お茶会を開きましょう。
「悪役令嬢の取り巻きに吊し上げられた!」
「皇太子と曲がり角でぶつかった!」
「パティ、安心しました。ちゃくちゃくとヒロインをやっていますね。では、このまま頑張って下さい」
そう言って、女神様は帰っていかれた。
いや、あのね、女神様。ちゃんと話聞いてよ。私、セラフィーナ様の取り巻きに! なんて言ってないよ。吊し上げて来たのは、ただのクラスメイト!
女神様、会う度にポンコツになっていくような気がする。今日なんて目の下にクマ作ってたし、かなり疲れてるみたい。もしかして神様の仕事ってめっちゃハード?
まあ、いいや。私なんか所詮、下界生物。尊き御方であらせられる女神様のことを心配するなど、不遜でありましょう。自分のことに集中します。
今、私が一番にやらなくてはならないことはマクシーネ様達との関係修復です。彼女達とは毎日、学院で顔を合わせます。ギスギスし続けるのは御免です。でないと本当の目的、セラフィーナ様に殿下と別れてもらい国が滅ぶことを防ぐ、に専念出来ません。
「でも、どうやって謝ろう。教室は他の人もいるし、中庭とかに呼び出すってのも前回のことがあるから感じ悪いし……」
さんざん考えましたが、良い案は思いつきませんでした。私は新米令嬢です、貴族的和解の方法など全く知りはしません。お祖父様やお祖母様に相談しようかとも思いましたが、暴走されたりしたら最悪なので止めました。
「我が愛しき孫がイジメにあっている! 何たること! 幾ら金を使ってでも正義の鉄槌を!」
やはり、ここで頼るべきは、友達のセラフィーナ様でしょう。
彼女のような心優しき超絶美少女が、私の友達……。なんという幸せでしょう。私は、感謝の祈りを、大精霊アレクシスに捧げました。
本来なら、神様に感謝をするべきなのでしょうが、女神様の御蔭で、私の神様に対する信頼感は、爆沈しました。神様がダメなら精霊様です。大精霊様は、我が国の人々を特別に愛し守ってくれていると聞きます。感謝を捧げるべき相手としては妥当でしょう。
私は、セラフィーナ様に相談をいたしました。
「パティ様。マクシーネ様達をお茶会に招待なさいませ。貴族の交友の基本はお茶会ですよ」
「お茶会ですか、私が招待してもダメだと思います」
これまでの経緯があります。そうでなくても、子爵令嬢である彼女達にとって、より下位の男爵令嬢である私が開くお茶会など、大して魅力あるものではありません。
何か相当なメリットが無ければ来てくれないでしょう。でも、そのようなものは……。
「ご安心なさいませ。私も、そのお茶会に参加させていただきます」
「ええっ、ほんとですか!」
「はい。大切なパティ様の為ですもの、一肌脱ぎますよ」
セラフィーナ様は、笑顔でそう言ってくれました。
「なんて、お優しいんです! 私には、もう貴女様が、慈しみの大精霊アレクシスに見えてきました。ありがとうございます!」
私は感じたままのことを言葉にしました。
「……大袈裟ですよ。私はパティ様のお役に立ちたいだけなのです。それだけなのですよ」
ここは学院の中庭でも奥深いところにあるベンチ。私と彼女以外は誰もいません。
「くっ! 私は幸せ者です!」
私はセラフィーナ様の肩に抱き着きました。前回は彼女の方から抱き着いてくれたので、お返しです。彼女は少し驚いたようですが、直ぐに彼女の方からも手を回してくれました。
「もう! パティ様はほんと大袈裟ですね。大袈裟なんですから……」
私は、セラフィーナ様の申し出に感動し、心が舞い上がってしまっていて、彼女の様子が少し変わったことに気付けませんでした。今思うと、この時の彼女の声は虚ろでした。心が半分欠けてしまったような声でした。
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パティ様は、私のことを大精霊アレクシスのようだと言ってくれました。
大精霊アレクシスは、慈愛深き、我が国の守護者として知られ、広く信仰されています。ですので、アレクシスに例えられて不快に思う者など、我が国には誰もいないでしょう。私、セラフィーナ以外は……。
私は嫌いです。
大精霊アレクシスなんて大嫌いです。
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翌日、授業が始まる前、私はマクシーネ様の席へと向かいました。
「マクシーネ様、来週、お茶会を開きたいと思うのですが来ていただけませんか?」
招待状を差し出しました。本来なら、この手のものは使用人に届けさせるもののようですが、今回は、それでは無理です。来てもらえません。
マクシーネ様は、招待状と私の顔を交互に見返しました。無表情で……。
「どうして、わたくしなどを招待なさるのです。わたくしは貴女と仲良しごっこをして取り繕うつもりはございませんよ」
仲良しごっこ……、彼女がそう言ったのはクラスで噂が広まったからです。
私とマクシーネ様達の仲が大険悪、先日、中庭で倒れていたのも私達が大喧嘩をしていたところを、運悪くつむじ風にやられたのだ、という噂が流れました。
まあ、事実であるので申し開きのしようも無いのですが、はっきり言いまして、これは、私にも、マクシーネ様達にとっても大きなイメージダウンでした。入学して早々、揉め事を起こす者などに好感を持つのは奇人変人だけでしょう。
「そのようなことを仰らずに、来て下さいませ。きっと、素晴らしいお茶会になります。来られないと後悔なさいますよ」
目を和らがせ、口角を少しあげ、小首を傾げました。私はどうすれば、私自身が一番可愛く見えるかを知っています。マクシーネ様はそんな私をじっと見つめた後、視線を下に降ろし、大きく溜息をつかれました。
「パティ様、貴女は、ほんの少し前まで平民としてお暮しだったのに、その自信はどこから来るのです。ある意味、羨ましいですわ。貴女のような性格なら、さぞ、生きるのが楽なことでしょう」
微妙にバカにされている気もしますが、マクシーネ様は私とちゃんと会話をしてくれています。嬉しいです。
「私が、素晴らしいお茶会になると言ったのは、私が開くお茶会自体に自信があるからではありません。とある方が来て下さるからです」
「とある方? どなたでございます?」
「セラフィーナ様。筆頭公爵家御令嬢、セラフィーナ・アリンガム様です」
マクシーネ様は、ガタン! と椅子から立ち上がりました。
「セラフィーナ様ですって! 貴女、あのセラフィーナ様とご交流がおありですの?」
「ええ、私のお祖父様が公爵様のチェス仲間でして、その縁でお付き合いさせてもらっています。セラフィーナ様は、マクシーネ様達にお会い出来るのを楽しみにしておられましたよ。どうです、来ていただけませんか?」
マクシーネ様の目が泳ぎ始めました。よし! 餌に食いついたぞ、後、一押し!
「マクシーネ様達が来て下さらなかったら、セラフィーナ様はどんなにガッカリされることでしょう。それに、お友達を紹介すると申した私の面目も丸潰れ。ああっ、どういたしましょう!」
「……ます」
「え、今なんと言われました? 私は耳は良い筈なのですが……。突発性難聴にでもなったのでしょうか?」
「行きます、行かせてもらいます! さっさと、それを下さいませ!」
顔を真っ赤にしたマクシーネ様が、私の手から招待状をひったくりました。その微笑ましい行動に思わず笑みを浮かべてしまいそうになりましたが、必死で我慢しました。彼女は同い年ですが、貴族としては遥かに先輩です。私のような新米貴族に微笑ましいなどと思われていると知ったら、どんなに誇りを傷つけられることでしょう。
自分の太ももを抓りながら、彼女の誇りを守りました。その代わりに、彼女に私の代行を頼みましょう。少し楽をします。(お母さんが、私のことを小賢しいというのは、こういうところでしょう。自覚はあるんです)
私は四枚の招待状を取り出しました。
「あの、申し訳ないのですが、マクシーネ様の方から他の方々へ、これをお渡し願えませんか。私からより、お友達として信頼の厚いマクシーネ様の仲介でのほうが招待をより受けてもらえると思うのです」
マクシーネ様は受け取ってくれました。
「わかりました。貴女は危なっかしい、わたくしも人のことは、あまり言えませんが、貴女よりはマシでしょう。お引き受けいたしますわ」
「ありがとうございます。でも、私って、そんなに危なっかしいでしょうか?」
「危なっかしいですわ。危なっかしさが服を着て歩いているようなものです」
いや、それは言い過ぎですよ、マクシーネ様。私だって傷つきます。下町では、ガラスのハートのパティと……、嘘です。金剛石のパティでした。少々のことでは傷つきません。でも、当然、優しくされる方が好きです。お願い、優しくして!
マクシーネ様の協力の御蔭で、翌日には他の四人からも承諾をもらえました。良かった良かった。
これで、後はお茶会を開くだけです。
今回のお茶会は、セラフィーナ様が来てくれます。それだけで殆ど成功は約束されています。マクシーネ様達はセラフィーナ様に会えて、知己を得られることに満足され心に余裕が出来、私の謝罪を受け入れてくれることでしょう。これは確信しております。
ですが、さすがに、これでは、お茶会の主催者として恥ずかしいです。いくらお友達であるとはいえ、ここまで、セラフィーナ様におんぶにだっこ状態では情けないの一言です。
私も自分の力で、今回のお茶会を良いお茶会にしたいです。
なんてったって、私が初めて開くお茶会なのです。たった一つのことでも良いのです。セラフィーナ様やマクシーネ様達に喜んでもらえることを、自分自身の力で成し遂げたいのです。
何が良いのでしょう?
私は一生懸命考えました。
学院が高位貴族と下位貴族でエリアを分けていることからもわかるように、高位貴族と下位貴族には断絶があります。働きかけることが出来るのは上位からだけです。パティが開くお茶会は、マクシーネ達にとって千載一遇のチャンスです。彼女達が簡単に転ぶのを責められません。