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Jigsaw2  作者: さより文庫(永井佐頼)
27/29

断章『はずれた箍』

 今も昔も、思い詰めたクソガキの行動力は大したものだった。

 昔の、あたしがそうだった。

 そして、今の幼帝も、そうだった。


     ◇ ◇ ◇


 女王アレズサの眠りは浅く、体調は最悪だった。

 姉は霊宝を使うため、自分を犠牲にして死に。精神的にまいったところで、月のものが来た。


「えい、いらいらする!」


 簡易寝台の上、毛布を蹴り飛ばす。

 普通の女王なら、自分が男だったらよかったのに、と思うのかも知れない。

 だが、それはアレズサにとって禁句だった。くそ親父の父王から百万回は嘆かれ、ぶつけられた言葉だ。

 生まれつきの性別まで遡って全否定されては、どうしようもない。どうすればいいのだ? 玄女は夫の性別も変えられるなどという神話もあるらしいが。


「……痛み止め、飲むか」


 痛み止めは眠気も誘う。他国との交戦中に飲むのはどうかと考えたが、腹痛と腰痛は如何ともしがたく、これは怪我の一種と割り切ることにした。

 戦装束に着替えて天幕の外へ出ると、姉の子飼いの直臣が、火を炊き、乾燥肉と野菜を鍋で煮込んでいる最中だった。


「おはよう」

「…あっ、おはようございます」


 まだ十歳と幼い少年は、火箸を片手にさっと立ち上がった。


「ちょうど、いい具合に出汁が出ました。どうぞ!」

「おう、あんがとな」


 少年は、会釈したのち、椀に汁物を注いで、アレズサに差し出した。

 受け取って、アレズサは立ったまま、汁を飲み干し、野菜と肉を咀嚼した。


「アレズサ様!」


 女王の天幕を囲む陣幕内に、これまた年若いのが駆け込んでくる。

 賢しげに眼鏡をかけ、帽子をかぶった少年もまた、姉ヘスペラの子飼いで、幼児期から軍事戦略をたたき込まれた子供である。


「お食事がすみましたら、参謀本部陣幕へお越し下さい。お話が、」

「ああ、今行く。……うまかった。ごっそーさん」


 生前、姉がやっていたように、食事番の少年の頭を撫でると、彼は顔を赤くした。


「行ってらっしゃい、おかーさん」


 アレズサはぷっと吹き出し、豪快に笑った。


「あたしは、あんたのかーさんじゃねえよ」

「…あっ、すみません。間違えました」

「まあな。姉貴の養子なら、あたしにとっても息子同然だ」


 まだ狭い額に弾指して、布外套を肩にかけながら、陣幕を出る。

 陣幕を出て、十歩足らずで、参謀本部と名付けられた陣幕に入る。


「おう、みんな。おはようさん」

「おはようございます、陛下」

「おはよーございます」


 ここにいる戦技官見習い五人は、みな十歳前後の少年少女だ。姉が集め、育てた孤児たち。

 自分自身の体験から、親に見捨てられた子供たちを立派に育てたいと願った結果、戦場の頭脳である戦技官が、子供ばかりになってしまった。

 これが熟成するのはもっと先だろう。今はまだ、全員ふやふやと頼りない。


「話ってのは?」


 一番の年長者である、眼鏡の少年に声をかけ、アレズサは椅子に腰掛けた。

 すぐ前には、大型の方形卓。そこには地図と水を張った盥、定規、鉛筆が置かれている。


「一昨日から"曳光の手"が指し示す方角が急変化しています」


 地図上に遊戯の駒が置かれ、王冠を模った駒の下には、時刻の走り書きの紙が挟まれている。

 少年は、盥の他に小皿を地図上に載せた。

 皿の中身は少量の水と、小指の一本。大盥には、腕が丸ごと入っている。どちらも蝋でしっかり固めていて、腐敗防止の細工ずみだ。


「腕は実際の方角を指し示しますが、指だけですと、地図に反応する特性があります」

「なので図上で三角測量を行って、目標の場所を特定するための線引きをしたんです」

「一定時間ごとに、指し示す方角が違っているので、一日かけて計算を繰り返しました。その結果、」

「アレズサ様の頭がふたつに割られたのでは無いかと、推測します。この駒はほとんど動きません。ですが、こちらの駒が常に動き、場所を変えている。攪乱のつもりかと」

「うん。で?」

「今や、こちらが全周包囲網されているため、ここはやはりマルセルの首を直接、獲る方法を考えなきゃいけないんですが、"曳光の手"の反応がふたつに割れているので、全方位の防衛線を保ちつつ、国外と国内、どちらに強襲隊を向かわせようかと」

「おまえら、そんなことでぐだついていたのか!?」


 思わず、大声を出すと、見習いの少女がびくりと震えた。


「あー、いや。怒ってるわけじゃ……いや、怒ってんのか、実際。おまえら、考えすぎ。

 とりあえず、固まって動かないほうを見にいきゃいいんだって。選択肢が多いなら、ひとつずつ消してけ」

「ですけど! 国内の、こんな近くにある反応なんて……どんな罠があるかわかりません。そんなとこに貴重な兵力をやっていいものかと」

「このまま膠着状態なら、こっちが疲弊するだけだ。おまえら、まだ子供なんだから、まず素直にやっとけ。最初から、姉貴を見習えなんて言ってない」


 そして、一人一人の頭をぐしゃぐしゃと掻き乱す。


「悪かったな。おまえらを実戦に出すの、ちっと早かったかもな。あっちのマルセルだって初陣は十三、十四だってさ。なのに戦場に引っ張り出して、すまん」

「アレズサ様、」

「あたしが、もう少し勉強が好きだったら、良かったんだがなあ。まあ、罠なら、はまっても踏み潰すまでさ。手空きがないってなら、あたしが、ちっと行って、見てくる。

 馬を引いてくるから、その間に詳しい地図を頼む。脳足りんのあたしでも、ちゃんと目的地につける精度のな」


 励ましをこめて、傲岸不遜に笑ってみせ、参謀本部を出る。

 背後では、子供たちが、よーしがんばるぞー、と気合いの声を響かせていた。


(罠か。まあ、罠だろうな。多分、動いてるほうがマルセルに憑いてるやつだろ。しかし、かち割った頭のほうは回収する。……ねーちゃんだって、葬式に頭が無きゃ座り悪いだろうさ)


 自分の陣幕に戻り、馬に鞍を載せる。

 愛馬が、いたわるように、アレズサに鼻先を近づけた。


「……しっかりしろ。他の奴らも家族を失ってる。ガキどもも、そうだ。いつまでもぺそぺそ、めそめそした女王なんざ、誰もついてこない」


 自身に活をいれ、地図を受け取ると、旗手を一人連れて、目的地へ馬を走らせた。

 激励巡察と勘違いした各地各所の兵には手をあげ、叱咤し、高々笑いながら去る。


『いい、アレズサ? 自信のない王さまには、誰もついてこないわ。

 ……もし、先代に見習うべき点があるとすれば、ひとつ。自分は絶対に間違っていない、常に正しいのだと胸をはっていた点よ。あんなクソ親父にすら、一部の人間はついてきた。その理由は、王者の絶対的自信なの』


「あたし、うまくやれてっかな。なあ、ねーちゃん……あたし、うまくやれてっかなあ」


 風のなか、口腔内で独り語散る。

 旗手は一馬身ほど離しているので、音は拾えないはずだ。


 月経の期間中は感情が不安定で、本当にいやになる。

 かつて国政や細かな軍事は姉がすべて担当していたので、アレズサ自身は何も考えず、ただ堂々と王者として振る舞えていたのだが。


「……やっぱり女は。王将に向いてないのかな」


 実父への憎悪で、ここまで来た。実姉の献身で、ここまでやって来た。

 ――大勢を巻き込んだ以上、今さら全部を投げ捨てる訳にはいくまい。


 地図に従い、二刻ばかり駆けた馬は、人里離れた山中に入る。

 太陽は中天に近い。

 山中の木々が邪魔で旗手と離れ易くなったため、彼には麓へ戻るよう命じた。


 間もなく、馬を降り、徒歩で地図上の赤丸を目指す。


 木々のなか、唐突に場が開けた。密集し過ぎたため、この辺りはかえって、木々は育たなくなってしまったらしい。

 戦場から切り離された場所。鳥の声が響く辺り、長閑なものだ。

 足下の土に、掘削の痕跡がある。


「ここか? こんなところに、なんで、」


 剣を抜き、土を掘る。

 柔らかな土を掘り続け、間もなく、砂利の層にぶつかった。

 自分が想像していた、姉の首の残骸は、ない。


「なんでだ……霊宝が反応していたのは、ここじゃ、ない?」


 ぞっと背筋に寒気が走った。

 地面に、巨大な影が落ちる。すぐに顔を上げたが、そこはおそろしく巨大な黒雲が広がっているだけだ。


 雲。

 くも……?


「――なんだァ!?」


 雲の近さ。違和感に叫んだ瞬間、雲は巨大な鳥の姿に変わった。

 あり得ない光景に、目を大きく見開く。あれは確かに、先まで雲だったはずなのに。


 大鴉の背には、金髪の少年と、弓をかまえた男が一人乗っている。

 射手が素早く、矢尻に何かをくくりつけるのを見た。


「アレズサ女王か?」

「マルセル皇帝か!」


 たがいに、たがいを確認した。

 武者が矢を放ち、アレズサは、それを回避できなかった。

 肩口に矢が突き刺さる。傷の奥深く、矢尻以外の違和感が広がる。


「くそっ……降りてこい、マルセル! 降りて、きやがれ……っ」


 アレズサは矢を半ばで折り、まだ動く片手で剣をかまえ、鴉の乗り手たちに叫んだ。

 大鴉の手綱を握った少年の目は、こちらではない遠くを見ている。


「私は今、大変に腹を立てている。怒りの代償は御身で払ってもらおう、アレズサ女王」


 そして、こちらを一瞥することもなく、凍えた青い瞳の少年は、武者を連れて飛び去った。

 当然ながら、アレズサには、空を飛ぶ者を追うことは出来ない。


「……くそっ、こっちが罠かよ……」


 矢が骨近くまで貫通している。腕の腱も切れたようだ。

 苦痛に息が荒く、ひたすら脂汗が吹き出る。


「あのまま射殺さな、いなんて……なに、考えて、んだか……」


 憎まれ口を叩き、馬のある場所へ戻る。

 いつもは鼻をすり寄せてくる愛馬が、無反応だった。しかし、その違和感に気づけない。

 鐙に足をかけ、どうにか騎乗すると、馬は情けない悲鳴をあげて突如、駆けだした。


「おいっ、どうした!? …っく」


 馬の駆ける振動が傷に響く。

 声もなく傷を押さえて、うめいていると、麓に待たせていた旗手が、馬を寄せてきた。


「どーうどうどう! 落ち着け、何が!」[lr]

「おい、ハノイ! 馬が、」

「っ……!?」


 旗手が驚愕に眼を見開き、馬を停めた。

 背後の山を振り返る。


「……陛下? 陛下ーっ」


 どういうわけか旗手は、山のほうへ戻っていく。


「陛下、どこに! 陛下ぁっ」

「おまえ何をし……っ」


 愛馬は駆ける。

 恐怖による帰巣本能なのか、本陣めがけて、まっすぐに――


「おい、陛下が戻ってこないらしいぞ」

「参謀本部からの伝達だ、こっちへ」

「暴れ馬かよ、こんなときに」


 すれ違う兵士らは、アレズサを無視し、あちらこちらへとせわしなく動いている。

 馬上のアレズサを、誰も見ない。


 誰も、彼女を見ない。


(――誰も、"あたし"を見ない)


 ぐらり、と。かるい目眩が起きる。

 無性に喉が乾いた。

 血が足りない。

 視界が暗くなる。


『……次こそ男かと思えば、また女だしなあ! ああもう、さっさと死なねえかなあ! おまえが生きてると、次の嫁さんがもらえねーんだよ』


 泥酔した父が、母をけなし、頬を叩く。

 ――"あたし"が女だったから。

 だから、女の自分を捨てようと思った。


『王位は、ヘスペラに継がせる。二番目は用なしだ』


 泥酔した父は、アレズサに期待しない。

 ――"あたし"が二番目だから。

 ならば好き勝手に生きさせてもらう、王様家業なんざ知ったことか。


『は、不細工な顔しやがって。俺の視界に入ってくんな!』


 泥酔した父は、アレズサを見ない。

 ――"あたし"が醜い女だから。

 もう、いい。顔は直しようがないが、鍛えた筋肉は賛美される、もうそれでいい。


 ……血が足りない。

 視界が暗くなる……。


『アレズサがいて、良かった……私一人だったら、とうさまの言葉に耐えきれず、潰れていたわ。ありがとう、アレズサ。そこにいてくれて』


「……ねーちゃん」


 胸が妙にざわざわとした。

 大好きな姉は、もう死んだ。この手で首を落として、あの霊宝道具の首桶に詰めた。


「ねーちゃん……あたし、もう、いやだ。あたしには、王様なんて向いてなかった……!」


『だいじょうぶ、だいじょうぶよ、アレズサ。自信を持って!

 私は……こんな目だから戦えないけど、あなたは立派に戦える。この国に、これ以上の女王はいないのよ? 足りない部分は、私が補う。私の子供たちが支える。だから、ね?』


 ああ、そうだった、と。アレズサは目を見開いた。手綱をしっかり握る。

 姉が育てた養子たちがまだ遺されている。自身の家庭環境を反面教師にして、しっかり育てた子供たちが。

 射られた肩は痛むが、月経痛を緩和する薬を飲んで、痛覚を麻痺させる。


(まず本陣へたどり着いて、傷の手当てをして。今後の対策を)


 痛み止めの薬が、体感時間を跳躍させたらしい。

 わずかに目を閉じ、見開くと、かなり時間が経過していた。

 日は傾き、茜色に染まる本陣は間近だ。


 子供たちが青ざめた顔で、弓兵、弩弓兵に指示を出しているのが見える。


「マルセルの場所は特定した、この方角に間違いない」

「え? どっちだよ、坊主ども」

「こっちだ、引きつけろ。まだだ!」

「見えねえって……どこだ? あの暴れ馬か? 本当に?」

「ヨルムンガンドには、姿を消す霊宝道具があるんだってば! 間者の報告が来てるんだ」


 ああ、だいじょうぶだ、しっかりした子たちだ。

 姉の養子たちが、なんとかしてくれる。この、わけのわからない状況を説明してくれるはずで――


「かまえ、よーい! っ…射てえーっ」




 ………………

 …………

 ……


 ちゃぷり、と。水の跳ねる音に、アレズサは目を開いた。

 視界に金の砂が舞っている。見上げる先、消失点のあたりで、ゆらゆらと水が揺らめいていた。

 どうやら水に沈んでいく最中のようだ。しかし、呼吸は苦しくない。


 ははは、と。アレズサは嗤った。


 ああ、そうか――自分は、あのまま弓兵、弩弓兵に射られて死んだのだ。

 最期の瞬間、戦技官見習いたちがこちらを見て、驚愕に目を見開いたのを思い出す。

 自らが射貫いたものを知って、弓兵たちは動揺し、混乱していた。


 こぼん、ごぽっと背後で音がした。自分の横を大きな気泡が通り過ぎていく。

 戯れに、それに手を伸ばすと、儚く弾けた。

 気泡が弾けて、金の砂が自身にまとわりついてくる。


 声が、聞こえた――


『……しました。だから先生なら、怨念を晴らせるかと』

『きみも想像力や洞察力が上がったみたいだね。まあ、彼女のことだ。俺が頭でも撫でてやれば、気が済むだろう』

『わっ』

『本当に、陛下のおっしゃった通り、はずれましたね』

『それで。これから、どうする?』

『この頭、一部割ります』

『うん。で?』

『ひとつは、おおとり族のひとに持たせて、不規則に飛び回ってもらいます。もうひとつは、僕とワタリと、ヨシト元老が持って、ラドゥーン国内に潜伏します』

『"捨て石幻灯器"を使うのかな?』

『はい。あれは積極的行為を起こさない限り、姿を隠せますから。

 その能力を使って、僕らで女王を待ち伏せます。ひとつしかないものがふたつになれば、彼らは調査するしかないと思うんです。絶えず動いているものより、不動のものを優先に』

『女王が直接、調査のお出ましになるとは限らないがね』

『もしかしたら、そこに僕自身がいる可能性を彼らは否定できないでしょう?

 なら、先生がいう"脳みそまで筋肉だった"アレズサ自らが出てくる可能性は半々。

 それから、この数日間の戦闘でわかったことは、一般兵は接近戦の練度が低くて、近接武器を使うのが苦手ってことです。おそらく弩弓の高性能さにかまけていたのだと思います』

『……なるほど。きみは、きみとの直接対決があり得るなら、近接戦闘に強い女王が出てくると踏んだわけか』

『女王と遭遇したら、この頭を使って作った矢尻に"捨て石幻灯器"をくくりつけて、彼女を射ます。

死なない程度、急所はわざとはずして、逃がすつもりです。それさえすめば、僕らは離脱します。あとは自動的に決着がつくかと』

『……ああ! それはまた、ずいぶんと残酷なことを考えたね。人間、変われば変わるものだ』

『偽善者だって、罵ってくださってかまいませんよ。セベク王の時とは、違う……ぼく、かなり腹が立っているみたいです、ラドゥーンに対して』

『わかった。とりあえず、その作戦の汚名は俺が被るから、きみは気にせず、実行しなさい』

『……すみません』


『ちょうど、そこにラドゥーンの間者を捕まえておいたから、彼の"鍵既約"を吐かせて、誘導用の情報をいくつか流しておこう。向こうの兵が、女王を手ずから殺せるようにね』


 死なない程度の自白剤で吐いてくれるといいけどね、と。誰かが言った。


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