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私の夢と君の夢

 


 月日が過ぎるのは、本当にあっという間で……。

 ついに、大学受験の前日になった。

 この日も私は、学校の図書室を貸切状態にして、勉強していた。

 家よりも、この独特のにおいに包まれていたほうが、集中できるからだ。

 小学生の頃から、休み時間には図書室で本を読んでいて、とてもお世話になったからね……。


 最後の追い込みをしながらも、ふと手が止まってしまう。

 やれることは、やってきたつもりだけど……。

 ……受かるだろうか。

「なっちゃ〜ん」

 なんだか心配になってきた。

 センター試験は、上手くいった。

 でも、次は……。

 緊張して、手に汗が(にじ)む。

「なっちゃん? ……こちょこちょ」

「うわっ! や、やめて〜」

 物思いに浸ってると、背後から、腋に手が入ってきた。

 こんなことしてくるのは、みーちゃんしかいない。

「ほ〜れ、こちょこちょ〜」

「あ、あははは――」

 至福の一時だが、本当に死にそうだ。

 手が離れる。

 ……あぁ、死ぬかと思った。

「どうしたの?」

 みーちゃんは進学しないので、もう学校に用はないはずだ。

「なっちゃん、どうしてるかなって……励ましにきたの」

「……ありがと」

「うん……元気でた?」

「えと……うん、お陰様で」

 ここは図書室だし、一、二年生は、普通に授業がある。

 図書室に、いくら私達しかいなくても、騒がないほうがいいだろう。

 自然と二人は、声を抑えて話した。

「心配?」

「……うん……いよいよ明日だな、って思ったら……」

「……緊張してる?」

「うん……」

 みーちゃんは、私の首に手を回し、体を引き寄せてきた。

 柔らかな感触と共に、ふわりと、いい香りが鼻をくすぐる。

 思わず、体がビクリと震える。

「だいじょうぶ、だいじょうぶ」

 言いながら、みーちゃんは頭を撫でてきた。

 は、恥ずかしい……!

 こんなふうに励まされるなんて……。

 ……超嬉しい……。

 高鳴る胸の鼓動。

 みーちゃんにバレそうで、ソワソワする。

「あ、――ありがと……」

 私は、たぶん真っ赤になっていただろう。

「もう、だいじょうぶ?」

「うん。ありがとね」

 みーちゃんは、軽く微笑んで、私から体を離す。

 不思議と、体の震えは止まっていた。

 それからは、しんみりとした話はしなかった。

 なんてことない明るい会話をした後、私は勉強に戻った。







 無事に大学受験も終わり、しばらくした頃、私は平穏を取り戻していた。

 後は、結果を待つだけだ。

 その結果も、もうあと数日後には出る。

 どうしようもなく、卒業後のことを考えてしまう。

 ……前――確か暑かったので、夏ぐらい――に、みーちゃんと、将来のことを話したことがある。




 暑い教室で、みーちゃんと、色々な話をしていた。

 その流れで、私は、何気なく、みーちゃんに訊いてみた。

「みーちゃんは、将来の夢ってあるの?」

「夢……? ……ううん」

 沈んだ顔で、(かぶり)を降る。

「じゃあ、昔は? 昔の夢」

「……えっと、ね……」

 みーちゃんは、言いずらそうに口ごもった。

「笑わない……?」

「……うん」

「えっとね……パン屋さん」

「パン屋さん?」

「そう、パン屋さんになるのが、わたしの夢だったの」

 そう言って、みーちゃんは、目を逸らした。

「……なんで諦めたの?」

「え?」

 みーちゃんは、驚いたように私を見た。

「私は、素敵な夢だと思うけどなぁ」

「……そう?」

「うん……みーちゃんの焼いたパンなら、絶対美味しいよ。パン屋で、住み込みで働いたりなんかしちゃってさ……」

 私が言うと、みーちゃんは、しばらく呆然とした後、クスクス笑い出してしまった。

 なにか、変なことを言ってしまったのだろうか。

「……私、なんか変なこと言っちゃった?」

「……ううん、ありがと。なんでもないよ」

 そう言って、微笑んだ。

 よかった。

 どうやら、私の勘違いだったようだ。

 ほっと、息を吐く。

「…………嬉しかった」

 不意にみーちゃんが呟いた。

「嬉しかったの。……わたし、こんなこと話せたの、なっちゃんだけだよ」

 そうして、また笑った。

 それを聞いて、私も嬉しくなる。

「なっちゃんは? なにか、夢はあるの?」

「……うーん……それが…………」

 みーちゃんの夢を聞いた後だと、なんだか、自分が恥ずかしく思えてきた。

「それが?」

「……まだ、無いんだよね……」

「……そっか。でも、それって……」

「それって?」

「たくさん選択肢があるってことだよね?」

「…………」

「なっちゃんは、頭もいいし、きっと、まだまだ可能性があるよ!」

 ……そんなこと、思ってもいなかった。

 私は将来のことなんて、適当にしか、考えていなかった。

「高校で終わりじゃないし、大学で夢を探すのも、素敵じゃない?」

 そう言って微笑みかけてくれた。

 私は、その言葉で、胸のつかえが、スッと消えた気がした。

 ……なんだか、不思議な気持ちだ。

 気休めかもしれない。それでも、悩みがこんな簡単に解決してしまうなんて……。

 私も笑い出してしまう。

「ふふ……ありがと。そんなふうに言ってもらったの、初めて」

 みーちゃんも、嬉しそうだった。

「こちらこそ、ありがと」

 それから、また色々話して、二人で笑い続けた。



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