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常磐と共に  作者: 野暮天
第一章
7/13

幕間

 畠山重能の心には迷いが生じていた。それは河内源氏の血を引く義賢の息子である駒王丸の命を奪いされと義平から命令されたからだ。

「さて、どうしたものか」

 女子供相手にも容赦はするなというお達しだったが、今腕に抱えている子供は齢二つとまだ幼くあどけなく葛藤する。

「とと、かか」

 父は目の前で殺された。そのことに怒りを覚え攻撃的だった駒王丸も少し不安のようだった。親の名を呼んでは腕のなかで暴れまわる。

「落ち着いてください。あなたは命を狙われているのですよ」

「とと、とと」

 幼い子供をあやしても慣れていない畠山の下手な動きでは逆効果だったようだ。不安と緊張で声をあげて泣き始めた。自分一人が抱えてしまった厄介な問題に舌打ちしそうになったが焼けた比企の館を見るとさすがに控えるしかない。

「義平殿は処分しろとしかいっていなかった。だとしたらこの赤子を逃がす手だてはないものか」

 侍として生きているのにこうして自分の情に訴えかけられると殺すに殺せない。だからこそ義平は残酷な手段を選んだとしても血族を根絶やしにしたかったのだろう。

 一方で秩父氏の当主の殺害には成功してこれで晴れて自分の手に権力が集まってくるのがわかる。本来の目的が家督を継げなかったことへの恨みなのでうまくいったと言えるだろう。

「争いとは残酷なものよ。たとえそれが何の恨みもない相手だとしても斬らねばならぬ」

 しかし赤子の命を奪うことまではしたくない。

「斎藤実盛殿に相談するか」

 彼は当初は相模国を治める義朝側の人間だったが現実的な利害を考え義賢の下についた。

 義平にこのことが明るみに出たらお互い無傷ではいられないだろう。

「かか、かか、あいたい」

 それは母親を恋しく思っているのかそれとも乳母のことを指しているのか。駒王丸は暴れ疲れたのかぐったりとした様子で言葉を発する。

「私とてひどいことをしているのは百も承知だ。義平殿には悪いが幼い命を奪うのは忍びない」

 一人呟くと急いで文を書き連ねる。早く斎藤実盛に届くといい。

 駒王丸が成長し、立派な青年になるころ義平は再会するとは思いもしなかった。

 これこそが因縁というものだろうか。

 手引きした人間たちもなに食わぬ顔で義朝に仕えるのだった。

 まるで自分達のしたことの大きさには気がついていなかったのだ。


 大蔵合戦が終わり秩父氏の家督は重隆の孫が継承し、畠山重能は蚊帳の外だった。その事に不満はあったがその裏では駒王丸を逃がしたことを感づかれたのではないかという噂もあった。

 ただ単に領地に暮らす男たちから歓迎されなかったからかもしれないが。

 かつての当主だった秩父氏の甥である畠山重能は平家に近い存在でもあった。由緒正しい平家と成り上がり武士の河内源氏。どちらも高貴な身分であれど多少なりとも差は出てしまう。

 義朝や義平の勢力が磐石なものというわけではなかったのだ。


「義平さま、今宵はお出掛けですか」


 久々にもと暮らしていた館で侍女のはるが声をかけてきた。


「ああ。皆が俺を離さないもんでな。悪源太とはよくいったものだ」

 大蔵合戦にて武功をあげた義平は世間では悪源太と呼ばれもてはやされていた。そのことに父義朝も鼻高々らしい。厳しい言葉を向けられながらもやはり期待してくれていたのが嬉しい。


「だが浮かれてばかりもいられないな。京では不穏な空気が漂っているらしい」


 父の使いによれば崇徳院が自分の息子が皇位継承させられなかったことに強い不満を抱いているらしい。内々に自分の味方をする人間の派閥を作り、御門(後白河天皇)に対して反乱を起こそうとしているという噂まで立ち上っている。


「まあ義平さま、今宵くらいは真面目な顔をせず浮かれてもよいのではないでしょうか」


 幼いころよりそばにいるはるにとっては真面目くさった義平というのはらしくないようだ。


「それに戦のことになると目の色を変えるあなたさまにははるも安心してお側で控えることもできません」

「それはどういう意味だ」

「世の中、戦だけではないのですよ」


 ふふっとおかしそうに笑う。なにか変だったのだろうか。


「本当に義平さまは武功のことしか頭にないのですね」

「それが武士としての誉れだろう」


 それは若い自分がこの世の中で生きる上で必要なものだからだ。父の威光だけの七光りだとは思われたくない。だから今回の戦で叔父の義賢を討てたのは武士としてようやく認められたということだ。


 しかし心残りがあるとすれば。その息子の駒王丸を畠山重能に任せてしまったことだろうか。自分のなかで負い目のようなものが生まれる。


 もし彼が生きていればこの後で禍根を残すことになる。まだ齢二つの赤子といえど血脈を絶つことができなければその恨みを晴らすために後から襲ってくることもあるはずだ。


 父である義朝は何というか。悪源太と呼ばれた男は戦慄するのであった。


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