S:24 英雄
新キャラ登場回です。
「ソラー、起きなよー」
「んぅ……?」
そんな声がどこからかした気がするので、空はうっすらと目を開ける。
――おかしいな、目を開けてもそこには暗闇しかない。
「おーい、セイルー?」
「なーにー?」
――セイルは普通に活動している。ならおかしくなったのは自分の方か。それとも――。
「セイルー?」
「なーにー?」
「今何時?」
「朝の4時」
「えっ」
――流石に早起きすぎじゃないか、なんて言える立場にはない空だ。なんせ、寝たい時に寝て、起きたい時に起きれた身分だったのだから。
学生の気分を味わうとともに、元の世界の全学生を内心であがめつつある空を余所に、そんな早い時間に起きているのに、とてもはつらつな声のセイル。
「どうしてそんな早起きしてんだ……?」
「そんなこと、僕が聞きたいぐらいだよー。何で今日みたいな日に遅くまで起きられるの?」
うっすらと見えるセイルの顔は、とても満面の笑みだった。
「剣技実習だよ?」
「よしすぐ行こう」
「だけど何で――早起きが関係あるんだ?」
薄暗い学生寮の長い廊下を二人で歩く。
静けさの中、自分たちの声が響く、空のしえなかった体験。
「実習のある日は朝から剣が貸し出されるんだよ」
「俺たちの剣なら部屋に――」
「あれを振れっていうの!? 持てもしないのに!」
「わ、悪かったよ……」
実際、あれはセイルの求めた剣だ。それが振れないとなると、確かにお冠になる理由も分かなくもない。
「で、俺、剣も何も知らないんだけど」
「大丈夫。僕らの同級生は皆振ったことはおろか、触れたこともないだろうから」
じゃあ俺たちだけが特別だな、とは簡単に言えない。だろうから、ということは、家柄なんかで触れたことのあるやつ、ましてや、振ったことのあるやつらがいるかもしれないからだ。
それならば確かに振らなければいけないな、というのは建前で、やはり空も男の子、そういった経験の一つや二つはしてみたくなるのだ。
「それで、セイルはそんなにやる気なのか」
「そういうこと」
続いた会話もこれまで――ようやく廊下の終わりが見えてきた。
「ひっろ……」
たどり着いた場所は、とても広いコロシアムだった。何で学校の中にこんなものがあるのだろうと思ったが、そういえば剣を振りに来たのだ、それくらいあるのだろうな、と感づいた。
「ようやく……ここまで……」
隣でそんなことを言うセイルを見て、少し胸が痛んだ。
きっと、自分の立場が立場だからだろう。セイルたち大多数の生徒が何らかの目標を掲げてここまで来たのだ、なのに自分は――何故ここに立ち、意志ある者の隣に並べるのだろう。
それとも――いずれ空にも見えるのだろうか、ここを通して、目的が、目標が。
「ソラー! 早く借りに行こうよー!」
「――。そうだな!」
――剣を借り、その広いコロシアムの中心に二人。
二人して、借りた木剣を――初めは木剣かよと思ったが、生徒に貸し出し、それも教員の目のないところとなれば、至極当然なのだろうが――右手に持ち、お互いに顔を見合わせる。
「どうすんだ?」
「そうだなぁ……――適当に振ってみる?」
「そうだな」
まだ型も何も、初めて手にした木剣。木刀なら、若気の至りで――詰まる所の中二病発症時に買ったことがあったので、少しは見栄えのいいようになっているはず。
体の左側を引き、右手を前に、重心を低くする。剣がちょうど相手に出るような形。
あの頃の中二心を思い出せと自分自身に語りかける。
「恥ずかしがるな。――この世界では普通……」
ちょうど三回唱え終わり、地面に向けられていた視線を前を向き直る。
少し重たい木剣が、振った瞬間重くなるのを感じる。それこそ木刀とは身の大きさが違う。だからだろう。
上へ振り、踏み込み、下へ振る。
それをしていて、幾度と手から離れようとする木剣。必死に握る。
「ハァ……!」
最後の一振り。地面に向けて思い切り振り下ろした――のがいけなかったのだろう。
バァァン!!
「ガッ……!」
とんでもない轟音と、右手に鈍い痛みが襲う。
「クゥ……!」
咄嗟に剣を離した右手には痺れが残っている。
ジンジンと膨らむように痛い。やはり体は変わっても痛みは健在のようだ。――流石に痛覚もないとなるとトンデモチートすぎるから、これはこれで安心、なのだろうか。
「慣れないことしねえもんだな」
「――ソラも、理想の戦士とかいるの?」
「何で?」
「形に、目的があった気がするから」
形に目的、確かに目的は無いといえば嘘になるだろう。一応いつもの素振りのように振ってみただけだが、それが目的と言いこそすれ、理想の戦士では間違いなくない。
「理想の戦士なんて俺にいるわけないだろ? あっちの世界では剣で戦うことなんてとうの昔に終わってることなんだよ」
「剣で戦わない世界、ってことなの? なんだか不思議だなぁ」
その世界が想像できていないであろうセイルに考える時間を与え、手のしびれが大方引いたころ、ようやく立ち上がった。
「さあセイル。次はお前の番だー」
「分かってるよ」
「見せてくれよ。――理想の戦士」
「もちろん。あの方のすごさを君にも教えてあげるよ」
そう言い、セイルは剣を構える。空とは違い、体の左側を前に出し、そして右側を引く。右手は体の奥で待機して、振られるのを待っている。
「行くよ……ッ!」
空に向けたものか、それとも掛け声なのか分からない声を出して、セイルは剣を振り下ろす。
振り下ろし、振り戻し、捻って横に振る。その軌道はまるで――ヘラクレスオオカブトの角のようなものだった。
――偶然か、必然か、それは分からない。そんな生物がいるのかもしれないし。
「どうだった?」
「何て言うか……見たことある感じだな」
何をとは言わない。
「たしか技名は――ヘラ……ヘリ……」
「ヘラクレス、か?」
「そうそれ! ――って、何で空が知ってるの?」
「何でだろうなー」
――本当に何でなのだろう。さすがに偶然とはいいえない事態になってきた。ヘラクレスオオカブトをもとにしていることはよく分かった。――そして、空と同じ境遇の人がいることも。
「早いな、君たち」
「「?」」
後ろから声が聞こえて振り返ると、全く知らない綺麗な女の人が――いや、女の、またもや天使がこちらを見て笑っていた。
「さては君たち、一年生だな?」
二十歳で一年生ってどういう……。あちらの基準が残っている空には、二浪したみたいで、何か感じが嫌だ。
「そうですけど……」
どうやらセイルが返事をしないので、コミュ障なりに返事をする。――姿が違うので、コミュ障を別に拗らせないでもいいことに気付くのは、また後の話。
「そうかそうか。勤勉で何よりだ」
「それはどうも――って、セイル?」
隣を見やると、何やらフリーズした様子のセイル。
おーい、と顔の前で手を振っても何も反応が返って来ない。
「えっと――そちらの少年はどうしたのだ?」
「――?」
何か固まったとしか言いようがない。
「セイルー? 大丈夫か?ー?」
「ふむ――セイル君、というんだね。いい名じゃないか」
「恐縮ですッ!!!」
ブンと剣を振るよりも早く頭を下げたセイル。何事かと空は身構えたが、セイルがとても恍惚とした表情をしていたので、きっと目の前の人のファンかなんかなのだろう。
「セイル――この人誰?」
「知っ知らないの!? ソ――」
「その名前は二人きりの時以外どうだったっけ……!?」
「あっ……! えっと、この人は――」
「自己紹介がいるみたいだね。――まさか、こんなところで自己紹介なんてすることになるとは思わなかったが」
「で、結局誰……?」
「ユーシャ!」
「私は――スロス・トフォン。自分でも恥ずかしながら、『魔物戦争』の英雄が一人と謳われ――今はここ、『プレム学園』の七勢派が一つ、『怠惰』の『レイジー』の名を授かっている――君たちの先生だ」
初めて聞く言葉の羅列、学園の名前――そしてやたらと情報量の多い空達の先生、この国の英雄を、空は知った。




