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常磐と共に  作者: 野暮天
第一章
3/13

第三話 崩御

藤原信頼と密約を交わした後京は大騒ぎだった。

というのも時の御門(近衛天皇)が崩御されたからである。


その背後には藤原頼長の呪詛があるとかないとか噂はそれで持ちきりだった。

かねてより身体の弱い方であった。しかし美福門院がお腹を痛めて産んだ子である。

鳥羽院の嘆きはひどいものだった。


義朝はというと御門がなくなった際に盛大に行われた葬儀でてんてこまいであったうえに次の御門の選定もある。口を出せる立場ではないが仕える鳥羽院のことを思うとのんびりと構えることもできなかった。


そしていざ御門の選定である。

当初は重仁親王(崇徳院の皇子)が有力視されていたがそれも美福門院の鶴の一声で彼女の養子である守仁親王が即位するまでの中継ぎとして父である雅仁親王が即位することになった。


これは藤原信頼が目論んだ通りの結果になった。

彼もこの好機に乗じて策を練ってきているだろう。


かねてより雅仁親王と藤原信頼は近しい関係にあった。

それが此度の即位で一気にその地位をあげることになった。


これで彼は自分の地位を確固たるものにした。

あの男と約束した義朝はぞくりとするものを感じた。


俺はあの男と手をくんだ。

それが後々悪手とならなければいいが。


ひとりごちるが義朝の心境を知る者はいない。

自分が約束を胸に秘めている代わりに彼も黙認してくれることを保証してくれたのだ。


安い代償だと思えばいい。

今のところは案じることは一つもないのであった。


それよりも今は別のことが頭にある。

それは父為義の命を受けて坂東で弟の義賢が南下して在地豪族である秩父重隆とともに勢力を伸ばしていることだ。


義朝としては京を空けるわけにはいかない。

だから鎌倉の亀ケ谷を託した息子の義平に義賢を追い払ってもらう任についてほしいのだ。


ひさびさに筆をとり我が子に都の内情を綴る手紙を送る。

もちろんそれは表向きの口実で本当は秩父氏と義賢が南下するのに対抗して北上しろと命令をしたのだ。


息子の義平は齢十五。まだ子供といってもいい年頃だ。

だが亀ケ谷を任せたときの澄んだ意思の強い瞳を忘れられない。


彼なら自分の大切な土地を任せられる。そう感じたのだ。


長男だからといって必ずしも有能であるとは限らない。

だが義平には父に通じる豪快さがあった。


だから今は信じて待つ他ない。

彼がいい知らせを運んでくれることを義朝は心より願った。


***


父から無茶な指令が来た。

義平は年に似合わない老け顔の自分を池の湖で確認するとため息をついた。


自分とてもう十五である。元服もしたし大人の一員だと認められれば素直に嬉しい。

だが。


血族同士の血を血で洗う戦いに向かうのは気が進まなかった。

なにより相手は自分の叔父である。


若くして坂東の地に踏み入れた父は家族と不仲であるため叔父との面識はないに等しいがそれでも自分が同族殺しをするというのは気が引ける行為だった。


「どうかなさいましたか義平さま」


侍女であるはるが首をかしげる。


「いや、なんでもない」

「その顔はなにかあったのでしょう」


はるを前にごまかそうとしたが案外鈍そうな彼女は騙されてはくれなかった。


「またお父様からの文ですか」


「ああまた新たな指令が入った」


手紙には南下してくる義賢、秩父重隆連合軍に対してこちらも勢力を広げ北上していくようにと記されていた。


口で言うのは易しいが実際に行動に移すのは難しい。


なにせ信頼されているとはいえまだ自分は齢十五の若造だ。

人々が言うことを聞くのは父義朝の権威があってこそなのだ。


「近々俺の乳母である秩父重綱の奥方に会いに行く予定ができた」


「といいますとこれから秩父氏と対立している勢力と話しにいくのでしょうか」

「まあそういうことだ」


義賢と彼の舅の秩父重隆は甥である畠山重能と秩父重綱の後妻と家督争いをしていた。

それに加え新田氏足利氏畠山氏勢力はこちらに味方してくれていた。


彼らの力があれば心強い。

いくら父の命令とはいえ義平の一族だけではいささか心もとないからである。


そして今回の指令はすなわち領地争いに繋がるのである。

乳母の顔を思い浮かべる。

彼女は優しい人でいつも明るく振る舞っていた。


秩父氏の後妻である彼女だが近しいもの同士で縁組みをしているとなにが起こるのかわからない。

こうして骨肉の争いとなるのは目に見えていたがそれでもわずかながら抑止力にはなったはずだ。


それが父の下野守就任と祖父為義の官位返上が起きて勢力図が変わろうとしている。

新田や足利、畠山が勝ち馬に乗ろうとこちら側になってくれるのは明白だった。


「義平さま難しい顔をなさっていますね」

「これから戦が起こると思うとどうも暗くなってしまう」

「いつもの豪快な義平さまらしくありませんね」

「今回ばかりはそう呑気に構えてもいられないさ」


まずは作戦を考えなければいけない。


相手方は南下してくる。そして自分達は北上していく。

その中間地点に攻撃を仕掛けるほかない。


いやしかし弱気になるのはよくない。

考え込んでいるのは自分らしくなく首を横に振る。


「よし決めた。今回は敵の本拠地である比企の大蔵館に襲撃をかける」

「しゅ、襲撃ですか?」


はるはなにか恐ろしいことを聞いたように震え上がった。


「ああ小競り合いを繰り返していても埒があかない。一見北上していると見せかけてその裏で叔父上の陣取る館に潜り込む」

「結構大胆な作戦ですね」

はるは意外そうな顔をする。


「ここまで来たら背に腹は変えられない。大勢の味方がいる今こそが好機なのだ」

そしてこの時を逃せば為義や義賢の勢力を押さえるのは難しい。


一度広がってしまったものをもとに戻すのは簡単ではない。

だから味方が多くいるときに大戦をすると見せかけて敵の本拠地を一掃するのだ。


「まずは乳母に連絡を取って俺たちが北上しようとしていると噂を流してもらうか」


如才ない彼女のことだ。きっとうまくいくはずだ。


遠い距離を隔てた中で情報戦になりそうだと義平は呟いた。


「戦の話になると義平さまは目を輝かせて子供のようですね」

「俺もまだ十五だ」


しかしはるに指摘されるまで自分の目が爛々としているのには気づかなかった。

案外自分でも楽しんでいるのかもしれない。

先ほどまでの暗澹たる気持ちはなくなっていた。


これからどう戦うか。

頭の中はそれで一杯だった。


「しかし義平さまは無茶をなさるから心配です」

「心配されるのが俺の仕事みたいなものだ」


かくして新田氏、足利氏、畠山氏に文をしたためる。


表向きは季節の挨拶として。

夏が始まり稲の育ちはどうとかそんなとりとめのないことだ。


だがその裏では戦の準備をするようにと強く主張した。


「彼らも一筋縄ではいかない連中だからな」


新田や足利、畠山だって自分の領地がある。

源氏の血を引く自分の言うことなど聞いていられるかとの思いもあるはずだ。


それをこらえているのは父である義朝の功績が大きい。


だから此度の戦で義平は父よりも大きな功績をあげることを心に誓った。


「なんだか義平さまが楽しそうです」

「何度も言われるということは本当にそうなのかもしれないな」


侍女として自分の身の回りの世話をしてくるはるは戦のこと等何一つ知らない。

そんな彼女が楽しそうと指摘するのは不思議だった。


まあ実戦は初めてではない。

父が京に戻った際に亀ケ谷の屋敷を任せられた。


その時からこの相模の地を守るために一所懸命に戦うと誓ったのだ。


父との約束を違えることなく自分は戦いに身を投じることになるだろう。


その時胸のうちにあったのは先ほどの不安ではなくどこか胸がざわつくような子供が玩具を楽しみにするようなそんな感覚だった。


案外はるの言うとおり俺も楽しんでいるのかもな。


義平はひとりごちる。


そして屋敷のものに出掛ける準備をするようにと告げる。

慣れ親しんだ馬に跨がり数日かけて目的の地にいく。


向かう先は乳母のもとだった。

「お久しぶりです義平さま。元服されてからはあまりこちらの方にお越しにならなかったから大分成長されて嬉しいです」

「文は読んだか」

「はい。身内には伝えておきました」

近々戦が起こるのは嘘ではない。

だからこそ信憑性がまして周囲は震え上がっていたようだ。

「秩父氏も義賢さまも戦の準備をし始めたようです」

どうかくれぐれも気を付けてと乳母にくどく言われた。

「わかっている」

「あなたの言葉をほど信用できないものはありませんよ。昔は木に登ったと思ったら地面に落ちていたこともありましたから」

ふふっと乳母が笑う。こういうときばかりは彼女に頭が上がらない。

「深く詮索はしないでほしい」

「わかっていますよ。あなたにも考えがあるのでしょう」

わざわざ敵地に近いところにまで来たということは視察もかねていた。

しかも乳母の家となれば実家のようなものだ。

義平は寛ぐわけにはいかず手短にお礼をいいすぐに亀ケ谷の邸宅に戻った。


「これからが戦の始まりだ」


かくして一世一代をかけた戦の火蓋が切られたのであった。

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