村娘A。
セラフィーナ様が抱えている苦悩が、どういうものなのかは大体わかりました。
ですが、どうしたらセラフィーナ様を、お救いできるのでしょう?
私なりに色々と考えたのですが、全く良い考えが浮かびません。煮詰まるばかりです。こういう時は、思考停止が一番です。とりあえず、出来ることをやりましょう。
私に、今出来ること。
それは、セラフィーナ様の学院生活を楽しいものにすること。朗らかなものにすることです。
翌日、学院の昼休みに、通行証(お友達カード)を持って高位貴族エリアに入りました。勿論、セラフィーナ様を訪ねるためです。珍しく、彼女は一人でした。普段は、大抵、五、六名の取り巻きの方がおられます。
私は、彼女に提案しました。
「セラフィーナ様。もし、よろしかったら、マクシーネ様達にも、お友達カードをお渡しになっては如何ですか」
「カードをですか。私のものなど、彼女達は欲しいと思うでしょうか?」
セラフィーナ様とお話していると、時々頭が痛くなることがあります。それは、彼女のあまりにも自己に対する評価の低さです。もし、私が、彼女のような超絶美貌や地位を持っていたならば、増長も増長。「世界は自分が中心、自分のためにある」と考えているでしょう。
「当たり前じゃないですか。もらえたら彼女達、泣いて喜びますよ。絶対です、保証します」
「そうですか、それでは……」
セラフィーナ様はポケットから、お友達カードを取り出されました。その時の彼女の表情には、照れがありました。照れ照れでした。
「申し訳ございませんが、パティ様から渡してもらえませんか?」
「ええ、良いですよ」
私はカードを受け取りました。きっちり五枚ありました。多分、セラフィーナ様は、私に言われるまでも無く、マクシーネ様達にカードを渡したかったのだと思います。でも、勇気が無かった。普通、有り得ないことだと思うのですが、もし、「要らない」「こんなもの」とか言われたら……、そう考えて二の足を踏んでいたのでしょう。
私は、言ってあげたくなりました。
『もっと、自信を持ってください。貴女は皆の憧れですよ。皆、貴女と関わりたいのです』
ですが、そのような言葉を投げかけても、彼女は変わらないと思います。彼女が自分を評価しない根本には、アレクシスの件があります。
大精霊アレクシスが、彼女をアレクシスの化身として認めなかったこと。このことが彼女の自己評価を決定づけています。
アレクシス様。貴方が化身を通じて、私達を、私達の国を守ってくれていることには感謝しております。でも、貴方が、私の大切な友達、セラフィーナ様に行った仕打ちは忘れませんからね。忘れませんから!
高位貴族エリアから戻ると直ぐに、私はマクシーネ様達にカードを渡しました。
「セラフィーナ様は直接渡したかったようですが、さすがに、五人ともなると悪目立ちしそうなので、私が預かって来ました。さあ、受け取って下さいませ」
この台詞は、こう言いますよとセラフィーナ様の了解をとっています。
カードを受け取った彼女達は、涙を流さんばかりの感激でした。どうです、私の言った通りでしょ、セラフィーナ様。
「ああ、私みたいな没落子爵家の娘を、セラフィーナ様が友達と思って下さるなんて……」
メアリー様が、ついに泣き出されました。私は、彼女の両肩に優しく手を添えました。
わかるよ、わかる。私なんか、元平民だよ。目の前にいたら、地べたに跪かなければならない立場だったんだよ。
それがさ、それがね……。
マクシーネ様が仰られました。
「カーラ様、キャスリン様、レジーナ様、メアリー様。今回のセラフィーナ様のお心遣い、決して忘れないように致しましょう。そして、なりましょう。どのような時でも彼女の味方であれる良き友に!」
「そうですね、絶対になりましょう!」
カーラ様が賛同の声を上げられ、他のお三方も同意されました。皆、良い方ばかりです。ほんとに良い方ばかり。
カードを頂いたマクシーネ様達は、セラフィーナ様の下へ顔を出すようになられました。セラフィーナ様も大変喜び、日増しに笑顔が増えて行きました。
ただ、私が顔を出し始めた時とマクシーネ様達の時とで違うことが一つありました。本来、喜ばしいことではありましたが、私的には少々、腹立たしかったので、聞いてみました。
「ヴェロニカ様。私の時とは違って、誰も嫌な顔をなされませんね。何が違うのですか?」
ヴェロニカ様は侯爵家御令嬢。セラフィーナ様の取り巻きをまとめられている方です。最近では普通に話す仲となっております。
「何が違うって、彼女達はきちんと節度を守っていますからね。貴女の時ほどイライラしないのですよ。パティ様」
「えー、そんなー。私だって言葉遣い等、かなり気を付けていましたよ。イライラなんて酷いです。もうっ」
私は、肘で軽くヴェロニカ様を小突きました。今の彼女なら、笑って許してくれるでしょう。そう判断しました。案の定、笑って許してくれました。苦笑いでしたが。
「ふふっ。あまり、自覚がないようですから、一つ教えておいてあげましょう」
「自覚がない?」
「ええ。パティ様、貴女は人との接し方もですが、それ以上に貴女のお声、お声が大変甘ったるいのです。貴女の人となりをわかってしまえば、それも一つの魅力なのですが、初めて会ったり、良く知らなかったりすると、どうしても貴女が、媚び媚びの嫌な女に見えてしまうのです。お気を付けあそばせ」
「うう、わかりました。これからは重々気を付けたい思います」
「そんなにかしこまる必要ありませんよ。少しトーンを抑えれれば良いのです」
ショックでした。自分の声が高めであることは承知しています。ですが、媚び、媚び、と思われるほどに甘ったるかったとは……。そう言えば、これまで女の子より、男の子に好かれてきました。これが原因だったのですね。うーん。
声って難しいですね。誰かを参考にしましょうか……。参考にするなら、やはりセラフィーナ様。彼女のお声は、鈴のように軽やかなのに、しっとりとした落ち着きがあります、私は大好きです。それに、お歌も大変お上手。
ヴェロニカ様との会話が、微妙なものになってきましたので、私は方向転換を図りました。
「そう言えば、セラフィーナ様は今度の演劇祭で、主演なさるのですよね。とっても楽しみです」
「それは……、そのことなんですが……」
私達の通っている貴族学院には、毎年初夏に恒例となっている行事、演劇祭があります。有志が集った団体(といっても殆どクラス単位の参加です)により音楽劇が行われ、覇が競われます。
私達のクラスは参加しません。参加するのは高位貴族クラス、下位貴族のクラスは、滅多に参加しないのです。この演劇祭で行われる音楽劇においては、演出として魔法がふんだんに使われます。
はっきり言いまして、行われるのは、魔法音楽劇です。
魔法を使える者が少ない下位貴族のクラスが出ても勝ち目は殆どありません。私が所属しているクラスは、四十名の生徒がいますが、私以外に魔力所持者は二人しかいません。他の八つの下位クラスも二三人が殆ど、ゼロのクラスだってあります。
でも、これは私にとっては好都合です。私には音感がありません、いわゆる音痴です。音楽劇など死んでも出たくはありません。下位貴族のクラスで良かった、ほんとに良かったです! 神よ、感謝いたします!
「パティ様、パティ様! 何を自分の世界に浸っておられるのです!」
「はっ、すみません。つい……」
「私の話を聞いておられましたか?」
「いえ、聞いておりませんでした。てへ」
「てへって、本当に貴女って人は……、こうしてあげます」
今度はヴェロニカ様の方から肘で小突いてきました。嬉しかったです。最初の頃の、どうして下位貴族なんかが……、と白眼視されていたことを思うと涙が出そうです。
「もう一度言いますよ。今度は、ちゃんと聞いて下さいね」
「は、はい。ちゃんと聞きます」
「セラフィーナ様は、今回の劇、主演ではありません。主演を降ろされたのです、今回のセラフィーナ様の役柄は村娘Aです」
頭が真っ白になりました。
「村娘Aって、脇役なんじゃ……」
「ええ、脇役ですね。台詞は『お願げーでごぜぇます、騎士様』の一言だけです」
あのセラフィーナ様が、超絶美少女で、筆頭公爵家の御令嬢で、皇太子殿下の婚約者であらせられるセラフィーナ様の役が、村娘A……。
貰えた、たった一つの台詞が、お願げーでごぜぇます、騎士様……。
私の心は怒りに震えました。握り締めた拳が痛いです、でも力を抜くことが出来ません。
「ヴェロニカ様、このような辱めがあって良いのでしょうか、あっていい訳がありませんよね」
「ええ、ありません。ですから、パティ様、貴女達の力を貸して欲しいのです」
ヴェロニカ様は私の目を正面から見つめてきました。彼女がこれほど真剣な顔をされるのを見たことがありません。
「貸して欲しいって、何を、私達は何をしたら良いのですか?」
「劇を。私達と一緒に、セラフィーナ様と一緒に劇をやって下さい。私はセラフィーナ様の友として、このような屈辱、耐えることができません」
皇太子殿下、貴方は以前仰いました。『彼女には取り巻きはいても、友達はいないんだ……、可哀想な子だよ』。
はたしてそうですか? ヴェロニカ様はちゃんとセラフィーナ様のことを思っています。彼女の友達です。殿下、貴方は、セラフィーナ様をちゃんと見ていない。メイリーネ様とのことは同情致しますが、貴方はセラフィーナ様の婚約者なのです。きちんとセラフィーナ様と向かい合うべきです。もし、その気がないのなら……。
「パティ様、如何ですか? お返事をお聞かせ下さいませ」
「やります、やらせていただきます。このようなこと、どうして断ることができましょう」
ヴェロニカ様の目に薄っすらとした涙が浮かびました。
「パティ様!」
「ヴェロニカ様!」
がっしりとした握手を交わしました。熱き誓いの握手を。
しかし、私は、セラフィーナ様を冷遇した者たちへの怒りで、完全に忘れていました。
自分達がやるのは音楽劇で、自分が音痴であることを……。