ある男の追憶
おはようございます。本日より投稿を再開させて頂きます
ブックマーク・評価ポイント・いいね。ありがとうございました。とても励みになります。
また、誤字脱字報告。真にありがとうございました。
第186話投稿させて頂きます。
今回から別の国になります。☆は現在です。
楽しんで頂けたら幸いです。
俺が最初にアイツを見たのは6年前まだアイツが10歳になるかならないかと言う時に宿屋もやっている町の大衆酒場だった。
翌日に巷では暴君と噂高い黄昏の魔王の訪問を控えているという時に俺は馴染みの店で魔王の訪問に一人愚痴を言いつつ酒を飲んでいると酒場に相応しくないまだ幼さを残したガキンチョが一人入って来た。
恐らくあと10年もすりゃ傾国の美女とでも呼ばれそうな容姿をしていたそのガキンチョは些か疲れた様子で近くの席まで来るとカウンターの椅子に座り、店で一番やっすいパンを注文すると静かに席に座ったままパンが到着するのを待っていた。
やっすいパンを頼んだ割にはヤケに行儀の良いそのガキンチョの事が妙に気になり、俺は普段だったらゼッテェにやらねぇのに思わず声を掛けちまう。
そもそもガキなんだからもっといっぱい食わねぇとデカくなれねぇ‼そんなんは絶対に良くねぇ
「おい、ガキンチョ。小せぇのに飯がやっすいパンだけなんてどうしたんだ?」
ガキンチョは俺に話しかけられたことに驚いたのか大粒のアメシストを思わせる瞳を大きく開き俺の顔を見て来る。
よく見るとこの辺では見ない髪色と目の色だ。身なりは綺麗だが何かしらの理由で何処からか流れて帝国に流れ着いて来たのかもしれない。
ガキンチョはしばらく俺の事を見ていたが俺が害のない人間だと思ったのかゆっくりと事情を話し始める。
「私は冒険者をやっていて依頼の関係でついさっき帝国に着いたばかりだったんですけどうっかり前の国で帝国通貨に両替をして来るのを忘れてしまったんです。両替所も閉まってしまったんですが幸い依頼の成功報酬が帝国通貨だったので何とか宿は取れたんですけどご飯に回すお金が無くなっちゃったんです。なので何処かに安いお金で食事できるところが無いかと訊いたら此処なら今の手持ちのお金で黒パンが買えると聞いたので此処に来たんです」
思った以上にしっかりと丁寧な言葉で返事を返された事に若干驚きながらガキンチョの言葉を聞き些か申し訳なくなる。
この世界には大きく分けて三種類の通貨が有る。
大陸全土で使われている大陸共通通貨、魔族同士の国で使われている魔族共通通貨、そしてこの帝国専用の帝国通貨だ。
帝国以外の他の国は過去の勇者達の言葉により通貨の価値を統一して使い易い様にしてある。魔族の国も話に聞くと魔王達によって統一されているらしい。
そんな中、帝国は他とは全く別の通貨を使用している。その理由がまた本当に下らない。
帝国は過去に勇者が厄災に対抗する為に周辺の小国を纏めて起こした国で王族や国民にも過去の勇者や英雄達の血が流れている奴が大勢いる。
ぶっちゃけ言うと俺は帝国だけが他と違い専用の通貨を持っている事を良く思っちゃいない。自分達は勇者の子孫だから他者より優れているから同じ通貨を使うつもりなんてねぇって言うくだらねぇプライドで作られた通貨なんてとっとと廃止しちまいてぇが腹立たしい事に未だに優越に浸ってる奴が多すぎる所為で手が回らねぇ・・・・まぁ、俺自体も仕事中は立場上の態度を取らねぇといけないから人の事は言えねぇが・・・
おっといけねぇ余計な事を考えてる場合じゃねぇ要は何が言いたいかと言うとこんな下らねぇ事で成長期のガキンチョがひもじい思いをするのは絶対に活けねぇ
そう思い直し俺の事を不思議そうに見ているガキンチョに向かってニッと笑いかけてやると丁度ガキンチョが頼んだ黒パンを持ってきた昔馴染みの店主ヴァッシュに向かって声を掛ける。
「おーい。ヴァッシュ‼注文だ‼」
俺がヴァッシュに声を掛けると奴はガキンチョの前に黒パンを置きながら目を丸くして口を開く。
よく見るとガキンチョの黒パンにハムと野菜が挟んである。コイツも何か思う所が有ったのだろう。
「なんだ?ディンが飯を注文するなんて珍しいじゃねぇか?明日は雨か?」
ガキンチョが自分に渡されたパンの状態について声を掛けているのを無視しながらヴァッシュが失礼な事を言っているのを顰め面をしながら答える。
「うるせぇな、俺の為じゃねぇよ。そこのガキンチョにだ。此処で一番高いテルルのステーキと白パン。キャベッタと季節の野菜サラダ。ブドーの果実水を持って来てくれ。それとガキンチョの黒パンの金もさっきの料理と一緒に俺の会計に付けといてくれ」
「え⁉ちょっと何言ってるんですか⁉さっき知り合った人にご飯なんて奢って貰えませんよ‼それに黒パンだって色々挟まっていますし・・・これお金足りますかね・・・」
俺の言葉にガキンチョが慌てた様子で声を上げ、俺の奢りを拒否しながら自分の黒パンの心配をする。
だーかーらーたとえヴァッシュがハムと野菜の分も金を上乗せしても俺が払うんだからガキンチョは心配しなくて良いんだよ‼大人しく奢られとけ‼
「あぁ、成程な。分かったちょっと待ってろや。それとな。嬢ちゃんパンに挟まってる野菜と肉は俺からのサービスだから気にすんじゃねぇよ」
あたふたとしているガキンチョを他所に俺達はさっさと用意をしていく。
何かを言いたそうにしているガキンチョの頭に手をやりながらガキンチョが何かを言う前に口を開く。
「何も言わずに奢られとけ。ガキが遠慮なんてすんな。それになこれは俺らの自己満足だ。俺もヴァッシュの野郎もガキが腹を空かせてるのを見るなんて嫌なんだよ。俺らの為にもお前はここで腹いっぱいになっとけ」
ガキンチョの為では無く自分達の為だと言うとガキンチョは自分の中で落としどころを見付けたらしく漸く頷くとゆっくりと口を開く。
「えっと・・・それじゃあ、御馳走になります。ありがとうございます。」
やっぱり何処かガキらしくない落ち着いた様子でお礼を言うガキンチョに俺とヴァッシュは苦笑いを浮かべながら頷く。
その後は料理が来るまでガキンチョと話をしたり、ガキンチョがお酌をしてくれるというので任せたりしながら翌日に嫌な事が待っているにもかかわらず俺は楽しく酒を飲む事が出来た。
驚いたのはガキンチョが政治にも詳しく知識が豊富だったことだった。
俺の職業にも何か思う事が有ったらしく話の最中に相手と一対一で話してみてはどうかと提案されたりもした。
何だかんだ時間が過ぎ終始楽しいままで俺はその日のヤケ酒を終えたのだった。
この時はまだ飯を奢ってやったガキンチョが実は魔王で次の日に驚いて腰を抜かすとは思っても居なかった。
これが、なんだかんだで長い付き合いになるあのガキンチョと俺との最初の出会いだった。
その後もなんだかんだで現在まで付き合いは続きアイツの心情や魔王に為った経緯なんかを聞いたり俺の愚痴を聞いてもらう様な仲になったのはそれからしばらくしてからだった。
☆
目を閉じて昔の事を思い出しているとコツコツと複数の靴音が俺の居る王者の間に響いて来る。
今の時間帯は誰も此処に入れるなと言う命令を無視してこの場に来る奴の事を思い俺は密かに溜息を吐く。
内心うんざりしながら目を開けるとそこには予想通り、俺の息子ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながら後ろに複数の人間を連れて立って居る。
「これはこれは父上。ご機嫌麗しそうで何よりです」
「そうだな。耐えがたいほど愚かな息子の顔を見るまで予の機嫌は良かった。勝手に入って来ない様に門番共に命じたはずだが?なぜお前如きが此処にいる?」
バカ息子がやろうとしている事を感づいて居ながら冷めた目でバカ息子に問いかけるとバカ息子は忌々しそうに俺の事を睨みながら問いに答える。
「予が此処に来た理由など父上には関係ない‼だが、敢えて言うのなら貴方には王位を退いて貰おうと思いましてね。今回、国で起きる出来事に対し魔族との協力体制を築こうとする貴方は王の地位に相応しくない‼その椅子を明け渡せ‼」
言っている間に興が乗って来たのかすっかり自分に酔った様子で剣帯から剣を抜くと後ろにぞろぞろと連れた部下共も俺に向かって剣を向ける。
そんな連中を無視して俺はバカ息子の持つ剣を見て思わず顔を顰めながらバカ息子に話しかける。
「お前・・・それは女神の贈り物か?」
「そうだ。つい最近、魔族の国から奪った品物だ」
俺の質問の内容が気分が良い物だったのかバカ息子が口角をニヤリと上げて自慢げに答える。
その言葉を聞き余りの馬鹿さ加減に最早、言葉を失ってしまう。
まさか、協力すべき国から女神の贈り物を奪って来るとは考えもしなかった・・・どうやって魔族の国に行って一瞬で戻って来たのかは分からない事だがもうどうしようもない・・・
コイツの母親は政略結婚で結婚した地位の高いだけの愚かな女だったが、やはり生粋の帝国貴族から生まれた所為なのかコイツも取り巻き共も大局を見ることが出来ていない・・・もう一人・・・本当に愛した女との息子を早々に母親と共にアイツの所に避難させておいて正解だったかもしれない・・・こいつ等にアイツらの事が知られたら何をされるかわかったもんじゃない・・・
最後の戦いの前に若干の眩暈を起こしながら気合で何とか踏みとどまり馬鹿共を睨みつける様に見る。
取り敢えず、俺はこの戦闘で死ぬだろう。だが、ただでは死んでやらん。お前の支持者を何人も道連れにさせて貰うぞ‼
こいつ等は自分の事だけしか考えてねぇ・・・だからよ。コハク。帝国の為にこれ以上お前が身も心も傷つく必要は無いんだぜ・・・
最後にこの数年ですっかり顔馴染みになったやたらと優しい魔王の顔を思い浮かべ俺は切り掛かって来た奴の顔面を地面に沈め、最後の祭りに繰り出した。
此処までの読了ありがとうございました。
次回はコハクの視点になります。ごゆるりとお待ちいただければ幸いです。




