笑顔で怒る異世界の皆さん
こんにちは、第38話投稿させていただきます。
楽しんでいただけたら幸いです。
目の前のカグツチの姿に多少脱力しながら私は周りの好奇の目を無視しカグツチに近寄り柄部分を握り一気に抜き取る。
周りの冒険者達が重そうに抜こうとしていたので勢いをつけて抜いた私はそのあっさり加減に勢い余って後ろに倒れこみそうになるのを間一髪でニアさん達が支えてくれた。
周りからは「エェー⁉」っという絶叫が聞こえてくる。まあ、絶対に抜けないと思っていた子供に抜けちゃったんだからその反応も当たり前だよね…
「ニアさん、ゲインさん、アデルさん、フィードさん、カルデさん、支えてくれてありがとうございます…簡単に抜けちゃったんでビックリしました…」
「怪我が無くって良かったわ…」
「俺達もびっくりしたわ…」
あっさり抜け過ぎた所為で呆然としながらニアさん達にお礼を言い、鞄からアイテムボックスにしまっていた鞘を取り出して剣を収める。
てか、こんなにあっさり抜ける物にこの人達は何を手こずっていたのだろう?いくら私が魔王でも皆修練不足じゃないですかね?
「やけにあっさり抜けたわね…まぁ、元々コユキの物だし当然かもね」
ニアさんが小声で私に話しかけてくる間にも周りは大騒ぎだ。
中には「クソ‼なんであんなガキに」なんて言っている星詠み亭で見ない粗暴そうな冒険者の姿もある。
多分、昨日お祭りあると聞いて立ち寄ったのだろう。
「なぁ、ニア、その子は誰なんだ?」
普段、星詠み亭で見る知った顔の冒険者がニアさんに私の事を聞いている。
本日、三回目である。
「うん?誰ってコユキだけど?」
ニアさんのその言葉にその場にいた見知った顔たちが呆然としている。
これも本日、三回目である。
私の後ろではカルデさん達三人が「分かるぞ、その気持ち、そりゃあ、驚くよな」などと言っているのが聞こえてくる。
もう、なんか色々面倒くさくなって来たのでカグツチをアイテムボックスにしまおうと鞄を開いたときに一人のガラの悪そうな冒険者から声を掛けられる。
見ない顔だし、ガラ悪いし、顔も酷いうえに何処の世紀末だよって髪型をしている、100%星詠み亭の常連さんではない。
「オイ!ガキ‼お前、その剣を持っていこうなんて思ってねえよなぁ?価値も分からねえ小娘が持つんだったら俺様に寄こせ」
何を言っているんだろう。この筋肉世紀末は…?価値も分からないも何もこれはクロノスから正式に渡された私の剣だし、価値に関してはこの目のお陰で明らかにこの人よりも知っている。
「オイ!聞いてるのかこのガキ‼その剣は最強の冒険者になるガライゾ様にこそふさわしいって言ってるんだよ。とっとと寄こせ‼」
そう言いながらカグツチに手を伸ばしてくる世紀末の腕を私は問答無用で蹴り上げる。
ゴキっという鈍い音と共にガライゾと名乗った筋肉世紀末の腕は関節とは逆の方向に曲がる。
「ぎゃあああああああ」
右手を押さえながら悲鳴を上げて蹲る男の首からギルドのドッグタグが見える。
その首に掛かっているタグにはオパールの石が嵌められている。
…なんだ、下級冒険者か…
私もニアさんに教えて貰ったのだが、この世界の冒険者のランクは十種の宝石で表している。
上から順に説明するとこうなる。
《ダイヤモン》・・・冒険者の最高ランク。魔王や勇者とも互角に戦えるレベル
《エメラルド》・・・英雄と呼ばれるレベル
《ルビー》・・・ダイヤモンドやエメラルドには劣るが十分人外のレベル
《サファイア》・・・上級冒険者
《アレキサンドライト》・・・中級冒険者、サファイアに上がるには大きな壁が有る
《オパール》・・・下級冒険者
《真珠》・・・ルーキー冒険者、大分戦闘などにも慣れて来る頃合
《アクアマリン》・・・駆け出しの冒険者、初心者に毛の生えた程度
《トパーズ》・・・初心者、冒険者になりたて
《翡翠》・・・素人、主に特別枠が認められた子供の冒険者に仮の証として示されるランク
っとこんな感じになっている。宝石はランクが上がるごとに増えていき、通常の冒険者は全部で九つの石がドッグタグに嵌められることになる。
そして、私に道理の通らない事を言って来たこのモヒカンは要するに下級の冒険者なのだ。
あっさりと腕を折った私を呆然と見ている周りの目を無視し、私は鞄から下級のポーションを取り出すと目の前のモヒカンの口に突っ込み中身を流し込む。下級ポーションでも骨折ぐらいなら少し時間を置けば治る。
少ししてポーションが効き折れた腕が治った男が口を開く前に私は男にある提案を持ちかけた。
実は、転生してからのあれこれと昨日の蛇と朝から見世物にされた所為で今はすこぶる機嫌が悪いのだ。
それに常連さん以外の冒険者がこの男の様に言ってこない保証はない。常連さんが良い人たちばかりなので忘れていたが冒険者というのはこういう輩が多いのだ。今後の安寧の為にもこの男にはここで生贄になってもらおう。暴力で奪おうとしてきたのだ暴力を振るわれても文句は言えまい。
「えっと、ガライゾさんでしたっけ?この剣は元々私の物ですので貴方にとやかく言われる筋合いは有りません。それでもまだ納得がいかないのなら決闘でもしましょうか?貴方が勝ったらこの剣はお譲りしますよ?あと、さっき折った腕の事で言い訳されても面倒ですので戦う人数はそちらで決めてもらって結構です。ただし、人数が複数人の場合は私も魔法を使わせて頂きます」
その提案を聞き、ニアさんが止めに入ろうとするがゲインさんがそのニアさんを止めている。
心配を掛けてしまって本当に申し訳ない…
「このクソガキ…舐めやがって…後悔するなよ…オイ!てめぇらちょっと力貸せ‼」
そう言って声を荒げるモヒカンの周りに同じく世紀末かな?って感じの連中が9人程集まって来る。昨日のお祭りのときにこんな恰好していた人達に何で気が付かなかったのだろう?てか、安い挑発に乗って仲間を呼ぶなんてつくづく残念な連中のようだ…
呑気にそんな事を考えながら片眼鏡を外し、全員のステータスを確認する。
結論、大した事無し、表記する価値も無し‼スライ・サーペントに飲み込まれて出直してください‼
ため息をつきながら片眼鏡を戻し、鞘に入ったままのカグツチは昨日の切れ味を見る限り危ないのでアイテムボックスにしまい。鞘に入ったままの別の長剣を出し構え、自分に《ライトニング・オーラ》を掛けて置く。
相手の準備もできたみたいで周りに集まっている冒険者の一人に審判を頼み、その人が始めと言ったのと同時に地を蹴り、魔法使い風のモヒカンの顔面に鞘付きの剣を叩き込み吹き飛ばす。まずは一つ
そのまま勢いで今度は横に居た拳闘士風なモヒカンと両手剣を持ったモヒカンのお腹に鞘付きの鉄剣を更にお見舞いする。蹲った所に踵落とし喰らわせて意識を奪う。二つ、三つ
開始早々に三人がやられ、慌てて弓を構えたモヒカンに近づき鞘に入ったままの鉄剣を振って弓を破壊、そのままの顔面に鉄剣をお見舞いし、後方に居た槍持ちと斧持ちのモヒカンにぶつけての意識を奪う。四つ、五つ、六つ
四人目を仕留めて振り抜いていた剣に鞭を使っているモヒカンが絡め取ろうとして剣に鞭を絡めて来る。振り抜いた剣をそのまま引き寄せると鞭モヒカンは宙を飛びそのまま壁に激突する。七つ
その光景を見たボス以外のモヒカンが「ヒィ」っと悲鳴を上げるのが聞こえる盾持ちのそのモヒカンに近づき回し蹴りを喰らわせて意識を奪う。八つ
残りのボスモヒカンと薬術師モヒカンは丁度薬での身体強化が終わったみたいだ。
今更、強化が終わるなんて遅すぎでしょ…だから下級冒険者止まりなんだよ。
そんな思考と同時に薬術師モヒカンの意識を刈り取る。九つ
「ガキ~‼痛めつけて後悔させて…」
言葉を言い終わらない内に最早自分だけしか残ってない現状に愕然とするボスモヒカン、今頃気づくなんて貴方冒険者向いてないよ?田舎に帰って畑でも耕していたら?
唖然としているボスモヒカンの腕と足に鉄剣を喰らわせて身動きを封じる。これで十、終わりです。
「そ、そこまで‼勝者コユキ‼」
一瞬の決着に唖然としながら勝利宣言が出され、少ししてから見ていた冒険者達が一斉に歓声を上げる。正直ちょっと五月蠅い。
そんな歓声の中ニアさんは怒った時によく浮かべる笑顔を浮かべ私の方に歩いてきた。
ヤバイ…やり過ぎた…何でこの世界の美人さん達は怒ると笑顔で迫ってくるのだろうか…
私は逃げずにそっとそのお説教を受け入れるのだった。
「ふざけるな!今の決闘は無効だぁ‼なにかイカサマをしやがったんだ‼そうじゃ無ければ俺達が負けるはずがねぇ‼ガキ、てめぇ神聖な決闘で卑怯な真似しやがって‼」
ニアさんに危ない事はするなと説教を貰っているとボスモヒカンが何かを口汚く喚き散らしている。
そんな男にゲインさんを含めた数人の冒険者が近寄って行く。
ゲインさんが男の近くに行き普段は聞いた事の無いドスの効いた声で男に喋りかける。
「おい、兄ちゃん。いい加減に黙れや、それ以上うちの娘の事を悪く言うと今度はここに居る冒険者全員が相手になるぞ?んん?それとも、一回死んでおくか?そういえば最近ヘルハウンドが大量に発生している場所が有ったなぁ、ちょっと一緒に行こうか?」
周りに集まった星詠み亭の常連さん達は各々の武器を持ち笑顔で男を取り囲んでいる。いつの間にか男の取り巻きも皆縄で縛られている。
訂正、この世界の人達は怒ると笑顔で迫ってくるだね…
「う、うるせぇ‼てめぇらこんな事してタダで済むと思うなよ‼」
事態が呑み込めていないのかまだ叫んでいるモヒカンにゲインさんが無慈悲な一言を告げる。
「反省の色なしだな、連れていけ、二度と舐めた口がきけないようにしてやれ」
モヒカンとその部下を連れて冒険者の人達は門の方に向かって行った。その後、どんな刑を受けたのかを私は知らない。合掌である。
レベル的にもいつもの常連さん達で余裕で勝てるだろうし、そもそも、冒険者としてもランクが違うんだよなぁ…
ゲインさんがニアさんを止めたのもいざとなったら自分達が割り込めば良いと思っていたみたいだし、どっちにしてもモヒカン達に未来は無かったのである。
まぁ、後日放心状態で歩いている一行を目撃したので生きているのは確実である。
剣を回収した帰り道で星詠み亭の前で立ち往生しているリーン達と話、お互いの無事を喜び合った後、明日から通常運転のお店の準備を手伝ってから屋根裏に上がり剣のステータスを確認しながらクロノスと話をする。
☆
名称:カグツチ
刀匠:ストリア・グランデ・トワイライト
スキル:熱伝導(大)、磁気無効、盗難防止
〇〇〇〇〇〇〇〇
特性:永久不変
クラス:ユニーク
☆
何回確認してもそこにはシンプルに武器の名称と作った人等が見えるだけで攻撃力も耐久値も見えない。しかし、これは私が目で見ているからでなく武器のステータスを確認ための魔道具を使ってもこんな情報ぐらいしか出てこないのだ
まぁ、元々私の目が可笑しいのだが…
「ねぇ、クロノス。カグツチのステータスに有る丸って何なの?」
カグツチのステータスの中でも特に異質な項目である丸について聞いてみる。
「それは先代様オリジナルの技法でつけられた先代様によって作られた剣固有のスキルですね。これは特殊な宝珠を剣に吸収させることによって丸の分だけスキルを付与する事が出来るのです。また、そのスキルは付け替え可能でございます。付けられるスキルの例で言えば重量軽減とか切れ味向上などですかね。今はこの剣を修繕に出していたりした関係上全て取り外されておりますし、現状ここには宝珠も有りませんので今は役に立たないでしょう」
「ふーん、じゃあ、この盗難防止って何?」
カグツチの中で二番目に異質なそのスキルの詳細をクロノスに聞いてみる。
「そのままの意味でございます。黄昏の魔王やその眷属以外の者が手に取ろうとすると異常なほど重くなったりして持ち運べなくなるのでございます。昔、何回か盗難されそうになりその対策で付けたと聞いた事がございます」
そう言いながらクロノスは昼間におじさん達から貰ったのであろうナッツを齧っている。
…ただ単に抜こうとしていた人達のステータスの問題じゃなかったのね…と言うか魔王の剣を盗もうなんてどこの勇者がそんな事を考えたのやら…
まぁ、とりあえず、カグツチが普通の《ユニーク》クラスの武器とは違うと分かっただけでも良しとしよう。
スキルの付け替えについては切り札にもなりえるしね。
カグツチを鞘に戻しアイテムボックスに入れてから私は再びクロノスに問いかける。
「ところでクロノス、そろそろ二ヶ月ぐらい経つけど貴方の魔力の回復は順調なの?」
「それが、大変申し訳ないのでございますが、今一芳しくないのでございます。本来ならもう人の姿をとれるぐらいには回復しているはずなのですが…」
「まだ無理なんだね…まぁ、人間の領地と魔族の領地じゃ何か違うのかもしれないしあんまり無理はしないようにね」
「申し訳ございません。我が魔王」
「じゃあ、もう寝ようか明日も朝は早いしね」
そう言って部屋の明かりを落し、私はゆっくりと夢の世界に旅立つことにしたのだった。
翌日、星詠み亭の仕事はフードを被らずに素顔のままで接客をする事になった。
理由は簡単だ。ニアさんからどうせ皆に見られてしまったのだから隠しておく意味が無いと隠そうとしている私の意見は一蹴されてしまったのだ。
なぜか、冒険者の人達がいつもより笑顔が多かった理由が私には今一分からなかった。
今回は、ギルドのランクについて書かせていただきました。
また、今回はこのお話を含めて二話投稿させていただきます。
ごゆるりとお待ち頂けたら幸いです。




