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エピローグ 傍観者から

 芝生が広がるキャンプ場だが、流石の寒波とオフシーズンもあって他に人はほぼいないと言ってもいい、貸し切り状態だ。

 今年の寒波は随分なもので、すでに都心にも雪が舞っていた。時順先生は、年末でもないのに、と小言を言っていたが、基本的に研究室にこもりっぱなしの人間に関係ないことだ。

 もちろん、それは私にも言えたことだ。だからこそ、外に出て雪を見てみたいとわがままを言ってみても、おかしなことではない。

 遠くから、楽しそうな声が聞こえる。そこには灰色の空から雪が振る中、子供たちが遊んでいる姿があった。その隣では大人が保護者の様に共に遊んでいたり、少し離れたところから見守っていたり、それぞれで楽しんでいた。


「ダリアは暫く監視対象、施設内での行動を制限して懲罰部屋行き。大門さんは監督不足ってことで減俸らしいわ。まあ、それとは別に随分と頭を抱えていたわ。こうなったのは、貴方のせい? それとも、私かしら……どちらにしても、残念だったわ」


 そんな中、そこからまた離れた場所のベンチに座って、私は尋ねた。隣には6課の制服のコートを着た男性が一人、岩の様にしていた。


「そうね、別に貴方がどう思おうと、どうしようと私には……昔の女には関係ないわね。ええ、そうよ、ただのお節介、気にするだけ無駄よ……無関係だものね」


 ワザとらしくトゲのある言葉が出る。視界の向こうでは赤いコートに着飾れたシレネが両腕を広げ、ご機嫌にくるくると回っているのが見える。

 その頭には新しい帽子が乗せられていた。恐らくまた買い与えられたのだろう、担当の多々良さんもそんなシレネに優しく笑う。良くも悪くも、あの二人は何時も通り。

 ふっと辺りを見渡し、監視するように他のカマキリたちを見る。各々で好きなように楽しみ、それを担当官と分かち合っていた。


「けど、甘すぎるんじゃないかしら? いくら貴方が擁護しても、ただ閉じ込めて反省を促すだけじゃ弱いわ。私たち第一世代の時じゃ起こらなかった不祥事よ? 時順先生も貴方とは言え黙ってないでしょうね。いえ、それとも貴方だか

 らこそかしら……」


 変わらず無口な隣人に、私はただ独り言を語り聞かせる。すると視界の端で、そんな隣人が動くのが見えた私は横目を向ける。

 懐からタバコを取り出し咥えたかと思うと、次にマッチ箱を取り出す。そして左手でマッチ箱をから中身を取り出そうとするも、どうやら上手く行かない。

 振ったりして、箱からマッチ棒を一本だけ取ろうとしても、二、三本まとめて飛び出してしまう。それらを何とかして、いざ火を点けようとするも上手く擦ることが出来ず、手から零れ落ちる。

 すると諦めたように、火の点いていないタバコを咥えたまま白い息を吐く。


「流石に、こだわりがどうとか言ってられないんじゃないかしら?」


 私はベンチから立ち上がり、男性の前に立つ。そして膝元に落としたマッチ箱を代わりに拾い上げる。片手でやろうかな、と一瞬だけ思うも、両手で火を点ける。

 同じように片手で箱からマッチ棒を取り出すことは出来ても、片手で点けるための『構え』を取るには手の大きさが十分ではない。出来なくて、自分がもっと大きくなったら、と昔は思ったりもした。

 しかし、善意の行動のつもりだったが、思わず見せつけるようになってしまった。不可抗力だろう。それにお互い様だと、勝手に思っておこう。


「……すまない」


 無精ひげの、寂れた探偵のような風貌の男性は一言だけそう言って、咥えたタバコを突き出す。私はそれに火を差し出し、オレンジ色の揺らめきが、白い粉の中で輝く。

 男性の咥えているタバコに火が点くと共に、私はマッチ棒の火を消しながら誰にもわからない微笑みを浮かべ、男性に手を伸ばす。


「そろそろ禁煙したらどうかしら。身体に有害だって、どこでも言ってるわ」


 相手が何か言うよりも早く、私はその咥えているタバコを奪い取り、それを振って見せる。男性はそんな私を見上げて、呆れたような顔をする。

 ふと見せたその表情に、私は目を細める。


「――怪我の方はどうなの?」


 お互いに顔を見合わせた所で、不意に先ほどまでの話しの流れを無視して、私は尋ねる。


「問題ない」


「どう問題ないの?」


「……幻痛と、時よりふらつく程度だ」


 そう言うと、男性は自身の利き手である右腕を見る。右手には寒さ対策にか手袋を付け、寒さに縮こまるように一切動いていない。

 それは事態を知っている私からすれば、寒さ対策でも、縮こまっているわけでもないことは理解している。


「続けられるの?」


「続けるさ。これまで殺して来たんだ、それが俺の番になるだけだ……そもそも、辞められるものでもない。ダリアにしても今は頭数を減らすわけにはいかない、人手不足だからな」


「黙って出て行ったくせに……まあ、いいわ。あの子とどういう付き合い方をするか、何を思うかは自由よ。ただ、貴方のことを心配したり、気に掛けている人のことも、少しで良いから貴方から声を掛けてほしいわ」


 私は奪い取ったタバコをペン回しのように指から指へと移動させ、手のひらに乗せると、そのまま握りつぶす。タバコの吸殻を自分の黒いコートのポケットに入れて、私はそのままベンチに座る男性を残して、歩き出す。

 空を見て、降る雪を見上げながら白い息を吐き上げる。遠くでは楽し気な声が聞こえる。まるで同じ空間にいるのに関わらず、ここだけ別の世界にいるようだ。

 歩いて、止まって、見上げていた顔を下げる。


「なにか、言うことあるかしら?」


 尋ねると、考えるように一度だけ眼を逸らして、しっかりと向き合う。


「――知りたかったのは、本当に知りたかったのは、あの人が私を認めてくれるのか……受け入れてくれるか。だから、どうすれば受け入れられるのか、あの人のことを知りたかった」


 息を吐く。


「初めからわかってた。私が一番わかってた。あの人は出会ったあの日から、私に優しくしてくれていた、気遣ってくれていた……ただ、言葉に振り回されて、不安だった。けどいつだって、あの人は私のことを護ってくれていた。行動で示してくれていたのに、不安になる必要なんて私には最初からなかった――ごめんなさい」


「……行って良いわよ」


 私がそう言うと、少女は歩き出す。だが、私の横を通り過ぎようとしたところで、その腕を掴み、また私の前に引きずり出す。

 少女は驚いたような眼をしたが、直ぐにそれを受け入れるように表情を崩さない。そんな少女に私は手を突き出し、その胸に手を押し当てる。


「あなたの味方ってわけじゃないから」


 気付いたように、少女は私の手に自分の手を当てる。私は手を離すと、そこから零れ落ちたマッチ箱を少女は受け止める。

 なんの特別のないマッチ箱。少女はそれを大切なモノのように両手で包む。


「クロユリ、私……」


 私を見て、何かを言いかけるも口には出さなかった。何かを言い掛けようとして、言葉を飲むのはこの子の悪い癖だ。結局言葉はなくて、そのまま少女は歩き出す。今度はそのまま、私は止めずに黙って通過させる。

 あの時、ダリアの一太刀から襖さんはルリチシャを庇って怪我をした。利き腕である、右腕を失って。

 今ある右手は義手で、手袋を取ればそこには動かない無機質なモノがある。触れても硬く、触れられたこともわからない、形だけのモノ。

 自分の手でカマキリを殺したことがある襖さんが、どうしてルリチシャを庇ったのかは私にはわからない。ダリアが何故こんなことをして、何を得ようとしたのかもわからない。

 でも、ただ言えることは、安心した、と言うことだろうか。振り向いて、歩いて来た方を眺める。襖さんが座るベンチ、ルリチシャはその右側に座り、両手を膝の上に置く。

 襖さんとルリチシャ、ベンチに座る二人を私は遠くから見て、耳を傾ける。


「……襖さんは、私のことが嫌いなんじゃないんですか?」


 ルリチシャが襖さんに尋ねた。それはとても直接的で、なんの含みのない言葉だった。


「頭数、ですか? 私が死ぬと頭数が減るから? 自分の利き腕より、優先すべきことだったんですか……?」


 先ほどの話しを聞いていたのだろう。襖さんはなにも答えない。ただそこにあるのは雪が舞う静寂だけが二人を包んでいた。だがルリチシャはそれに満足しているのか、答えない襖さんに苛立ちや不満を感じてる様子は無い。

 ふっと、ルリチシャの視線が落とされ、その眼に襖さんの右腕を映した。そしてゆっくりとその右手に手を伸ばしたが、触れることなく手を引いた。襖さんはそれに気付いた様子は無く、ただ黙っている。


「あなたのこと、全然わからないんです。いつも私を否定することばかり言って、それなのに自分の身を犠牲にしてでも護って……駐車場の時も助けてくれましたよね。あれぐらいなら傷も負わないのに、同じように抱き寄せて。考えれば、他にもいろいろあったかもしれません」


 淡々と語るルリチシャは思い出すように、時折目を細める。


「覚えてますか? 初めて出会った時のこと。あの時の襖さんはとても優しい眼をしていましたよね。私は、もう一度あれを見てみたいんです。見るまでは……死んでほしくありません」


 それは何時かの日に言っていたことだ。どうしてルリチシャは襖さんのことを慕うのかと聞いた時、そう言って返したのを覚えている。悲しそうだけど、とても優しい眼だと。

 するとルリチシャは軽く首を振って、左右に髪を揺らす。そして小さく笑みを浮かべた。


「襖さんが私のことをどう思っているかは、聞きません。ただ今は、こう言う関係で良いんだと思います」


 その言葉に初めて襖さんが反応を返す。顔を少し動かして、隣に座るルリチシャがいる方向へと視線が向けられる。

 ルリチシャもそれに気付いたはず。だがルリチシャは顔を合わせずに一度頷いて見せて、ハァっと白い息を吐く。その顔は寒さなのか、それとも高揚しているのか火照っていた。

 それはきっと、とても勇気のいることだったのだろう。見ているこちらが緊張して、不本意だがまるで新しい本をめくった時と同じでドキドキしてしまう。


「『どうして庇ったの?』って、そう言う関係です。妹のために殺人を厭わない姉。息子を護るために罪を被る父親。言葉なんかより行動で示したそれは、きっと口にするよりも難しくて、嘘のない……そう、手帳やマッチ箱のように、形のあるモノです。だから、これからは私が襖さんの右手になります。今度は私に護らせてください……だって私は――」


 また、ハァっと息を吐く。でもその宣言も行動ではなく、言葉でしかない。だからこそ、ゆっくりと伸ばした小さな手を、襖さんの右手に重ねた。


「私は、あなたのカマキリだから」

お読みいただいてありがとうございます

取りあえずこれにて完。他のネタを考えたので、続きは不定期

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