リューンは良い顔をしていた
おはようございます。
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また、誤字脱字報告。真にありがとうございました。
第198話投稿させて頂きます。
今回もメイド長の視点です。
時間軸はコハク視点の『久しぶりの熱』のすぐ後です。
楽しんで頂けたら幸いです。
「それでは、ゆっくりお休みください」
コハク様が小さく寝息を立てたのを確認してからリューンと一緒に小声で声を掛け一礼してから隠し部屋の内側のドアを閉め、更にスイッチになっている本を指定されている順番通り押し込み外側のドアになっている本棚を自動で動かし元の位置に収めます。
———コハク様がまだ此処に来たばかりの時に良くここに隠れていたのを思い出すわね・・・それにしても、今回の熱は肉体の負傷による物も有る様だけど精神的にも相当参っている事の方が大きそうね・・・
扉が閉まる寸前にまだコハク様が小さかった時の事を思い出し、少しだけ懐かしい思い出に浸りながら今の熱にうなされていたコハク様の手の傷や全身の打撲痕などを思いリューンに気付かれない様に顔を顰めます。
———そもそも、コハク様はまだ成人(黄昏、白夜、暁の国では20歳)にも成っていないのに大勢の人の生き死に関わり過ぎているのよ・・・魔王様がご不在なのは問題だけど女神様ももう少し考えて魔王様候補をお選びになって欲しい物です・・・
心の中で女神様への不満を顔に出さずに考えて居ると隣を歩くリューンがポツリと口を開きます。
「コハク様、随分と参っているみたいですね・・・」
リューンも気が付いていた様で落ち込んだ声音で話しかけて来ます。
わたくしは何時もの態度を意識する様に心掛けながらリューンに返事をします。
「親しい方がお亡くなりになり更に大勢の人間を見殺しにする事を決めたのだもの。精神的にかなり参っていても不思議じゃないわ・・・」
「と言うより普段から隠し過ぎている所為で一気に噴き出していると言った方が正しい気がしてきますよ。あの方の場合は・・・」
「そうねぇ・・・もう少し周りに弱い所を見せてくださった方が少しは楽になりますのに・・・」
私が溜息交じりにそう言うとリューンが少しだけイラついた様に口を開きます。
「折角、弱い所を見せられそうでそれでもって支えてくれそうな方が現れて振ってしまわれたけどまだまだ様子見と言う形だったのにアルのドアホォが余計な事しやがりやがったのですよ」
リューンの言葉にわたくしは今回の報告でコハク様に伝えていなかった頭の痛い二つの案件の内の一つを思い出し、思わず頭を抱えたくなってしまいます。
一昨日の朝にアル達が帰還した際に部屋に戻って休む様にアルに言ったのにあろうことかアルはそのまま勇者様方の所に行き、彼等に喧嘩を売ってしまったのです。
途中でリューンが割って入って制裁し、謝罪したものの未だに彼本人から勇者様方への謝罪は有りません。現在は自室での謹慎を言い渡し、コハク様の指示待ち状態なのです。
正直に言って現在の弱っているコハク様に余計な心配事を増やしたくないのに全く持って余計な事をしてくれました・・・
因みにもう一つの頭の痛い案件は件のお客様です。
溜息をしたいのをグッと堪えてわたくしはリューンの言葉に返事をします。メイド長たるもの部下の前で溜息など着きません。
「リューン、気持ちは分かりますが口調はお気を付けなさい?貴女、れっきとした公爵令嬢でしょう?」
「・・・気を付けます」
不満がある時の顔で返事をするリューンに小さい時から変わらないと内心で苦笑をしながらわたくしは前々から気になっていた事をこの際なので訊いてみる事にしましょう。
「そう言えば何故行儀見習いの期間が終わっても残ったのですか?」
「何ですか?藪から棒に・・・」
わたくしの質問にリューンは些か不愛想に理由を訪ねて来きます。
その姿に苦笑しながら眼鏡の位置を直し、わたくしは口を開きます。
「いえ、答えたくなければ良いのですがわたくしから見て貴女は昔、コハク様の事を嫌っていた様に見えていたので・・・」
リューンにそう告げると彼女は苦虫を100匹程噛みつぶしたような顔をした後で過去の自分を殺したいと呟いてからわたくしの問いに答えてくれます。
どうでも良いですが過去の自分を殺したら今この場に貴女はいませんよ?ぶん殴るぐらいで留めておきなさい?
「はぁ、確かに出会ったばかりの頃はコハク様の事大っ嫌いでしたよ・・・私からしたらいきなりポッと出の子供が父を押し退けてお爺様の席に座ったんですから・・・でも、あの事件も有って私は考えを改めたんですよ。何が有ったかはあの時の自分的にも恥ずかしいので黙秘権を行使させて頂きます。てか、コハク様の周りにいる若い連中で最初あの方が嫌いでなかった奴なんて居るんですかね?」
リューンの言葉にわたくしは思わず真顔になり前方を見つめてしまいます。
確かにコハク様の周りの子達は酷くあのお方の事を嫌っていました。
最初に貧民街から拾って来たヴァネッサ、どこからか連れて来て非常に傲慢だったアル、奴隷商の顔面に金貨の袋を投げつけて半殺しにして連れて来たルージェなど今でこそ大好きと言って懐いていますけど最初なんて人買い‼と言って話すらできませんでしたね・・・
最初は心配したものですがコハク様はいつの間にか彼等の信頼を勝ち取っていましたね・・・まぁ、それは古参の年老いた者達にも言えた事でしたが・・・わたくしですか?わたくしは最初からコハク様の味方ですよ?メイドたるもの主に忠言こそすれど嫌って本質を見誤る事は致しません。暗愚かどうかだけ見極め暗愚だったら人知れず表舞台から消えて頂くだけです。
「まぁ、そういう事も有ってあの方を支えて行きたいと思ったので未だに侍女として居座り続けているんです。因みにおとうさ・・・父からはそろそろ嫁ぎ先を決めないかと言われていますが私はコハク様が結婚するまで結婚しませんし、婿を取ってこの仕事続けるつもりです」
・・・メル坊・・・メルビス宰相は娘の結婚で苦労しそうですね。
そんな話をしながら図書室の中を歩いていると目の前で何か小さな白い影が慌てた様子で本棚の影に隠れます。
本棚に隠れた人影にわたくしとリューンは苦笑しながら声を掛けます。
そう言えば最初からコハク様の事が大好きなのはこの仔でしたね。
「ネージュ、もう寝る時間は過ぎていると思いますよ?」
「ちゃんと寝ないとコハク様が心配しますよ」
そう声を掛けると本棚の影からこちらの様子を窺う様に小さい時のコハク様に良く似た少女がゆっくりと出て来る。
「主、まだ駄目?」
ネージュは心配そうな顔をしながらコハク様の容態を訊いて来るのでネージュ目を合わせる様に身を屈めてコハク様の容態を話す。
「じゃあ、一緒に寝ちゃだめ?」
ネージュの言葉にわたくしは少しだけ考えこみます。
正直、容態的に言えば余り宜しくないと言えるのですが今のコハク様を一人にしたくないのも事実です。何より仕方がないとは言え最近ネージュをほったらかし過ぎている感じがします。それに何か有った時に連絡をくれる子が居るのはとても心強いですね。
以上の点を考慮しわたくしはネージュ目を見ながら結果を伝えます。
「一緒に寝るのは問題無いですよ。ですが、二つだけわたくしと約束しましょう。一つは貴女なら問題ありませんが静かに布団に入る事、二つ目は何か有った時にわたくしかリューン、もしくは近くにいるメイド達に声を掛ける事。約束出来ますか?」
「あい」
ネージュに約束を二つの約束事を守れるかと訊くと夜中なので声量を抑えてですが目に見えて元気に為った返事が返ってきます。
ですが、ネージュ。「あい」ではなく「はい」と言うのが正しい返事ですよ?まぁ、今はまだ矯正しなくても良いでしょう。
「では、魔王様の所に行きましょうか?リューン。すみませんがワゴンを持って先に行っていてください。」
「かしこまり」
「あい、メイド長。ありがとう」
リューンの何時もの返事に苦笑をしつつネージュの手を握って来た道を戻ろうとするとリューンが何かを思い出したように声を掛けてきます。
「あ、そうだ。メイド長。明日、急遽お休みを頂きたいのですが良いですか?」
「はい?」
珍しい申し出に思わず間の抜けた声を出してしまうとそれを否だと思ったのかリューンは事情を説明してくる。
「明日は少しやりたい事が有るのでメイドとしてではなく公爵令嬢として登城したいんです。駄目でしょうか?」
「いえ、珍しい申し出だったので驚いただけですよ。休みの件は大丈夫です。ただ、公爵令嬢として登城して何をするつもりなんですか?」
リューンに内心慌てて休みの件について了解を伝えついでに登城の理由を尋ねるとリューンはニコリと可愛らしい笑みを浮かべて口を開く。
「いえ、ちょっと悪役令嬢になって来ようかと思いまして」
リューンの言葉に昼頃に湊瀬様や早乙女様から聞いた件のお客人の話を思い出し少しだけ早まってしまったと思います。
ニコニコとしているリューンにわたくしは慌てて釘を刺しておきます。
「リューン。魔王様も仰っていましたけど余り嫌って嫌がらせをしては駄目よ」
「大丈夫です。ちょーっと釘を刺しておくだけですから。コハク様に言われた様に優しく言ってきますよ」
そう言ったリューンはいつも以上に良い笑顔を浮かべながらワゴンを押して去って行きました。
わたくしは多少、不安を憶えながらもネージュをコハク様の元まで送り届け再び隠し扉を閉めると明日の為に体を休める事に致しました。
此処までの読了ありがとうございました。
次回はまた葵の視点なる予定です。
ごゆるりとお待ちいただければ幸いです。




