二人の卒業
いよいよ、卒業式の日が、きてしまった。
今日で、私の高校生活が終わる。
みーちゃんとの日常も……。
結局、私のこの思いは、伝えることができなかった。
そもそも、これが本当に、恋なのだろうか……?
いや、私にとって、これが初めての恋だ。
普通の恋なんて、わからないけれど……一般的に、恋と呼ばれる気持ちだろう。
私は、そうだと思う。
「あっ! なっちゃん、おはよ〜!」
「おはよ、みーちゃん」
私が教室に入ると、先に来ていたみーちゃんが、一番に声をかけてくれる。
こんな何気ない幸せが、今日で終わってしまう……。
なんとも言えない寂しさが、胸にこみ上げてくる。
でも、私はその気持ちを、噛み殺した。
せっかくのお祝いの日だ。私の思いを伝えて、しんみりさせてしまったら……。
みーちゃんだって、きっと寂しい。
私は、なんてことない話を始めた。
「昨日の、あのテレビ見た?」
「うん。見たよ〜。おもしろかったよね」
「まさか、最後にあんな風になるなんて……」
「ね〜。びっくりしちゃったよ〜……」
……そんなことを喋ってると、チャイムが鳴った。卒業式をもうすぐ始めると、放送が告げる。
あぁ、本当に今日は、卒業式なんだな……。
「……なっちゃん?」
「……ん? あぁ……なんだっけ?」
「…………ううん。なんでもない」
そう言って、みーちゃんは顔を伏せてしまった。
しまった。
気を抜くと、私は、自分のことばかり考えてしまう。
みーちゃんに、寂しい思いをさせたくないんじゃなくて、ただ、私が傷つきたくないだけじゃないのか?
ただの自分本位な考えなんじゃないか?
ふとみーちゃんは顔を上げると、にこやかに笑った。
「ほら、いこう? 式、遅れちゃうよ〜」
「うん……」
卒業式なんて、なくなればいいのに。
ずっと、学校が続けば……。
私は、本気でそう念じた。
今までの日常を続かせるためなら、なんだってできる。
強く、強く、願い続けた。
そんなことをしている間に、式は終わってしまった。
私の願いは、聞き届けられなかったようだ。
……当たり前か……。
「うぅ……なっちゃん〜」
みーちゃんは、目を真っ赤に腫らして泣いていた。
私も、つられて涙ぐんでしまう。
でも。なんだか、まだ実感がない。
……本当に終わったの?
「……みーちゃん……」
私は、なにも言えなかった。
「なっちゃん、今まで、ありがとね。わたし、がんばるから」
ぐしゃぐしゃの顔で、みーちゃんは言った。
「だから、なっちゃんもがんばってね」
「……うん。また、遊ぼうね」
「うん。それじゃあね」
みーちゃんは、駆けていく。
私から、遠ざかっていく。
「――みーちゃん!」
気づいたら、呼び止めていた。
「なぁに?」
みーちゃんは、振り向いた。
「――…………」
私は、やっぱりなにも言えなかった。
時間が、ゆっくりと過ぎていく。
でも、みーちゃんは、そんな私を、じっと待っていてくれた。
言いたいことは、いっぱいあるけど、上手く言葉にできない。
「……なっちゃん」
みーちゃんが、手招きしている。
私は、みーちゃんに歩み寄った。
「……覚えてる?」
みーちゃんは、桜の木を見上げる。
三月になったばかりで、花はおろか、蕾も出ていなかった。
「なっちゃんと、初めて会った場所」
「……うん」
忘れるわけない。
唯一無二の親友に会った場所。
そして、初めて恋を知った場所。
「もう、一年なんだね……あっという間だった」
「……うん」
「わたし、なっちゃんと会えて、ほんと〜によかったって、思ってるよ」
「……うん、私も」
「…………」
「…………」
まだ外は肌寒く、吐いた息が、白く空へ昇っていく。
私達は、しばらく無言で桜の木を見ていた。
「わたし……」
みーちゃんが、ふいに呟く。
「わたしね……なっちゃんに会う前はね……」
ゆっくりと、みーちゃんは、自分のことを語り始めた……。