼女のような素晴らしい令嬢が、私の隣に座ってくれている。それだけで胸がいっぱいになってきます。
「では、こう致しましょう。パティ様」
ごめんなさい、ごめんなさい。先ほど、私は、セラフィーナ様の魔力は融通が利かないなどと、ディスってしまいました。なんと愚かな身の程知らずでしょう。こんな身の程知らず。野壺に落ちて死んでしまえば良いのです。うう……。
私が、急に涙ぐんだので、セラフィーナ様は驚かれました。
「パ、パティ様! どうかされたのですか?」
「いえ、何も。目にゴミが入っただけです。そんなことより、今は何を言おうとされていたのですか? 何か、名案でも浮んだのですか?」
「ええ、浮かびました。多分、この手順でいけると思います。いえ、いけます!」
言い切ってくれました。セラフィーナ様、なんて頼もしい。
手順の説明が始まりました。
「私は最初、パティ様に魔力を渡しません。これでオンテーヌの下手な歌はOKですね」
「ええ、魔力を頂いていなければ、本来の私なので。でも、オンテーヌが、素晴らしい歌を披露するシーンはどうするのです。あそこは見せ場ですよ」
「そうです。見せ場です。でも、その見せ場は、姫にかけられた、音楽の精霊ミューイックの呪いが解けた後です。つまり、呪いが解けるシーンの前に、直前に、パティ様に魔力を渡せば良いのです」
「直前にって!」
私は、思わず、馬車の中で立ち上がりかけました。危なかったです、頭を打つところでした。
「セラフィーナ様、私達は主役です。劇の間は殆ど、どちらかが必ず舞台に出ています。魔力を頂く時間はありません。そんなの無理です、不可能です!」
「いえ、出来ます。呪いが解ける前に、二人でダンスするシーンがありますよね。あそこで、魔力を渡します。ダンスは手や体が触れ合うので、譲渡魔法を行う必要条件は満たしています」
「そんな……」
セラフィーナ様の言っていることが信じられませんでした。術式を短縮できる初級、中級レベルの魔法ならともかく、譲渡魔法は、才能がある者にしか出来ない上級魔法。難易度は段違いです。踊りつつのような、ながらで出来るものではありません。
「セラフィーナ様は、そのようなこと、本当に出来ると思っておられるのですか?」
「はい、思ってます」
セラフィーナ様は、簡単に肯定してくれました。呆れてしまって、お顔をまじまじと見ましたが、『何を、そんなに驚いてられるのですか? パティ様』というお顔をされています。
その涼やかさは、私に自分のバカさ加減を気づかせてくれました。セラフィーナ様は、王国トップランクの魔法使いです。その彼女に、私や普通の魔法使いの常識を当て嵌めようとするのが間違いなのです。彼女は格が違うのです。
その彼女が出来ると言っています、それなら出来るのでしょう。疑うなど失礼千万です。申し訳ありませんでした、セラフィーナ様。
そうこうしているうちに、我が家、ロンズデール男爵邸に着きました。
「送って頂いてありがとうございました。また明日、学院で! セラフィーナ様!」
「ええ、学院で。ごきげんよう、パティ様!」
私は笑顔で、セラフィーナ様の馬車を見送りました。
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屋敷に帰り着いたので、馬車から降りました。私は、フードを深々と被った馭者に向かって、礼を言いました。使用人に礼など必要ないという貴族も大勢いますが、私は、そういうのは好きではありません。
「ありがとう、マルグレット」
マルグレットは、フードを外しました。
「どういたしまして、セラフィーナお嬢様」
彼女は、私の専属メイド。とても有能です。何でも出来ます、馭者だって、料理人だって、何だって。王妃様の侍女だってこなせるでしょう。でも、近いうちに、お父様に頼んで私の専属から外してもらおうと思っています。彼女は私を嫌っています。彼女と私の仲は上手く行っておりません。
視線を前方に戻し、邸内へ向かおうとしたのですが、マルグレットが話しかけて来ました。
「お嬢様、あのようなことを仰って良かったのですか? いくらお嬢様とて、ダンスをしながら譲渡魔法が使えるとは、到底思えません。術式構築が不完全になり魔法は発動せず、魔力を無意味に浪費するだけに終わるでしょう。お止めなされませ」
心が悲鳴を上げました。
どうして魔力を持っていないのに、魔法のことを、こんなに的確に把握しているの! いくら有能なメイドだからって、限度があるわよ、限度が!
マルグレットが怖くなりました。でも、彼女の言になど、全く従う気はありません。
言葉を投げつけました。
「マルグレット。私は最高位の魔法使いですよ。魔力も無い貴女に、私の魔法の何がわかると言うのです。分をわきまえなさい!」
「出過ぎたことをでした、お許し下さいませ」
申し訳程度に頭を下げるマルグレットを無視して、玄関へと向かいました。
マルグレット、確かに貴女の言う通り、ながらで譲渡魔法を使うのは難しい、とても難しい……。でも、絶対成功させる。
私は大好きなパティ様を思い浮かべ、痛いほど拳を握り締めました。
愛の力を見せてあげるわ、マルグレット!