第五話 畠山重能
討ち入り直前。父、源義朝の名の下に多くの侍が集った。
「しかし俺が父の力を借りているのは秩父氏や叔父もわかっているだろうに」
それでものんきに構えているということはなめられたものだ。
「これで屋敷に討ち入り失敗すれば、ただではすまされないはずだが多くの男たちが集まったな。失敗は許されない。そうだろう畠山殿」
「それでも彼らに対しては並々ならぬ思いがあるのです。この私のように」
一人の男が鎧兜を身に纏って皮肉そうに呟く。
「あなたがいうと信用が増すな。何しろ秩父氏には煮え湯を飲まされ続けてきたのだから」
敵方の秩父氏について苦い思いを抱いているのは義平だけではなかった。
そばで控えている畠山重能は父が秩父氏の長男でありながら、家督は弟に譲られ強い不満を抱いていた。
「これは源氏だけの争いではないのです。それに……」
チラリと男はこちらを一瞥する。そこにはやや軽く見下ろすようなしぐさがあった。
「あなたはまだお若い。私たちの力を借りないと戦の一つもできないでしょう」
馬鹿にされているのはわかっていた。だがこうして直接言われると義平も笑うしかない。
「俺はこれでも坂東の侍だ。源氏の誇りは忘れていないさ」
父義朝と祖父為義の代理戦争に腰が引けていたのも事実だったがそれを知られては一族の恥だ。何より父が裏で取引をした武蔵守が黙認してくれると聞いたのだから、この機会に乗じて勝たなければ話にならない。
その重圧に負けそうになるはずはなく、むしろ楽しんでいる自分がいた。
(はるがいたらまた笑うのだろうか)
齢十五の若造の自分が武功をあげるのには絶好の機会だ。仲間と呼べる人間は少なく、皆己の利己心で動いているのは明白だったが、その人間たちを束ねるのも源氏の男としての仕事だ。
「殿、偵察が報告に参りました。どうやら相手は館で宴会を開いているようです」
「警戒はしていないということか。それはいいことだ」
義平が引き続き偵察に戻らせると周囲がうるさくなる。要するに舐めているのだ。わかっているからこそ下手に怒るわけにもいかない。
「あっしも女を侍らせて飲みたいもんですぜ。偉いってのはいいもんだ」
「こらっ下端。何を言っておる」
近くにいた兵士がそうぼやくのをすかさずいなす。
「義朝殿はなんとおっしゃったのかな。坊やの面倒を見るのはあっしらだってごめんですぜ」
「それでも勝てれば一気に状況は変わるだろう」
「へへっそれができれば御の字ですぜ」
兵士にとっては争いで武功を挙げるよりも屋敷の中での略奪を狙っているらしい。それも納得だ。おそらくとるものだけとったらすぐに逃げ出すのだろう。
「あっしらは武士の誇りなんざわかりませんが、ただの恨みを戦に変えるのだからたいしたことないぜ」
「確かにな、俺もそれには同意する」
所詮は領地争いなのは皆もわかっているのだろう。だが侍とはこういうときに必要になってくるのだ。
「坊っちゃんこそそんなこと言って大丈夫なんですかい」
「最初からそういう腹積もりだった」
私怨に金目当てに戦好き、そういう連中を束ねるのだから清廉潔白ではいられない。
「比企の館に討ち入れば、好きなだけ略奪すればいいさ。あとは一族輩皆殺しだ。赤子だろうと女だろうと関係ない」
「そりゃ最高ですな」
男は野卑た笑みを浮かべ義平の肩を叩く。源氏の人間を相手にしているのにこの緊張感のなさはどうしたものか。そう苦笑していると畠山重能が眉をひそめる。
「なんだ。怖じけづいたか」
「まさか」
秩父氏と義賢が結託しているのは明白だ。彼らをたおすのは共通の目的なのだから手段は選んでいられない。
「相手方はこちらが本陣だとは全く気がついていないようです。ここから潜入すれば私も恨みを晴らすことができる」
「お互い成功することを期待している」
そういうと夜の帳のなか視線を絡ませその思惑を胸のうちで反芻するのであった。
ここで味方をしている勢力は三つ。はじめは家督争いをしている畠山重能、そして利根川沿いの領地争いをしている新田氏、それに藤姓足利氏だった。
秩父氏と義賢はまだ前線が武蔵国にあると信じている。それは義平の乳母がうまく言いくるめてくれたからだ。乳母は秩父氏の後妻でありその寵愛を受けた彼女は一族のなかでもそれなりの地位にいた。まさか彼女に裏切られているとは夢にも思わないだろう。
「これから討ち入るが、皆のもの準備はよろしいか」
「はっ」
夜も深まり辺りは静けさを増していた。うるさくしていた連中も緊張が走り真面目な顔で話を聞いていた。
「今回の目的は二つだ。秩父氏の当主と先代を討つこと。そしてもちろん源氏の義賢の一族もろとも打ち払うこと」
話によれば叔父の義賢は二つになる赤子がいるらしい。だから義賢をたおすだけではなくその血脈も切り捨てるべきだと考えた。
「皆のもの覚悟はいいか。新田と足利が武蔵国で敵を引き付けている今こそが好機だ」
「義平殿の言うとおり、この畠山重能も身を粉にして戦う所存である」
果たしてこの畠山がどこまで信頼できるかはわからなかったがここまで来たら仕事を任せるしかない。
「義平殿の方こそ覚悟はおありで」
「別に戦などなれたものだ」
どこか見下ろした様子の男がじっとこちらを見据えている。まるで真意を図りかねているように。
「むしろ畠山殿の方が怯えているのではないか」
余計な一言とはわかりつつ彼の瞳に闘志が宿るのがわかった。熾火のように燻っていた心が奮起に震えたつようだった。
「なれば一つ。討ち入るときは互いの敵に刀を振り下ろし仕留めることを約束しよう」
まるで人間の心を捨てたとでもいうべきか。ひどく冷たい声だった。
「それは女子供でも覚悟は変わらないか」
「当然です」
その一言で義平も覚悟を決めた。たとえそれが身内であろうとも臆することなく切り殺そうと。だが義平には見えていなかった。覚悟、というものがいかに弱く脆いものかということを。
久しぶりに更新しました。これから大蔵合戦のはじまりです。義仲は駒王丸といって義賢の息子です。