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さくら方程式  作者: 紺野真琴
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県立鶯谷高等学校

ーーー県立鶯谷うぐいすだに高等学校ーーー


 「精根せいこん、感謝、奉仕ほうし」を校訓こうくんとする、ごく普通の県立高等学校である。偏差値へんさちは63と割と高い位置に呈ていしており、在校生ざいこうせいは今年の入学者を含ふくめておよそ900人に上のぼる。尚なお、最近は少子高齢化に伴ともない募集ぼしゅう定員が年々少しづつ減少している傾向にある…………




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




 入学式翌日。


 僕はいつものように起床きしょうし、いつものように朝食を取っていた。昨日は結局あの後鳶嶋とびしま先輩と会うことは無く、体育館で退屈な校長先生の有難ありがたい話を聞き、自分のクラスでの自己紹介等などを済ませてそそくさと家に帰っていた。


 僕はまだ昨日の事を現実として捉とらえられていなかった。こんなアニメや漫画まんがみたいなことが現実で起こり得うる訳が無い。あれはきっと夢なんだ……。悪い神様が見せた、とても意地悪いじわるな夢だったんだ…………。

 そんな思いを抱いだきながら、僕は家を後あとにした。


 しかし、そんな僕の願いはすぐに消えることになる。



          ☆



 その人は校門前に立っていた。


 誰かを探している様子で、辺あたりをキョロキョロ見回しながら。


 今日はちゃんとした制服姿で。


 目に入った途端とたん、さっきまで自分の頭の中にあったもやもやした考えが全て吹ふき飛んだ。


 これは本当に現実だったんだ………。


 突きつけられる現実を前にして動揺どうようが隠せない。

 そんな僕の想いも梅雨つゆ知らず、こちらに気づくなり、その人は一目散いちもくさんに駆かけてきた。


「藍くん、おはよー!!今日もいい天気だね〜」

 昨日会ったばかりなのに、もう名前覚えられてるし……

「……おはようございます、先輩…」

「?、元気ないね。なんでそんな、見るからに悲しそうな表情をしているの?」

「いや、やっぱりこういうのは2次元に限るなと思って……」

「???どういうこと?」


 いまいち理解できていない様子。


「いえ、なんでもないです。それより先輩、もしかしてずっとあそこで待ってたんですか?」


 校門が目に入った時には既に、そこに人が立っているのも確認できていた。しかしまさか、昨日の出来事が現実に起こったことで、しかも朝からその当事者が待ち構えているなんて思いもしないだろう。


「あ〜、まぁ藍くんが来るまで待ってはいたけど、全然大丈夫。藍くんが気にすることじゃないよ。わたしが待ちたくて待ってたんだし」

「そうですか」

「だから気にしないでっ」


 そう言って笑顔をつくる先輩。

 まあ、確かにその通りなんだが。人を待たせるというのは、知らなくても些いささか申し訳なく思ってしまうのが人間の性さがな気がする。


「なんかすみません」

「だから、大丈夫だって!」

「それならいいんですけど……」

「そ・れ・よ・り!!」


 鳶嶋先輩が強調きょうちょうするように声を張り上げる。まるで、さっきまでの空気をかき消すかのように。

 そんな威勢のある声に、僕は一瞬動揺した。


 鳶嶋先輩が続ける。


「部員の勧誘の方はどう?成果上々じょうじょうな感じ?」


 あ………。そういやそんな事頼まれていたようないなかったような……。


「バッチリです」


 とりあえずこの場を乗り切ることだけを考えよう。


 あ、ちなみにこれはもちろん嘘うそだ。ついさっきまでこの現状げんじょうさえも本当に現実で起きている事なのかどうか理解できていなかったのに、部員の勧誘なんて出来ているわけが無いからね★


 流石さすがに即返事をすれば少しは怪しまれるかと思っていたが、鳶嶋先輩はこれといって疑う様子も無く、


「お!いいね!早速部員確保とは、新人君もやる気満々だね!」

 と、とても明るい返答が返ってきてしまった。


 なんかちょっと罪悪感……。


 この人はひょっとしていい人なのかもしれない。いい人すぎて他人を疑うことを知らないんじゃないか、なんて結論けつろんに至る。まぁ、単にバカなだけな気もするけど。

 なんか騙してる様で(今現状実際に騙している)気が引けるので、ここは正直に答えておくことにした。


「嘘です。」

「嘘かよッΣヾ(>ω<」

 鋭いツッコミを頂いただいた。


「ま、昨日の今日だもんね。いきなり変な先輩に声をかけられて、まだ混乱してるってところかな?」

「まぁそんな感じです」


 図星ずぼし以外の何物でもない。


 鳶嶋先輩はさも納得、といった表情を浮かべる。


「無理もないよね。昨日会うまではお互いただの他人だったわけだし」


 今ではお互いこう当たり前のように接していても、昨日の入学式までは赤の他人同士だったんだ。それはどうやら向こうも理解しているらしい。……実際どれくらい理解しているのかは知らないけど。


「でも、早く部員集めるに越したことはないから!頼んだよ!!」

 そう言うなり背中をバシッと強く叩かれる。不意なその反動で、思わず体がふらついてしまった。

 やれやれ……。やはり部員を勧誘するしかないのか……。


「はあ……仕方ないですね、協力しましょう」


 とりあえず、部の最低発足人数さえ集めたらいいだろう。


 少なくとも自分が入部しないでいいような人数になるまでは。


「でも先輩、さすがに部の名前は変えといた方がいいですよ。あれじゃ絶対生徒会から申請許可降りないと思います」


 部活の名前は色々あるだろうが、大体は活動内容に沿った名前が基本的だろう。例えば、サッカーをするからサッカー部。野球をするから野球部のように。

 それを踏まえて考えよう。


 『Let's,enjoy部』


 はて、活動内容が全く見えてこないではないか。

 おまけにその圧倒的あっとうてきなまでのネーミングセンスの無さ。万が一その名前で申請が通ったとしても、入部希望者が現れることはまず無いと言ってもいいのではないのだろうか。


「やっぱり藍くんもそう思うー?でも他に何かいい名前あるかなぁ………」


 恐おそらく今よりいい名前は山程あるに違いない。


「おまけに設立理由や活動内容もきちんとした内容が無いと、部にするには到底不可能だと思いますよ」


 すると、この言葉セリフが余程先輩には応えたようで、さっきまでの元気はどこえやら、今度は僕をジト目で見てきた。


「なんですかその目は」

「だって藍くんがイジワル言うから」

「いじわるって……だってそうでしょう?」


 何も間違ったことは言っていないと思うのだが。


「そんなこと言わないで……?」


 言いつつこれ見よがしに上目遣いで迫ってくる鳶嶋先輩。

 そんな見た目に、僕が騙されるとでも。


「先輩、かわいこぶっても無駄ですよ」


 無論、バッサリ切り捨てる。決して、ほんの一瞬、その豊満な胸に目がいってしまったとか、そういうことは無いよ。決して。

 僕がノリに乗らなかったのが気に食わなかったのか、それとも自分の色仕掛けが失敗に終わりショックだったのか、鳶嶋先輩は少し落ち込んでいるご様子。


「ちぇ。つまんないのー」


 そう言って先輩は頬を膨らませた。別につまらなくていいのだが──と、


「そういや今日はメイド服じゃないんですね」


 鳶嶋先輩の服装を見て、思い出した様に聞いてみる僕。

 昨日は入学式にも関わらずメイド服姿で登校していたからなこの人。しかもただ可愛いという理由だけで。


 僕のその問いに、鳶嶋先輩は肩を落胆させ、ため息混じりに言う。


「それがさぁ……。昨日あの後教師に見つかって没収されちゃったんだよね……」


 さも残念そうな表情を浮かべる。


「まぁ、学校に着てくるものじゃないから当然でしょうね」


 あの格好で逆に没収されないと思う方がおかしい気がするのだが。


 なんにせよ、教師の方は一般常識を弁わきまえたちゃんとした普通の人みたいで良かった。これでメイド服登校を容認する様な人達だったら、僕は入学早々そうそうに学校を辞めることになっていただろう。


「だって向こうはセーラー服を着てきたことだってあるんだよ?」


 前言撤回ぜんげんてっかい。明日にでも退学届を出せるよう準備しておこう。


「あ、藍くん。クラスどうだった?」


 「どうだった」というのは「何組か」という事だろう。


「一年A組でしたよ」


 そう答えると、何故か鳶嶋先輩は肩を落としていた。


「A組かぁ。直々じきじきの後輩にはなれなかったかぁー」

「先輩は一年の時何組だったんですか?」

「私はN組だったよー」

 N組N組……あれ……?そんな組あったっけ……?

「二年生はそんな組まであるんですか?」

「ゥン?嘘だよーん」


 嘘かい!!

 つくづくこの先輩は何を考えているのかわからない。


「ちなみに、二、三年生はH組まであって、君達一年生は私達より1クラス少ないG組まであるんだよ」


 そう言われて思い出す。そういえば、クラス分けの発表で貼りだされていた時、G組まで貼ってあったっけ。


「あの、気になっていたんですけど、このクラス分けって成績順とかで決めてるんですか?」

「いや、別にそんなの関係ないみたいだよ」

「二、三年生も?」

「うん。まぁ、文理ぶんりには分かれるけどね」


 文理とは、すなわち文系・理系のことだ。


 しかし、最近の学校は二年生から学力でクラス分けされるところが多いので(僕調べ)、こういうところは珍しいのかもしれない。……なんでも、生徒のことを第一に考えての結果だとか。


 他にも気になっていたことを聞いて暫しばらく。


 いつの間にか立ったまま玄関前で喋っていたことに気づき時計を見上げると、長い針は既に11のところを指していた。


「もうこんな時間ですね」

「わぁ、随分しゃべり倒したね」

「時間も押してるし、とりあえずこの辺で」

「そうだね。じゃ、藍くん。また放課後ほうかごね!」


 何故当たり前のように放課後会う流れになっているのかは聞かないことにした。


「放課後って……早速活動ですか?」

「もちろん!まずは部員集め、一緒に頑張ろう!!」

「まぁ、それくらいなら…」


 仕方ない、付き合うとするか。

 ……僕の平和な学校生活のために。


「じゃ、そゆことで!」


 そう言い残し、鳶嶋先輩は階段を駆け上がっていった。

 はぁ……仕方ない。放課後少し付き合うか。


 さて、僕も自分の教室に向かわないとな。



           ☆ 



 一年A組の教室は、階段を上がって左の1番奥にある。


 教室の扉を開けると、時間が時間なだけあって既に多くの生徒の姿があった。それを横目に、僕は自分の席に向かう。ちなみに、座席は教卓から見て1番右にある窓側の列の前から2番目だ。


 ひとまず、これでゆっくりなるな……。

 横に荷物をかけ、席に座るなりそのまま机にひれ伏ふす。昨日から思いがけないことの連続で、知らない間に体・精神ともに疲れていたのかもしれない。ちょっと一休み──なんて思ったのも束の間、


「よ!おはよう、藍耶」


 突然、背後から声を掛けられた。

 振り返ると、そこには見覚えのある顔があった。

 声をかけてきたのは、同じ一年A組の岸川きしがわ亮りょう。俺の1個後ろの席で、座席が前後なこともあり軽く会話する仲になった。僕と同じくらいの身長でがたいがよく、髪が金髪なのが特徴の男の子だ。顔もいいほうだと思うし、こういう奴がきっと女の子にモテるんだろう。


 ちなみに何故僕らの席が前後なのかと言うと、昨日、余った時間で席替えを行ったからである。やり方は勿論、皆さんお馴染みのおみくじで。


「……おはよ」

「おいおい、大丈夫か?あんまり元気なさそうだけど」


 顔色を見て判断したのか、昨日と様子が違うことからそう思ったのか、岸川が心配そうに尋ねてくる。ポーカーフェイスな僕にとって、たった一日しか話した事のない人に気付かれたのは驚きだった。もしかしたらこいつは、人を観察する目を持ち合わせているのかもしれない……知らんけど。

窓から差し込んでくる太陽の光によって、金色の髪がさらに光りを帯びているように見えた。


「俺の穏やかな日常を返してくれ……」

 ささやかな願い。

「一体何があったんだ」

 心配してくれる岸川。

「まぁ、あんま無理すんなよ」

 涙が出そうだった。


 心配して優しく接してくれる岸川のその気持ちが素直に嬉しい。人に心配してもらえるのってこんなに嬉しいものだったんだな……なんて思っていると。ふと、岸川がこんなことを聞いてきた。


「そういやお前って、部活何に入るか決めてるのか?」


 そんな岸川の言葉に、一瞬ビクッと動揺してしまう。部活……まさに今現在僕がぶち当たっている問題なのだ。昨日からのアレ。アレがある以上、なんて答えたらいいのか分からない。コイツに正直に話してもいいんだが、なんかネタにされそうな気がするんだよなー……。バレたらなんだか大事おおごとになりそうだし。……うん、仕方ない。

そんな予感がしたので、動揺を隠すために必死に言葉を紡つむぐ。


「いや、特には」


 短く、そして力強く否定する。


「ふーん……。そっか」


 すると岸川は僕を少し怪しんだ様子だったが、気にすることは無いと思ったのかそれ以上は聞いてこなかった。

 ホッ…なんとかやり過ごせたか……。心の安堵が目に見えるようだった。


「そういう岸川は何部にするんだよ?」


 さっき人に聞いたんだ。自分が聞かれても文句は言えまい。

 なのになぜか、岸川は自信満々の笑みを浮かべていた。


「俺はテニス部にするつもりだ。小学校の頃からクラブチームに入っていたし、中学でも部活でやってたからな」


 堂々と発言する岸川。


 その口から出た言葉に、僕は内心驚いていた。

 へぇ〜。ちょっと意外かも。こういう奴はてっきりサッカー部にでも入ってるのかと。


「意外と強いんだぜ、俺」


 ドヤッとした顔でこちらを見てくる岸川。あぁ…なんて腹が立つ顔なんだろう。


「へぇ〜。凄いね〜」

「お前、真面目に聞いてないだろ」

「バレた?」

「ばればれ。ちょっとは興味示せよな」


 だって興味無いんだもん。無茶言うなよ。


「みんな〜、席に着いて」


 そんなたわいもない話をしていると、『ガラガラガラ』と教室の扉が開き、担任の先生が入ってきた。


 僕達一年A組の担任、緑川千夏みどりかわちなつ先生。22歳独身で現在彼氏無し。好きな食べ物はいちごで、好きな場所は遊園地の新米しんまい教師。


 なんで僕がここまで知っているかって?それは昨日の自己紹介で緑川先生自身が言っていたからさ。


 ちなみに風の噂によると、中には緑川先生を狙っている生徒もいるらしい。全く、生徒と教師の垣根かきねを越えようなどと……。えらい物好きもいたもんだ。現実的に考えて、そんな簡単にいくわけなかろうに。


 しかし、緑川先生は決してスタイルが悪い訳では無い。


 むしろその逆だ。


 「モデル体型」とでも言うべきか、身長が高い上に手足が細長くスタイル抜群。その上強調こそしていないものの決して小さくない丁度いいサイズの胸。挙句あげくの果てにその容姿ときたら、いくら教師といえど生徒が惹ひかれるのも無理ないだろう。


 だが、ファンクラブまで開設する程のことなんだろうか。

 これが今時いまどきの男子高校生の普通なら、僕は生涯しょうがい普通にはなれそうにない。というか、普通という概念がもはや分からなくなってしまう。


 放課後のことを考えている間に淡々たんたんと時間は過ぎ、朝のHRホームルームは終わった。



           ☆



 昼食兼けん昼休みの時間。


 岸川が「お昼一緒に食べよう」と言ってきたので僕の席で一緒に弁当を食べていると、食事の途中でクラスメイトの女子(まだ名前覚えてない)から声をかけられた。


「洟道君、二年生の先輩が来てるよ」


 昨日初めて会ったばかりなのによく僕の名前を覚えているな、と感心しつつ教室のドアの方に目をやると、そこには鳶嶋先輩の姿があった。

 僕と目が合うなり、小さく手を振ってきた。


「知り合いか?」


 そんな鳶嶋先輩の様子を見て気になったのか、岸川が尋ねてくる。

 その、年齢に合わない美しく整い過ぎている容姿や、身長に合わない身体の一部分だけを見ると気になるのも無理はない。


 しかし、どうするべきか。


 さっきはバレずに隠し通せたから良かったものの、今回ばかりはきつい。何せすぐそこに本人がいるんだし、それに見た目だけを取れば、隠したところで逆に変な誤解ごかいを生うみかねないし……。

 こんな時は曖昧あいまいな返答に限る。


「まぁ、そんな感じ」

「それで、彼女とはどんな間柄あいだがらなんだ?」


 体を乗り出さんばかりの勢いで興味津々しんしんに聞いてくる岸川。

 うーん。どんな間柄って言われても……。


「入学式の日に目をつけられて新しく発足させる意味不明な部活に無理やり入らされようとした挙句、部員まで勧誘しろと言われる間柄」

「なんだそれ…」


 しまった。思わず本当の事を口にしてしまった。


「えっと、出会ったその日に関節をキメられる関係って言ったら分かる?」

「ほんとになんだそれ……」


 ダメだ伝わらない。


「というか、そんなの現実で起こるわけねーじゃん。お前、アニメの見すぎで頭おかしくなっちまったんじゃねぇのか?」


 岸川は、痛いヤツを見るような蔑んだ目でこちらを見てくる。どうやら、『最初は僕だってこんなの夢だと思ってたさ。でも本当に現実だったんだよ!』などと弁明べんめいしたところで信じてはもらえ無さそうだ。


「とはいえ良かったじゃねぇか。なかなかの美人さんだぜ?俺がもらいたいくらいだわ」


 『過程はともかくとして、結果はオーライだな』とでも言わんばかりのお気楽発言。

 全く…人の気も知らないでなにを馬鹿なことを……。今朝、少しでもこいつが人間観察に長けていると思った自分がアホらしく思えた。


「やめとけ。後で後悔しても知らねぇぞ」


 まぁお前がどうなろうと知ったこっちゃないがな。


「後悔なんてしないだろ。……でもま、先約がいるみたいだし?仕方ない、俺は諦めますか」


 そう言ってチラッとこっちを見てくる。その顔が……実に腹立だしい。


「だ・か・ら!俺と先輩はそんな関係じゃないっつーの」

「ごめんごめん」


 僕の全力の否定に、両手を合わせて平謝りしてくる岸川。その場しのぎってだけで、反省の色は微塵も感じられなかった。

 全く、シャレにならん冗談を言うのはやめてほしい。その冗談が噂になって学校中に広がったりでもしたらどうしてくれるんだ。


「それより、」


 僕を気遣う様子もなく、岸川が廊下の方を見ながら言ってくる。


「先輩、待たせてるぞ。早く行ってこい」


 その言葉で思い出す。そういや鳶嶋先輩が教室に来ていたんだった。話に夢中ですっかり忘れていた。


「へいへい」


 軽い返事をしながら席を立つ。


「ま、せいぜい頑張んな」


 背中から岸川のそんな声が聞こえてくる。

 他人事ひとごとだと気楽でいいよなぁ。

 そんなことを思いながら、廊下で待っている鳶嶋先輩のところへ向かった。


「すみません、話が少し長引いてしまって。ところで先輩、なんの用ですか」


 待たせてしまったことを詫わびつつ、何故僕の教室まで来ているのか聞いてみる。活動するのは放課後って言っていたし、昼休みは何もないはずなんだけど……。

 そんな僕の問いに、鳶嶋先輩は呆れたような笑みを浮かべた。


「相変わらず冷たいねー君は」


 あなたに付き合っているだけまだマシな方なんじゃなかろうか。


「ついこの間まで赤の他人だった人にそんなこと言われても……」

「今はもう立派な部活仲間じゃないか( *¯ ꒳¯*)」

「まだそうと決まった訳では無いし」


 入部するとは僕の口からは一言も言っていない。


「Σ(ㅇㅁㅇ;;)エッ…」

「なんでそんなに驚いた顔してるんですか!?」


 この人の頭の中はどうなっているんだ。


「大体だいたい、先輩みたいに初対面からぐいぐい来る人の方が珍しいんですよ」

「私、普通の人だよ……?」


 天然かっ!!


「それで」


 とりあえず話を戻す。


「結局何の用なんですか」

「あ、そうだった。肝心かんじんなことを言ってなかったよ」


 そう前置きして、鳶嶋先輩はしてやったりな表情を浮かべた。


「今日は校舎見学でもどうかなーと思って。藍くんまだココに来たばっかりでよく分かっていないだろうから」


 校舎見学か…。この先輩にしては意外とマトモなことを言ってるけど…。もしかして、僕を気遣ってくれているのか…?それともまた、何か仕掛けてあるとか……?


 不安に思いチラッと鳶嶋先輩を見てみるものの、特にこれといった素振そぶりはない。ましてや、「是非案内させて!」と言わんばかりの目の輝きを放っている。これは間違いなく前者の方に捉えていいだろう。


「そういうことなら分かりました。」


 この際、その親切な心意気こころいきに甘えさせてもらうとするか。

 すると先輩は、さも嬉しそうに満面の笑みを浮かべ、


「じゃあ早速行こ〜!!」

「昼食食べ終わってから行きましょうか。」


 僕の手を取り(正確には腕を掴み)今すぐにでも行く気満々である鳶嶋先輩の言葉をサラッと受け流す。


「私もう食べたよ?」

「僕まだ途中なので」

「むぅ…早く食べてね!」


 頬を膨らませた先輩がそう言って掴んでいた腕を離してくれる。行くと決まった瞬間に即座に腕を掴んでくるとは……。全く、油断も隙もない人だ。


 かといって朝のように再び長い時間待たせる訳にもいかない。


 僕は昼食を急いで食べ終え、廊下で待っている先輩の元へ向かった。



           ☆



「ここが私の教室ね」


 そう言ってまず始めに案内されたのは二年C組。鳶嶋先輩が在籍しているクラスだ。


「すぐ上の階なんですね」

「そうだよ。三年生だけ向こうの別校舎で、二年生は一年生の上の階。」


 鳶嶋先輩が丁寧に説明してくれる。


 この学校の構造こうぞうはあまり難しくない。正門せいもんからみて右側が三年生のいるA校舎、左側が僕ら一・二年生のいるB校舎となっている。両校舎とも三階建てで、A校舎とB校舎を繋いでいる渡り廊下の中央から更に奥に進むと体育館がある。他にも美術室や化学室等など、様々な特別教室がAB校舎それぞれに完備されている。ちなみに職員室はA校舎1階だ。


「しかしまぁ、分かってはいたことですけど」


 校舎を見回りながら口を開く。


「高校生ともなれば、一学年の人数が多いですね」


 小・中学校の時は全体で100人程度だった児童・生徒数も、高校に上がると一学年およそ300人と、約3倍にまで膨れ上がる。予想だにしない人数差に、未だに困惑しているくらいだ。


「まあ、最初はそうだよね」


 共感してくれるように含んだ笑みをする鳶嶋先輩。ひょっとしたら先輩も同じように思ったことがあるのかもしれない。


「…あの、ちなみに屋上は開放されてるんですか?」


 屋上へ続く階段が見えたところで、僕が1番気になっていたことを質問してみる。

 「屋上」という場所はアニメや漫画ではよく開放されていて、物語が進む上で大切になってくるであろう描写が多い印象があり、それ故に『特別な場所』という認識がある。しかし残念ながら、実際はほぼありえないのが現実だろう。何故なら、事故や事件が起こりうる可能性が高く、『危険な場所』というのが世間一般の認識だからだ。なので普通は開放されていない。

 しかし、妙に期待してしまうのも事実だ。何故なら、『一度は出てみたい』という心情が、僕自身少なからずあるのだから。


 そんな少し、ほんの少し期待していただけなのだが。

 まさか、こんな返事が返って来ようとは思ってもみなかった。


「月一で開放されてるみたいだよ」

「……え?今、なんて……?」


 自分の耳を疑い、思わず聞き返してしまう。


「だーかーらー、月に一回、開放されてるよ」


 マジかよ……。


「あれ、思ったよりテンション上がってないね。藍くん嬉しくないの?屋上だよ?普通はあんまりいけない場所だよ、、?」


 普通は喜ぶであろうところなのにリアクションが薄い僕を不思議にでも思ったのか、問いかけるようにして話しかけてくる。

 いや、嬉しい。一ヶ月に一度でも開放されるのは、僕個人としては凄く嬉しい……のだけれど……はてさて、大丈夫なのだろうか……?と安全面に不安が残るのも事実なわけで。


「よく屋上を開放なんて出来ますね。事故とかあったらどうするつもりなんでしょうか……」


 前述の通り、学校の中では屋上が一番事故や事件の発生が多いであろうから、そこを開放する学校側の考えが正直分からない。


「まぁ確かにそれは気になるところではあるけど…。もしかしたら、勉強で普段忙しい生徒達が少しでも息抜き出来たらっていう意味も込めてあるのかもしれないよ?」


 僕の考えとは違う視点で鳶嶋先輩が自分の考えを述べる。


 確かに、そういう意味だと屋上は教室と比べて気持ちが安やすらぐだろう。綺麗きれいな青空を一望いちぼうできるし、人気ひとけも少ない。それになにより開放感があり、きっと校内で1番心安らぐ場所になっていることには違いない。……違いないのだが。本当に良いのだろうか。何かあってからでは遅いのだが………。


「もぉー。そんなに難しく考えないの!」


 どうやら自分の世界に入っていたようで、鳶嶋先輩が放ったデコピンがおでこに『バチッ』当たったところでようやく僕は正気に返った。


「いてっ。……まぁ、確かに、僕が考えても仕方の無いことですしね」

「分かってくれたならよし!」


 そう言って笑顔を浮かべる先輩。

 すると、ふと何かを思い出した様に手を叩いた。


「あ、そうそう。ちなみに、これから作る部活でもたまに活動場所として使う予定だよ」

「え……?まだ部活すら作ってもいないのに……。というか、勝手に活動場所まで決めて大丈夫なんです?」

「まあまあ」


 促すように相槌を打つと、


「あくまで予定だよ予定〜」


 そう言って鳶嶋先輩は片目をつぶり、ペロッと舌を出して見せた。


 前途多難ぜんとたなんな未来しか見えない………。


 とりあえず今の言葉セリフは聞いていないことにした。



           ☆



「最後にココ。私達の宿敵がいる場所よ」


 そうやって最後に案内されたのは、学校の治安を維持する学校唯一ゆいいつの自治じち組織、そう、いわゆる生徒会と呼ばれる人達が普段活動を拠点にしている場所、すなわち生徒会室だった。


「宿敵って……。でもまぁ確かに、部活を作るならここが最終関門さいしゅうかんもんになりますね」


 部活動発足の流れとして、第一に担任の先生にOKをもらい、第二に生徒会からの申請許可をもらう必要がある。その申請許可を出すのはもちろん、生徒会の長おさたる生徒会長だ。なので、必然的に生徒会長が宿敵(まぁ許可を貰うだけなのでそんな大層たいそうなことでは無い)になるのである。


「藍くん!絶対部活設立させようね!!」


 正直別にどうでもいい……のだが、そう意気込んで言われるとなんとも否定しにくい。


「そうですね」

「気合いの掛け声、いくよ!」


 と、先輩が唐突に変な事を言い出す。


「エイ、エイ、オー!!」

「…………」


 つ、ついていけねぇ………。

 声高らかに叫びながら片手を突き上げる鳶嶋先輩に、もう呆気にとられる他ない。


「藍くんもやって!!」

「お、おー……」

「何やら騒がしいですね」


 するとタイミングが良いのか悪いのか、僕の歯切れの悪い掛け声が言い終わったタイミングで生徒会室の扉とびらが開き、中から一人の男子生徒が出てきた。び、びっくりしたぁ……。


「生徒会室に何か御用ごようですか?」


 キリッとした目つきにすらっとしたスタイリッシュな身体。眼鏡めがねをかけたその男子生徒は、よく物語に出てくる様な、いかにも「THE堅物かたぶつ真面目キャラ」そのものだった。

 その質問に対して、僕が返事をしようとするのよりも早く、鳶嶋先輩が口を開く。


「今度こそ部活を作ろうと思って!」


 自信に満ち溢あふれた、凛りんとした表情で男子生徒を見る先輩。

 男子生徒もそんな先輩に目をやる。するとその姿を見るや否や、『はぁ……』なんて大きな溜息ためいきをこぼしているみたいだった。もしや知り合いだったりするんだろうか。


「また貴方あなたですか。いい加減諦めたらどうです?」


 その言葉を聞いて僕はすぐに理解した。なるほど、そういうことか。『また』ということは、鳶嶋先輩この人は以前にも部活動の申請をした事があるのだろう。だからお互い顔見知りなんだ。


「私は諦めるつもりなんてないから!!」


 鳶嶋先輩が心の籠こもった声で反論する。身体にもピリピリ来るようなその尖とがった口調が、不意に僕の鼓動を乱す。この人からそんなものを聞くのは初めてだったので、この時ばかりは些か驚いた。


「どうしても部活を作りたいの!!」

「あんな理由で部活を作られても困ります」

「誰だって楽しい学校生活を送りたいって思うじゃないですか!」

「それはそうですが、貴方に部活を作られると巻き込まれる人が後を絶ちません」


 そう思われるなんて、この先輩この人は今まで一体なにをやらかしてきたのだろう。


「巻き込まれるってどういう事ですか!?一緒に楽しく活動をするだけですよ!?」


 男子生徒の言葉に、流石の鳶嶋先輩も驚きが隠せず、怒り心頭の様子。

 と、そんな鳶嶋先輩をよそに、男子生徒は僕の方に向き直り話しかけてきた。


「君は新入生だね」


 相変わらず丁寧な口調だ。これがこの人の話し方なのかもしれない。


「はい」

「1つ忠告しておく。この女には関わらない方がいい。君の今後の学校生活の為だ」


 言われてるよ先輩、とは思うものの、すぐに否定できないのもまた事実なわけで。


「なによ!人をそんな危険人物みたいに…!!」


 自分と関わらないほうがいいと言われたことが癪しゃくに障ったのか、躍起やっきになる鳶嶋先輩。


「実際危険人物だろう。何も間違ったことは言っていない筈はずだが」


 なんてそんな先輩を気にもとめず、男子生徒は淡々と言い放った。


「はぁ!?あなた頭おかしいんじゃないの!?あたしのどこが危険人物だって言うのよ!!」


 『危険人物』という言語ワードが更に鳶嶋先輩の頭を沸騰ふっとうさせる。

 一方、鳶嶋先輩とうってかわり、冷静な雰囲気を漂わせている男子生徒は呆れた様子で言葉を零こぼした。


「入学してすぐ部活を作ろうと学年全体を掻かき回した挙句、事ある毎ごとに何かしら事件を起こす人間を危険人物以外になんと呼べばいいんだい……」


 本当に一体全体この人は今まで何をしてきたのだろうか。


「そんなの納得いかないわよっ!」


 鳶嶋先輩の目が血走っている。

 勿論、本人は『そんなことはしていない、なんでそんな言われなくちゃならないの!?』などと思っていることだろう。何が本当なのか僕には分からないが、周りがそう思うくらいのことを鳶嶋先輩がしていたとしてもおかしくはないような気はする。僕の件然り、ね。


「君が納得しようとするまいと、過ぎてしまったことだ。今更結果は変わらない」


 そんな男子生徒の冷たい言葉に、鳶嶋先輩は悔しそうに唇を噛み締める。まるで、過去は変えられない、という現実を突きつけられているかのようだった。


 ふと、つかの間の沈黙が訪れる。


 まるで空気が凍りついているかのようだ。そんな、さも重苦しい雰囲気が漂っている。これだと居心地が悪いし、何より気持ちが悪い。しかし、一体全体、どうすればこの険悪な雰囲気を変えられるだろうか。

 考えること数秒。ふと、1つのアイデアが浮かんだ。


「あの、生徒会の方…ですか?」


 唐突にして今更ながらの、最もな質問をぶつけてみる。

僕はこの人が誰なのか知らないし、自分から口を開きつつ、話題を変えるやり方の中でとても的確ないい質問だったのではないか、なんて我ながら思う。

 その言葉で男子生徒は「ハッ」と何かに気がついたのか、身体ごと僕の方に向き直り、何事かと言うくらい深々ふかぶかと頭を下げてきた。


「あぁ、これはこれは、無粋な真似を。会話に夢中になっていたとはいえ、自己紹介すらままなっていなかったとは……。面目めんもく無い」


 凄く申し訳なさそうな表情で、これまた頭まで下げて謝罪してくるのだからこっちもこっちで戸惑ってしまう。そんなに気にしなくてもいいのに。見た目だけでなく、中身まで堅物真面目らしい。


「いえ、そんな。全然気にしなくて大丈夫ですよ」

「そうか?寛大かんだいな心痛み入る」


 ようやく頭をあげた男子生徒が言いつつ笑みをこぼす。寛大、なんて言われるとお世辞でも嬉しいものだ。


「改めて自己紹介を。私の名前は波志倫弥はしりんや。生徒会副会長をしている。何か分からないことがあったら遠慮えんりょなく頼ってくれたまえ」


 胸に手を当てて丁寧に会釈えしゃくをする波志先輩。その、とてもさわやかで清々しい姿に思わず見とれてしまう。

 しかし、やっぱり生徒会の人だったのか。部屋から出てきた時点で何となく検討はついていたが。人を見た目で判断してはいけない、なんてよく言うけれど、この人は見た目からしてやっていそうだし、そう感じさせる雰囲気があるようだった。


「君は?」


 ……っと、波志先輩の自己紹介に見入ってしまって完全に忘れていた。僕も自己紹介しないければ。


「一年A組の湊道藍耶です。よろしくお願いします」


 言いつつ僕も軽く頭を下げる。


「藍耶君……難しい名前だね」

「よく言われます」


 興味深い、とでも言いたげな表情の波志先輩。


 自分で言うのもなんだけど、僕の名前はなかなかに珍しいと思う。『藍あい』や『葵あおい』といった名前はよく耳にするけど、『藍耶』なんて名前、僕以外に聞いた事ないし。


「でも、波志先輩の名前も珍しいですよね」

「うーん、珍しいと言えば珍しいのかな」


 顎に親指と人差し指を当てて、考えるポーズをとる波志先輩。


「『倫弥』って名前、初めて聞きましたもん」


 あまり馴染みがない。巷ちまたでは耳にしない名前だと思う。


「ちなみに学年は?」


 そういえば名前、役職は聞いたが学年は聞いていなかった。波志先輩本人も言い忘れていたようで、「そういえば言っていなかったね。二年生だよ。ちなみにクラスはDクラスだ」と、すんなり教えてくれた。

 二年生…ということは鳶嶋先輩と同学年なのか。

チラッと隣に目をやる。当の本人はまだ現在進行形で対象を睨み続けていた。さっきの話を聞いてても思ったけど、相性悪そーだもんなーこの2人。あんまり引き合わせない方が良さそう……。


 なんて考えていると、ふと、「そういえば」なんて疑問が生まれた。


「生徒会って三年生がやるんじゃないんですね」


「生徒会」なんていわば生徒の中の代表、みたいなイメージがあるし、故におおよそ三年生が属しているものだと思っていた。


 僕のそんな問いに、波志先輩が丁寧に説明してくれる。


「生徒会執行部はそれぞれ、『生徒会長』『生徒会副会長』『会計』『書記』という4つの役職があるんだ。そのうち『生徒会副会長』『会計』『書記』は二年生で構成されている」

「なるほど……。え、じゃあ三年生って生徒会長だけなんですか?」


 4つある役職のうち3つの役職に二年生が就くということは、必然的に三年生は残り1つの役職に就くことになる。生徒の模範たる生徒会に三年生が1人しか在籍していないなんて、なんとも不可思議なものだ。


「いや、もう1人いるよ」

「もう1人?」


 不意をつくような波志先輩の発言に思わず聞き返してしまう僕。

 そんな僕に、波志先輩は分かりやすく説明してくれた。


「うん。実は生徒会副会長は2人いるんだ。その2人のうち1人は三年生から、1人は二年生から選出される。だから結果的に三年生は2人いるんだよ」


 なるほど。役職は4つしかないけど、生徒会執行部は5人いるのか。いやはや紛らわしい。


「流石に三年生が1人だけだと、責任がかなり重くなってしまうからね」


 そう言って苦笑を浮かべる波志先輩。

 確かに、かかる重圧や責任感はとてつもなく大きいものになる。三年生を2人入れるのは正しい判断と言えるだろう。


「とにかく、」


 言いつつ、波志先輩が僕の両肩に手を置き、真剣な表情で見つめてくる。


「くれぐれもこの人には気をつけて。何かあったらすぐに助けを呼ぶんだよ」


 今後の自分が不安になるのでその言い方はやめて欲しい、なんて言葉は心の中に留めておいた。心から心配してくれているであろう人には到底言えまい。


「では、仕事があるので私はこれで」


 僕達にぺこっと一礼して、波志先輩は行ってしまった。

 生真面目というかなんというか、これまた個性の強そうな独特な人だったな…。


「やっぱり、高校ともなると色んな人がいますね」

 目線を戻し、隣にいる鳶嶋先輩に話しかける。さっきから妙に静かなのが気になるんだよな。


「…………」


 リアクションも無く、ただただ無言の鳶嶋先輩。


「いやぁ、鳶嶋先輩の丁寧な説明のおかげでこの学校の構造もだいぶ理解出来ましたよ。ありがとうございました」

「…………」


 またも無言の鳶嶋先輩。


「あの、先輩……?」


 些か心配になり、「大丈夫ですか?」なんて聞こうとしたところで鳶嶋先輩がようやく口を開いた。


「藍くん……」

「なんですか?」


 小さな、それでいて力強い口調で呟く鳶嶋先輩。

 次の言葉を待っている僕に対し、鳶嶋先輩はその小さくも華奢きゃしゃな体で浅く一呼吸置いてから、僕の目を見て堂々と告げた。



「絶ッっっっっっ対作ろうね、部活」



 昨日さくじつや今朝方けさがたとは打って変わったとても真剣な表情で、どこか本気を感じさせる鳶嶋先輩。

 その目に、冗談は感じられない。


 しかし、正直僕はそんな鳶嶋先輩を理解出来ずにいた。


 どうしてそこまで本気になれるんだろう、と。

 色々と問題を起こして周りから危険人物視されるようになってまで、しなければならないことなのか、と。


 僕には全くもって理解できない。

 それでも、当の本人はまだ諦めてなどいない。

 部活を作る為に、自分なりに必死になって頑張っている。

 もしかしたら──部活を作らなければならない、何か大切な理由があるのかもしれない。

 もしかしたら──周りの人達に自分の存在を認めてほしいだけなのかもしれない。

 もしかしたら──


 でも、理由はどうだっていい。


 考えてもみてみよう。僕は今まで一つのことにこんなにも真剣になったことがあるだろうか。

 たとえ周りにどう思われようと、何かを成し遂げようと必死になったことがあるだろうか。

 そんなこと……あるはずもない。なにせ、ずっと周囲に合わせて、のうのうと生きてきた身だ。そんな僕が何かを犠牲にしてまで一つのことを成し遂げようなどと、考えただけでも甚はなはだしい。


 でもそんな、誰しもが出来る訳では無いことをこの人はやろうとしている。

 他人に頼る訳でもなく、自分一人で。

 僕にはないものを、この人は持っている。

 そう思うと、今の鳶嶋先輩がやけに眩しく思えた。

 多分この人は、なにがなんでもやり遂げる。たとえ一人になろうとも、たとえ周りからなんと蔑まれようとも。最後まで、決して諦めずに。それなら……


「はいはい。分かりました」


 僕も覚悟を決めよう。どうせ巻き込まれた身だ。それなら最後の最後まで付き合ってあげようじゃないか。


「……え?いいの?」


 そんな僕の反応が意外だったのか、鳶嶋先輩は目を丸くしていた。


「いいですよ」

「で、でも」


 困惑した表情を浮かべながら鳶嶋先輩が言う。


「私が巻き込んじゃったんだし、なにも無理してまで付き合わなくてもいいんだよ……?」


 全く、ここまで来といて今更何を言っているんだこの人は。


「無理なんてしていませんよ」

「……ホントの…ほんと?」


 鳶嶋先輩が僕を執拗しつように問い質ただしてくる。ああもう、本当にしつこいなぁ……。


「本当に嫌だったら最初から関わってなんていませんよ。もう、そんなにしつこいと、協力、してあげませんよ?」


 軽いため息混じりの息なんて吐きつつ放った僕のちょっぴり冷たい言葉に、鳶嶋先輩はほんわりと頬を赤らめながら──


 「──ありがとう」


 それは、とても気持ちの籠こもった「ありがとう」だった。まるでその言葉に呼応するかように、桜の花弁が窓からヒラヒラと入り込んでくる。その光景が、とても幻想的に思えた。


 「感謝する暇があるなら、その分部活を作る為に尽力して下さいね」


 左手の人差し指で鼻下を掻きながら、照れくさくなったのを紛らわすように、素っ気なく言葉を放つ。


「……そうだね。よし!じゃあ気を取り直して。一緒に頑張ろうね!」


 僕の返事を聞いてすっかり元気を取り戻したのか、鳶嶋先輩は言いつつハイタッチしてきた。

 ……全く、手を焼かせないで欲しいものだ。


 校内に昼休み終了5分前の予鈴が鳴り響く。


 そして、この活動内容も分からない、不安要素盛り沢山の部活の最初の活動とも言える、部員勧誘の日々が始まったのだった。




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