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常磐と共に  作者: 野暮天
第二章
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第十話 鳥羽院

 幸せな時間が過ぎるのは早い。義朝は自分が恐ろしい戦いに身を投じていくことなど考えてもいなかった。

「あの方は先の御門(近衛天皇)がはかなくなられてから気落ちして塞ぎこむようになりましたから」

 美福門院はそう語る。彼女自身お腹を痛めて産んだ子供が亡くなることに深い悲しみを抱いていたがそれ以上に悩んでいた人物がいた。

「俺から見ても院の有り様はひどいものだ。かつてのお姿からは想像もできないほど弱っていらっしゃる」

 鳥羽院は熊野詣でに行ったきりなにかお告げがあったのか義朝から見ても明らかに元気がない。そばにいる人間は皆気遣わしげに視線を送るのだが院はかたくなに拒む。

直接言葉を交わすこともできずただひたすら老い苦しむ姿を見るのはつらいものがある。そして周囲の人間たちが恐れたのは鳥羽院が亡くなることで政局が動くことだった。

 今は頼長は左遷されているが彼も転んでもただでは起き上がらない男だ。それに崇徳院が担ぎ出されれば今の御門の立場はただでさえ危ういものとなる。

 弱り目に祟り目ではないがこの現状に苦しんだ美福門院は出家をなさった。まだ鳥羽院はご存命であったがそれは追い討ちをかけるものとなった。

 七月の夏の日だった。鳥羽院の離宮で美福門院は嘆き悲しんでいた。

 周囲には従者たちが集まりあわてふためいていた。悲しんでばかりもいられない人間もいる。このあとの権力闘争を考えると鳥羽院が残した遺産は大きなものだった。

「院が招いた結果とはいえこれから荒れそうだな。俺も他の連中も」

 鳥羽院の遺骨は安楽寿院の三重塔に葬られた。それが生前の院の願いでもあった。

 そして義朝はというと彼も右にならって喪に服していた。派手な生活は慎み、質素な食事に装束、みな悲しみに暮れていたが義朝は今後の計画を練る。

「平家の安芸の守(清盛)を信西が紹介してくれたのはありがたい。俺も河内源氏の中では立場が悪いからな」

 後ろでは去年生まれたばかりの乙若がとてとてと歩き乳母が心配そうについている。その横では兄の今若が武芸の鍛練を始めている。暗いばかりだった日常にようやく灯りが点るようだった。

 それを常磐が裁縫をしながら見守っている。美しい彼女は母の顔で時おり子供達に声をかけてはきゃっきゃと騒ぐ彼らを窘めている。

「のんきなものだ」

 こうして子供達が平和に過ごしているところを見るとこちらとしても気が抜けてしまう。いけない。義朝は慌てて筆をとると日記をつける。習慣のようなものだった。

 日記のつぎは文のやりとり。東国を治めている長男の義平や武蔵守の藤原信頼など味方だと思える人間には丁寧な文面を心がけた。少しのすれ違いで恨みを買われても面倒だ。特に藤原信頼の得体の知れなさは義朝を不安にさせる。

 つらつらと書き連ねていくと従者が声をかけてくる。客人のようだ。


「下野守、少しいいかな」

 屋敷の前に牛車が停まっている。誰だろうと見てみるとそこには平清盛の姿があった。

「安芸守、わざわざこちらまで足を運んでいただくとはおそれ多い」

「そう気にするな」

 鳥羽院の下で力をつけていた清盛のことだ。おそらく今後起こるであろう権力闘争について話をしたいのだろう。

「父、忠盛は院にお世話になったからな。そのお陰で今こうして確固たる地位を得ることができた」

 しかし鳥羽院の逝去は思いもかけない余波を呼んだらしい。

「しかし困ったことに義母である池禅尼が重仁親王の後見をしているのだ」

 重仁親王は崇徳院の皇子で本来御門のあとを嗣ぐはずだった。しかし美福門院や鳥羽院、そして信西の力によってねじ伏せられてしまった。そのことで崇徳院は強い恨みがある。もとから叔父子として忌み嫌われ冷遇されていたのにこの始末では恨まれてもしかたないだろうというのが周囲の見解だった。

 つまり平清盛としては複雑な立ち位置なのだ。

 本来仕えるべき相手は鳥羽院だった。しかし院が亡くなり、時の権力者は不在だ。本来なら御門が政治をするはずの構造は院政によって力が削がれてしまった。

 その上今の御門は次の皇子が即位するまでのつなぎでしかない。その繋ぎの御門が崇徳院の弟であることから重仁親王の立場は難しいものだった。崇徳院の立場からしても下手に弟が即位したことにより院政を敷くことができなくなった。

「安芸の守、これから戦が始まるのは目に見えている。目先の利益や義理ではなく、ただ己の心の赴くままに戦うがいい」

「ふっ。下野守こそ親兄弟を頼みにできないのは承知している。なにかあったら力は貸す。お互い苦しい選択をすることになってもな」

「誠にありがたきお言葉」

 同じ武士でも清盛と義朝とでは天と地ほどの差がある。所詮は自分は田舎侍。都のことはわからないが争い事で負ける気はしない。

「お互いの力を合わせれば百人力だな。ここで誓いを立てよう」

 文を書いていた紙を持ってきて血判書を作る。お互いの名前を記し脇差しで指の端を切る。

「下野守、私も一緒に誓おう」

 そして二人は固い約束を結ぶのだった。このときばかりは共同戦線を張るのが懸命なのだと両者とも信じていた。そして血で血を洗う戦いが始まるのだった。

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