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ファンタズマ  作者: あらまき
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 佐藤は天道に向かって、何かを放り投げてきた。

 慌てながらも、両手でしっかりと天道はそれを受け取った。

 真っ白いベルトに、デジタル表示の白い機械がついた、小さな道具。

 どうやら時計らしい。


「これは何だ?」

 もちろん天道も、これが普通の時計だとは思っていない。

 発信機か、通信機じか。それとも爆弾か、そのあたりだと考えていた。

「それは見た目はただの時計だが、同時にお前の生態情報が俺のパソコンに転送されるようになっている」

 やっぱりな、天道は思ったとおりの内容で苦笑した。


「まあ続きを聞け。その上で付けたくないなら放置で構わない」

 天道はその言葉に頷いた。

「力の使い方って奴は、説明しなくても何となくわかるよな?」

 佐藤の質問に、天道は再度頷いて答えた。


 なんと言えば良いのだろうか。

 自分は何が出来るのか、なんとなく理解出来た。

 それは手が一本生えた様な、背に羽が生えた様な、そんな感覚だった。

「そのあたりは感染から能力者になっても一緒か。なら良かった。コアDNAをいじってなった能力者は、己の意思で肉体を変化させられる」

 天道ならば、腕や足を再生成し、狼男の様な姿になれる。

「ただし、変化が許されるのは五パーセント程度までだ」

 佐藤はマウスを操作し、その後天道にパソコンの映像を見せた。


 そこにいたのは、真っ黒でドロドロな液体に包まれていて、かろうじて人型とわかる化物だった。

「これが、五パーセントを超えた者の末路だ」

 ドロドロの化物は、周囲の壁を破壊し、暴れまわった後、肉体を失い液体となって溶けて消えた。

「といっても、ここまで酷くなる奴はそうそういないけどな」

 佐藤は苦笑いしながら、天道に同意を求めた。

 天道は、自分の頬が引きつっていることに気付いた。

 それはパソコンのモニター越しで、その上実感の無い映像だった。

 だけど、天道は今始めて、人の死ぬ瞬間を目の当たりにした。


「二、三パーセントオーバーしても何も問題ない。数日の間体調不良になる程度だ。ただし、十パーこえたら変異した体が戻らなくなる。その場合は、激痛がセットらしい。そして二十パーを超えると己が誰かなのか、何なのかわからなくなり、三十パーを超えると、さっきの映像みたいになる」

 天道は、ごくりと自分の唾の飲む音が聞こえた。

 自分があの化物と同じになる。

 死に方としては最悪の更に下と言っても良いだろう。

 天道はあの映像を見て、同情よりも恐怖が勝っていた。

「んでな、自分がどの位変化したかを示してくれるのがその時計だ。能力使ったらオートでパーセント表示になり、五パー超えたらアラートがなる」

 さっきの話を聞いて、付けない選択肢など無かった。

「これつけたら、俺の居場所はいつでもわかるのか?」

 佐藤は頷いた。

「わかるぞ。ただし、俺だけがな。そして俺はお前の居場所を監視する気は無い。どっちかと言うと、体調を調べる方が重要だ」

「俺の体調をか?」

 天道はそう尋ねた。

「ああ。感染から発症したお前が、今後どうなるかわからないからな」

 これまでの会話で、天道はまさかと言った一つの可能性に行き着いた。

「もしかしてお前、俺の心配をしているのか?」

 天道の言葉に、佐藤はきょとんとした。

「……あー、そうだな。同期くらいで能力者になってしまったお前に、同情という名前の憐憫を抱えているのだろうな」

「なんだそりゃ」

 天道苦笑しながら、白い腕時計をはめた。

 その瞬間、腕時計は大きなアラートをならし始めた。

 表示されている数字は【8%】

「おい!ガチでやばい奴じゃねーか。早く能力切れ!」

 慌てて叫ぶ佐藤に、天道は怒鳴り返す。

「知らねぇよ!というか何もしてねーよ!」

 オタオタと慌てる佐藤に、逆ギレする天道、それに大きなアラート、良くわからない状態になっていた。


 その後、冷静に深呼吸を数回して、心を落ち着かせ、ようやく天道の数字は【0%】になった。


「一つわかったのは、お前は八パーセントまでは力を入れても大丈夫ということだ。人によったら六パー位から悪影響を受けるからな」

「それよりも、力を使ってないのに八パーセントって数字が出た方が怖いのだが」

 天道の言葉に、佐藤も悩む。

「うーん。餓死しかかってたし、俺の戦闘で興奮していたのかもな。もう大丈夫だと思うけど、出来るだけ腕時計は外すな。衝撃にも耐水にも優れているからそうそう壊れないから」

 天道はこくんと頷いた。




「それで、俺はどうしたら良いんだ?どこかの組織に、佐藤、お前と同じ所に所属したら良いのか?」

 天道は不安そうにそう尋ねる。が、佐藤はどうでも良さそうだった。

「別に好きにしたら良いんじゃないか?俺なら面倒だからどこにも属さない。ただな、パレードには所属するな。というか見つかるな」

 確か悪いことを平気でしている集団と言っていた様な。

「どうしてだ?入る気は無いが」

 天道はそう尋ねると、佐藤は溜息を吐いて答えた。

「未だにあそこは人体実験をしている。そしてお前は世界で最初の能力感染者だ。数々の実験でも感染に成功した記録はないのに、お前はその成功例だ。後はわかるな?」

「ああ。関わらない様にするわ」

「それが懸命だ。感染実例が無いから、お前が今後どうなるかわからない。いつ死ぬかもわからん。だから、毎日必死で生きろ」

 佐藤のその目は心から天道を同情している様に見えた。






 カバンと靴をそのままにしていたことを思い出し、天道は佐藤のマンションから学校に向かった。

 靴が無かった為、佐藤からサンダルを借りた。

 佐藤のマンションは学校から近く、距離で言えば徒歩五分位だ。

 家賃月三十万はするであろう高級マンション。

 格差があるなぁと思っていたら、佐藤は天道にカードキーを渡した。

「それがあるとここに入れるから、好きに使ってくれ」

 そう言いながら、合鍵を渡してきた。

 ――これが同性じゃなかったらなぁ。

 そんなことを考える自分に、天道は苦笑した。

 他の何でも無い、佐藤のおかげで心に余裕がもてたことに、苦笑することしか出来なかったからだ。

 お礼の一つも言っていないことに罪悪感を覚えるが、拉致されたあら素直に礼もいいにくい。

 とりあえず、貰った子供向けのゼリー飲料を山ほど買って返そう。

 天道はそう決めた。



 そうこう考えているうちに、学校についた。

 ――本当に近いな。まったくもって羨ましい。

 基本的にサボってるくせに、そんなことを天道は思った。

 時間は既に五時を回っていて、校内に残っている生徒は少ない。

 さっさと靴とカバンを回収し、帰ろうと思ったら、天道は自分の知り合いを発見した。

 友人でクラスメイトの藤堂和樹だ。

 藤堂は一人でグラウンドを走っていた。

 その顔は険しく、必死と言うよりは、もがき苦しんでいる様に見えた。

 天道は予定を変更し、自販機に走った。



 走り終わり、ゆっくりと歩いてクーリングダウンをしている藤堂の腕に、冷たい感触がした。

 その方向を見ると、スポーツドリンクのペットボトルを腕に当てている天道がいた。

「お疲れ」

 藤堂はペットボトルを受け取り、苦笑しながら言った。

「ありがとな。だけどさ、午前中に来て午後に帰るのはどういうことだよ」

「今まで午後に来ていたからバランスとっているんだよ」

 天道のその言葉に、藤堂は噴出し笑った。


 スポーツドリンクに喉を潤しながら、藤堂は呟くように言葉は発した。

「どうして記録が悪くなるんだろう……」

 記録が伸びない。それどころか、最近は若干落ちている。

 練習量も増やしてるし、体調の調整も問題無い。

 怪我や故障ももちろん無い。純粋なスランプだった。

 それに対し、天道は何も言えなかった。


「このままどんどん記録が下がったら、俺の今までやっていたことって全部無駄になるのかな」

 自嘲する様に呟く藤堂は、泣きそうな顔をしていた。


「俺さ、真面目に生きたこと無いから、悪いがそういうの全くわからないんだ」

 天道は、そう言うことしか出来なかった。

 家族に嫌われ、一人で生きて、自堕落で適当に過ごしていた。

 この学校の中で、唯一何の努力もしていない。それが自分だ。

「だけどさ、そんな俺だから、お前は輝いて見えるんだ。例え今うまく行かなくても、それが無駄になるとは、俺には思えない」

 必死に言葉を紡ぐ天道。

 何が言いたいのかわからなくなってきた。

 だけど、その全ては天道にとって本音だった。

「だからさ、一生懸命生きている自分にさ、もっと自信を持てよ。な?」

 その言葉にきょとんとする藤堂。

 少し立った後、微笑みながら、グラウンドのレーンに向かった。

「差し入れと、激励の言葉、サンキューな。ちょっとやる気になったわ」

 そう言いながら、空のボトルをゴミ箱に投げ入れる藤堂。

 そののちに、グラウンドを軽く流して走り出した。

「おう」

 その一言だけ呟き、天道は帰路についた。


 その後、藤堂は本気で走った。

 だけど、記録は伸びなかった。それでも、その顔は晴れ晴れとしていた。


ありがとうございました。

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