代理神、降臨。
いつかやってみたかった令嬢ものの百合。お付き合い下さると嬉しいです。
※後話と矛盾が出る部分、二か所修正しました。
私は、大きく豪華な寝台の上で目を覚ましました。
ここは、とある公爵家の別荘の一室です。さすが公爵家、広いです、調度も内装も素晴らしいです。私の家の一番良い部屋でも全く及びません。
私は、パティ・フォン・ロンズデール。男爵令嬢です。十四歳です。貴族になって半年にもならない新米令嬢です。
私は、私の左手に腕をからめて眠っている同い年の少女を起こさない様に、ゆっくりと上半身を起こしました。
彼女は昨晩、一人で寝るのが寂しいと言って、私の寝台に潜り込んで来たのです。
彼女の寝息が微かに聞こえます。私は左側へ視線を落としました。
彼女の姿は天使のようです。彫像以上に整った小顔は、可憐さと妖艶さを兼ね備え、艶やかな金の長い髪は、彼女の体に沿って流れ、彼女の均整のとれた体を、光り輝かせています。この世の奇跡を見ている気がします。
神様というものは、ほんと、上には上を作るものです。下町で一番と言われた私など、彼女の横に立つと、道端の野の花以下の存在になってしまいます。
彼女ほど美しい人を、私は知りません。
彼女の名前は、セラフィーナ・アリンガム。
筆頭公爵家、アリンガム家の長女で、王国皇太子、セドリック殿下の婚約者です。
「パティ様……」
一瞬、セラフィーナ様が目覚められたのかと思いましたが、寝言でした。
「お慕いしております。セラフィーナは、貴女のものです。一生、ずっと、このまま……永遠に」
私は頭を抱えてしまいます。
どうして、こんなことに……、どうして……。
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あたしは、パティ。
下町三番通りにある酒屋の長女です。下に妹と弟が一人ずついます。ようするに町娘。どこにでもいる平民の娘です。
でも、両親譲りの整った顔立ちの御蔭で、近所では一番の可愛子ちゃん(死語)と言われています。体も健康だし、文字の読み書きや、簡単な計算が出来るので、きっと、それなりの商家の奥様くらいには収まれるでしょう。まあ、悪くない人生だと思います。普通に幸福になれる……。そう思っていたのですが、
とんでもないイレギュラーが、あたしの人生を襲いました。なんと、あたしの前に神様が、女神様が降臨されたのです。
「私はこの世界の神ではありませんが、ここの神が職務を放棄し逃亡したので代理にやって来ました。まあ、とにかく神なのです。崇めなさい」
「へへー」
女神様はとても美しい御方で、後光が光り輝いておりました。でもその輝きは眩し過ぎ、女神様の麗しいお顔が見えにくいです。何でも光り輝けば良いというものではないと思います。
「パティ、貴女は『ヒロイン』に選ばれました」
「『ひろいん』とは何でしょう? お給料もらえるやつですか? タダ働きなのはちょっと……」
「給料は出ませんが、ヒロインの任務を全うすると、ウハウハな生活が待っています」
「ウハウハ! なんて素敵な言葉でしょう!」
あたしは、「ひろいん」最高かも? と舞い上がりかけました。しかし……。
「ヒロインの任務は、筆頭公爵家令嬢セラフィーナの婚約者である皇太子セドリックの心を掴み、二人の仲をぶち壊すことです。婚約を破棄に持ち込むのです」
「皇太子殿下とセラフィーナ様の婚約を破棄に! そのような大それたこと、ただの町娘に過ぎない、あたしなどに出来る訳がありません! どうかご勘弁を!」
皇太子殿下も公爵令嬢セラフィーナ様も共に才色兼備な御方だそうで、この二人以上のカップルはいないと言われているそうです。伝聞なのはあたしがお二方を知らない、見たことさえないから。あたしとお二方では住んでいる世界が違い過ぎます。
「貴女に選択肢はありません。もし拒否するなら、明日、貴女は野壺、肥溜めに落ちて死にます」
がーん!
うら若き乙女が肥溜めに落ちて死亡! 最悪な死に方です。友達や知り合いに、糞にまみれて死んだパティとして記憶されるのです。耐えられません。
『パティ、野壺に落ちて死んだってよ』
『まじ~、受ける~~~』
女神さまは、たたみ掛けてきます。
「罰はそれだけではありません。異世界に生まれ変わり、彼氏いない歴二十二年、『リア充め、爆発しろ!』と、怨嗟を続けた後ブラック企業に就職。過重労働の末、もうろうとしているところをトラック君にはねられ一生を終わるのです。ちなみにチートな転生なんてありませんからね。ああ、なんて悲しい一生なのでしょう」
女神さまの言った「ぶらっくきぎょう」、「とらっくくん」、「りあじゅうめ、ばくはつしろ」とか、何を意味するかは全くわかりませんが、ろくでもない人生であることは、十分伝わって来ました。
「女神様! 酷過ぎます! あたしが何か悪いことをしましたか? あたしほど健全な娘はこの町にはいません。どうかお考え直しください、お願いです! ううう、う、ぐすん!」
必殺ウソ泣きを発動しました。
最初に言いましたが、あたしは可愛いです。大概のことは、これで乗り切って来ました。ただ、この方法は男性には効果絶大ですが……。
「嘘吐きや、ぶりっ子は大嫌いです。今直ぐ人生を終わらせてあげましょうか?」
女神様には通用しませんでした。くそ~、男の神様だったら……。
「申し訳ございません。悪いことはしたことがあります。家の手伝いを妹や弟に丸投げしてさぼったり、お母さんの財布からちょろまかしたり、その気もないのに男子に素振りをふりまいて勘違いさせたり、嫌いな娘の下着を隠したりとか……。色々やりました。でも、今は反省しております。迷惑をかけた人には後で謝りました。ですから、どうか、ご容赦を!」
あたしは額を床に擦りつけ懇願しました。なりふりなど構ってはいられません。
「ほんと色々やっていますね。全部ちゃんと謝ったのですね?」
「はい、全員に誠心誠意謝りました。勘違いさせた男子には、女友達を紹介さえしました。ラブラブになったカップルも多いです。最初の行いは悪かったとしてもトータルで見れば、これは善行では? 善行ですよね。女神様」
揉み手、エヘエヘ。
「パティ、貴女という娘は……」
女神様は、はぁ、と溜息をつかれました。なんとも人間っぽい神様です。少し親しみが湧いてきました。なんだか、近所のメリッサお姉ちゃんと話しているかのようです。メリッサお姉ちゃんはあたしを妹のように可愛がってくれてますが、言うべきことはちゃんと言ってくれます。
『パティ、あんた人生舐め過ぎ。きっと、いつか痛い目を見るわよ』
女神様は許してくれました。
「わかりました。貴女のせこい悪には目を瞑りましょう」
「ありがとうございます、女神様」
「では、これからヒロインとして頑張って下さいね。ファイトです、パティ」
うう。全然、問題が解決しておりません。
「あの、女神様。頑張れと言われましても、先ほども申しました通り、あたしはただの町娘、平民です。皇太子殿下や公爵家ご令嬢など、接点があろう筈もございません。つまり、頑張りようがないのでございます。せっかく選んでいただいたのですが、ひろいんとやらは、どこかのご令嬢にお譲りし……」
「接点ですか。それは問題ありません。明日、貴女のお祖父様からの迎えがきます。貴女は明日から男爵家の令嬢です」
「はあ?」あたしは、女神様の言っている意味がわかりませんでした。
「あら、母親から聞いていないのですか? 貴女の母は男爵家の娘ですよ」
「え、ええぇ! 母さんが男爵令嬢! 隣のおばさん達と井戸端で、ぎゃははと笑ってる、あの母さんが!」
青天の霹靂でした。信じられません。
「まあ、実家の男爵家を出てから十五年ですからね。笑い方くらい許して上げなさい」
女神様は、お母さんのこれまでの経緯を話してくれました。男爵家の令嬢だったお母さんは、平民の男と恋に落ちました。その男とは、あたしの父さんです。もちろん、あたしの祖父であるところの男爵様は許しませんでしたが、お母さんは一度決めたら人の言うことなど聞かない性格です。それにほとほと手を焼いたお祖父様は、平民との結婚を認めるための交換条件を出しました。その条件とは、最初の子供、つまり孫を、十四歳の誕生日に、実家、男爵家に差し出すことでした。
その、最初の子供というのが、あたし、パティです。
そして、十四歳の誕生日というのが、明日……。
「お母さんは、どうしてこんな大事なことを教えてくれなかったのでしょう。何か深い理由が……」
「そんなものはないでしょう。多分、忘れているのですよ」
女神様は遠い目をされました。
「ですよねー。ぎゃはは、ですもんねー」
お母さん、あたしはお母さんのこと好きだけど、母親として問題あるよ、絶対ある。うう。
翌日、男爵家の紋章を掲げた黒塗りの馬車がやって来ました。お祖父様との約束もありますし、馬車には、どうみても用心棒にしか見えないような屈強な男性(執事だそうです)が、乗って来ておりましたので抗いようがありません。あたしは車中の人となりました。
最初から知っていて諦めの境地だったお父さん。呆然とするだけの妹と弟。そして、お母さんは……。別れ際に、このような言葉をかけてくれました。
「パティ、貴女は令嬢達に交じっても、なんとかなるくらいの可愛いさはある。それに、結構、小賢しい。まさに下級貴族、男爵家の令嬢にうってつけだわ。貴女ならきっと大丈夫、貴族社会でもやっていけるわ。頑張るのよ。愛しているわ、私のパティ!」
お母さん、最後の言葉だけは嬉しいです、感動的ですらあります。でも、それ以外は何ですか。「なんとかなるくらいの可愛いさ」、「結構、小賢しい」、こんなの誉め言葉になってません。見知らぬ世界へ旅立つ不安な娘をディスってどうするんですか。
でも、真実であるのも確かです。
なんとかなるくらいの可愛いさ……。
結構、小賢しい……。
この二つしか、あたしには武器はありません。こんな貧相な装備で、女神様から与えられた、ひろいんとしての任務を遂行しなければなりません。もし出来なかったら……。
女神様は、明言されませんでしたが、きっと罰が用意されていることでしょう。肥溜め死級の罰が……。溜息しか出ません。
あたしの目の前には、いかつい執事さんが黙って座っておられます。気まずいです。何か話すべきでしょうか。
「あの、執事さん」
「私の名前はオブライエンです。オブライエンとお呼び下さい。パティお嬢様」
「では、オブライエンさん」
「『さん』はいりません、お嬢様」
うーん、これが階級社会なのでしょうか。もし下町でオブライエンのような、ごっつい男性を呼び捨てにしようものなら、ぶっ飛ばされます。女子供とか関係ありません。
「オブライエン……。お祖父様、お祖母様はどのようなお方なのでしょう?」
オブライエンはすぐに返事をしてくれませんでした。言いにくいことでもあるのでしょうか?
「パティお嬢様は、苦労なされると思います……」
あー、ダメだ、もう詰んだ。
きっと難しい性格なんだろう。当然のことですが、下町育ちのあたしには、貴族の常識や、マナーなど全く備わってはいません。毎日毎日、叱られまくるに違いありません。町へ帰りたい……。
「旦那様と奥様は、お嬢様を溺愛されまくることでしょう。お覚悟下さいませ」
「へ? 溺愛?」
思わぬ言葉に、目を見開きました。
「はい、溺愛です。貴女様の母上、スカーレットお嬢様へ向けていた愛、十五年分が一気にパティお嬢様に向かうことでしょう。愛も過ぎれば禍となります。大変でございますよ」
そう言った後、オブラインエンは車窓へ遠い視線を送り、また、あたしへ視線を戻し、両の拳をグッと握って言ってくれました。
「ファイトです。パティお嬢様」
貴方も、女神様と同じこと言うね
こうして、あたしの男爵令嬢ライフは始まりました。溺愛ライフが。
パティの母親ちょっと酷いです。でも、あれぐらいのアバウトさでなければ、男爵家から平民に嫁いだりできないような気がします。嫌いではありません。