私の想い
空は、少しづつ、オレンジ色に染まっていく。
柔らかな風が吹き抜けていく。
もう、すっかり皆は帰ってしまった。
みーちゃんも私も、家へ帰らなくてはいけない。
そしたら、もう離れ離れだ。
もちろん、連絡はとれるだろうし……会おうと思えば、また会えるだろうし、会いたいとも思う。
やっぱり、このまま想いを伝えないほうがいいかもしれない。
友達のまま別れれば、大人になっても、仲良くできるかもしれない。
もし伝えれば、傷つけたり……傷ついたりするかもしれない。
気まずくなって、もう会えなくなるかもしれない。
こんな一時的な感情、無視してれば、そのうち消えてなくなるかもしれない。
将来、笑い話にでも、できるかも、しれない。
それでも……私……。
私は、もう一度息を深く吸いこんだ。
みーちゃんは、その丸い瞳で、私の目を、見つめてきている。
その長い髪を、日の光が、キラキラと照らす。
体の前で組んだ手。時々動かす足。
その一挙一動に、私はあの日と変わらず……いや、あの日以上に、ドキドキしてしまう。
「……あの日、みーちゃんに会った時ね……」
「うん……」
「……えっと…………」
……だめだ。怖い。
決心が揺らぐ。
私は、指先で、四葉のクローバーを、クルクルと弄る。
「…………?」
みーちゃんが、首を傾げると、サラサラと髪も流れる。
不意に、強い風が、私を追い越していった。
私達は、慌てて、髪やスカートを押さえる。
「――あっ――」
風が止んだ時、私は安堵のためか、クローバーを落としてしまった。
みーちゃんの足元まで転がったそれを、みーちゃんは、静かに拾い上げる。
「…………」
私の気晴ら……いや、気休め……いやいや、お守りが……。
「四葉って、“幸運”が有名だけど――」
みーちゃんが、ポツリと呟く。
「――“私のものになって”っていう意味も、あるらしいよね……」
私は、ドキリとした。
まさしく、私が思ってることに、ぴったりだ。
間をつなぐだけの、言葉だっただろうけど……。
――今しかない。
「……みーちゃん…………ずっと、好きでした……」
あぁ、ついに言ってしまった。
もう、後後戻りは、できない。
「あの日、私はみーちゃんに、一目惚れしたの。なんて、可愛い子がいるんだろうって……最初は、確かに見た目からだった――でも! ……でも、みーちゃんと仲良くなって……なんでも話して、なんでも笑って……一緒に過ごす内に、あぁ、私はやっぱり、みーちゃんのことが、好きなんだって…………みーちゃんの全てが愛しいと思った。その声も、その仕草も、その性格も。なんでも笑ってくれるみーちゃんが好き。なんでも話し合えるみーちゃんが好き。他の誰でもない、みーちゃんが……みーちゃんだから…………だから、この、気持ちは……」
みーちゃんは、しばらくポカンとしていた。
「……ええっと……友達、として……じゃ、なくて……」
「うん……」
「えっと、じゃあ…………」
みーちゃんは、口ごもる。
「その……えっと、その……そうゆうことなの……?」
「……うん…………」
みーちゃんは、じっくりとなにか考えているような顔だった。
なんだか、泣きそうになってきて、目を伏せる。
遠くで、人の話す声が微かに聞こえてくる。
そのまま、時間が過ぎる。
「…………」
「…………」
「……ありがと」
みーちゃんの声が聞こえ、私が目線を上げると、みーちゃんと目が合った。
胸が高鳴り、顔が熱くなる。
「…………でも……ごめんなさい……」
みーちゃんは、私の目を見たまま、そう言った。
私は、どこかで期待していた。
みーちゃんも、私と同じ気持ちなんじゃないかって……。
みーちゃんも、私のことが好きなんじゃないかって……。
スキンシップも、同性だから、とかじゃないんじゃないかって……。
時々、冗談で言っていた、好き、も、実は本音だったんじゃないかって……。
……でも、違った。全部、違った。
私だけだった。
一人で勘違いして、一人で舞い上がってただけだった。
「嬉しかったよ。話してくれて」
「…………」
「なっちゃん、あんまり恋バナとか乗ってこないから、なにかあるのかなぁっては、思ってたんだ……」
「…………」
「ごめんなさい、なっちゃん。……なっちゃんは、わたしを好きなんだよね?」
「……うん」
「……わたしも、なっちゃんのこと、好きだよ。――でも、この好きは、なっちゃんとは、違うと想う」
「…………」
「わたしは、なっちゃんを友達だと思ってる。大切な、友達。初めての、親友……なっちゃんは、それだけじゃ、いやなんだよね……?」
「……うん……みーちゃんと、付き合いたい。みーちゃんと、ずっと一緒にいたい」
「…………」
「…………」
「……その、恋人にはなれないけど、わたしは、なっちゃんと、友達でいたい」
「…………」
「……わがまま、かな……」
「…………」
私は、頷くことが、できなかった。
あぁ、学校、終わったんだな。
こんな時に、今更、実感がわいてきた。
「……なっちゃん……?」
「……私も……」
私は、なんとか声を絞り出す。
「……友達で、いたい…………」
「……うん、ありがと」
みーちゃんは、そうして、あの顔で笑うのだ。
「これからも、よろしくね、なっちゃん。お互い、頑張ろうね」
「……うん、よろしく、みーちゃん。また、会おうね」
そう……。
こうゆうことを、サラリと言ってのける。
私の好きな、みーちゃんは。
「……じゃあね、なっちゃん」
「……じゃあね、みーちゃん」
笑ってみーちゃんは、手を振った。
私も、笑顔で手を振る。
みーちゃんは、とてとて、と、髪を揺らして駆けていく。
本当に、あの日から、変わってない。
みーちゃんの姿が見えなり、しばらくしてから、私も帰りだした。
もうすっかり、辺りは暗くなっていた。
だいぶ、遅くなってしまった。
「…………あれ?」
視界が、滲む。
私は、泣いていた。
歩きながら、ボロボロと、大粒の涙を流す。
声も出てしまっているが、気にしてられない。
人目をはばからず、私は家まで泣き続けた。
ずっと、ずっと、泣き続けた。