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産廃水滸伝 ~産廃Gメン伝説~ 6 白馬の騎士  作者: 石渡正佳
ファイル6 白馬の騎士
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黒ずくめの三人

 調査を始めて二日目、思わぬ大物が釣り上げられた。南関東産業廃棄物連合会の会長を務めたことがある首都圏有数の産廃業者、藍環業、通称アイカンが不法投棄ルートに介在している疑いが濃厚になった。証拠から出たチャートのうち二本が藍環業につながったのだ。たった二ルートでも偶然ではありえない一致だった。藍環業の先代社長は南廃連会長という表の顔だけではなく産廃の闇のボスとして知られた超大物だった。横須賀新道を飲み込むように積み上げた巨大な産廃の壁が「アイカンの北壁」と呼ばれてランドマークにすらなっていた。もちろん違法な堆積であり、最終処分場が業界の表と裏を同時に支配していた時代を象徴するような現場だった。絶頂期には百億円近い年商を誇っていたが二代目になってからボロを出し続け、不渡りを出して倒産寸前という噂もささやかれていた。長嶋がそんな情報を集めるのを待って伊刈自ら満を持して藍環業に電話をかけた。

 「は? 市役所ですか? どこの?」

 「犬咬市ですよ。不法投棄で有名な。ご存知ありませんか」

 「うちが不法投棄したってことですか」

 「そうは言ってないですけどそうとられてもかまいません」

 電話口に出た工場長は不法投棄の調査だと聞くや受話器を放り投げて社長を探しにいった。電話はそのまま切れてしまい、十分後に藍社長から自ら掛け直してきた。出先の携帯からなのか街の騒音が漏れ聞こえた。

 「うちの荷が不法投棄されたって。なんかの間違いだろう」二代目社長の藍はまだ粗暴さの残る声で言った。

 「犬咬の海岸近くですよ」

 「はあ犬咬ねえ。どうしてうちのだって言えるの」藍は犬咬がどこにあるか知っている口ぶりだった。

 「来てもらえばわかりますよ」

 「証拠あるの?」

 「ありますよ」

 「そんなはずないけどねえ。うちは不法投棄なんてやってないよ。ちゃんと許可があるんだからそんなばかなことやんなくても食えるよ」

 「とにかく来てもらえませんか」

 「どうしようかなあ。犬咬は遠いからなあ」藍は電話口で思わせぶりに答えを渋った。

 「お忙しいようならそちらを管轄する区役所と一緒にこっちから伺ってもかまいませんよ」伊刈は電話を切られる前に切り札を使った。許可権限のある地元の役所に通報されるのは嫌なはずである。

 「わかった行けばいいんだろう。いつ行けばいい」地元で既に問題を起こしていたのか切り札は効果覿面だった。

 「今週中に必ず来てください。こちらの地図をFAXしておきます」

 「後で連絡するよ」藍は一方的に電話を切った。

 「来るってよ」

 「班長さすがうまいすね」隣で電話を聞いていた長嶋が感心していた。

 「いきがっていても二代目だよな。諦めが早いよ。叩き上げの初代なら不法投棄の調査だとわかっていてのこのこ出かけて来ないだろうな」

 藍社長が随行二人を引き連れてやってきたのは二日後だった。

 「電話をくれた人はいるかい」三人が姿を現したとたん事務所内は異様な緊張に包まれた。三人とも判で押したように全身黒ずくめだった。スーツのみならずワイシャツ、ネクタイ、すべて黒である。いかにもその世界の者だと言わんばかりの三人の登場に所内の全員があっけにとられた。紅一点の大西もさすがに驚いた様子で伊刈の対応を見守った。相手が相手だけに伊刈と長嶋の二人で応接した。

 「こちらへどうぞ」伊刈は面接用のテーブルにつくように促した。

 「ここでいいよ。話は早い方がいい」藍社長は入口から微動だにしなかった。余計なことは一切言わないつもりだという覚悟が感じられた。伊刈は証拠をつきつけて取引先を確認するつもりだったが、相手がそう出るなら手の内をわざわざ明かすことはないと作戦を変更した。

 「現場をご覧になりますか」

 「ああ」藍は僅かに頷いた。

 「それじゃ先導しますから駐車場で待っていてください」

 黒ずくめの三人はポーカーフェイスを完璧に決めたまま事務所を出た。Xトレールを車庫から出すとピカピカに磨き上げられた黒塗りのベンツSクラスが駐車場の真ん中で待っていた。全面スモークガラスで車内が全く見えなかった。

 「ひょっとして防弾ガラス仕様でしょうかね」喜多が冗談のつもりで言ったが当たっているかもしれなかった。

 国道から市道さらに農道へと道幅がどんどん狭くなった。冬の乾いた畑の中を場違いなベンツが素直についてきた。

 「これですよ」伊刈は農道の行き止まりに捨てられた産廃を指差した。シュレッダーダストが掘り崩されたままになっていた。海岸線から冷たい潮風が吹きつけ砕ける波の音が聞こえた。黒装束の三人は腕組みをしながら無言でシュレッダーダストを睨んだ。似たようなゴミでも一目見れば産廃業者は自社で処理したものかどうかわかるものだ。パン屋が自分の窯で焼いたパンを見分けられるのと同じだ。

 「わかった」藍社長はそう言い残すと早々ときびすを返してベンツに乗り込んだ。

 「いいんですか班長すぐに帰しちゃって」農道を器用にバックしていくベンツを見送りながら長嶋が聞いた。

 「ビンゴだよ。否認しなければ認めたのと同じだ。後で開き直るようならこっちから行けばいい。向こうの処分場にはこれと同じシュレッダーダストがあるはずだ」

 「なるほどそうすよね」長嶋は納得したようにXトレールのエンジンキーをひねった。

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