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常磐と共に  作者: 野暮天
第一章
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第四話 大蔵合戦前夜

息子の義平は軍勢を秩父の比企郡に進めたらしいとの報が入った。

義朝はどこかそわそわしていた。


これは父である為義と自分との代理戦争だ。


「義朝さま、考え事ですか」

案の定常磐が気遣わしげな視線を向けてくる。


彼女は義朝の子供を身ごもり、つわりがあるらしく体調はあまりよくなさそうだった。

それなので常磐に心配をかけるわけにもいかず義朝は不安を取り払うように話し出す。


「ああ。長男の義平が頑張ってくれてるみたいだからな。俺も負けてはいられない」


京にいる間に父為義を牽制しなければ。

彼は謹慎中で一人屋敷に籠って写経をしているらしい。


端から見れば反省しているのだろうがいまいち信用ならない。


焦りは禁物だとわかっているが自分の領地を息子に任せているとはいえ不安は拭えない。


「きっと義平さまもなにかお考えがあるのでしょう。義朝さまはこちらで心配も尽きないでしょうが信じて待っていればいい結果はやってきますよ」


常磐は優しく諭してくれる。


「それより今若が剣術の稽古を見てほしいと言ってましたよ」


京の屋敷には武芸の訓練ができるように武具を揃えていた。

使う人間は義朝以外はいないが万が一と言うこともある。

日頃の鍛練は怠っていなかった。


「そうだなせっかくだから今若にも稽古をつけてやろう」


彼のいる場所は見当がついていた。


弓矢の練習用の巻き藁に今若は刀で一振りする。

「ちちうえ」

筋は悪くない。さすがは源氏の血を引くだけある。

しかしまだ小柄なせいか重い刀を持つのに精一杯という様子だ。


「お前はまだ子供だからな、重さになれるのも練習のひとつだぞ」

「はーい」


素直なのはいい傾向だ。


「それと弓矢の練習も忘れるなよ」


義朝の話を聞いてるのかいないのかまだ幼い今若がこちらに駆け寄ってきた。


「どうした?稽古を見てほしいんだろう」


「ふふっ。今若はあなたに会えて嬉しいのよ」


つまり義朝に甘えたい年頃のようだ。


「私はいつでも今若に会えますがあなたは鳥羽院に使える身。忙しいのでなかなか会えないのが寂しいのでしょう」


そういうと今若は義朝に抱きつき顔を腰辺りに埋める。

「ちちうえ、明日はお出掛けですよね」

彼はさらにぎゅっと力を込めて抱き締める。

「ああ崇徳院の歌会に参加する。もし何かあったらこの家はお前が守るんだぞ」

まだ幼い我が子に理解できるとは思わなかったが彼も一人の男だ。愛する家族を守ってくれるはずだ。

「もう日がくれる。寝る準備をするから常磐も来い」

幸い今若は乳母が世話をしてくれている。

だが彼は母が恋しい時期らしく少しだけ寂しそうだった。

「今若もおやすみ」

「ちちうえおやすみなさい」

かくして今若は乳母がいる部屋に戻るのだった。


翌日崇徳院の邸宅に貴族が集まっていた。

彼は和歌をたしなみよく歌会を開いていた。


「ようこそお越しくださいました義朝殿」


崇徳院がいるところには御簾がかかっており顔を拝見することはできない。

高位の方だから当然とも言えるが。


彼は歌の編纂を懇意にしている貴族にさせるほど和歌には熱をいれていた。


「瀬をはやみ岩にせかるる滝川のわれてもすみに逢わんとぞ思う」


これが彼の詠んだ和歌のうちでもっとも有名だった。

数年前に詞花集に収録されたものだった。


しかし今日は貴族たちを呼んで競わせ合うつもりらしい。


そのなかで不思議な組み合わせがいた。

それは武蔵守になった藤原信頼と後白河天皇の乳母の夫である信西であった。


「これはこれは下野守、今日は珍しい。崇徳院の歌会に参加するとは」

「これでも付き合いがあるからな」


崇徳院は鳥羽院の息子であり重仁親王が即位できなかった恨みもある。

その件で捜査してこいと鳥羽院に命令されたのだ。


「信西殿も俗世から離れて生きていると聞いたが歌会には参加するんだな」


彼は本来大学寮の長になりたかったらしい。だが事情があり出家をしてしまった。


「私も崇徳院の様子が知りたくてな」


後白河天皇と対立するであろう崇徳院の情報を集めるため歌会に参加したようだ。

本来なら重仁親王が即位するはずだったのだから彼の不満は目に見えている。


「しかし崇徳院と御門は比べてみると大違いだな」


一方は和歌をたしなみ、もう一方は今様やサイコロにのめり込んでいる。


「まあ我々は鳥羽院に仕える身の上。あまり好き勝手にはできないさ」

信西は小さく笑う。


「だが雅仁親王、いや今は御門か。彼が即位したことで我々にはいい風向きだ」


三人で話している間にも和歌の対決が進んでいく。


初夏のうららかな一日に和歌を嗜むのはなかなか興がのって面白い。


貴族たちも崇徳院自慢の庭を観察し感嘆の声をあげている。


それに歌会も白熱してきてよい句が揃いだす。


しかし義朝はあまり教養がないのでどちらにしようかと考えるのに時間がかかる。

やはり俺は田舎者だなと苦笑する。

素養がある方と話すと自分の未熟さがはっきりした。


「私も一句詠もうか」


信西は和紙の上に和歌を書き連ねる。

「ぬぎかふる衣の色は名のみして心を染めぬことをしぞ思ふ」

月詣和歌集に収録されている歌だった。


「出家されても俗世でいきる心がけは立派だな」


彼の意思の強さを感じる句だった。


それに崇徳院は苦い顔だった。

当然だろう。後白河天皇側の人間が堂々と宣言しているのだから。

本来なら出家した人間は世捨て人のような暮らしをしている。


「奥山に紅葉踏み分け鳴く鹿の声聞くときぞ秋は悲しき」


この歌のように俗世を離れて仏の道を進むのだが信西には信念があるようだ。


「義朝殿も歌を楽しめるようになったら一人前だ」

「それが簡単にできたら苦労しない」


義朝が苦笑すると藤原信頼と信西がすらすらと歌を書いていく。

貴族なのだから当たり前だが上手い。


この時代は歌で恋人との駆け引きを楽しんだのだから必然かもしれない。


義朝も常磐に歌を詠んでやろうと心のなかで誓うのだった。


***


かくして義朝が歌会に参加している頃義平は叔父の義賢がいる比企郡まで向かっていた。

自分が敵の本拠地を狙っているとは思わせずに兵士は少数精鋭で集め戦いに備えた。


「しかしこの作戦は諸刃の剣だからな」


南下してくる義賢勢に対して新田や足利、畠山の勢力に任せたはいいがいつ形成が逆転するかわからない。

こちらが負けたと思われればすぐに寝返るだろう。


「義平さま用意はいかがですか」


侍女のはるがなれない大鎧を身に付けさせてくれ出陣の準備をする。


「奇襲をかけるにもばれないようにしないとな」


馬で出掛けると目立つので歩いて敵の本拠地に向かうことにする。

距離はそれなりにあるが行けないほどではない。


「父の期待に答えられるといいが……」

「此度の戦は激しくなることが予想されます。どうかご無事で」


はるは心配したような顔でこちらを見る。


久々に遠出をする。

奇襲をかけるなら敵の懐に入ってからだ。


父と息子、二人して時代の波に飲み込まれそうになっていた。


それを踏みとどまらせたのは源氏の誇りと自信が持つ強い意思だ。


この戦いの結果が後の二人を左右するものだとは誰も思っていなかった。

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