化身の御業。
・セラフィーナが精霊廟に赴いた時期、変更しております。他の話でも修正済みです。
・アンナの化身に関する指摘、一部変更。(2021.10.04)
・「子女」という表現を削除「娘」に変更。(2022.06.05)
アンリエッタ様は仰いました。
「まんまですね。文字通り、アレクシスの国。精霊廟、アレクシア廟で数十年を過ごす巫女、通称、アレクシスの化身に守られる国。それが、私達の国、アレクシア王国です」
はは~ん。そうですか、そういうことだったのですね。
アンリエッタ様のお言葉と、自分が見た夢を照らし合わせることによって、セラフィーナ様達に起こったことの大まかな概要が見えて来ました。
でも、まだ核心部の情報を聞いておりません。それを知らなければ、彼女達の心情に寄り添えません。
「アンリエッタ様。そのアレクシスの化身とは、如何なる者なのですか?」
「アレクシスの化身というのは、大精霊アレクシスの代行者です。アレクシス様の力を仲介し、私達の国に様々な加護を与えてくれます。王国の大地が、他の国に比べて清浄なのも、その加護の一つですよ」
「それでは、王国が『黄金の大地』と称されるのは、化身の御蔭なんですね」
アレクシア王国は、大陸における穀物の一大生産地、王国での消費量を遥かに上回る収穫があり、余剰分は他国に出荷され、膨大な外貨を稼いでいます。
「ええ、そうです。穢れた大地では、作物の良好な発育など望むべくもありません。それに、魔獣も発生しやすくなりますからね。加護をもらっていない他国は、結構大変ですよ。騎士団などかなり疲弊していると聞いています」
アンリエッタ様は胸の前で掌を組み合されました。
「ありがたいことです。アレクシス様に、化身様に、感謝を……」
私も一緒に感謝の祈りを捧げました。食べることは生きることです、これは祈らずにはおられません。
しかし、最近、魔獣の方は……。昔は、今ほどの頻度で発生していなかったと思います。
「その他の加護では、疫病の流行や、異常な天候を抑えたりとかがありますね」
異常な天候を抑える? 昨年の秋ごろ以来、例年より気温の高い日が続いております。これは異常な天候では……。
「でも、一番に国を守ってくれているは別の加護です。これがあるから、あの強大な征服者、ロールガルト帝国を撃退し続けて来られたのです」
「その加護とは何ですか? 焦らさないで下さいませ」
アンリエッタ様は、はい、はい、と言う感じで少し微笑まれましたが、直ぐに表情を戻されました。
「それは『 未来予知 』。十日間という限定はありますが、未来が詳細にわかります。アレクシスの化身の究極の御業です」
未来予知、予め未来がわかること。日数の限定があるとしても、これは凄いことです、とんでもないことです。
羨望を抱きました。
「ほんとに究極、素晴らしい能力ですね、そのようなこと、どんな魔法を使っても不可能です。私も欲しいです、未来予知。もし、持てたなら学院の定期試験など楽しくて仕方がないでしょう」
「確かにそうね。持てたらね」
アンリエッタ様は、私のアホな賛辞に苦笑気味。
「でも、私はいらないわ。凄いことには、やはり代償が必要なのよ。未来予知も同じなの」
「代償……、どのような代償ですか?」
「未来予知は、化身に大変な負担がかかるの、化身の体が消耗するの。一回行えば、三日は床に臥すと聞いているわ。だから、滅多なことでは行えない。行うのは、戦の時にだけ、他国と戦争になる時にだけよ」
「戦争の時にですか。確かに使いどころとしては間違ってませんね。情報を欲する切実さでは、戦争時に勝るものはないでしょう」
戦争。幸運なことに、私は一度も経験したことはありません。でも、絶対勝たねばならないものだということはわかっています。敵味方、どちらにも義はあるでしょう。でも、起こってしまえば、味方と共に頑張るしかありません。私は死にたくないし、愛する人達が死ぬのも見たくありません。
「パティ、貴女は、喋り方はともかく、頭は悪くない。それは誇っていいわ」
えへへ。褒められ……た?
「未来予知は戦争には、ほんと有利な能力。敵が、どれほどの兵馬を投入して来るのか? 装備してくる武器は何なのか? どの進路を行くのか? どの将軍が率いてくるのか? どういう陣容を構えるかの? 等、全部、王国は化身を通じてわかってるの。敵は丸裸も同然よ」
「むむ、それは有利なんてもんじゃありませんね。敵に同情してしまうレベルです」
「だから王国は帝国に勝てて来たの。はっきり言って、軍事力では帝国は王国に遥かに優っているわ。数字で表すと『6対1』くらい。それでも、なんとか、アレクシスの化身の御蔭で耐えられてきた」
化身への敬意とともに、先ほどから思っていた懸念が、また浮上して来ました。
王国における、魔獣発生頻度の上昇……。昨年来の異常な天候……。
これらの意味するところは何でしょう。アンリエッタ様の説明の通りなら、アレクシスの化身の弱体化、能力不足と考えるが妥当でしょう。このような状態で、あの強欲な帝国と対峙し続けねばならないなんて……。
『帝国が私達の国へ何時、本格的な刃を向けるかと考えると恐ろしくてなりません』
ここへ来る前に馬車の中で聞いたアンナの言葉です。彼女の抱く恐怖をようやく理解しました。
「アンリエッタ様、教えて下さいませ。今の化身はどなたなのですか? どのような方なのですか?」
もう答えはわかっています。夢で見て、わかっているのです。でも、アンリエッタ様の口からちゃんと聞きたいのです。
アンリエッタ様も何を今更、という感じでしたが、きちんと答えてくれました。
「今の化身は、メイリーネ様。セラフィーナ様の双子の妹君です」
私とアンナは、アンリエッタ様のお屋敷を辞しました。
馬車の窓を景色が流れて行きます。今、走っているところは華やかな目抜き通り。奇麗な建物が立ち並び、着飾った人々が沢山、楽し気に歩いています。
普段なら、心が高揚する場所ですが、今は、全く高まりませんし、そのような人達を見たくありません。馬車の中に視線を戻し、目を閉じました。
彼ら彼女らは知らないでしょう。今の自分達が享受している豊かな生活が、二人の少女、セラフィーナ様とメイリーネ様の苦しみの上に成り立っていることを……。
別れ際のアンリエッタ様の言葉が思い出されました。
「パティ。セラフィーナ様は、無断で家を飛び出して精霊廟に赴いたんですよ」
「無断でって、どうしてそのようなことを?」
「公爵様は、全てにおいて、妹君より優秀なセラフィーナ様を俗世に残したかったのです。精霊廟に向かうことに決まっていたのはメイリーネ様でした。でも、その頃にはメイリーネ様と皇太子殿下は、既に恋仲。セラフィーナ様は自分が行くと公爵様に申し出ましたが、公爵様は受け入れませんでした。それ故です」
「……、セラフィーナ様は優しいですね」
「ほんとです。彼女ほど優しい人を私は知りません。なのに、なのにどうして、あのように苦しまねばならないのでしょう。どうしてです、教えて下さいませ……」
アンリエッタ様、貴女にわからないことがどうして、私なんかにわかりましょう。私なんかに……。
悲しさと情けなさで、握った拳で何かを叩きたくなりましたが、前にはアンナが座っております。そんなことをしては怒られてしまいます。
最近では、力関係からして、あちらの方が上です。アンナがあまりに有能なので私は頭が上がらないのです。まるで先生と生徒です。
アンナ先生が、問いかけて来ました。
「パティお嬢様、アレクシスの化身の一番の問題点はなんだと思われますか?」
びっくりしました。何に驚いたかというと、アンナが、アレクシスの化身という言葉を使ったことです。彼女は、アリンガム家に奉公していた時に知ったことは、喋ろうとはしませんでした。それなのに、どうして……。
あー、そうか。別れ際の私とアンリエッタ様の話を聞いてたもんね。私が、大体のことを知ってしまったのがわかったのね。
「問題点? それはあれでしょう。結婚を諦めねばならないこととか、巫女として精霊廟に籠らなければならないから、俗世の楽しみと無縁になることとか、なんじゃない」
「それもそうですが。もう少し大きな視点で見て下さい」
「見たいけれど、見れない。教えて」今日は疲れました。考える気になりません。
「お嬢様は、ホント努力しませんねー。まあ、そういうところも好きですが」
えっ、好きなの? 貴女、変わってるわね。
「では、お教えします。アレクシスの化身の一番の問題点は、アリンガム公爵家の娘しか、なれないことです。選択肢が少な過ぎるのです」
アンナは自信満々で教えてくれました。でも、私的にはなんだかなーです。確かにそれはそうでしょう。でも、問題点を指摘するだけでは意味がありません。
「じゃー、その解決策は?」
と尋ねると、アンナの返答は
「さあ」
でした。おいおいです。
でも、このアンナの指摘が、後に光の端緒となりました。
王国を救う光の端緒に。