S:36 戦いの主役
「かかってこい」
そういうスロスはとても楽しそうにステップを踏んでいる。手を抜く気はさらさらないと、これが英雄なのだろうと肌で感じた。
この種族よりも、この国よりも、何よりも戦いが好きだと、その態勢が物語っている。
「レイン。――レイン?」
レインは反応なし。きっと動けないのだろう。理由はどうにしろ。
ならば一対一に持ち込むまでだと、空は相手の懐に突っ込んでいく。こんな自信があるのは、きっとレガフとの戦いのときに見た走馬灯だろう。あれがあるから、死なない、そして、攻撃も当たらない。素人が経験者に勝てる、まさに逆転の一手だと思う。
それを胸に秘め、スロスのもとへ走って行く。
剣を左側に携えて、残り一メートル弱になったときに、踏み込み剣を振る。
最後に捉えたスロスの姿は、ずっとステップを踏んでいた。
空の剣はステップを踏んでいるスロスの右脇腹付近に近づいていき、そして。
――すり抜けた。
「――は?」
確かに存在していたスロスの体を剣が通り抜けた。
違う世界から来た空からすると、それは非常識で非現実で、思考停止するには十分だった。
「もういいかな?」
斜め上からそう声が聞こえて、つい見上げた先にあったのは。
木剣の切っ先だった。
一瞬だけ見えたそれに、刹那で空は確信した。
勝てる。その切っ先がもう少し近づいたら、時が止まって、勝てる。
そしてその剣は。
空の右の顔面を容赦なく殴った。
空の体は横に飛ばされる。人との骨格の違いからだろうか、脳が揺れることはなかったが、人だった頃に感じ得なかった痛みが右顔面から広がっていった。
「――――――!」
それこそ、喋れないほどに。
体が動くので、体からしたらそこまでなのだろうが、空からしたら、この効力は、さらなる苦痛を生むだけだ。
体は動くので、ゆっくりでもいいから目をレインの方に向けると、空が殴り飛ばされたのを期に、ようやく正気に戻ったらしく、だが、体は震えていた。
本来はそういうものなのだろう。なんせ、英雄に挑むのだから。
「――――――!」
痛みを伴いながらゆっくりと立つ。
レインは未だ震えている。
「どうした? 君はかかってこないのか?」
そう言われて、レインの体は跳ねるように反応した。怖いのだろう。空だって、あの攻撃を受けてから、体が動こうとしない。
「でも――動かさなきゃ、いけないだろ……!」
一発殴られに行ったお返しをきちんとしなければならない。
二度目の、厳密には三度目の人生、こんな終わり方はしたくない。
そう決めたから。
「辛いことにも、立ち向かう……!」
空らしくはないだろうが、ユーシャらしくあるように。
痛みを我慢して、走る。
肺が痛い。
「レイン! かがめ!」
声に過敏になっているレインはその声にも例外なく反応し、体を低くかがめた。
そして空は、剣を思いっきり投げ、体を掴みに行った。
振り返ったスロスは剣だけに反応し、空には気づかなかった。
空はスロスの体を掴み、そのまま押し倒す。
「おおっ!」
感心から出た声なのだろう、まだ余裕だと言われているような気がして苛ついたが、そのまましがみついて、レインが動いてくれるのを待った。
だが――レインは動かない。まだ唖然としている。
それを見た一瞬。空は頭上に気配を感じた。ゾワッとするような、背筋が凍るような気配が。
感じ取って、頭を後ろに下げる。案の定、頭のあった場所には思い切り拳が降り注いでいた。
このまま押さえつけるには、空の力ではあまりに不十分だ。一旦態勢を立て直そう。
そう思い、スロスを離れ、レインのもとへ戻り、一番最初のような配置になった。
スロスは押し倒されたが、襲いかかってくることもなく、どちらとも攻めない、緊張の空気が流れる。
――ああ、なんでこうなってんだ。
空はこの空気にそぐわないことが頭に流れていた。
一度転移して、転生して。
痛い思いをしても、逃げられたのに、ここに立っている。白い目で見られても、自分の意見を貫いている。
「なんだよそれ……」
まるで俺、主人公じゃん。
この世界に来て初めて、しっかりと空の目に光が灯った瞬間だった。
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