S:16 力と弱み
――訂正しよう。聞き覚えのない、ではない。
聞き覚えのある音質、だが、それとは合致しない声だった。その音質の持ち主はもっとか弱い声をしていたはずだ。そして空は、反射で振り返ってしまった。
案の定、というにはとても不確定な結果になったがやはり、案の定――いたのは、朝の件でお世話になった女の子だった。名前は覚えていない。確か初日にもクラスの皆を統制していたような気がする。しかし、それにしてはあまりに感じが違いすぎる。
彼女は肩まである髪の毛を手で払い、あくまで空を見下すスタンスだ。
鼻を鳴らして、言う。
「で!? 用って何よ?」
胸の前で腕組みしている女子を、空は初めて見だと思う。実在するんだな……。
「いや……ついてきたのはそっちだろ……まあいいや――じゃあ聞くわ。なんでついてきたんだ? ストーカーが趣味なのか?」
「なっ!? 違うわよッ!」
――何だろうか、感情豊か、というよりかは、喜怒哀楽の『怒』の感情しかないように思う。
「で? 何でついてきたんだ?」
空は半ば呆れながらも聞いた。
「何でって言われても――そうよ、あなたが怪しかったからよ! 私の立場が揺らめくかもしれないじゃない!」
――本当のことに聞こえないのだが、まあいいだろう。
「こっちの様子を窺ってたのか? 昨日とも様子が違うようだったし」
「そうよ!」
「誇らしげに言うことじゃねぇ」
ナチュラルなツッコミをしたと思うのだが、それは見事にスルーされた。
「立ち位置だっけ? んなもん俺は気にしてねえよ。お前の勝手にしとけ」
「え……? そう……」
なんだかさっきまで威勢がよかったのに、急にしおらしくなって、調子が狂う。
「何か――私も人のこと言えないけど……あんた結構人格変わるのね……」
「おい、何で引いてんだ」
引かれたって困る。彼女だって引かれてもいいはずなのに。――引く奴は空しかいないが。
「何ていうかあんた、素のほうが私の好みだわ。そのーのらりくらりって感じ?」
「お前の好みなんぞ知るか。で――言いたいことってのが一つ増えた。いいか?」
「まあ拒む理由もないわね。いいわよ」
「まさかだが、学級の皆にこんなことしてんのか?」
「ええそうよ」
即答した。
即答しやがった。
「マジか……」
空が驚いていると、彼女はさらに続ける。
「だって、私みたいな女の子が皆を統制するには、弱みを握るしかないじゃない?」
その言葉はまだ受け入れられた。だが問題はその言葉の続きだった。
「小さい頃に習ったでしょう? 『従えるには力、通用せぬなら弱みを』って」