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愚かな夢。

2021.09.25 パティの発声の表記を変更。

「お嬢様、私の声に(音程を)合わせて下さいませ」


「はい、アンナ先生」


 専属メイドのアンナに指導を頼みました。彼女は大抵のことは卒なくこなすスーパーガールです。そのスペックの高さ、本当に羨ましいです。


「ド~~~~~~~」

「(♭)ど~~~~~~~」


「レ~~~~~~~」

「(♯)れ~~~~~~~」


「ミ~~~~~~~」

「(♭)み~~~~~~~」


「ファ~~~~~~」

「(♭)ふぁ~~~~~~」


「ソ~~~~~~~」

「(♯)そ~~~~~~~」


「ラ~~~~~~~」

「(♭)ら~~~~~~~」


「シ~~~~~~~」

「(♭)し~~~~~~~」


「ド~~~~~~~」

「(♯)ど~~~~~~~」


 アンナの表情が一気に暗くなりました。そんな顔をしなくても……。


「全部、半音ずれてますよ。わかっておられます? お嬢様」


「わかりません。全く!」


 私は正直に答えました。恥を忍んで頼っているのです。今更、見栄をはっても無意味です。アンナの表情が更に暗くなりました。


「うーん、厄介ですね。お嬢様の場合は正しい音程が出せないとかではなく、それ以前、音程を正しく認識出来ていませんね。要するに、耳が欠陥品なのです、アホ耳なのです」


「欠陥品! アホ耳!」


 あの、アンナさん。一応、私は貴女の主人なんですけど、覚えておられます? 


「これはかなり長期戦になりそうです。どれくらいの期間で治したいのですか?」


「三日!」


 明快に答えました。これくらいで治さないと、どう考えても演劇祭まで間に合いません。


「お嬢様、用事を思い出しました。奥様に頼まれていた大変大変重要な用事です。今直ぐ、今直ぐ行かねばなりません。失礼します。この件はいずれまた、何時の日にか!」


 アンナは去って行きました。女神様に見捨てられ、ついにはアンナにまで……。悲劇の主人公になった気分です、うう。白馬に乗った王子様、カモン! 助けて下さいまし~!


 翌日、私はヴェロニカ様の下へ向かいました。裏方に回して下さいと頼むためです。それなのに……、


「パティ様。貴女にやってもらう役が決まりました。女主人公、主演です。セラフィーナ様と共にダブル主演です!」


 悲劇です、()()()()()が起ころうとしています。私が主演なんかをしたら、演劇祭最下位確定。イルヴァ殿下を見返すなんて夢のまた夢です。これは撤回してもらわねばなりません。


 私は断りの返事をしようとしたのですが、ヴェロニカ様はノリノリで続けます。


「実はですね、最初、セラフィーナ様は、有志で劇をすることに『イルヴァ殿下に弓を引くようことは……』と乗り気ではなかったのです。ですが、パティ様が協力してくれる、一緒に出てくれると申したところ、途端に態度が変わりました。『パティ様が!』と目が輝かれ、『パティ様と一緒なら……』となってくれました。ほんと、貴女には感謝しています。パティ様、様です」


「様、様って……」


 気分は奈落まで落ち込みました。このようなことを言われたら、裏方に回りたいなど言いにくいではありませんか。でも、言わない訳にはいきません。重い口をなんとか開きました。


「あのー、真に申し上げにくいのですが、今回の劇、私を裏方に回して欲しいのです。お願いいたします」


「裏方? それはどういうことですか、パティ様」


「恥を忍んで申し上げますが、私は音痴なのです。それはそれは酷くて、専属メイドに面と向かって『アホ耳』と評されるくらいなのです。ですから、主演など到底無理です。すみません!」


 深く頭を下げました。大変深く腰を曲げたので、お腹の肉が、盛大にぷにょりました……。もう少し食べる量を減らしましょう。このままでは恥ずかしくてセラフィーナ様の横に立てなくなります。


 私の勇気あるカミングアウトに対するヴェロニカ様の反応は少々意外なものでした。


「ご冗談を」


「へ? 冗談なんて言っておりませんが……」


「パティ様、私は貴女のお歌を知っておりますよ。大変お上手ではありませんか、何を言っておられるのです」


 貴女こそ何を言っておられるのです、ヴェロニカ様。


「歌が大変お上手って……。私はヴェロニカ様の前で歌ったことなどございません。誰かとお間違いになってるのでしょう」


「いいえ、あのお歌は確かに貴女。今、聞いている特徴ある甘いお声と同じでした。パティ様のお声、お歌に間違いありません!」


 ヴェロニカ様は断言されました。とても自信満々で、鼻息さえ聞こえて来そうなほどでした。


「そうですか。でも、私に覚えはありません。どこでお聞きになったのですか?」


「トイレです、中庭のトイレで」


「中庭のトイレって、あの樹木の陰にあるトイレですか?」


「ええ、そうです」


 高位貴族用エリアにある中庭は、私達、下位貴族のエリアにあるものより大きいです。そのせいか、たった一つの個室ですが、小さなトイレが建てられています。殆ど使われていないトイレなので、私は時々使っております。(高位貴族用校舎にあるトイレはあまり使いたくありません。何故、下位貴族なんかが、ここに……という視線をどうしても感じてしまうのです)


「それは、何時のことですか?」


「先月の五日の昼休みだったでしょうか。たまたま使おうとすると、使用中で、中から素晴らしいお歌が聞こえて来たのです。その歌に感心しながら、貴女が出て来られるのを頑張って待っていたのですが、我慢出来ず、他のトイレへと向かいました。」


「先月の五日の昼休み……、あー! そう言えば使った記憶があります」


「でしょ」


 私が認めたことにヴェロニカ様は満足されたようです。多分その時、先にトイレに入っていたのは私です。私は自分が音痴なのを知っているので滅多な所では歌いません。でもあのトイレなら、殆ど人が来ないし、たった一つの個室だし、歌っていたかも……。


 でも、大きな疑問が残ります。それは、ヴェロニカ様が、私の歌が大変お上手と言ったことです。私は音痴です。音程がとれません。そのような者の歌が上手い筈がないのです、なのにどうして、真面だったのか、上手かったのか……?


 もしかして……、


 あれのせい? あれのおかげ?


「パティ様。そういうことですから、頑張って下さいね。私は明後日までに台本を上げて来ますから、皆で集まって配役等を決めましょう。さあ、忙しくなりますよ。では、失礼しますね」


 そう言って、ヴェロニカ様は、笑顔で校舎へ戻られて行かれました。結局、主演を断わり、裏方にまわることは出来ませんでしたが、光明は見えました。


 その光明とは、魔力、セラフィーナ様の魔力です。


 先月、私は自らが主催する初めてのお茶会を開きました。その時、私はセラフィーナ様から沢山の魔力を頂き、その後、数日以上、私の体の中をセラフィーナ様の魔力が駆け巡っていました。


 ですから、私がトイレで歌った歌が上手だったのはそのせいでしょう。それしか原因は考えられません。理屈は全くわかりませんが、セラフィーナ様の魔力は、音痴を治す力(一時的ですが……)があるようです。なんて凄いのでしょう、素敵なんでしょう。


 さすが、セラフィーナ様!


 私を音痴という地獄から救えるなんて、貴女は女神様以上に女神様です。


 私の心は、セラフィーナ様への賞賛で満ち溢れました。



 翌日、私はアリンガム公爵家を訪ねました。(勿論、アポをとってですよ)


「ラ~~~~~~~!」


 パチパチパチパチー! セラフィーナ様が拍手をしてくれました。


「素晴らしい、素晴らしいですわ、パティ様! 聞き惚れてしまいました」


「えへへ、ホントですか。セラフィーナ様にそう言ってもらえると嬉しいです」


「ホントですよ。魔力をお渡しする前とは全然違います。前は、それはそれは…………、あの、その……」


 セラフィーナ様は口ごもられました。わかってます。自分でちゃんとわかってるんです。言わないでくれてありがとうございます。


「でも、この効果、一時的なんですよね。まあ、演劇祭を乗り切るには十分なので良いですけれど、そこが少し悲しいですね。」


 やはり根本的解決には、地道な練習しかないのでしょう。練習方法はアンナが教えてくれます。ことがいろいろと落ち着いたら、じっくり取り組むことに致しましょう。


「あら、パティ様。そのようなことは心配ご無用ですよ。魔力など、幾らでも供給させてもらいます。私を、パティ様専用の魔力(タンク)だと思って下さいませ」


 セラフィーナ様は、ニコニコ顔で、仰られましたが思わず吹きそうになりました。


「専用の魔力槽って、そんな失礼なこと。セラフィーナ様に対して思えませんよ。こうしてお付き合いさせて頂いているだけでも、分不相応ですのに」


「まだ、そのようなことを仰られるのですか。それに、私がそうしたいと思うから、そう言っているのです。私は、パティ様の付属物になってもかまいません。パティ様の助けになれる、これ以上の喜びは、私にはございませんわ」


 セラフィーナ様の顔をまじまじと見ました。いつもの麗しいお顔、穏やかなお顔でした。でも、少し、こめかみに光るものがあるような……。


 彼女は本気で言っているのでしょうか? 筆頭公爵家のご令嬢であり、皇太子殿下の婚約者でもある自分を、たかが男爵家令嬢に過ぎない私の付属物になっても良いなどと……。他の者が聞いたら、セラフィーナ様はおかしくなったと思ってしまうでしょう。


 でも、おかしくなっていないとしたら、これは……。


 『パティ様の()()()になってもかまいません』


 『パティ様の助けになれる、これ以上の喜びは、()()()ございませんわ』



 もしかして、これは……、愛の告白?



 まさかね。そんなことは有り得ない。ほんのちょっと前まで平民だったのに、男爵家令嬢になって、お祖父様が公爵様の友人だったおかげで、セラフィーナ様とも付き合わせてもらってる。


 それだけなのに、舞い上がって、なんて愚かなことを考えているのでしょう。


 パティ、なんて馬鹿者なの、目を覚ましなさい! 


 私は自らを叱咤しました。


 セラフィーナ様も、お戯れはおよしになって下さい。そうでないと愚かな私は、夢を見てしまいます。貴女のものとなり、永遠に貴女の傍に居続けられるという愚かな夢を……。


 そして、翌日。ヴェロニカ様が劇の台本を書き上げて来られました。よく出来た台本でした。何気に文才があるのですね。でも、その題材が、題名が……。


 『 音痴姫 』


 貴女、遊んでません? 遊んでますよね? ヴェロニカ様。


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― 新着の感想 ―
[良い点] そんな貧弱な言い訳で主人を捨てたアンナさんは陽気でした。 それでも、私たちのヒロインは道を見つけます! そして、下の貴族と上の貴族の間の贅沢と施設の分離が期待されていますが、それでもばかげ…
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