源は、心。
20/12/02 メイリーネの台詞、少し変更しました。
21/04/30 メイリーネの髪の色、ダークブラウンに変更
「セラフィーナ様、ご用とは何でしょうか?」
マクシーネ様達の見送りを終えた後、私は彼女に尋ねました。
「それはですね……。パティ様、場所を変えられませんか? もう少し静かなところに」
メイド達が、足早に動いてくれています。私が主催する初めてお茶会故、気合をいれたセッティングをしてくれた分、後片付けも大変です。
下町の住人だった頃は、私もそれなりに家事をしていたのですが、ここに来てからは、皿一つ洗ったこともありません。貴族とは、そういうもの。楽で嬉しいことではありますが、やはり一抹の心苦しさは、どうしても感じてしまいます。
「そうですね。では、私の部屋に参りましょう」
階段を上り、セラフィーナ様を私の部屋へお連れしました。
「ここがパティ様のお部屋。なんとも可愛らしい、素敵なお部屋ですね」
一脚あるライティングデスク用の椅子をお勧めしたのですが、セラフィーナ様は、こちらで良いと、寝台に腰を降ろされました。
「まあ、この寝台のマットレス。スプリング式ではございませんか。やはり最新式は違いますね。凄い反発力、ほら、こんなに」
スプリングの感触を確かめるように、腰を上下に揺らされるセラフィーナ様を見ていると、なんともいえない気分になって来ました。セラフィーナ様が座っておられるのは、私がいつも使っている寝台……、ただ、それだけのことが妙に生々しく、私の心をドギマギさせて来ます。
落ち着くの、落ち着くのよ、パティ。いくら超絶に美しい方だといっても、セラフィーナ様は女の子、女の子なの!
「パティ様、一つ質問をしてよろしいかしら?」
「は、はい。結構ですよ」
何でも聞いて下さい。黙っていると、雑念が……。
「ありがとうございます。お聞きしたいのは魔力のことです。パティ様は今、魔力切れの状態ではございませんか?」
驚きました。普通、見た目では相手が魔力切れの状態であるか、そうでないかは、わからない筈です。
私がそれを肯定すると、セラフィーナ様はニコニコ顔になりました。何故に?
「セラフィーナ様、どうして私が、魔力切れを起こしているとわかったのですか?」
「簡単な推測ですよ。二つのことからのね」
二つのこと? 魔力の状態がわかるようなことって、何かあったっけ?
「一つは、私が到着した時、パティ様が、ふらつかれたことです。あれは魔力切れの時、よく起こる症状です。そして、もう一つはアイスクリームの件です」
アイスクリームの件……。ああ、あれか! 私は掌を叩きました。
「パティ様は、昨晩、アイスクリームを作ったと仰ってましたよね。そうすると、作る時の氷以外にも、お茶会まで、アイスクリームが溶けないように保持するための沢山の氷が必要だった筈です。さぞ、大量の魔力を使われたのでしょうね」
「仰る通りです。早起きして早朝に作れば良かったのですが、何も考えず、昨晩作ってしまいました。作ってから気がつき、泣きたくなりました」
「フフ、それは大変でしたね。でも、パティ様が頑張って下さった御蔭で、私達は、美味しいアイスを食べられたのです。再度、お礼を申し上げますね」
「どういたしまして。お粗末様でございました」
頭を下げ合う、二人の美少女。そこっ! 一方には「美」は要らないとか言わない。
「で、その頑張られたパティ様に、私からプレゼントを贈らせてもらいたいのです、受け取って下さいませ。用と言うのは、このことです」
「プレゼント! セラフィーナ様には、今日はさんざん協力してもらったのに、プレゼントなど頂いて良いものではありません」
恐縮してしまって、固辞しようとしましたが、彼女は、少々苦笑いをしながら言ってくれました。
「まあ、そう仰らず。私が贈らせてもらいたいものは、お金がかかるものではないのです」
「お金がかかるものではない?」
『ええ、そうです』
セラフィーナ様が、大きなリボンを出して、体に巻き付けるや、寝台の上にゴロンと横になられました。
『私、セラフィーナがプレゼントです。パティ様のお好きになさって下さいませ! さあ!』
アホバカな妄想が頭に浮かびました。今日の私は何か変です。きっと昨晩、夜更かししたせいです。今日は早く寝ましょう。そうすれば、変な私は去って、普通の私が戻ってくることでしょう。戻って来る、きっと戻って来るのです。
「ええ、そうです。私が贈らせてもらいたいものは、魔力です。パティ様の魔力切れを直して差し上げたいのです。魔力切れ状態は、結構辛いものですからね」
「魔力! 魔力って、人にあげることが出来るものなのですか?」
私は驚きました。自分に魔力があることを知って以来、魔法の教本を座右の書としておりますが、魔力の譲渡についてなど、一行たりとも載っていません。
「普通は出来ません。でも、私は出来るのです」
セラフィーナ様の弁によると、彼女は、支援魔法の一種、他人に魔力を分け与えることが出来る魔法「ギフト」を持っているそうです。私同様、滅多に出ない支援魔法持ちとは……。ほんとチートなお方です。(ちなみに、私が持っている支援魔法は「バフ」他人の魔法の効果を格上げすることが出来ます)
「さあ、両手を出して下さい。私のささやかな気持ち、心を受け取って下さいませ」
気持ち……、心……。魔力を頂くことよりも、セラフィーナ様の言葉に私の琴線は震えました。
「ありがとうございます。では、頂きます」
両手を差し出すと、セラフィーナ様が優しく握って下さいました。
「力を抜き、緊張を解いて下さいませ。そして、目の前の私を、他人と思わず、自分だと思って下さい。そうすれば、自ずと境界は崩れ、魔力が流れ込んでくるでしょう。いきますよ」
セラフィーナ様の声のトーンが変わりました。優し気な可愛いお声から、凛とした涼やかなお声に。
「私は貴女、貴女は私……。私達は、混ざり溶け合い、慈しむ……。魔力粒子よ、祝福を! 真なる人の誕生也!」
何なのこの詠唱? 結婚の誓いのような、そうでもないような…… なんて思った瞬間、セラフィーナ様の魔力が両手を伝って、一気に流れ込んで来ました。
私の体は、グングンと彼女の魔力を吸収していきます。母に乳をもらう赤子のようです。それにしても、なんて澄んだ魔力でしょう。そのあまりの清浄さ、純粋さに身体が、喜びの声を上げ始め、そして、最後には悲鳴に。これ以上は……。
「これくらいで十分ですね」
セラフィーナ様が手を放されました。私は、途中から殆どトリップ状態でしたが、彼女は通常の意識で、私の状態をちゃんと確認してくれていたようです。で、でも、それでは……。
セラフィーナ様は、私の惚けた顔を、ずっと見ていたということではないですか!
恥ずかしい! 恥ずかし過ぎます!
あんなの、ことの済んだ後の顔と同じです!(経験はありませんが、たぶん) 『パティ様は、結構、Hなのですね、なんてエロい顔をなされるんでしょう』とか、思われたに違いありません。
顔を火照らせ、下を向いてしまった私に、心配したセラフィーナ様が、声をかけて来て下さいました。
「パティ様、どうなされました。何か、具合が悪くなられましたか?」
「いえ、どこの具合も悪くはないのですが……」
少し顔を上げてセラフィーナ様を見ました。彼女の表情は、いたって普通。いつもの優しいセラフィーナ様です。
つまり、彼女は純粋に私のことを心配してくれているだけのようです。私は別の意味で恥ずかしくなりました。私は独りで勝手に、変な方向へ思考を羽ばたかせ、恥ずかしがっていたのです。
ううう、もうダメ! 穴があったら入りたい!
私は寝台のシーツに潜り込みました。保健室の時と同じです、私、こんなのばっか。
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私が、パティ様に魔力を送り込み始めると、パティ様の表情に変化が表れ始めました。
瞼が段々と落ちて来て、ほのかに頬が赤らんで来たのです。そのお姿は、パティ様の可愛らしいお顔と相まって、とても艶っぽく、艶めかしく、ドキリとしました。
今、行っている、魔力を譲渡する魔法「ギフト」は、何回も使ったことはありますが、相手に、パティ様のような変化は起こりません。表情の変化など何もなく、単に魔力が回復するだけでした。ただ、その相手というのが、いつも妹のメイリーネ。血の繋がりの無いパティ様をメイリーネと同様に考えていたのは早計だったのかもしれません。魔力の相性問題等が出て来る可能性も……、
魔力の供給を中断するべきかとも思ったのですが、大丈夫だと判断しました。
私の魔力は非常にスムーズに、パティ様に流れ込んで行きます。メイリーネの時と同じくらい、いえ、パティ様の方が、遥かに容易く私の魔力を受け取ってくれています。私の魔力とパティ様の相性が悪いとは到底思えません。
それに……、私は止めたくありませんでした。
魔力は心に源を発するとされています。それ故、求められてもいないのに、自ら、相手に魔力を渡すということは、自分の心を渡す、委ねるということです。
好きです、お慕いしております。ということなのです。
私は、殿方を嫌いではありません。でも、真に好きなのは女性です。これは物心がついた頃から、わかっておりました。
魔力をパティ様に送り続けました。
パティ様の表情は、さらに変わって行き。もはや、恍惚状態と言っても過言ではありません。その艶っぽさ、艶めかしさは極に達しました。この頃には、私の心も目も、色気の塊となったパティ様に釘付けになっておりました。
ああ、パティ様、私の全てを貴女に……。
パティ様の苦し気な吐息に、ハッと我に返りました。情けない、これでは、ただの発情した動物です。理性も知性もそこには、ありません。このように無様で情けない姿を、パティ様にお見せする訳にはまいりません。パティ様の手を放し、必死に、外面上の冷静さを取り繕いました。
「これくらいで十分ですね」
何が、十分ですね、でしょう。十分どころか、魔力を渡し過ぎました。予定していた量より三割ほど超過です。今から二日ほど、パティ様の体を、譲渡した私の魔力が駆け巡ることでしょう。健康を害することなどはありませんが、少々、心が落ち着かないなどの症状が出るかもしれません。
パティ様、ごめんなさい。ほんとうにごめんなさい。
私は、どうして何時も、最後に失敗するのでしょう、どうして!
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セラフィーナ様が帰られた後も、私の心は、フワフワしております。これは心が喜んでいるせいでしょう。だって、今、私の体は、あのセラフィーナ様の魔力で満たされています。これほど嬉しいことがあるでしょうか?
お祖父様達と和やかに夕食をとり、入浴を済ませ、明日の用意をし終えると、さすがに眠気が出て来たので、寝台に入りました。しかし、私のフワフワは止まりません。私の隣に、セラフィーナ様が、寄り添っておられるような気がしてならないのです。まあ、これも貰った魔力のせいでしょう。私は気配だけのセラフィーナ様に声を掛けました。
「今日は一緒に眠りましょうね、セラフィーナ様。おやすみなさいませ、共に良い夢を……」
そのような挨拶をしたせいか、本当に、共にする夢を見ました。その夢の中で、私は私ではありませんでした。私はなんと、セラフィーナ様になっていました。
私の前には、十三歳くらいのダークブラウンの髪の少女、セラフィーナ様とよく似た美少女(セラフィーナ様の方が奇麗、彼女はちょっと地味)が立っていました。その少女を見つめる私の目から涙が沢山溢れてきました。私の口が動きました。
「メイリーネ、許して、許して下さい。お願い……、お願いです」
私は、茶色の髪の少女、メイリーネの前に、跪き、額を床にこすり付けました。
「セラフィーナお姉様、謝って下さらなくて結構です。お姉様は大変な努力をなさってくれました。私は、お姉様を責める気持ちなど毛一筋たりとも持っておりません」
「で、でも、メイリーネ。貴女は皇太子殿下と……」
「お姉様! ……それ以上は言わないで下さいませ」
メイリーネは、一瞬、声を荒らげましたが、直ぐに、落ち着いたトーンに戻しました。
「これはアリンガムの家に生まれた女性の宿命です。誰か一人は精霊廟、アレクシス廟へ向かわねばならないのです。お姉様がダメなら、私が行くしかないではありませんか」
私は下を向いたままなので、メイリーネの表情は見えません。ですが、聞こえて来る抑えた声からだけでも、心情は察せられます。彼女は、悲しいのです、悔しいのです。
「お姉様、殿下と幸せになって下さいませ」
「えっ、私に全くそんな気は……」
私はメイリーネの言葉に驚き、顔を上げました。
「このことに関しては、お姉様のお気持ちなど関係ないのです。お姉様が殿下の婚約者となるのは、王家からのアリンガムへの褒賞です。王国創建時以来、精霊廟に巫女と言う名の贄を出し続けているのです。それくらいしてもらわないと、アリンガム家としては割があいません」
「それはそうかもしれないけれど……、けれど……」
「お姉様。そろそろ禊の時間です。失礼しますわ」
そう言って、メイリーネは部屋を出て行き、私は一人、部屋に残されました。贅が尽くされた素晴らしい部屋です。でも、この部屋に喜びは、ひとかけらもありません。あるのは絶望、ただそれだけです。
私は、ふらつきながら立ち上がりました。
「大精霊アレクシス、どうして私を認めて下さらなかったのですか? 私だったら、精霊廟での生活にも耐えられる。メイリーネが、殿下と幸せになれる……。なのに、どうして……」
私の中で、セラフィーナ様の絶叫が響き渡りました。
大精霊アレクシス、貴女なんか、大嫌いよ!!!
この後のことは覚えていません。夢がそこで終わったからです。
珍しく早朝に起きた私の顔は最悪でした。眠りながら沢山泣いたのでしょう。目の周りが、涙の跡でガビガビです。顔を洗うために、洗面所へ向かいながら思いました。
私は、人生でこれほど泣いたことがあったでしょうか?
答えは、ありません。
平民として生まれましたが、私は人生を幸せに生きて来ました。本当に幸せに生きて来たのです。
なのに、セラフィーナ様、筆頭公爵家に生まれた貴女は……。
私は、先ほど見た夢は本当にあったことであるのを知っています。私を満たしている、セラフィーナ様の魔力が、それが真実であると教えてくれるのです。
でも、やはり裏付けは必要でしょう。
私が連絡をとれる中で、セラフィーナ様の事情を知る人物が一人だけいます。
その人に尋ねましょう。
その人の名は、アンリエッタ・フォン・ゴーチエ。
ゴーチエ子爵家の令嬢で、私の又従妹、私の元家庭教師のアンリエッタ様です。