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第一話 ソシラの村へ(3)

 楽しんでいただけたら幸いです。

 無事に凱旋門を通過し、反乱の炎が燻るパリの街から脱することが出来たアンナ。


 もう一度だけ凱旋門を見ようと、顔を出すだけで一杯な小窓から顔を出したアンナは埃っぽい空気を吸ってしまい、堪らずにゴホゴホと噎せこんでしまう。


 埃っぽいとは違う。これは灰だ。またどこかの村が燃えているのであろう。


 最近そんなことばっかりだ。反乱だ、革命だ、とそれらしいことを宣いながら、本当に国のことを考えている人間はどれくらいいるのだろう。


 多くの人間は混乱に乗じて暴れる暴徒に過ぎない。そもそも知性ある者のすべき行いではない。暴れまわるよりも話し合いで解決すべきだ。


 それが真の革命者だ、とアンナは思う。


(・・・・・・まぁ、私が王家よりの人間だから、かもしれませんけどね)


 一市民では置かれている環境も違う。最早話し合いでは解決しない。腐敗した王政を壊すには武力しかあり得ない、と。


 アンナはゆっくりと流れ過ぎていく景色へと意識と視線を向ける。


 視界に映る畑には作物が生らず、土は色褪せカピカピに渇きひび割れていた。


 それでも農民は必死に畑を耕す。日々の糧を得るために、生きている意義を見出だすために。


 ボンヤリと移り行く景色を馬車の小窓から眺めていたアンナに、馬車を走らせる行者の男が話しかけてきた。嗄れた声で、愛想悪く。


「ーーーーーー旦那はどうした? まさか本当に女一人で赤ん坊を育てる気か?」


「えぇ、そのつもりです。旦那は・・・・・・、死にました。流行り病でポックリと」


「そうか、そりゃあ悪いことを聞いたな」


「いえ、事実ですし。隠すようなことでもありませんしね」


「・・・・・・んで、お前さんたちはどこまで行くつもりなんだ?」


 良ければそこまで送ってもいいぜ、とぶっきらぼうに呟く行者の男。


 愛想のない男だと思っていたが、案外面倒見はいいようだ。


 どうしようか。


 人目を避けて早く着くに越したことはない。


 しかし、このご時世だ。馬車で移動し続けるのも悪目立ちしそうだし、貴族や金持ちであると勘違いされて悪党や暴徒と化した市民に襲われる危険もある。


 やはり、私には彼の好意を断るしか術がない。


「有り難い話ですが・・・・・・、最初に申した通りで良いです」


「そうか、まぁ、別にいいけどよ」


 パシンと鞭を振るって、行者の男は馬車の速度を上げた。


 道が舗装されていないため、ガタガタと車輪が地面を転がる度に上下左右に揺れる。


 先程まではどんなに揺れても泣かなかったソフィーも、


「ふぇっ・・・・・・、うぅ!!」


 そろそろお腹が空いてきたのか、可愛らしい顔をくしゃくしゃに歪めてぐずり始めた。


 マズイな、とアンナは顔をしかめた。


 馬車の中には食べるものも何もない。そもそも必要最低限の荷物しか持ってきていない(その他の荷物は最初の村で買い揃える予定だった)。


 まだ村には着かないのか、アンナは行者の男へと急かすように問いかける。  


「・・・・・・まだ着かないのですか?」


「あぁ、どうしたんだ?」


「娘が、ベアトリスがぐずり始めてしまって・・・・・・。早く村へと着きたいのですけど」


 どのくらいで着くの? と聞くと、


「あー、あと2リューほどだから、馬車だと三十分ほどかかるかな」


 曖昧な・・・・・・、まぁ、そのくらいなら良しとしよう。


 おしめでないならば、どうにか対処出来る。


 アンナは襟首の繋ぎ目を緩めて、服のボタンを外すと乳房を露出し、ぐずり始めたソフィーの口元へと運ぶ。


 十ヶ月のソフィーは乳離れをすべく離乳食を食べさせている最中であるが、それでも時たまには母乳を飲ませている。


 目の前に乳房があるのに気づいたソフィーは、無我夢中になって乳首をくわえて母乳を飲んでいく。


 よほどお腹が減っていたようだ。くわえられた乳首が痛くなるほどに吸われ続け、ようやく解放されたのは数分後のことであった。


 アンナは布巾で乳首を軽く拭うと、服の中にしまい入れて身支度を整える。

  

 それからソフィーの背中を優しく叩いてゲップをさせると、再び籠の中へとソフィーを横たえる。


 お腹をポンポンと叩きつつ、アンナはソフィーを寝かしつける。お腹が一杯になって満足したのか・・・・・・、ソフィーは秒も経たない内に眠りに落ちた。


 ラナー村に着いたら、どうしようか。あの村は小麦生産が主流なだけの、ごくごく平凡な一農村でしかない。


 村に暮らす人口もたったの五百人ぽっちの、年老いた老人と窶れた女子供しかいない小さな小さな村だ。


 かつては村を覆うようにして実る畑一面ーーーーーー、黄金色の小麦畑が村の風物詩の村であったが、今や小麦畑には麦一粒も実っていない。


 まさに絵に描いたような貧乏村であった。


 唯一機能しているのは村唯一の宿であり、パリへ向かう旅人たちの払う金で生計を立てていた。


 値段も一泊十フランと高額だが、野宿するよりは身の安全が保証されているので、皆高くても宿を利用するのだ(勿論、アンナも)。


 誰だって寝るときくらい安心が欲しい。それを宿屋は金を戴く代わりに提供するのだ。


 正しく利にかなっていると言えよう。今日日作物を育てるよりよほど儲かる仕事だ。


(宿に着いたら何か食べよう。思えば昨晩から何も食べていなかった・・・・・・)


 パリの街から無事に脱することが出来て、ようやく緊張の糸が解れたのか、お腹の虫が激しく自己主張するのを感じた。


 空腹を訴える腹部を撫で擦っていたアンナに、


「ーーーーーーさぁ、そろそろ着くぞ。あれが、ラナー村だ」


 行者の男が嗄れた声でそう教えてくれた。


 アンナは男の声に導かれるように、馬車の小窓から顔を出して村を一目見ようとする。


 朝焼けに反射して金色に輝く家々が小さく視認できた。


 それはまるでかつて小麦畑に囲まれた村を彷彿させるようでーーーーー。


 アンナはここから始まる新しい生活に、期待と不安がない交ぜになった感情を抱く。


 ここから。


 始まるのだ、長い長い旅が。


 私と、ベアトリスの安住の地を求める旅が。


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