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君との日常

 


 私には、好きな人がいる。

 彼女はいつも、その長い髪を、ふわりとなびかせてる。

 その艶やかな髪に、いい匂いに、私の心はいつも、ドキドキさせられる。

 でも、告白はできない。

 いくらか世の中は寛容(かんよう)になってきているが、きっと万人には、私の気持ちは理解されないだろう。

 なにより、私は怖いのだ。

 今の関係が壊れることが。

 彼女に、嫌われることが。

 いや、嫌われるだけならまだいい。

 でもそれで――私の気持ちを伝えたことで――、彼女が……。

 彼女が、気づつくかもしれないと思うと……。

 怖い。

 私は、どうしようもないくらい、怖がりなのだ。




「なっちゃん」

 休み時間、教室の席に座っていると、後ろから声が聞こえてきた。

 その甘い声が鼓膜を揺らすたび、全身が震え、顔がニヤけるのを我慢しなければならない。

「なーに?」

 私が振り返るより前に、顔の両側から、二本の細い腕が伸びてくる。

 その小さな手は、そのまま私の目に覆いかぶさってきた。

 顔に温もりを感じる。

「だーれだ!」

 楽しそうな声が聞こえてくる。

 もう少し、この感触を味わっていたいが、ずっと目隠しされてるのも不自然だろう。

「うーんと…………みーちゃん?」

 最初からバレバレだったが、私は迷った振りをしてから答えた。

 スッと手が離れていく。

 あぁもったいない。

「せいか〜い」

 立ち上がりながら、振り返ると、頭一個分低い場所で、こちらをニコニコと見つめてくる顔があった。

「さすが、あっちゃんだね」

「うん。まあね」

 そうして、私達はひとしきり笑った。

 なんでもないことを、こうやって二人で笑い合える。

 それだけで、もう、私は嬉しくなってしまう。

 この日常が、ずっと続けばいいのに。




 お昼になった。

 私はいつも、購買でパンを買っている。

 みーちゃんは、お弁当だ。

 私が教室に帰ると、みーちゃんは毎日、あのニコニコ顔でお弁当を広げながら待っていてくれる。

 私が教室に入って来ると、一段と明るい顔をして、手を振ってくる。

 いつものことなのに、欠かさずに。

 可愛いけど、よく飽きないものだ。

「お待たせ」

 みーちゃんがくっつけてくれていた机に座る。

「いえいえ〜」

 フリフリと顔を振ると、長い髪が、サラサラと音を立てて流れる。

 窓際の席なので、陽の光がキラキラと、髪に反射している。

「じゃあ、いただきます」

「いっただっきま〜す」

 二人で手をあわせ、食べ始める。




「…………もうすぐ、卒業だね」

 食後、のんびりと会話を楽しんでいると、不意にみーちゃんはそんなことを言った。

「……うん。そうだね……」

 そう。

 私は、この日常が続かないことを知っている。

 お互いの進路が違うのだ。

 みーちゃんには夢がある。

「卒業したら、離れ離れになっちゃうね〜」

「……パン屋さん、だよね」

「うん! ちっちゃい頃からの夢だからね」

「……頑張ってね」

「うん! がんばる!」

 小さくガッツポーズをしている。

 みーちゃんは、卒業後はパン屋にいき、住み込みで働く。

「なっちゃんは、進学だよね?」

「うん……まあ、とりあえずね」

「なっちゃん頭いいもんね〜」

「いや、そんなんじゃないよ」

 私は、自嘲気味に言う。

「人よりちょっと勉強ができるだけだよ」

「それがすごいんだよ〜」

 そう言って、(ほが)らかに笑う。

「わたし、勉強なんて、ぜんぜんできないもん。なっちゃんは、すごいよ」

 みーちゃんは、珍しく真剣な顔で言った。

 私は、静かに笑った。

 ……もう、みーちゃんに出会ってから、一年がたとうとしている。

 いや、まだ一年しかたっていないのだ。

 窓から、暖かな日が差し込んできた。

 その暖かさに包まれながら、私は食後で鈍くなった脳を使い、あの日のことを、思い出す。

 みーちゃんに出会った、あの日のことを、思い出す。




 そう、あれは、三年生の始業式の日……。

 満開の桜が、柔らかな風に揺れていた…………。



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