S:23 教訓
セイルは、『イセカイ』という言葉の響きを聞く。それはもちろんセイルの知らない言葉であり、同時になぜか、懐かしさを感じさせる言葉だった。
「イセカイ……」
「そうだ。きっとお前たちの知らない、言葉、そして――概念」
目の前の――先程まで『ソラ』だった少年は、『空』になって、事を話し始める。
「人の世を生き、突然としてこちらの世界に連れてこられた。何が引き金になってこちらに来たかは分からないが」
「ソラが、イセカイジン……」
「そうだ。魔法も、この問題達だって、異世界人が故だろうな」
この世界の全てにおいて、イレギュラー。それが空。
「でも――正直そんなこと言われたって、頷くしかできないよ」
「だろうな。俺だってそうなると思う」
異世界人、頭のおかしい奴だと思われるか、納得しても、どう反応することも、できない。
「じゃあさソラ」
「?」
「僕とさ――等価交換、しない?」
「等価交換……?」
いったい何の、と思い、セイルの言葉を繰り返す。これがこの世界の脅しなのか、はたまた本当に、二人にとってwin-winな状態な何かの等価交換なのか。
「僕が君に、この世界を教えてあげる。この世界のすごいところ、反対に――恨むべき、あってあはいけないこと。魔法。文化――そのすべての知識。だからソラは――僕に『君』を教えてくれないかな?」
「俺を、教える?」
「そう。君の考えを教えてもらって、僕の心は――長い間卑屈に住んでいた心は救われた。ただ一つの言葉で。――だからこそ、その言葉は、だれしもを救える、それなのに、この世界には君しかもっていない、一つの武器だと思う。だからこそ、何かで手遅れになる前に――それを教えてほしい」
そう熱く説得するセイルの表情とは真逆に、その右手は、固く、ただ固く握られている。
その様子を見て空は、直感的に、同じ境遇になったことがあると感じた。そう感じてしまった。
だからこそ、一人目の友人だからこそ、こんな自分を受け入れてくれたからこそ、こちらも受け入れてやってもいいのかもしれないと、思ってしまった。
「――ああ、いいぜ」
「本当!?」
たった一つ返事を返しただけなのに、何気ない会話のはずなのに、かけがえのない何かを手に入れたかのように、無邪気に笑うセイルが、微笑ましく見えた。
「じゃあセイル。一つ教えてやる」
「お願いします」
何てこったい。改まられると、緊張してしまうじゃないか。
「――お前はさっき、俺の言葉は人を救う、そう言ったな?」
「うん」
「だけど本当にそうか? ――お前が知りたいって言ったこと、確かに知って得はするだろうけど――この世界が嫌いになるかもしれないぜ? いいのか?」
「――大丈夫」
少し間を置いてされた返事には、意志こそ揺らげども、覚悟はしたことが分かる。
「じゃあ話そう――言葉――――気付けば皆が発している、言葉。それによって救われる、心が、体が、ましてや命だって救われる、そんな綺麗な話だってあり得るだろう」
こちらの世界も、あちらの世界も、きっと本質的には変わらない。ならば。
「だけど知っとけ。――言葉はお前の言う通り、何よりも残酷で、何よりも硬くて、何よりも鋭くて、何よりも相手を傷つける、そんな『武器』――『凶器』にだってなり得ることを」
誰かを助ける反面、それ以外の誰かを傷つけているあもしれないということを。
「何にでもなれる武器。柔らかくも硬くも、鋭くも丸くも、何にでもなれる。だからこそ、お前の言う最強の武器。――考えるんだ。お前の同級生から、お前が罵詈雑言を浴びたとしよう。その時、お前は『何で傷ついた?』」
「何で――言葉……」
「そうだ、お前の言った、その、言葉。それが、自分を、他の奴らを傷つける。それを頭に入れろ」
「分かった」
素直なセイルの姿勢を見ていると、そんなことを吹きこんでしまって、少しばかり罪悪感がよぎる。
だが、セイルが知りたがったこと。しっかりと最後まで教えてあげないといけない。
「だからって全部を全部我慢しろって言ってるんじゃない。それこそ本末転倒だ。自分が傷つけばいいってもんじゃない。言いたくないことも、言わなければならないし、逆に――言いたいことも我慢しなきゃいけないことだってある。嘘だって言わなければならないこともある。それがお前の知りたがっている言葉だ」
「何か――難しいね」
そういっておどけて笑うセイルを見ていると、セイルはきっと――言い方は悪くなるが、きっと、ダメになる。嘘をつけない、それか、思ったことを言えない。きっとだ。
「じゃあセイル。俺がもし――人殺しをしたら、お前は止めるか?」
「もちろん」
「――よく考えろ? その状況を想像しろ。よりリアル――現実に近付くように」
セイルは目をつむり、少しして眉間にしわが寄る。葛藤しているのだろう。
「――どうだセイル。――もう一度聞くぞ? 俺を止められたか?」
「――うん、って、言えればいいんだけどね。――だめだった。怖かった」
セイルは、分かってくれただろうか。
「悪いことをしているはずなのに、罰せられて当たり前のことをしているはずなのに――そんなときまで、嫌われたらどうしようって、考えちゃった……」
露骨に落ち込む。
――だが、それが。
「それがお前のダメなところで――いいところだ」
「え?」
「お前は優しい。だからこそ、言えなかった。俺に嫌われる、確かにそれもあったかもしれない。だけどきっと、お前自身が優しいから、それすらも受け入れようとしているから――言えなかったんじゃないのか?」
「――」
分からない、という表情だ。
これまでこんなことを言われたことがなかったのだろう。教育上の関係も然り、きっと身の上の状況でも然り。
「いいか。――一人で出来なかったら、隣を見ろ。俺がいる。俺がお前を助けてやる。――それが『相棒』だからな」
そう言いきって、空は笑いかける。――その裏に秘められた本当の意味まで知らないで。
「そっか――ありがと」
そう呟くセイルの言葉が、今日の空の教訓を終了させた。
三月最後の投稿小説。




