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アンリエッタ様との対話。

 ガラガラ、ガラガラガラ。


 私とアンナは今、馬車に乗ってゴーチェ子爵家、アンリエッタ様のお家へ向かっています。


 昨日見た、セラフィーナ様の夢が真実であることの裏をとるためです。アンリエッタ様はセラフィーナ様の実情を知っておられるのです。ですが……、


 実は、私の身近にいる者で実情を知っている者がもう一人います。それは、私の向かいに座っているアンナです。アンナは一時期、アリンガム家に奉公をしておりました。


 それ故、彼女が私の専属メイドになった時、私は、セラフィーナ様のことを、もっと良く知ろうと、彼女に頼んだことがあります。


「セラフィーナ様のことで知っていることがあれば、どんな小さなことでも良いから教えて」


 でも、アンナから返って来たのは拒否の言葉でした。


「お嬢様。申し訳ございませんが、それは出来かねます。私達メイドは、奉公先で知ったことは、他家の方には、絶対話しません。これは犯してはならない鉄則です。この鉄則を破るような者は信用を得られません。仕事を貰えないのです。ご容赦下さいませ」


 私の頼みは、アンナの職業人としての誇りを傷つけるものでした。すぐさま謝罪しました。専属になってもらって早々、浅はかな主人だ、などと思われたくはありません。

 


 ゴトン! 突如、馬車が停車し、御者を務めてくれている従僕、ハンスが声をあげます


「道を譲ります」


 私達の馬車には、ロンズデール男爵家の紋章が掲げられています。大概の馬車、荷馬車や商家の馬車などは道を、こちらに譲ってくれるのですが……。


 数多の蹄鉄が石畳を叩く音と鎧の擦れる音が右横を通り抜けていきます。私達は、その音の主達に向かって頭を下げました。


 音が遠のきました。行ってしまったようです。私は顔を上げ、アンナに言いました。


「第八騎士団でしたね、魔獣退治の帰りでしょうか?」


 頭を下げる前に見た騎士達も団旗も、かなり薄汚れていましたし、負傷者のものらしき呻き声も聞こえてきました。


「でしょうね。魔獣は昨年来、東の黒森から頻繁に現れてますから」


 魔獣、それは、元は普通の獣であったものが、神の光が届かぬ森の奥深くで吹き上がる瘴気にさらされ変化したものです。大変凶悪な獣で人々を襲い食べてしまいます。


「それにしても、どうして魔獣なんていう恐ろしい獣が存在することを許されているのかしら? 神は何を考えておられるの?」

 

 私は嘆くと同時に、最近、訪れて来てくれない女神様のことを思いました。


 あー、ダメだ。あの方に期待するのは無理、諦めよう。どうせ、忙しいのよ! の一点張りです。


「さあ、偉大なる(かた)の御意志など、わかりかねます。でも、パティお嬢様。本当に恐ろしいのは魔獣などではございませんよ、人です、人なのです」


「人? 確かに、人には悪人もいます。でも、魔獣より恐ろしいというのは違うのではない?」


 昨日のお茶会の件で、セラフィーナ様を始め、多くの人達から善意を受け取った私は、アンナの言葉に納得がいきませんでした。


「お嬢様。私が言っているのはそういう意味ではございません」


 アンナの眼差しが険しくなりました。


「魔獣は人を襲ったとしても単体です。仲間と連携をとって襲ってくるわけではございません。それに対して人は統率された集団を作ります。集団は大きくなれば大きくなるほど力を持ちます。これが如何ほどに恐ろしいか……」


 漸く、私の愚鈍な頭が動き出しました。あー、視野が全然違う。アンナは私よりずっと大きな世界を見ています。


「アンナ、貴女は帝国のことを言っているのね」


「そうです。私は、帝国が私達の国へ何時、本格的な刃を向けるかと考えると恐ろしくてなりません」


 帝国、ロールガルト帝国は、私達の王国と東の国境で接する大国です。帝国は百数十年前の建国以来、幾つもの国を倒し版図を広げて来ました。ほんの十年前にも、帝国の北にあった小国、クナイスル共和国が併合されました。


「それはそうそうかもしれないけれど、私達の王国の騎士団はとっても強いわ。今まで、一度も帝国の軍に負けたことはないじゃない。きっと大丈夫よ」


 基本的に陽気なアンナが、ここまで暗い顔をするのは珍しいことです。彼女を安心させてあげかったので、軽い感じで彼女の不安を否定しました。


 それに、私は嘘は言っておりません。王国の騎士団は、他の国の騎士団が蹴散らされる中、帝国の魔の手を悉く撃退し続けてくれています。


 それ故、騎士団は我が国の誇りとされ、誰もから敬意を払われています。騎士団と道を行き違うことがあれば、うちのような男爵家は当然のこと、侯爵、伯爵のような高位貴族であってさえ騎士団に道を譲ります、頭を下げます。


「そうですね。きっと大丈夫ですよね」


 そう言ってアンナは微笑んでくれましたが、彼女の目から不安の色は消えていませんでした。どうして、そこまで……とアンナに疑念を抱いたのですが、私の思考はハンスの声によって中断されました。


「お嬢様、もうすぐ到着いたします。ご準備を」






 私は美味しいお茶を頂きながら、アンリエッタ様に昨日見た夢のことを話しました。


「パティ、それは夢の話でしょう。夢など陽炎のようなもの。どうしてそれが真実だと思えるの? 言えるの?」


 アンリエッタ様は、言葉の上では何をバカなことを、と言う感じでしたが、目は笑っておられませんでした。


 私は手に持っていたティカップをソーサーに戻しました。


「そう思われるのは最もです。ですが、その前の日。魔力切れになっていた私は、セラフィーナ様から沢山の魔力を頂きました。本当に沢山頂いたので、その日の晩はセラフィーナ様の魔力が私の中に満ち溢れ、全身で彼女を感じ続けました」


 今でも、そう。彼女の魔力は私の体を駆け巡っています。


「それほどの状態だったのです。ですから、彼女がくれた魔力が、あのような夢を、彼女の過去を、私に見せたとしても何の不思議も無いと私は思っています」


 私が話している間中、アンリエッタ様は遠い目をされていました。


「魔力がですか……。私は持っていないので……」


 ダメか。アンリエッタ様も教えてはくれないか……と、落胆しかけたのですが、アンリエッタ様の眼差しが変わり、いつもの優しいアンリエッタ様に戻られました。


「でも、魔力の源は心、その魔力を使ってなされる魔法は()()()()であると、昔、学院で習ったことがあります」


「魔法は心の発露……。そのような言葉があるのですね」


 良い言葉です。帰ったらノートに書いておきましょう。


「ええ。ですから、セラフィーナ様は表層意識では、魔力を友達である貴女に分けて上げたいと思っただけでしょうが、心の奥深く、深層意識では違うのでしょうね」

 

「違う? どういうことですか?」


「彼女の真意は違うということです。セラフィーナ様は、魔力を贈ることによって、貴女に助けを求めたのです。貴女が見た夢は、彼女の悲鳴です」 


 私に助けを求めた……、セラフィーナ様の悲鳴……。


 私は、あの夢は真実であることは確信していました。ですが、あれは偶々、魔力を分け与えてもらったから見れたもの。偶然のものであり、私に向けてのものであるとは思っていませんでした。


「パティ、もう誤魔化すのは止めにします。貴女が見た夢は真実です、真実でしょう。ですから、貴女に尋ねます。貴女は彼女の友達ですね、本当の友なのですね」


 アンリエッタ様はとても真剣でした。私は最初から真剣です、漸く、私とアンリエッタ様の歯車は噛み合い始めました。


「はい、友達です。セラフィーナ様もそう言ってくれています。彼女の信頼を裏切ることなど、私はしません。したくありません」


 言い切りました。ニコッとされるアンリエッタ様。


「良い返事です。私は貴女を初めて会った時から気にいっていました。今では、妹のように思っていますよ」


「ありがとうございます。私もお姉様のことが大好きです。そして、海よりも深く、山よりも高く、お姉様のことを尊敬しています!」


「フフフッ。そういうお調子者のところも好きですよ」


 お調子者……。自分でもある程度は自覚しておりますが、人から言われると少し、グサッときます。もう少し、言葉の使い方を考えた方が良いのかも知れません。


 アンリエッタ様は、私の手をとられ、顔を寄せられて来ました。良い匂いがします。セラフィーナ様ほどではありませんが、とても安らぐ良い匂いです。


「パティ、私はセラフィーナ様の事情を知って以来、彼女が可哀そうでなりません。でも、私では……、何回かお会いしましたが、彼女は心を開いてくれませんでした。けれど貴女は違う、彼女は貴女に心を開き始めています。ですからお願いです。セラフィーナ様を支えてあげて下さい、寄り添ってあげて下さいませ」


「はい、わかりました。でも私なんかで良いのでしょうか?」


「良いのです。貴女には、一緒にいると笑顔になれる不思議な魅力があります。だから私は、セラフィーナ様にお会いするよう、積極的に勧めたのです。そうでなければ、貴女のような、マナーが穴ぼこだらけの人を、筆頭公爵家へ送り込もうだなんて思いませんよ」


「穴ぼこだらけって……。お姉様は、結構酷い人ですね。その穴ぼこのせいで、彼女の専属メイドに睨まれたり、手紙を隠されたりして大変だったんですから」


「あら、それはご愁傷さまですね。でも、これも人生経験の一つですよ」


「経験の一つって……。他人事だと思ってー、もうっ」


 私の反応に、愛らしい笑窪を見せて笑われるアンリエッタ様に対し、少し拗ねてみせましたが、私の心は温かさで一杯でした。アンリエッタ様との付き合いは、まだ短いですが、下町にいた頃、私を大変可愛がってくれたメリッサお姉ちゃんと同じくらい私は好いています、尊敬しています。そのような方に、褒めて貰って嬉しくない訳がありません。


「では、これから、私の知っている全てのことを貴女にお話します。心の準備はいいですか」


「はい、大丈夫です。何でも、どんと来い! です」


 私の言葉遣いに、アンリエッタ様の顔が少々引き攣りました。やはり、もう少し言葉遣いを考えねばなりません。ほんとにです。


 アンリエッタ様は、コホン、と咳ばらいをされ、気を取り直されました。


「パティ、私達の王国が、強大なロールガルト帝国に、今まで対抗出来ているのは、どうしてだと思いますか?」


 想定外の言葉がアンリエッタ様の口から出て来たので少々面食らいました。そのようなこと、セラフィーナ様と何の関係が……。でもまあ、聞かれたのですから答えましょう。


「それは、王国の騎士団がとても強いからでしょう。如何に帝国が強大だとしても、実際戦うのは騎士達、強い騎士団がいる、私達の国に分があります」


「そうですね。表向きはそうなっていますね」


「表向きって、本当は違うのですか?」


「違います。王国の騎士団は強く、命を懸けて戦って来て下さいました。ですが、王国が帝国の侵略を退けられて来た、本当の理由は大精霊アレクシスの加護があったからです。アレクシスの助けが無ければ、私達はとうに帝国下級臣民。奴隷のような扱いを受けていることでしょう」


 ショックでした。大精霊アレクシスは、私達の王国を愛し守ってくれる偉大な精霊として、崇め奉られています。でも、それは信仰レベルの話で、現実的なレベルで守ってくれていたなんて……。


「パティ、私達の王国の名前を言って下さいませ」



「アレクシア王国……」



「まんまですね。文字通り、アレクシスの国。精霊廟、アレクシア廟で数十年を過ごす巫女、通称、()()()()()()()()に守られる国。それが、私達の国、アレクシア王国です」


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― 新着の感想 ―
[良い点] ああ、なんて魅力的だ。 私はいつも、最悪の脅威がまだ世界に住んでいる人々であるモンスターについての話を楽しんでいます。 そして地政学は魅力的です。 帝国がどのように拡大しようとしているのか…
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