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常磐と共に  作者: 野暮天
第一章
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第六話 討ち入り

「今ごろ義平は戦だろうか」

 夜が深まり隣に控えていた常磐は夢の中だ。義朝は眠れないでいたのは息子が無事にやっているかどうか心配していたからともいえる。

 年若い彼のことだから苦労するのだろう。そう案じていたがもう義平も元服して立派な大人だ。信用しなければならないのはこちらの方だった。

 父、為義は摂関家に近づき、息子である自分は院の力になろうと決意した。それがきっかけで道を違えてしまった今、河内源氏の内乱は引くに引けない状況である。

 弟の義賢は秩父氏と結託しているとの噂は聞いていた。かつて暮らしていた坂東の地で領地争いが増えたのは至極当然のことだった。


 とたとたと板敷きの上を小さな子供が歩く音がする。そばで眠りについている愛しい常磐との間にできた息子の今若だった。

「なんだ、まだ起きていたのか。早く寝ないと立派な男にはなれないぞ」

「……ちちうえ」

 まだ拙い言葉で必死にこちらを見上げる姿が意地らしい。世話をしている乳母の目を掻い潜って義朝の寝所にやってきたようだ。

「こんやはいやなことがおきるはずです。そうおもうとちちうえに会いたくなって」

 子供特有の感覚だろうか。おそらく遠い坂東の地で争いが始まろうとしているのを感じたのだろう。

「心配はいらぬ。義平が立派な戦いをしてくれるだろう」

 不安げな表情の今若の頭を撫でるとこくりと彼はうなずく。

「ちちうえがそういうなら信じます」

「これはお前と俺との約束だ。困ったときは俺を頼れ。だけど母上のことはしっかり守るんだぞ」

 自分が戦で破れることがあれば家族も無傷では済まされないだろう。だからこそ息子に強く言い聞かせた。

 もし義朝がこの世を去ることがあれば父為義の勢力にあっという間に奪われてしまうだろう。それに宮中では由緒正しい平家の人間もいる。本当なら一枚岩で戦いたいところだがこじれてしまった関係はそう簡単にはもどらない。

 こちらとしては院の敵になる人間を排除しなければならない。だからこそ京に残ったのだ。

「お前の兄の義平も戦いを始める頃合いだろう。今若も武運を祈ってくれるか」

「ちちうえがそういうなら」

 そして親子二人の時間が過ぎる。穏やかだがその裏では大きな戦が始まるところだった。


***


「討ち入りするぞ。館の護衛の交代の時間だ」


 新月の夜だった。義平は時間を見計らって叔父の義賢と秩父氏の館に駆け寄り、気の抜けた表情の護衛たちに背後から切りかかる。丁度松明の火が消えかかっていて相手は何が起きたのか理解していなかった。


 館は静まり返っていて護衛たちも一瞬で息絶えた。


「これから二手に分かれて館に侵入する。畠山殿は秩父家当主の首をとれ。俺は義賢を切る」

 これで河内源氏内部の対立を激化させるのはわかっていたが背に腹は変えられない。

「そして一つ。義賢の息子の駒王丸もいると聞いている。血族を根絶やしにするためにも見つけたらすぐさま切れ。俺の許可などいらぬ。これは命令だ」

 あえて不遜な態度の義平に対して畠山重能は静かにうなずくだけだった。

「ではいくぞ。皆のもの参れ」

 バタバタと足音を立てながら畠山の朗党が比企の館に侵入する。護衛がいるとはいえ義平の軍がここまで来ているとは想像していなかったのだろう。景色は一変して血の海になり多くの男たちが斬殺された。

「義賢の寝所はたしか……」

 廊下から一つ一つの部屋をしらみつぶしに探していく。おそらく義賢と秩父氏の当主は騒ぎを聞いて隠れているのだろう。

 そして。

「くせ者め。夜襲をかけるとは何様だ」

 後ろから男が刀を構えるのがわかる。上段の構えで一気に振り下ろしてきた。

 それをすんでのところでかわす。

「お主、義朝の命で動いている侍か。護衛が切られたのを黙って見ていられるか」

 相手はあの叔父の義賢だった。こちらは暗いので表情までは読み取れなかったが。

「はっ。切れるものなら切ってみろ」

 義平は低く笑った。ここまで来て怖じ気づくどころか返り討ちにしようとしている気概に笑みがこぼれた。

「お主、ずいぶんと若いな。戦慣れしているようだが名を何と申す」

「下野守の長男といえばわかるかな」

「つまり義朝の息子か……。噂は耳にしていたが本当に討ち入りの指揮をとっているとは」

 暗い瞳で一人呟く。まさか身内に命を狙われるとは思っていなかったようだ。

「お喋りはここまでだ。その命頂戴する」

 義平は一歩踏み込んで軽装の義賢のみぞおちを狙う。だが相手もそれを読んでいたのか素早く引き下がっていた。

「なれば」

 義平は静かに刀を構えじっと男の動きを観察する。相手は暗闇のなかなにも見えていないはずなのに気配だけで攻撃をかわしていた。

「とんだ喰わせものだな」

 一対一では剣術で勝てないと悟った義平は別の作戦に出る。

「たしか息子の駒王丸といったかな。そいつを見つけたら斬り殺すように命じた」

「……お主に情けはないのか」

 直接戦うよりも人質をとったほうが手っ取り早い。それがわかっていたので義平はその場を離れ、女子供の寝所に向かった。

「待てっ。好きにさせてたまるか」

 館のなかを縦横無尽に駆け抜ける。そして事前に内通者である乳母からもらった地図を脳内で思い浮かべ、彼がいるはずの寝所を探した。

 だがいくら探しても出てこない。そうこうしているうちに畠山重能からの伝令が報告に来る。

「殿、秩父氏の首をとったそうです」

 するとあとは河内源氏の方が問題となるだろう。父の命に従い血脈を絶つまでだ。

 もし幼い子供を隠すなら一人にせずに乳母のそばにいるだろうというのが考えだった。

 だが女性と子供が隠れる場所など限られている。

 狭くて視界の悪い場所。そうやって思い付くのは武具の安置場所くらいだった。

「義平殿、見つけました。ここにおりました」

 畠山重能は駒王丸の首に刀を突きつけ苦い顔をしていた。

「頼む息子だけには手を出さないでくれ」

 対する義賢は悲痛な表情で義平に訴えかける。

「お願いだ。話を聞いてくれ」

「その話とやらを聞いて何になる」

 すると義賢の瞳が揺れるのがわかった。この状況を打破するためには戦うしかないのを悟ったようだ。

「とと……たすけて」

「汚い手を駒王丸から離せ」

 息子の怯えから早く終わらせようとしているのがわかる。だが人質をとられた手前簡単に攻撃はできないようだった。下手をしたら息子もろとも死んでしまう可能性があったからだ。

「悪いな。これも運命だと思え」

 そして弱味を握られた義賢の最後は呆気ないものだった。

 刀を左右に振り回しじわりじわりと壁際に追い詰める。そして。

 ぐさりと鎧兜も身に付けていない男の胸部に切りかかる。

「ととっ」

 駒王丸はキッと義平を睨み付ける。幼いながらに父を失ったことを理解したようだ。

 気の強い子供だ。彼が成長したら恐ろしい存在になる。そう感じた。

「駒王丸はいかがなさるか」

 畠山重能はじっとこちらを見据えていた。

「処分は任せる。決して無傷で帰すな」

 暗に殺せというつもりだったが幼い子供を自分の手でかけるのは忍びなかった。

 人任せにするわけではないがそのとき義平は自分のなかに迷いが生まれたことを知った。

 こんなとき父はどうするのだろう。簡単に答えを出せるのだろうか。

「館に火をつける。駒王丸を処分したらすぐに逃げろ」

 阿鼻叫喚とした現場に残るわけにはいかない。他の侍たちはほしいものだけとって先にその場を離れたようだ。

「承知いたしました」

 そのときの畠山重能の表情は苦渋に満ちたのものだった。それに気がつけないのがあとになって大きな禍根を残すのだった。

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