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常磐と共に  作者: 野暮天
第一章
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第二話 藤原信頼

義朝が接触を図った相手の藤原信頼は優秀な男だった。


彼は久寿二年(1155年)つまり今年に武蔵守に任じられて従四位となっていた。


そして何より重要だったのは父が鳥羽院の近臣であるということだ。


その縁からなのか雅仁親王(後の後白河天皇)とは親しくよく和歌が不得手な親王のために遊女をつれて今様を披露していた。

本来高貴な人間ならば和歌を嗜むのが普通であるがそれをしない雅仁親王は遊興好きで通っていた。

そんな親王に付き合う藤原信頼もある意味変わり者であった。


雅仁親王が権力者であるのは代わりないが今の御門は病気がちでまだお世継ぎがいないと言うこと計算にあったのだろう。

もし御門が崩御されればその次の御門に担ぎ出されるのは誰か。


順当に考えれば崇徳院の息子である重仁親王だろう。

だが鳥羽院は崇徳院を叔父子といって忌み嫌っている。

だから万が一と言うこともある。

その時のために雅仁親王と親しくしているのならば彼の計算高さには舌を巻く。


藤原信頼はある意味貴族とはいえその性質は武士に近いものがあった。

彼は武蔵守となり坂東武者を取りまとめる目的があった。

それは従来の摂関家中心の政治から院が取りまとめる院政へと移行したことが背景にある。

歴史ある貴族たちは今や内紛により混乱を極めている。

そのすきに武士の力を利用した政治と言うものを狙っているのだろう。

摂関家は今は内紛で荒れているがもとは藤原の流れを汲む歴史ある家だ。

もし何かあれば以前のように藤原氏が牛耳る政治となってしまう可能性もあるのだから。

だからこそ武士の力というのは重要だった。


そして義朝自身下野守として東国を管理する権限を院から与えられた。

これにより河内源氏としては源義親以来の受領となり父為義の検非違使を上回ることになる。

今が坂東を取りまとめる好機なのかもしれない。


今は鎌倉の亀ケ谷にいる長男の義平に任せているがまだ義朝も影響力を失ってはいない。


だからこそ父の命令で義朝の領地を荒らしている義賢を排除する必要があった。


「武蔵守」

「お待たせしたようですな」

香の薫りを立ちこませて藤原信頼は几帳越しに返事をした。

今義朝がいるのは藤原信頼の邸宅だった。寝殿造の屋敷の簀子の縁で準備が整うまでまたされたが天気は悪くなかったのが幸いだった。

春の暖かな陽気で気分がよく鼻唄でも歌いたい気分だ。

「それで話というのは」

「少しご相談したいことがあるのです」

どこか間延びした声で返される。

「私のようなものに相談ですか。面白いかたですね」

ほほっと笑う声はどこか雅やかで貴族らしさを感じた。

「面白いと申しますと?」

「才知もなく家柄も摂関家ほど特別でない私と話をしようとするところですよ。世間では雅仁親王と遊び呆けていると思われてますからね」

どうやら彼自身は優秀なのにどこか卑屈さを持っているらしい。

だが彼の優秀さは文句のつけようがない。なぜなら従四位の位まで上ったのだから。

そして今後も出世していくだろう。

「こう申し上げるのもなんだが雅仁親王との遊興を控えれば世間の評価も戻ってくるのではありませんか?」

「それができたら苦労しません」

そして藤原信頼は意味ありげに笑った。

「いわば私の運命の相手のようなものです」

「運命とは……これまた変わった表現をされる」

運命の相手とは本来女性に対して言うものではないか。

義朝はそう思ったがそれ以上口にするのは憚れた。

これから先は深入りしてはならない事情があるように感じられたからである。

「とお喋りが過ぎましたね」

屋外で話をするのには周囲に従者などがいて面倒くさい。

これが貴族の屋敷では普通だとはいえなにかいい方法はないか。

そう考えあぐねていたところに藤原信頼が妙案を出す。

「せっかく下野守がいらしたのですから、私も武芸を指南していただくとしようか」

わたりに船だった。彼も同じ思いだということだ。

「弓矢なら私も腕に覚えがあるので」

武芸の鍛練は武士の本分なので義朝もその誘いには乗り気だった。

「それは心強い。では私の庭へと案内させていただこう」

思いの外すんなりと相手の懐にはいることができて義朝は安堵した。

あとは自分の領地を荒らされていることを彼に相談して、これから起こすであろう行動を黙認してもらうまでだ。

義朝は心のうちで反芻しながら案内された先まで向かうのであった。


そこは普段から藤原信頼が武芸の鍛練をしているらしく、武器が揃っていた。

弓矢の鍛練をするための的が並べられてありなかなか本格的だった。

「下野守まずは見本を」

彼に促され義朝は一人弓矢を選ぶ。

さすが貴族なだけあって持っているものは上質なものだった。

そして正十字に弓を構え、巻き藁に向かって矢を放つ。

「見事なものですな」

感心したように藤原信頼はため息をつく。

「なにぶんこれが武士の本分なので」

「そう謙遜なさらずとも」

愉快そうに笑うと彼は自分でも弓を引く。

「さてと」

放たれた矢は巻き藁に刺さる。

だが思ったような方角には当たらなかったようだ。

「やはり下野守のようにはいかないようだ」

彼は少し悔しそうに呟く。

「武蔵守の弓を引く姿勢は悪くはありません。力加減も申し分ない。ですがまずは矢を使わず弱い弓で素引きをして、基本を習得してからがよいでしょう」

「素引きですか。あれは退屈であまり好かないのですが」

どうやら彼は素引きが苦手らしい。

「何事も基本は大事ですよ」

そして藤原信頼は巻き藁の方へと向き弓を構えて幾度となく矢を放つ姿勢を確認する。

「下野守、こんなもので近射に移っては?」

「いえまだ練習しましょう」

思ったよりも飽き性らしい。それがある意味彼らしいというか。

「下野守が厳しいということは分かった。そこで尋ねたいことがいくつかある」

だがそれだけで終わらないのが藤原信頼という男だった。

「練習しながらだと危ないが、なにぶんうちの従者は心配性でな。ここでそなたの相談事を済ませようと思うのだ」

彼は心配そうにこちらをうかがっている従者の顔を一瞥して小さく笑った。

「話は聞いております。下野守の父上が官位を返上した上に、弟の義賢に坂東の地を奪わせようとしていると」

すべてお見通しだったようだ。その上で試すようなことをしているのだ。

「こういった話は身内から漏れてくる。だから私も気を使ったつもりでしてな」

こちらの腹を探るような聞き方だった。

「何が望みだ」

思わず口調が荒っぽくなる。東国にいたときの悪い癖だ。

「そう怖い顔をなさらず。こちらとしては協力できると言っているのですよ」

ただしと付け足される。

「条件があります」

「聞かせてもらおうか」

ぞんざいな口を利いて相手の機嫌を損ねる可能性もあったがそれよりも相手に優位をとらせないようにする方が先決だった。野蛮だと思われても武士としての血が騒ぐのだ。

「下野守の武士らしいところ私は嫌いじゃないですよ」

他の貴族にはないものですからねと彼は笑う。

「条件というのは簡単なことです」

焦らすように彼はもったいぶった口調で話し始める。

「現在御門が臥せっておいでとのことはご存じかな」

「そうなのか?」

院政により御門の力が弱まっているとはいえそれは一大事だった。

「では次の御門は?」

「まだ決まっていない。だが鳥羽院のことなにかお考えがあるのでは」

意味ありげに笑う姿は舌を出して地べたを這う蛇のようだった。

「それよりももっといい話があるのですよ」

「いい話?」

そこで息をつくと彼は話を続ける。

「もしですよ。仮に院がおなくなりになることがあれば、と考えたことはありませんか?」

彼は何を言っているのだろう。

「次の院は決まっていない。つまりそこで権力を巡る争いが起きるのですよ」

「まだ御門も院もご存命だというのに罰当たりなことを言うな」

「仮にのお話ですよ」

次第に藤原信頼は饒舌になる。

「院はともかく御門は病気がちな話は有名です。近々争いが生まれるのは目に見えている」

「でも重仁親王がいらっしゃるだろう」

崇徳院の息子である彼が即位される可能性は高い。順序から言ってそれが当然だ。だが藤原信頼はそうは思っていないらしい。

「私には彼が即位するとは思えなくて」

「では誰が?」

そこで口の端を吊り上げる。

「雅仁親王ですよ」

やはり彼の狙いは雅仁親王に取り入って自身の権力を強固にすることだった。

「院は重仁親王を寵愛してはおりませんから」

鳥羽院は寵姫である美福門院得子の子である今の御門を即位させた。

その事を考えれば自ずと重仁親王が選ばれないということも納得がいく。

この男はしたたかだ。

「私が下野守の揉め事には関わらないことをお望みでしょう?」

「そうだ」

武蔵守である彼の黙認なしには義朝は義賢を止めることができない。

「いいでしょう。ですがその交換条件です」

彼は大きく息を吸ってからその一言を告げる。

「近々都では争いが生まれます。その暁には雅仁親王のお力になることを約束してください」

「承知した」

かくして密約は結ばれたのである。



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