出会いと証明
「ようこそおいでくださいました!英雄の一族の方がこの基地に配属されたこと、大変嬉しく思っております!」
顔に張りつけた笑顔とちょびヒゲが薄い汗にてらりと光沢を帯びる。
「申し遅れました。私、レヴァリエ特務中尉であります!以後、どうぞお見知り置きを。」
笑みを顔に貼り付けて脂で濡れた手で敬礼をする。
通常、このように基地のトップがわざわざ配属されたばかり、それも戦場が初めての新兵に挨拶に来ることはまず無い。
だが、私のように英雄の血族は特別な扱いとなる。
新兵は「二等兵」、つまり会社でいえば平社員からのスタートが当たり前だが、私の場合は「軍曹」、いきなりの係長デビューである。
七英雄のどの家も、家の名を背負って名をあげる次代の血筋に英才教育を施している。
私も生まれてこれまで教育漬けだったのだ。
だが、他の一般兵より遥かに質の高い教育を受けていても、実戦でその力を発揮できる力をつける必要がある。
そこで実践教育として配属される基地にて本当の戦争について1年間学ぶことになる。
その間、私の階級は軍曹であり続けるが、通常の軍曹のように兵を引き連れて敵軍に突っ込むことは出来ない。
1年間の実習を終えて初めて軍曹という地位を習得し、軍を率いて戦うことが出来る。
それまでは配属された基地で大人しく実戦経験を学び続けなくてはならない。
私は軍曹ではあるがそれは肩書きだけである、ということである。
だがしかし、それ程に特別扱いされる英雄の一族とコネクションを持てることは大切な事と考える輩が多くいる。
いずれ軍曹より高い地位に昇りつめる可能性が大いにある英雄とコネがあればおこぼれをもらい、自分も昇進もしくは傍に居られるかもしれないという安易な考えを持つもののなんと多いことか。
実際、私が今まで会ってきた人の多くがこれにあてはまった。
今、私の目の前に立っているレヴァリエ特務中尉もまたその1人であることは明白だった。
わざわざ自分の名前の部分をより抑揚を付けて話して印象に留めておいてくれと遠回しに訴えている。
もしくは薄ら笑いでご機嫌取りでもしているつもりかもしれない。
だが、そもそも私は英雄の血筋でもないし、もっと言えば英雄の血筋が嫌いである。
私は「英雄」の枠組みに入れられることが反吐が出る程苦手だ。
嫌すぎて顔に張り付けた外向きの笑顔が暗黒の微笑みになりそうなくらいに。
だが、英雄の家に生まれた身として否が応でもその血族だと振る舞わねばならない。
それに万が一家の名を汚しでもして実家に強制送還させられたら、英雄一家からどんな仕打ちを受けるか考えたくもない。
だから私は皆が求める英雄として振る舞う必要がある。
それが偶像だろうと何だろうと関係ない。
使えるものは使って確実にのし上がる。
「よろしくお願いします。こちらとしてもこの機会にここで様々な事を学んでいきたいと思っていますので、また機会があれば色々教えて下さるとありがたいものです。」
私は心がこもっているように喋るが、実際のところは心ここに在らずだ。
虫唾が走る。
だが、中尉は満足したようで、
「ありがとうございます!では、私はこれから巡回任務がありますので、基地の説明は終伍長が担当します。」
「終伍長であります。以後、直属の部下としてお側につかせていただきます。」
中尉の後ろに控えていた男が前に出て、頭に手を当てて敬礼する。
男にしては長い髪を後ろでまとめ、あごひげを少し。
細身でありながら筋肉はしっかりとしており、右手には槍を持っている。
顔を見ればまだ30代ということが予想つくくらいにも関わらず、とても落ち着きがある目をした不思議な男だった。
「では、こちらへ。」
終に続いて部屋を出る。
施設内を案内される内に私はどこか違和感を覚える。
この終という男、何処かぎこちない。
勿論、丁寧な説明だが、かなり噛んだりどもったりしている。
「ここは、食堂になってる…ます。」
「ここには基本的な兵装が保管されてて、実地訓練の際は…保管されておりまして、実地訓練に際しては予備パーツを使用しています。」
最初は私が英雄の一族だから緊張しているのかと思っていたが、どうやらただ単に敬語を使い慣れていないようだった。
◆◆
資料によると、自分が配属されたのは北部戦線第39基地だった。
ここは前線の基地や部隊に後方から送られてくる物資を管理、輸送の為の中継基地として働いている。
立地は前線からは離れており、この基地と帝国軍の前線部隊との間にはいくつか味方の前哨基地がある。
帝国軍がこの基地にたどり着くまでには友軍を突破しなければならず、前線にある基地と比べてここは比較的安全と言えよう。
「成程。通りで物資の保管場所が基地のほとんどを占めているわけか。」
資料から顔を上げた私の目の前には箱詰めされた物資の山がある。
「そういう訳…その通りでございます。」
さっきから終の発言の訂正が多すぎて、ついには指摘したくなってきた。
「あの、わざわざ敬語を使う必要は無いですよ。私は別に気にしないので。」
すると終が、
「いえ、英雄の一族である方に対して敬語を使うように、特務中尉から指示されておりますゆえ。」
この男、面白いほど言動と行動が噛み合っていない。
背中を向けて話すし、私に歩幅を合わせずスタスタ歩いて、後で気づいて歩幅を合わせている。
わざわざ敬語を使っているのにも関わらず、目上に対する気配りがひどい。
これを私の父上の前でやったら間違いなく伍長から二等兵に降格させられるだろうと容易に予測がつく。
私は少し考え込み、
「では、私と二人の時には敬語を使わないで欲しいです。それ以外の場合には好きにしても構わないので。」
「しかし…」
終が反論を言い出す前に遮る。
「私の直属の部下になるというのにいちいち慣れてもいない敬語を喋られても、気になるから逆に困りますから。」
「しかし、英雄の方に失礼と…」
終も引き下がらない。
「私は英雄の一族ですが、特に敬語を使わないは気にしないので、私に対して敬語を使うも使わないも好きにすればいい、と言っているだけです。」
ここが落とし所だ。
少しの沈黙の後、終はこちらに振り向かずにため息をつく。
「敬語をやめろとは、英雄の一族らしからぬ発言ですな。ま、俺にとっちゃその方が楽で良いんですがね。」
終は壁に肩を預けて腕を組む。
どうやら本当の彼を引きずり出せたようだ。
「喋り方が変わりましたね。それが本来の終伍長ですか。」
終も、
「そういうあんたも顔に貼り付けてた笑みが消えてますぜ?」
「そいつは知らなかったな。」
2人は向き合いながら、面白い男だ。と心の隅に感じとっていた。