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逃避行

「こっちだ」


終に襟首を掴まれて、物資の背後に引っ張られる。

ここなら戦車からは死角になっていて、すぐには砲弾が飛んでこないだろう。

物資の隙間から状況を確認すると、戦車から次々と小銃を携えた帝国軍の兵士たちが降りてくる。

銃弾が降り注ぎ、突然のことに武装をしていない味方は次々と倒れてゆく。

我々に対する確実な包囲網が敷かれている。


「伍長、どうする?」


いつの間にか、終の後ろに一等兵がいる。

左頬に傷があり、ガラが余りいいとは言えなさそうな外見だが、終に指示を求めている様子から彼に従っているようだ。


「今はこの基地ではあんたの階級が一番上だ。あんたが指示を出すんだ。」


終は私に命令を求める。


レヴァリエ特務中尉の生死が不明であることを考えると、階級が最も高い軍曹の私が指示を出さねばならないという事だ。


だが、これから実戦を学ぶというのに、今既に実戦の真っ只中にあり、指示を求められている。


「しょうがない、今はこの基地を放棄する。まともな装備も無い中で帝国軍の戦車部隊と戦うのは難しいからな。」


実戦経験がない以上、私が出せる命令は知識部分から来るものになる。

その為、このような時には基地を放棄して撤退する事が求められる。

戦力差がある中で戦い、無駄に兵士を死なすことは愚策中の愚策だからだ。


「残存兵をまとめてエリア15で合流だ。装備は二式でいい。残っている物資と文書は放棄しろ。」


終は私が話を終わると、すぐに一等兵に指示を次々と飛ばす。

流石いくつもの戦争を生き抜いてきたのか、その指示は抜け目ないものだった。


ガラの悪い一等兵は了解、と言うとどこかへ消えていく。


「さて、我々も離脱しますかね。」


私は終わりに続いて、物陰に隠れながら基地の外の森へ逃げ込む。


しばらく歩くと、森の中心に開けた草原地帯が出てくる。

そこには基地から脱出できた王公国軍の兵士達が休息を取っていた。

血がにじんだ腕を抑えるもの。

足に添え木をしているもの。

皆やっとの思いで逃げ出してきたのだ。

怪我をしていない者も疲労を顔に出している。


状況は最悪だ。

いや、最悪な状況に落とされたと言うべきか。

私の父によりこの状況が引き起こされた。

だが首謀者が父だけと考えるには早計かもしれない。

もしかしたら兄弟たちの中に共謀者がいる可能性があるからだ。


先程、砲弾に吹き飛ばされたコーヒーを飲んでいた一等兵達が言っていた言葉が頭をよぎる。


(内部にいる敵を相手にする方がよっぽど怖いからなぁ)


その通りだ。

私は今、疑心暗鬼だ。

背後にいる兵士が私を監視しているかもしれない。

もっと悪ければ、隙を見つけて殺しに来ているのかもしれない。

味方と敵、その区別がつかないもの程恐ろしい事は無い、とつくづく感じていた。


「さて、軍曹。これからどうする?」


終が槍を右手に持ちながら近づいてくる。

私は後ずさりしたくなる衝動を抑え、思考を明瞭にする。

終伍長含め39基地の人間に父の内通者がいる可能性があるかどうか。


39基地の内部案内の際に資料を見たが、ここ最近で他から39基地に配属された兵士はいない。

わざわざ襲撃され全滅する可能性が高い基地にスパイがいるとは考えにくい。

スパイの方が死ぬ可能性が高い以上、そんな仕事をやりたがる奴はほとんどいないだろう。

または、スパイが戦死すれば、動かぬ証拠を残す可能性が高い。

証拠をなるべく残さない父完璧主義な父のやり方ならまずこんな危ない方法は取らないはずだ。

つまり、39基地に内通者がいる可能性は極めて低い。


だが低いとは言え、警戒は必要だ。

終伍長含め、いつ私を殺しに来てもおかしくないのだから。


結論を出して顔を上げると終伍長は待ちくたびれたぞ、と木に寄りかかりジト目でこちらを見てくる。


「ああすまない。考え事をしていた。そうだな…うん。確か、この森を抜けた先に41基地があったはずだ。そこへ行き、負傷者の治療と援軍を頼もう。」


「了解」



終はそう言うと、負傷している兵士に移動の旨を伝えに回る。

終の後ろにはさっきのガラの悪い一等兵がいる。

どうやら終の直属の部下らしく、彼の後をついて歩いている。

終のように伍長の階級は5人の部隊を編成、指揮する権限が与えられている。

恐らく、あの一等兵は終の部隊の副長なのだろう。



私は終の地形案内の元、39基地の生き残り13人を引き連れ、山を下っていく。


◆◆



濃い霧が辺りを包み込み始める。

平地に降りても、濃くなった霧で視界が確保できない。

真っ白の世界を手探りの状態で歩き続ける。


私は地面につまずくと、カランカランと金属音が鳴り響く。

足元を見ると、茶色い筒が転がっている。

おそらく金属製。


終はそれを拾い上げると、


「これは、王公国軍の戦車の操作系統の部品だ。」


通常、戦車の内部にあるはずの部品が地面に落ちているのはおかしい。

色が黒ずんでいる。

焼け焦げた匂いが鼻につく。

つまり、まだ新しい。


霧で濁った地面に目をこらすと、いくつもの戦車部品が散乱し、地面がえぐれている。

間違いなくここで戦闘があった。

しかもまだ新しい。

つまり敵が近くにいる可能性が高い。

「円陣を組め!四方を警戒しろ!」


私の声を聞いて、兵士達は小銃を四方に向けて構える。

終は槍を両手で持ち直し、体勢を低くする。


近くの茂みからガサガサと何かが動く音が聞こえる。

終はそこに槍を投げ飛ばすと、


「ひぃぃいいいい!」


小太りの中年男性が這い出してくる。

明らかに戦闘をする兵士らしくない体つきだったが、理由はすぐにはっきりした。

茶色の作業服に、胸には青と白のエンブレムの中心に戦車の外殻模様が刻まれている。


青と白のエンブレムは我々王公国軍を表す紋章だ。

そして、茶色の作業服は技術局に所属していることを示す。

外殻模様は戦車に関係する役職を表す。

つまり、「王公国軍技術局戦車開発部」だろう。



私はへたり込んだ男に、


「我々は王公国軍第39基地の兵士です。どうかご安心を。」


「ゆ、友軍ですか…。帝国軍かと思いましたよ、良かった!」


男性は立ち上がると、


「おーいみんなー。俺だ、坂本だー。王公国軍が来てくれたぞー。」


彼は何処に向かってか周りに届くように声を張り上げる。

すると、四方にある草むらから、木陰から、地面のくぼみからわらわらと作業服の男たちが這い出してくる。

彼らは声を張り上げた男の元に集まる。

合計7人の作業員達だ。


「状況がよく掴めませんが、私はザック・アストリア軍曹。第39基地にて帝国軍の襲撃を受け、41基地へ救援を求めてここまで逃れてきました。」


「そうですか…。私は戦車開発部技術長、坂本です。北部戦線にて奮戦中の王公国軍の損壊している戦車を修理する為に、本国から派遣されました。」


坂本はうつむき、うなだれながら、


「非常に残念ですが、第41基地は…既に帝国軍の手に落ちています。」

次話「臆病の代償」 

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