お客様のお出迎え。
20/08/26 「神殿」を「精霊廟」に変更。アリンガム公爵家と精霊との関係の説明を追加。
20/09/21 後話との兼合いのため、セラフィーナが廟で暮らしていた期間を変更しました。
24/11/04 前振り描写追加。
ほんの少し時間軸は戻ります。
今、私は、真っ白なドレスで身を包んでいます。
お茶会で着るティドレスの基本色は白。招待客の皆様方も、デザインの違いこそあれ、同じように白の装いをされて来られることでしょう。楽しみです。特にセラフィーナ様、眼福なのは間違いありません。
でも、マクシーネ様達の装いも、もちろん楽しみにしています。さすがに、王国一の美少女と評されるセラフィーナ様とは比べるべくもないでしょうが、彼女達も、やはり貴族令嬢、それなりの容色はされております。下町でなら、明らかに美人、もしくは可愛い娘の範疇に入ります。
それに、今日のお茶会の目的は、彼女達との和解なのです、視線を向けるべき相手は、彼女達なのです。なんとしても、わだかまりを解くのです。
「アンナ、このコルセットを解いてはダメですか?」
「ダメです」
一言で、却下されました。
「では、少し緩めて。せっかくのティーフードがお腹に入らないわ」
※ティーフード お茶会で出る、サンドイッチ、お菓子等。
「パティお嬢様、今日、お嬢様は主催者なのです。主催者が為すべきことは、お客様を楽しませることであって、爆食することではございません」
アンナは呆れ顔です、半眼です。
「爆食って。私、そんなことはしないわよ」
「そうでございますか。普段のお食事を見る限り、そうは思えないのですが……」
半眼どころか、白い目を向けて来ました。確かに最近、多少食べ過ぎかもしれません。それもこれも、お祖父様達が、私を喜ばそうと美味しいもの、珍しいものを沢山食卓に並べてくれるからです。私の食い意地のせいだけではありません。
「これからは、私が、お嬢様の食事の管理をさせていただきます」
「え、何で!」
ぎょっとしました。青天の霹靂です。
アンナはとても優秀なメイドですが、単に優秀なだけではありません。熱き心を持っております。主人を思う熱き心を!
「私は専属メイドなりました時、お嬢様を史上最高の男爵令嬢に! と決意したのです」
熱過ぎです、ちょっと迷惑。
「それなのに、貴女様を白豚なんぞにさせてなるものですか!」
アンナ、あのね、世の中には、「ぽっちゃり」とか「ふくよか」って言葉があるの。それなのによりにもよって、白豚! 泣いちゃうよ。
「じゃ、今日お出しする、私が作ったアレは……」
上目遣いでアンナを見ました。どうか、お見逃しを……。お慈悲を、アンナ様!
「お嬢様は、半量になさいませ、一匙が理想ですが、そこまでは言いません」
「半量……」一気に体から力が抜けました。
いろいろな伝手を頼って、新鮮な材料を用意し、昨晩、深夜までかかって、魔法まで使って作ったのに、なんてこと!
「さあ、お嬢様。落ち込んでる場合ではございませんよ。お客様がそろそろ到着し始める時間です」
落ち込んだのは誰のせいよ、と思いつつ玄関へ向かいました。玄関での出迎えは、執事のオブライエンに任せても良いのですが、私が主催する初めてのお茶会、自らお出迎えをし、私の意気込みと誠意をお見せしたいと思ったのです。私は、オブライエンの隣に立ちました。
招待客の皆様が、到着され始めました。私はお迎えの挨拶をし、オブライエンやアンナに頼んで、今回のお茶会の会場であるバルコニーに彼女達を案内してもらいます、バルコニーの方から、マクシーネ様の感嘆の声が聞こえました。木々を挟んでいますが、バルコニーは玄関からそんなに離れてはおりません。
「まあ、なんて美しいお庭なんでしょう。それに、この会場の飾りつけも、素晴らしいの一言ですね。どなたがなされたのですか?」
案内して行ったオブライエンが答えました。
「ありがたきお言葉です。飾り付けは、お嬢様の専属メイドにございます」
「まあ、パティ様の。可愛いお顔立ち、美しいお庭、優秀な使用人をお持ちな上、セラフィーナ様ともお友達……。パティ様、恵まれてますわね、羨ましい限りですわ」
耳を疑いました。羨ましい? マクシーネ様が、私のことを褒めている?
「ねえ、アンナ。今のマクシーネ様のお言葉どう思う?」
「どう思うと言われましても……。お嬢様への素直な賛辞のように思われますが、違うのでしょうか」
アンナがそう感じるなら、そうかもしれません。私よりずっと貴族というものを知っています。しかし、マクシーネ様とは、これまでの件もありますし……。
私が戸惑っている間にも、お客様は次々と来られ、最後にセラフィーナ様が到着されました。お茶会等、貴族の集まりにおいて、高位の者ほど後でやって来るのが慣習です。(アンリエッタ様に、そう習いました)
「パティ様、私も頑張って協力しますよ。このお茶会、絶対に成功させましょうね!」
感無量です。この幸せをどう表現していいのかわかりません。愛しています、セラフィーナ様!
今日の彼女は、皆と同じく基本通りの白のティドレスを纏っています。でも、モノが違いました。そのドレスは、デザインや生地が素晴らしいのはもちろんですが、ふんだんにあしらわれているレースが、なんとも美しい。
その繊細さ、流麗さ、といったら。一目見るだけでうっとりとなります。一流の職人の手になるものであるのは確実でしょう。さすがは、筆頭公爵家です。
でも、普通に彼女を見ているとドレスに目はいきません。意識しないといかないのです。目がいくのは、セラフィーナ様の美しく愛らしいお顔、その優しい笑み。彼女本体の素晴らしさの前には、いくら最高級の一品ともいえるドレスとて、添え物の域を出ることはかないません。
私は眩暈を覚えました。クラッ。
「だ、大丈夫ですか? パティ様」
「すみません。大丈夫です、少し酔ってしまったのです」
「酔って? お酒入りのお菓子でも食べられたのですか」
「いえ、酔ったのは、セラフィーナ様のあまりの美少女ぶりにです。萌えがオーバーフローしたのです」
これは半分本当、半分ウソです。今のわたしは魔力切れ寸前、昨日魔法を使い過ぎました。
セラフィーナ様が顔を真っ赤にされました。
「もう! 冗談は止めて下さいませ。これからお茶会なのです、緊張感が無さ過ぎですよ」
「冗談のつもりはないのですけれど、緩み過ぎなのは確かですね。すみませんでした」
私は謝罪しましたが、彼女は笑顔でした、照れただけのようです。これ、謝る必要があったのでしょうか?
彼女の手をとりました。
「では、お茶会の会場へ」
セラフィーナ様が、握り返して来てくれました。
「ええ、戦場へ」
「戦場って、恐ろしい例えをなさいますね。もう少し穏やかな表現はないのですか」
「あら、パティ様はお知りではありませんの。お茶会は、私達、貴族女性の戦場ですよ。死屍累々の恐ろしいところなのですよ」
「死屍累々! 新米令嬢の私を脅さないで下さいませ。私はノミの心臓なのです」
「大丈夫ですよ。私がついています、気楽に行きましょう」
「セラフィーナ様、言っていることが矛盾しまくりです。緊張した方が良いのか、力を抜いたほうが良いのか、どっちなのですか」
「さあ、私にもわかりません。難しい問題です」
そう言って、セラフィーナ様は笑われました。
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私の名前は、アンナ。ロンズデール男爵家御息女、パティ・フォン・ロンズデール様の専属メイドです。
私は以前、そんなに長くはありませんが、アリンガム公爵家で奉公させてもらっていたこともあります。ですが、セラフィーナ様とお会いしたことは数度しかありません。
それ故、セラフィーナ様の方は私がパティ様の近くに立っていても、私には何の反応もありませんでした。まあ、当然でございましょう。
セラフィーナ様は半年ほど精霊廟で暮らされたと母から聞いています。彼女が廟から戻って来たのは、私が公爵家を辞して他家へ移る十日ほど前でした。
口外してはならないこととなっておりますが、アリンガム公爵家は大精霊アレクシスと特別な関係にあります。アリンガム家の娘の一人は必ず精霊廟に赴きアレクシスの巫女とならねばなりません。(戻られたセラフィーナ様の代わりに精霊廟には、妹君、メイリーネ様が向かわれました)
公爵家へ戻って来られたセラフィーナ様は、部屋に引き籠り、殆ど出て来られませんでした。数度、お食事をお持ちしたことがありますが、ぼそぼそと喋る暗いお嬢様でした。とても麗しい見目をされているのに、なんとも勿体ないことだと思ったのを覚えています。
ですので、今見た輝くばかりの笑顔のセラフィーナ様には驚愕いたしました。私とて、彼女が皇太子殿下の婚約者となり、公爵家令嬢として普通の生活をなされるようになっているのは知っておりましたが、まさか、ここまで変わられているとは思いもしませんでした。
彼女が変わったのは何故でしょう?
誰か、彼女を変える原因になった方がおられるのでしょうか?
わかりません。情報が無さすぎです。少し調べてみようかしら……って、そんな時間はありません。私には、パティお嬢様をこの国一の男爵令嬢にという目標が……。
などと考えながら、お二人の後に付き従いました。
お二人は手を繋がれたままです。そして、交わされる笑顔が、どちらも何とも優しげ。互いに思いやっていることが良くわかります。
もしかして、セラフィーナ様を変えたのはパティお嬢様?
まさかね。
あら、お二人が立ち止まられ、お嬢様がセラフィーナ様に何やら囁き始めました。耳を澄ませてみます。私は専属メイド。主人をお支えするために、主人の何事も把握しておく必要があります。
ははは。
セラフィーナ様を変えたの、やっぱりお嬢様でしょ。
お嬢様とセラフィーナ様が席に着かれました。他の招待客の方々がセラフィーナ様の美しさに、息を飲んでおられます。これは仕方ありません。私も初めての時は同じでした。
パティお嬢様が立ち上がられました。さあ、お茶会の始まりです。
がんばれー、お嬢様ー!
「皆様、今日は、ようこそお越し下さいました」
お嬢様の第一声が響きました。パティお嬢様のお声は、甘く愛らしいお声。
私は大好きです。
作中では描写されていませんが、招待客は、全員、お付きが付いて来ております。