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ファンタズマ  作者: あらまき
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3

 

 ガンガンと鳴り響く頭痛と、手足に感じる冷たく硬い感触で天道は目が覚めた。寝不足の中で起きたような倦怠感。その上で鳴り止む気配の無い頭痛。

 それは人生の中で最悪の目覚めだった。一体どうしてこんなに頭が痛いのかわからず頭を抑えようとした。だが手は思う様に動かなかった。

 体が拘束されているという事実にようやく気づき、背筋が冷たくなるような感覚に引っ張られ、ようやく脳が覚醒してきた。


 現状を確認する天道。

 両手は背中にあり、動かすことが出来ない。両足には鎖がつながれているのが見える。恐らく両手も同じになっているのだろう。壁を背にして座らされた状態でほとんど動くことが出来なかった。

 せめて何とか立つことは出来ないか。天道は両足で跳び立ち上がろうとするが、じゃらじゃら音を立てるだけで、ほとんど動くことが出来なかった。ただ、鎖は思った以上に余裕が無く結ばれているということはわかった。ちょっと跳んだだけで両手両足に痛みが走る。


 上を見上げると自分の背後から天井に鎖が繋がっているのが見えた。これが両手を縛っている鎖だろう。

 座ったままで寝転ぶことも、立ち上がることも出来ない。睡眠が足りないのか、倦怠感と眠気が未だに残っている。

 それでも、かなりまずいとわかる状況を対処するために、必死に頭を覚醒させようとする。幸か不幸か普通ではありえないほどの頭痛のおかげで何とかなりそうだった。

 頭が抉れているのでは無いか。そう思う程の頭痛は、天道がこれまで経験したことの無い痛みだった。


 目が覚め、ようやく一番確認しないといけないことに気づいた。

「ここはどこだ?」

 周囲を首だけで見回す。この場所に見覚えは無いがここが何をする場所なのかは知っている。ここは誰かの家の風呂場の様だ。

 マンションについているような、狭い風呂場。シャワーだけで無く白い風呂桶も付いていて、トイレとの一体型では無い

 周囲を探っていると鏡を見つけた。風呂場なのだからあるのが当たり前だ。天道はその鏡から目を逸らす。

 妄想だと分かってはいるが、昨日から鏡の中の別の自分に話しかけられるような、そんな気味の悪い妄想が繰り返されていた。

 実際にはそんなことは無いが、それでも鏡の中に引き込まれそうな恐怖のせいで鏡を直視出来なくなっていた。


 鏡はこちらを待ち構えている様にに佇んでいて、そこで自分は縛られ場所もわからない。

 鏡の中の自分に体を乗っ取られうのでは無いか。むしろ、今いる場所が鏡の中では無いんか。意味も無く悪いことばかり考えてしまう。

 天道は、その鏡から目を逸らし、必死に脳内から鏡を追い払った。


 どのくらい時間が経ったのだろうか。周囲を探索しても想像していた、不気味は事態は起きない。ただし事態が何一つ動くことも無かった。

 頭痛は一向に病む気配が無い。痛みで自分の顔が引きつるのがわかる。

 このまま考え事をしてもただ痛いだけだ。

 天道は目を閉じて、時間によって何かアクションが起きないか待つことにした。


 どのくらい目を閉じていたかわからないが、突然の物音で天道は目が覚めた。

 はっと意識を戻し、構える。といっても縛られたのはどうしようも無いから気持ちだけ構え、扉の方を見る。というか、それしかすることが無い。


 ガチャン。バタ……。ドサッ。ガサガサ。

 よくある生活音の後に近づいてくる足音。その足音はこちらに近づいてきて、そして大きくガチャという音が響き目の前の扉が開けられる。

 扉の奥から現れたのは黒髪の男だった。

 制服はうちの物。少し緑がかった黒い短髪に大人しそうな顔。転校生として今日現れた佐藤修二だった。

 学校ではずっとにこにこしていて、虫も殺せないような態度だったが今は無表情で天道を見下ろしていた。

「目が覚めたか。ちょっと待っていろ」

 作っていたわざとらしい声では無く、冷たい声を発する佐藤。その後に一度足り去り、何か荷物を持って戻ってきた。

 大きめで持ち運びに不便そうなタブレットと、ボイスレコーダーと思われる物。

 ボイスレコーダーらしき物を起動し、天道の傍に置く佐藤。

「とりあえずお話をしてもらうよ。尋問って言った方がわかりやすいかな。正直な話、何も知らないと思うけど一応念のためね。質問したことを正直に答えてね」

 天道は佐藤の質問を無視し睨みつけた。とても答える気があるように見えない態度に佐藤はため息を一つ吐く。

「まあ、そういう対応になるよね。でも頼むよ。尋問ってする方も大変なんだよ?」

 無性に胡散臭い笑顔を浮かべながら佐藤は天道に懇願するように頼んだ。

 柔らかい態度に優しい笑顔。だがその目は笑ってなく、冷たい顔よりもよほど怖い。何故学園で気づかなかったのか。

 佐藤は天道の顔を掴み顔を寄せる。握られた顎に圧迫される痛みが走る。正面に見える不気味な笑顔は、口には出していないが何を言いたいかは分かった。

『質問に答えないなら拷問する』

 天道にはそうとしか感じられなかった。そして、それが出来るだろうという迫力が佐藤から感じることが出来てしまった。

「わかった……」

 最近は精神が磨耗し、恐怖に弱くなったと天道は感じる。生きることに価値を見出せないが、それでも死が近づくと震えて死から逃げ出す。

 自分が情けないと思う。それと同時に、死にたくないと思う自分がいることを、良いと思う自分もいる。

 それでも、精神は追い詰められているからか。無性に何もかも放り出して逃げたくなる気持ちが一番強かった。だが、それが出来るほど、天道は強くなかった。


「じゃあさっそく質問だけど、誰かから薬を貰ったり打たれたりした?カプセルでも錠剤でも、注射でも良いよ」

 佐藤の質問に、天道は意図が読めなかった。裏があるのか考えるが、それすら良くわからない。

「すまん。正直に言うが良くわからない。ただ、ここ数年薬らしい薬を飲んだ覚えも無い」

 佐藤はそれを聞いて考え込む仕草をする。そのたまタブレットを起動し、画面をスライドさせながら画面を目で追う。そして次の質問に映った。

「麻薬とかドラッグのことだけど、その様子なら関係無さそうだね。じゃあここ最近で病院とか何かの研究所とかに行った覚えは?」

 天道はその質問に首を横に振る。

「いや。医者に見てもらったのは一年の時の身体測定位だ。そのときも別に何かあったわけでも無かったと思う」

「うーん。それは間違い無く関係無いから……となるとばら撒かれたのかな。それなら最悪で俺だけだとどうしようも無いが」

 タブレットを再度スライドさせ、顎に手を置き何かを考え込む仕草をする佐藤。今度は割と長く、五分位長考していた。


「何か君の体で思い当たるフシは無いか?」

 佐藤の言葉に天道は首を傾げる。情報が無いからか、言いたいことが一つたりともわからない。

「すまん。もう少しわかりやすく言いたいことを伝えてくれ。俺の体が何なんだ?」

 その言葉にを聞いた佐藤は、呆然としたような。驚いたような、そんな表情をした。天道は佐藤の生の表情を始めて見た気がした。

「屋上のこと。何も記憶に無いのか?」


 強い頭痛と屋上と言う言葉から、頭に不思議な光景が思い浮かんだ。

 爪が急激に伸び、硬く鋭くなる。そして数十メートルを軽く超える距離を跳躍出来た。人間とは思えないほどの身体能力をした自分。

 それは夢だと思っていた。そう思うことしか出来なかった。

 だが夢にしてはリアルな感触だった。足に力を入れると地面の軋む音と共に飛べ、爪を振りかざすとコンクリート位なら爪が折れることも無く、むしろコンクリの方が壊れる位の力と頑丈さ。

 佐藤が何を調べているのか、天道は今更理解出来た。

 その瞬間、体から力が抜けた。手足に鎖が絡まっていることすら忘れるほど脱力する。それほど認めたくない現実だった。


「その様子だと発症したのは初めてだったか。何か原因は思いつかないか?知らない人から薬を飲まされたとか」

 遠い世界の話のようで、天道は苦笑しつつ首を横に振る。

「薬とは関係無いが、一つだけ不思議な経験をした、ような気がする」

 誰にも言えないと思っていたこと。死を感じた恐ろしくオゾマシイ経験。誰にも話したらいけないと思っていたが、次々に不思議な経験を更新しいき、感情が麻痺してきた。

 ずっと黙っていようとつい最近までは思っていたのに、今では恐怖を感じすぎて麻痺してきたからか、話してもどうでもいいやと言うなげやりな気持ちになっていた。


「そのときの事を話してくれないか?」

 天道は頷き、自分でも未だに信じられない経験を話し始めた。

「俺も良くわからないし覚えていないが、俺は一度死んだらしい」

「は?」

 目を丸くする佐藤。思ったよりも表情豊からしい。最初の無表情じゃなく最初からそれ位ころころ表情変えてくれたら。そんな余慶なことを天道は考えた。

 そんな佐藤を無視しながら、天道はあの日の夜の出来事を話し出した。


 良くわからないうちに体に穴が開いた。そのまま倒れこみ死んだ。はずだった。

 意識は無かったと思うが、女の人がその場にいたような気がした。温かいような時間を過ごした後、はっと目が覚めた。

 そこには自分以外誰もいなく、自分の体にも傷が一つも無い。最初は夢だったと思ったが、全身の衣装は血まみれで、シャツに到っては大穴が貫通した痕が残っていた。

 天道のわかるのはそれだけだった。推測と想像が混ざった妄想のような話だが、佐藤は笑いもせずに考え込む姿勢を取った。さっきまでと同じで顎に手を置いていた。それが癖なのだろうか。

「ふーむ。悪いがちょっとちくっとするぞ」

 そう言うと同時に、天道が疑問に感じる暇も与えず、佐藤は手に持った筒状の物を天道の足に当てた。

 その瞬間、筒状の物から針のような物が飛び出し天道の足を差した。

 その擬音はちくっが適切ではない。そんな可愛い物ではなく、どすっという擬音が適切だろう。激痛が足に走り天道は痛すぎて悲鳴をあげることも出来なかった。

 すぐに筒を抜き、その筒とタブレットをコードで繋ぐ佐藤。筒の中に少しだけ赤い液体が見える。

 天道は余りの痛さに涙目で筒の当たった部分を見た。だがそこには傷痕一つ残っていなかった。あまりの痛みに穴が開いて血がだくだぐ出るんじゃないと考えていた天道は少々拍子抜けした。

 ただし、激痛のあった場所はずっとズキズキとした痛みを走らせたままだった。頭痛も治る気配も無く悪化していく。天道は体が痛みでぼろぼろになっていく錯覚すら覚えた。


 タブレットからピッピッと電子音をならし、その瞬間に佐藤は嫌悪の表情を浮かべた。その表情は憎しみというほど怒りを感じず、不快な生き物を見るような目だった。

 その表情から天道はとてつもなく嫌な予感を覚えた。

「うわー。面倒だなこれ。まがい物で無くて本物の方だったのか。しかも前任絡みのトラブルかー。うーん。上に投げるしかないけど。どうせ俺が対処しないといけないんだろうな」

 佐藤は隠す気も無いよう独り言を大きな声で呟き、タブレットを横に持ち文章を打ち出した。

 十五分ほど文章を打ち、佐藤は一息ついた後で天道の方を見た。

 そのまま両手を開く。抱きしめる前のような格好で、楽しそうに、そして声高らかに宣言した。今まで見た佐藤の表情の中で最も人間らしく、そして最も不快な表情だった。

 多分に感じる同情に哀れみ、その上で同類を見る瞳。それに加えて汚物を見るような感情を天道は感じた。


「ようこそ。ありえないほどの奇跡と偶然を超え、同類となった天道君。だったかな。とにかく歓迎するよ。貴重な仲間になるかもしれないし」

 侮蔑と嘲笑の混じった感情。天道は関心した。笑顔なのにこれだけ様々な感情が伝わるのは本当に凄い。

 しかし天道はそれに怒りを感じなかった。それは天道を見下しているわけでは無く、佐藤自身も見下しているようだからだ。

 自分のことも、良く分からない力のことも嫌いなのだろう。ただ、天道はそんな佐藤の表情が不愉快ではあった。


「その同類ってアレか?凄い力を手に入れたから組織の一員になって秘密裏に活躍するとか、そういったエージェント的な感じか?」

 天道の問いに、不愉快さしか感じない笑みのまま佐藤は答えた。笑った表情だが、やはりその瞳は笑っていなかった。

「大体あってるかな。ただちょっとばかし違うがな。研究所のモルモットって言ったらどういうことかわかるかな?」

 軽く言う佐藤。軽い口調で淡々と告げる言葉だからこそ、それには真実味があった。天道が絶望を覚えるのに十分な言葉だ。


 さっきまで忘れていた頭痛が蘇る。とにかく酷い頭痛で顔をしかめる。ハンマーがあったなら迷わず自分の頭を殴りつける程は頭痛が辛かった。

 そんな様子を見たらさすがに佐藤も察したらしい。天道に優しく声をかける。

「頭が痛いのか。それと屋上で倒れたことを考えると、ああ、そういうことか」

 佐藤は鍵を取り、天道の両手両足の鎖を外した。

「頼むから暴れないでくれよ。まだ話さないといけないことは山ほどあるし、その前に何かご飯出すから食べていきなよ」

 食事の言葉に自分でも驚くほどのよだれと腹の音が鳴った。

 頭痛の原因は極度の空腹だったらしい。それにすら気づけないほど自分は疲れたいたのかと天道はため息を吐いた。

「何か用意してくれるのか?」

 嫌味三割、期待七割で天道は佐藤に尋ねた。

「ああ。短い付き合いになるとは思うが、これからも色々あるかもしれないからな」

 佐藤の変わった態度に心当たりはあった。本当に同類ということなのだろう。

 だが、態度が変わり突然の優しさを素直に受け入れる程、天道も愚かではない。


 それでも佐藤に身を任せようと天道は考えていた。信じられるなら誰でも良かった。他の誰にも話せないことだからこそ、天道は佐藤に僅かながらの友情を覚えたからだ。

 そして、何よりも心に思ったことがある。

「何にもわからないが、少なくても腹が減りすぎて死ぬのだけは勘弁だ」

「違い無い」

 天道の言葉に、天道に肩を貸して台所のテーブルまで運びながら佐藤が答えた。

 そんなに長い時間では無いが拘束により体力が消耗し、その上極度の飢餓状態。歩くことすらままならなくなっていた。

 天道を椅子に座らせすぐさま調理場で準備を始める佐藤。


「だが今は餓死も冗談にならないからな。すぐに準備するからこれでも飲んで座って待ってろ」

 食事の準備をしながら佐藤は天道にゼリー飲料を投げて渡した。

 口を当てて握りながら飲むタイプのゼリー飲料。ではあるのだが、それは食事の代用や朝の忙しい用のでは無く、子供向けのジュースのゼリー飲料だった。

「なんでキャラ物のゼリー飲料なんだ?いやありがたく飲むけど」

 子供が大好きなキャラが書かれていて、ビタミンCたっぷり、とかお子さんの大切な栄養素、とかお母さん向けの文章が書かれていた。

「いや。そのジュース俺好きだから、ゼリーも美味しいかなと思って」

 ちょっと困った様な口調の佐藤。普通の男子高校生らしいところもあるなと天道は笑った。

「悪いな。今度買いなおすから今回は貰うわ」

 子供向けのジュースゼリー。甘いのはそれほど好きでは無い天道でも、今は甘露とすら感じるほど美味かった。


 佐藤が食事を準備している最中、天道は周囲を見回した。見覚えはもちろん無いしカーテンがかかり外も見えないから位置もわからない。逃げることは無理そうだ。逃げる気はもう無いが。


 インスタントとかレトルトが出ると思ったが、佐藤の料理は思った以上に本格的だった。

 ペペロンチーノやカルボナーラなどパスタが中心で、焼き鳥や生姜焼きなどの肉類。野菜はトマトやきゅうりがそのまま水で洗っただけで出されていた。

 種類も量も異常で、本来ならこれは何人前になるのだろうか。良くこんなに食材があったなと感心するほどの量だ。

 出来合い一つも無い確かな手料理。男なのが残念だった。どうして作ったのか理由を尋ねると、レトルトより作った方が美味いからだそうだ。


 言うだけあって、悔しいが確かにその料理はどれも美味しかった。



ありがとうございました。

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