楽しいのは過程。
20/08/19 文章の流れが悪かったところ(アンナに関するところ)を修正。
21/01/26 パティの実家が誤って金物屋になっていたのを修正。
私が初めて開くお茶会ということで、お祖父様とお祖母様は、喜んで協力下さいました。
「これが、うちの一番のティセットだ。使うが良い」
箱の中からティカップの一つを手に取りました。流麗な装飾がなされた美しいティカップです。
「なんとも素晴らしい品ですね。お祖父様」
「そうであろう。これは王家の品、下げ渡し品だ」
「お、王家!」
急に出て来たビッグネームに、思わず手が強張ってしまいました。よくカップを落とさなかったものです。
「何故、そのような超高級品が、男爵家のうちに……」
「とある伯爵様から買い取ったんだ。その伯爵様の領地は昨年来の天候異常で大不作。まあ、人助けだよ」
執事のオブライエンの悲し気な顔が目に浮かびました。そのうち彼の胃に穴が開くのではないでしょうか。
でも、もう買ってしまっているものは仕方ありません。有効利用しなければ損です。死蔵なんて以ての外。
「ありがたく使わせてもらいます、お祖父様。招待客の皆様(セラフィーナ様除く)は、ロンズデール家の格式の高さに(成金ぶりに)、打ち震えることでしょう」
「そうであろう、そうであろう。ワーハッハッハ!」
「胸がたかまりますわ、オーホッホッホ!」
お祖父様と私の高笑いが、屋敷に響き渡りました。祖父と孫、血は争えません。
お茶会の基本的な流れは、以下の通りです。
紅茶、→ サンドイッチ、→ スコーン、→ ケーキ。
お祖母様は、一級品の茶葉、新鮮な野菜を使ったサンドイッチ、美味しいスコーンを用意して下さることになりました。ありがとうございます、お祖母様。
最後にお出しする「ケーキ」、これは自身で作ろうと思っています。とは言っても、私が作るものはケーキではありません。でも、上手く出来れば、ケーキより喜んでもらえるでしょう。
私はその為に、昨日から教本を元に特訓をしています。魔法の特訓を……。
お茶会用のテーブルを置く場所は、屋内ではなく、バルコニーにしようと思っています。せっかく、美しい庭があるのです。庭師の労に感謝しつつ、花々や木々を愛で、優雅な午後を過ごしたいと思っています……、というのは建前、今冬が暖冬だったせいもあってか、今年の春は少々暑いのです。風が抜ける屋外の方が快適でしょう。
オブライエンが声をかけて来ました。
「パティお嬢様、お茶会で使用されるカトラリーはこちらで宜しいでしょうか?」
※カトラリー 食卓用のナイフ、フォーク、スプーンなどの総称。
素敵なカトラリー! と思ったのですが、新米令嬢の私には適宜の判断がつきません。お祖母の方を伺うと、お祖母様はにこやかな笑顔で、頷かれました。お祖母様の見識に乗っかります。
「宜しいと思います。素晴らしい見立てですね」
「過分なお言葉、ありがとうございます。お嬢様」
オブライエンは見た目こそ、酒場の用心棒のようですが、実に優秀な執事です。これらのカトラリー(シルバー製)も、当日にはピカピカに磨き上げてくれていることでしょう。
「パティちゃん。ティドレスを試着してみては。当日になって、瑕疵でも見つかったら大変だわ」
お祖母様のお言葉に、少々疑問を覚えました。
「ティドレスはセラフィーナ様やマリエッタ様のところへお伺いした時、着ましたよ。何の問題もありませんでした」
「今回、パティちゃんは主催者、お客ではないのです。あのドレスは使えません。もう一着、よりフォーマルなのがあるでしょう、今回、使うのはそちらですよ」
「あら、そうなのですか。では、夕食の前にでも」
お祖母様達は、私がこちらに来た時、沢山の服を買ってくれました。こんなに買わなくてもと当時は思いましたが、今では買ってくれたことに大変感謝しております。
貴族はTPOにより、頻繁に着替えをします。それなりの衣装持ちでないと対応出来ません。(そういう事情を鑑みても、私の持っている量は、男爵令嬢としては多いです。お祖父様達の孫愛が爆発しております)
「パティお嬢様」
女性の声に、私は振り返りました。そこにいたのは黒目黒髪のメイド。私の専任メイドのアンナです。
「アンナ、どうしました?」
「当日に飾る花のことなのですが……。今回はバルコニー、お庭の花々との兼ね合いもございます。如何いたしましょう?」
「そうねー。今回はバルコニーですものね……」
私がここに来て一カ月程は、私の世話は、我が家のメイド達が入れ代わり立ち代わりやってくれていたのですが、やはり専任がいるべきだろうとお祖父様がアンナを雇い入れてくれました。
彼女は、十七歳と年若いのに、凄く有能です。その理由は……。
『私の母もメイド。メイドとして心得は子供の頃から叩き込まれました』
そして、アンナの母親は単なるメイドではありません。なんと、セラフィーナ様のお家、アリンガム公爵家のメイド長なのです。つまり、アンナはメイド界のサラブレッド。へっぽこ新米令嬢の私には勿体ないメイドです。
そんな彼女なら、もっと良い勤め口があるだろうにと思い、どうして私なんかの専任に? と聞いてみたところ。お給金が……、でした。前の勤め口(侯爵家だそうです)の二倍近いそうです。
お祖父様、もっと倹約を……と言いたいところですが、
『不肖アンナ、お嬢様に誠心誠意お仕えいたします、何でもお申し付け下さいませ』
アンナは給金に見合う働きをしてくれています。特に今回のお茶会に関する働きなど、思わず手を合わせたくなるほどです。
少し情けない話なのですが、筆頭公爵家の令嬢で、皇太子殿下の婚約者でもあらせられるセラフィーナ様が来られることに、我が家の使用人達の殆どが、ビビってしまいました。
ロンズデール家は、たかが男爵家です。彼女程のVIPを迎えることなど、滅多にあることではないのです。
その危機を救ったのが、アンナです。以前の職場の関係で高位貴族慣れしている彼女は、使用人達の精神的支柱となりました。うちのメイド長のオリビアでさえ彼女に頼っております。当然、私も……。
「あー、もう! 考えれば考えるほどわからなくなります。アンナ、頼って良いですか? 貴女のセンスにお任せしたいのです!」
必殺、丸投げ。わからないものは、わからないで良いのです。つまらない自尊心を発揮するなど、愚者のやることです。
「わかりました。無難な飾り方しか出来ないでしょうが、それで宜しければ」
私は、彼女の謙遜に、賛美で応えました。
「結構よ。貴女の無難は、私の最高より遥かに上だから。期待してるわ、アンナ」
「もう! お嬢様。ハードルを上げないで下さいませ。私だって、ビクビクで仕事をしているのですよ。本当はチキンなハートなのです」
そう言って、彼女は拗ねて見せましたが(可愛かったです)。お茶会の当日、私が果たしたハードルを、アンナは軽々と超えて見せました。彼女の飾りつけは、セラフィーナ様でさえ、感心するほどのものでした。
最初は、ちょっと面倒だなと思っていた、お茶会の準備が、なんだか楽しくなって来ています。少しずつ用意が整っていくのも楽しいですし、
どうしたら、セラフィーナ様や、マクシーネ様達に喜んでもらえるだろうか?
ああしたらどうだろう? こうしたらどうだろう?
と、頭の中で試行錯誤するだけでも楽しいです。
二カ月ほど前、私の人生は急激な変化をしました。
ただの平民、下町の酒屋の娘、パティから、男爵家令嬢、パティ様になり、今や、令嬢の中の令嬢と謳われるセラフィーナ様と、お友達付き合いです。
平民だった時の私の人生が、今の貴族である私の人生に劣るなんて思いたくありません。私の、お父さん、お母さん、弟、妹は、今も下町で平民として生きています。
でも、私は、貴族令嬢としての今の生活を、愛し始めています。楽しんで生きています。それだけは否定出来ません。人は変わって行きます。でも、私は平民だった頃の自分を消し去りたくありません。
だってセラフィーナ様は、頑張って貴族の体裁を取り繕っていた平民のパティを好きだ、好ましいと言ってくれました。言ってくれたのです。
もし、私が平民だった頃の私を消し去り、普通の貴族令嬢になってしまったら、彼女は私から離れて行くでしょう。友達でいてくれないでしょう。私はそんなのは絶対イヤです。イヤなのです。
「パティお嬢様。そろそろ一番の難題に取り掛かりませんか?」
アンナの声で私の脳内問答は中断されました。
「一番の難題?」
「ええ、それは席順です。主催者であるお嬢様と、公爵家令嬢のセラフィーナ様は決まっておりますが、他の方をどうなさるかです。他の方々は皆様、子爵家。これは難しいですよ。一つ間違うと、お茶会自体が大失敗に……」
こめかみに冷や汗が流れました。どうしてこのような大切なことを失念していたのでしょう。いや、考えたくなかったから、わざと意識から追いやっていたのかもしれません。
席順、たかが席順、されど席順なのです。貴族は誇りや体面をいたく重視します。平民の感覚で考えてはいけません。
「アンナ、お任せ!」
「イヤです!」
即座に拒否されました。うう、アンナの嘘つき。貴女、「何でもお申し付け下さいませ」って言ったじゃないの……。シクシク。
しかし、嘆こうが、泣こうが時間は過ぎて行きます。カレンダーの日付通り、当日はやって来ます。
「皆様、今日は、ようこそお越し下さいました」
私が初めて主催するお茶会は、ついに始まりました。
パティにも専任メイドがつきました。頼れるメイドさんで、性格も良さげです。
それに比べて、セラフィーナ。
専任メイドが、元主人への愛をこじらせたマルグレット……。幸薄いですね、この子。