第十二話 源為義
白河殿にて崇徳院は考えていた。これから先生き抜くためには武士の力が必要不可欠だと。それは弟である御門とも同じだったが彼が頼ったのは義朝の父にあたる源為義であった。
しかしいくら呼び寄せても用事にかこつけて参上しようとはしない。そこで左京大夫藤原教長に申し付けてかの六条堀川の屋敷に向かわせた。
「どうして我々の言葉に応じなかったのか。六条判官為義として院の力になろうとは考えないのか」
教長が険しい顔つきで訴えかけると為義は複雑そうな顔をした。此度の戦はどちらにつくかで今後の運命が変わると言っても過言ではない。品定めというわけではないが迷いが生じるのは致し方ない。
「とおっしゃいましても私、六条判官為義は実際の戦に出たのはほんの二回ばかり。美濃守義綱が朝敵となり立てこもったところに戦をしかけ法師となった彼を捕縛し朝廷に連れ戻したときが一回。さらに南都(奈良)の僧兵が比叡山を攻撃しようとしたのを追い詰めた時二回かぎりでございます」
その時は為義も齢十四、十八とまだ若いころだった。以降武士として院にお仕えしたことはあるが実戦はほとんど経験がないにも等しいといいわけをしているのだ。
「確かに嫡男の義朝は坂東育ちで内裏にて御門にお仕えしているが身内のうち立派なのはあやつくらいです」
「しかし下野守は御門側の人間ではないか」
教長は不服そうな顔だった。わざわざ崇徳院の側から呼び寄せていたのにそれにも応じず、逆に自分が伝令として六条堀川の屋敷に来ることになるのだから。
「しかし院のお望みとならば身内に一人だけ武運に恵まれた男がいます。八男の為朝冠者です。あやつは乱暴者ですが弓の腕は確かで背丈が人並み以上に高いので特別な弓を使っております」
つまり為義自身は自分で動かず息子だけを使うという考えのようだった。
どうして自分で動こうとしないのか教長は憤りを覚えた。この一大事に悠長に傍観者を決め込む姿勢に苛立っていたのだ。
「あやつのおかげで私は検非違使の職を解かれてしまいましたが、このような機会です。為朝冠者を院のもとへ向かわせます。それでいいでしょう」
「大いに問題がある」
教長自身も為義の八男については聞き覚えがあった。あまりの乱暴狼藉に九州に追放されたところ三年間で征服してしまったこと、そして朝廷が任命してもいないのに勝手に鎮西の総追捕使を名乗ったこと。普通の感覚では嫌悪を覚えるところだが戦力とするのならば望ましい。
だが肝心の為義はというと。
「私が大切に保管している八領の大鎧が風に吹かれて四方に散るという夢がありました。だから色々と差し障りがありますゆえ」
教長はなにが差し障りだと鼻白んだ。ただのいいわけに過ぎないだろう。ここで簡単に引き下がるわけにもいかないので教長は吐き捨てた。
「差し障りのあることではないはずだ。夢で現れたことでも現実に起きたわけでもあるまい。それに夢でつらいことが現世で同じようにつらいことがあるだろうか」
そして畳み掛けるように告げる。
「その夢のことも含め参上して院に申し上げるがよい」
教長に気押されたのか為義は渋々うなずいた。確かに院に対して失礼であるという自覚はあったようだ。
「院に対する非礼、本来であれば批判を受けても仕方のないことだぞ」
「誠におそれ多いことをした」
頭を下げ、為義は子息を集め院のもとに参上することを約束した。
そのうち義朝は御門側につき、次男の義賢は大蔵合戦でなくなった。三男の義憲は応じず、総勢六人の子供がついてきた。当然話に出ていた八男の為朝を筆頭に四郎左衛門尉頼賢、五男の治部権助頼仲、六男の為宗、七男の為成、九男の為仲である。
白河殿には崇徳院側の人間が集まり声を潜めて何やら話している。為義は苦い顔で御簾のかかった御前に参上する。
「そなたは私の再三の招集にも応じず、八男を遣わすとだけ申し上げたそうだな」
「此度は院に対する非礼心よりお詫び申し上げる」
教長からすべてを聞いていたのだろう。ここまで来たら言い逃れはできまい。潔く非礼を詫びるほかない。
武士として鳥羽院に仕えたこの身。その院も亡くなり為義は袂を分かった息子の義朝を思い出す。
まさか自分の息子同士で殺し会うようなことになるとは。世の中思うようにはいかないものだと一人笑う。
「何がおかしい」
「いえ何でもありません」
考え事をしていたのが災いしたのか崇徳院は険しい顔つきでこちらを見る。
「まあよい。何もただで働けというわけではない。美濃国青柳荘と近江国伊庭荘を褒賞として与える。それだけでない。そなたは判官代として、四郎左衛門尉頼賢には改めて蔵人頭として働いてもらう」
急な出世に驚いているのは為義だけではなかった。彼の子息たちも恩賞として領地が与えられると聞きやる気にみなぎっていた。
「父上、我々も院のため。精一杯戦う所存であります」
四男の頼賢は真面目な顔をしている一方で一人何食わぬ顔であくびをする男がいた。
八男の為朝である。
「父上も俺をわざわざ呼び出して戦に駆り出すとはどういう風の吹き回しだ。俺のせいで官職も無くして今度はその憂さ晴らしにただ働きをしろと」
「口を慎め」
為義は苦々しい気持ちで息子を諌める。思えば八男の為朝はこうして人に食って掛かるような男だった。それを面白いととるか失礼ととるかは人によりとしか言いようがない。
「恩賞だって兄弟で分け前にありつけるやつはいいが、実際問題どこまで手に入るものやら」
疑念の目を向けられるがこの際無視を決め込む。この乱暴者はどこか鋭く親である為義も気押されるきらいがあった。
「とにかく、為義は御所内に昇殿して上北面に参上されよ」
親子喧嘩に辟易した様子で院は為義を呼び寄せる。院も昔からこうしたやりとりにはうんざりしているのだろう。その言葉でようやく為義は自分が思いもよらぬ地位についたことを自覚したのだった。
はて困ったことになったものだとため息をつきたいところだが崇徳院の手前背筋をピンと伸ばす。これから先嫡男の義朝とは決別することになるのに胸を痛めている場合ではなかった。
背後で為朝がニッと笑う気配がする。この争いを楽しんでいるとでも言いたげに。




