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Jigsaw2  作者: さより文庫(永井佐頼)
26/29

万死呼ぶ曳光の手

 ねえやと、ばあやは、もちろん戦場で戦う人じゃなかった。

 だから、女性というのはすべからく保護すべき弱者と思っていたんだ。

 ――よもや女性が、あんなに腹が立つ相手になろうとは、思いもしなかった。


     ◇ ◇ ◇


 暦は二月、季節は冬。なのだが、ヨルムンガンド南方の気候は首都圏で言う"秋"だった。

 生活圏が、牢屋敷と首都の白宮殿だけだったから、国全体が冷帯気候なのだと長らく勘違いしていたが、ヨルムンガンドくらい広くなると、気候は簡単に平均化しないようだ。

 おかげで二月でも、防寒具なしで野営できるのは、ありがたい。

 この季節、旧根業矢領あたりで野営していたら、朝にはみんな霜だらけだ。

 軍隊の防寒具や暖房器具は、国庫に対してかなり負担をかけるから、対ラドゥーン戦がこの季節、こちら側で行われたのは不幸中の幸いだった。


 開戦七日日、僕は陸上の南方前線にいた。

 中央、地方あわせて二万人強という、僕にとっては途方もない人数の、けれど国土面積に対して、あまりに貧弱な兵力は現在、七等分されている。


 僕がいる正面前線、そして東西の海上、それぞれに二千人弱を配置。そして国軍の半分、一万もの兵がラドゥーンを挟んで向こう側にいる。

 要するに、ラドゥーンに両翼包囲されていると見せかけて、実はこっちが全周包囲しているという形に持って行く作戦だ。……王将である僕の正面前線部隊すら、実は囮という先生の作戦に、スヴェンが渋ったのは言うまでもない。


 ただ囮は、囮であることを知られてはいけないから、前線から少し離れた場所にある野営地には、人数の三倍の天幕あるいは陣幕を設置。なかは当然からっぽ。

 さらにラドゥーン側から見たとき、視覚効果により、倍に見えるような配置をしているので、実際は、奥にいけばいくほど、天幕同士の距離は離れ、人影まばら。


 もっとも、ラドゥーンの軍は堡塁、簡易防御壁に阻まれて細分化し、壁周りをうろつくベルゼルクルたちに見つけられては、その怪力で殴打撲殺という末路をたどっていて、僕のいる最深部に到達したのは七日間のうち、ほんの一回。


 ……その一回が、僕にとってものすごい痛手だったのだけど。


「陛下、夜分に申し訳ございません。ご報告が」

「……スヴェン?」


 七日目の夜、僕の陣に、リョウ元老と一人の若武者がやって来た。

 焚き火の前、座ったまま仮眠を取っていた僕は、目をこすって目蓋を開けた。

 ちょっと寝ぼけたな。親戚だけあって、スヴェンの声とよく似ているけど、当の彼は、流れ矢から僕をかばって野戦病院に移送されているのだから、ここにいるわけなかった。

 足下のオニグマが、くあ、とあくびをし、かなり眠そうにしていたが、リョウ元老の手土産に跳ね起きた。


「匂い、する。死んだのと、生きてるの、匂い」


 リョウ元老は、東海岸から武士を送り出しての指揮を任せていた。おおとり族の伝令を介さず、南方正面側に来るなんて、なにか緊急事態だろうか?

 初老の域に入ったリョウ元老が、朱色に塗られた木製の手桶を手にしていた。

 彼の隣の若武者は能面をかぶっていたが、そのお面の下でオニグマを一瞥している。


「これが……ああ、顔は火傷がひどく、少々見苦しいので。面をかぶせたのですが。これが、」


 リョウ元老は、彼の肩を押し、少し前に出す。


「大将首をとったと報告して参りました」

「え、大将首?」

「女首ですが、ラドゥーン兵に、ヘスペラ様と呼ばれてました。いい着物を、着ておりました」


 若武者が、顔を上げ、僕の疑問に答える。

 火傷が痛むのか、もごもごと訛ったような口調だ。


「……きみ、もしかして釣り野伏せの一陣目の?」

「はい。恥ずかしながら、帰って参りました」


 あの一陣目は、決死隊だったはずだ。

 文字通りの決死隊のため、志願制にしたところ、内戦や飢饉で家族を失った人々のみで構成されたと聞かされている。

 みんな、ラドゥーンの奥深くに突撃を敢行して、そのまま全滅したと聞いていたのに……。


「よく生きていてくれたね、お疲れ様、ありがとう」


 やっと覚醒した僕は、立ち上がると、彼の手を握った。

 びく、と彼は震える。


「その……もったいのう、ございます」

「名前は?」

「アオバ、と申します」

「アオバ。うん、憶えておく」


 言葉をかけ、リョウ元老を見上げる。


「おそらく王姉にして軍師のヘスペラだろうね。ラドゥーンのヘスペラは、先生の弟子だったという話は聞いている」

「はい」

「道理で一昨日あたりから、正面の動きが静かになったと思ったんだ」


 火牛の計のときは、ベルゼルクルのみんな、牛肉を食べにいっちゃって、その隙を突かれてスヴェンは怪我するし……。

 軍師一人いなくなるだけで、ここまで戦闘が楽になるとは思わなかった。


「まあ、油断なさいますな。死せる軍師、生ける王将を走らす、と申しますよ」

「そうだね。リョウ元老、首は検めた?」

「報告時に、すぐ。たしかに女首。死人ということを差し引いても、顔半分がただれた醜女。髪と首の手入れをしていなければ、はした女と間違えても仕方ないでしょう」


 僕はふうっと息を吐いた。


「……夜に、女の人の首を見るの、好きじゃない。ヘスペラ軍師の、顔見知りだった先生に首の確認をして欲しいけど、それも、ある意味、残酷だよね」

「亢龍軍師が、そのように繊細な男とは思えませぬ」


 ともかく夜に見る生首ほど、いやなものはないから、首実検は明日にしようとすると、僕の手を握り返したままだった若武者が声をあげた。


「今すぐ、ご確認いただけないのですか?」

「え?」

「すでに鮮度が保てないのです、お早く、お確かめ下さい」

「アオバ……?」

「これ! 貴様、陛下に何を――」

「さあ、お早く、お確かめを! さあ!」


 それまで畏まっていた少年が、僕の手をつかみ直したと思うと、手桶の蓋を無理矢理取らせた。

 首手桶の蓋が開くと同時、ぎゃあああああああああああああああん、という女性の泣き声が飛び散った。

 思わず目を閉じる。耳奥、三半規管を直接揺さぶられたような衝撃に膝をついた。


 がつっ、と何かに肩を噛まれて、うめく。

 おそるおそる目を開くと、自分の左肩に、何かが乗っていた。

 視界のはし、風になびく栗毛の髪が見え、間近で腐敗臭を嗅ぐ。


 これ……もしかして……。


「く……あはっ、ははっ、あははは!」


 その場に尻餅をついていた若武者が笑い始めた。

 仮面が落ち、その赤く爛れた痕を見せつつも、ずいぶんはっきりとした笑い声だ。彼は痛々しい怪我人の振りをしていただけらしい。

「どうだ? どうだあ!? これで逃げられんぞ、マルセル・ヨルムンガンド! どこに逃げようが、貴様は追尾される! ヘスペラ様が、アレズサ様に教えてくれるんだ! 貴様の居場所をなあ!」


 けたけたと狂ったように笑う若武者を、リョウ元老が、後ろ手にねじあげ、その口腔に手ぬぐいを押し込み、さらには目隠しまでした。


「申し訳ございません! 私の不備、お裁きは、のちに! これの身辺、すぐに洗い出させますゆえ、」

「あ……うん……」


 脂汗を垂らしながら、頷き、彼の退去を許すのが精一杯だった。


「オニグマ……僕の肩……」

「女の、生首。がっちり、肩、食いついている」


 臭いし、気持ち悪いし、服越しとはいえ左肩が痛いし重いしで、リョウ元老の失態を責めるどころじゃなかった。


「……とれそう?」

「やってみる」


 オニグマが容赦なく、大きな手で、がっと生首をつかんだ。

 きっと、つかむところがまずかったのたろう。ぐちゃりと音がして、眼球のようなものが、左斜め下に落ちるのが見えた。


「うわあああああああ!」

「あうっ!?」


 僕の悲鳴にびっくりして、オニグマが手を止める。


「……まーるぅ?」

「だめ、無理、怖いっていうか、ちょっと無理。しかも痛い!」


 ねえやたちの死に様を見たし、僕自身、他人を殺したことがあるし、アペプ兵が焼け死ぬのも見たっていうのに、それとはまた不気味さの方向性が違う。


 なんというか……そう、あれだ。タムねえ、マリねえがいやがる僕に無理矢理聞かせた怪談話。あれの恐怖に近い。


「ねえ、どうしよう? これ」


 僕に訊かれても、オニグマだって困っただろう。くりくりとした黒目を動かし、小首をかしげている。


「……腐って、落ちるの、待つ?」

「……いつまで待つの?」

「わかんない」


 頭を抱えたかったが、うっかり肩に食いついた生首と目が合って、ふたたび立ち上がる。

 戦場にあって、動揺しちゃいけないんだった。落ち着かなきゃ……なるだけ、左方向を見ないようにしないと。


「もお、なんなんすか、さっきから。夜に大声だしちゃって」


 僕の天幕の近く、樹上で寝ていたコノリが顔を出した。


「……おいら、きっと夢見てんだ、そうだ、そうに違いない」


 僕の肩の上にある生首を見ると、コノリが回れ右をしたので、オニグマに捕まえてもらった。


「なんで、こんなことになってんすか。どこの怪談話ですか」


 コノリが僕から、目をそらしながら訊ねてきたので、ことの顛末を話すと、渋い顔になった。


「そりゃあ、まずいっすねえ」

「服越しだから、まあ、強力な洗濯ばさみ十四個分くらいの痛さなんだけど、どういうわけか歯がはずれないし」


 いや、そうじゃなくって!と、コノリは手を振った。


「多分、そういう霊宝武具?霊宝道具?なんだと思いますよ。その生首を通じて、あんたの居場所が、ラドゥーン側にばれるってことは、視覚効果だの戦術だの関係なく、まっすぐ、こっちに向かって――」


 ぐわあ、と鳴きながら、僕の陣に直接降りてくる翼があった。


「伝令、でんれ――うわあああああ!?」

「ちょ、ワタリ! 声でかい、夜中に近所迷惑」

「近所って、他の陣から何十米も離れて……いや、陛下、なんですか、それは?」

「見ての通りの、厄介な生首」

「心臓に悪いですよ。布袋を持ってますから、これ、かぶせましょう」


 ワタリが、腰につけていた袋の中身(発火鼠と火口箱、霊宝道具の"捨て石幻灯器"が入っていた)を空け、生首にすっぽりかぶせた。うまく袋の口を縛って、誰からも見えないように隠してくれる。


「これでよし! …じゃなかった、夜闇にまぎれて強襲隊が来てるんです! 複数、天幕を点在させておいたのに、こっちにまっすぐ! 陣払いは他にまかせて一度、逃げて下さい。他から兵隊つれてきて、殲滅させます」


「…来る!」


 オニグマが歯をむき出して、唸った。目が、南の方角に釘付けになっている。

 間もなく刃を打ち合う音、悲鳴、ベルゼルクルの雄叫びが、陣の外から聞こえてきた。なんだ……割と近い。


 まいったな……。この少し先の川を渡ったら市街地。臨時設営した野戦病院もそこにある。

 この地域に住んでいた非戦闘民は、首都圏に逃がしているけど、できれば、家屋を壊してしまうような局面に持って行きたくない。


「ともかく、あんたの首をとられたら、終わりだ。おいら、この国とお姫さんが好きなんで、負けたくないです! 一度、逃げましょう! おいらが、」


 コノリが手を引く。

 と、反対側の手を、オニグマがつかんだ。


「まーるぅ」

「…なに?」

「ベルゼルクル、たいか死んだら、毛皮を残す。毛皮、まーるぅに、あげる」

「? 何を、」

「奇遇だね、熊ちゃん。奥の手ってのは、使いどころを間違えてはいけない。……コノリ、点在してる兵士を集めてきなよ。強襲隊を殲滅するまで、陛下は僕が守るから」

「ワタリ、」

「いいか、きみは退化するな絶対に。お姫さん、泣かしちゃ駄目だぞ」

「……なに言ってんの、ワタリ……あんた、去年、雛が生まれたばかりだろうが」

「そうだよ。だからだ。きみ、自分の雛が一羽もいないじゃないか」

「おいら、独り身だよ? なら、おいらが、」


 突然、オニグマが獣めいて唸り、ワタリが甲高く鳴いた。

 ふたりとも、めきめき、ぼきぼきと筋肉や骨を鳴らして……違う生き物に変形していく。


 オニグマは、身の丈三米をゆうに超える熊に。

 ワタリは、翼開長が五米を超える鴉に。


 黒々とした目は、オニグマのままだ。でも、僕に答える声はない。言葉がない。


「……退化、しちゃ、駄目って。言ったのに」


 一度、退化変身したら、もう二度と戻れない。

 彼ら獣人は言葉を失い、人間並の知性を失い、巨獣として死んでいくという。


「っ――さあ、ワタリの背に乗って! こうなれば、自力で何時間でも飛行できる。そのまま、しばらく空に逃げちゃってください! ベルゼルクルがいる乱戦地帯は、危ないですから!」


 コノリに背を押され、勢い、鴉の黒い背にまたがってしまった。


「ワタリ、頼んだ!」

「っ……コノリ!?」


 カアア、と鳴いて、ワタリは数回羽ばたくと、地面を蹴った。

 と同時に、陣幕を架けるための柱が倒れて、数十人の黒ずくめ集団と、それを阻もうとするベルゼルクルたちがなだれ込んできた。


 かつてオニグマだった熊が咆哮し、むちゃくちゃに暴れまくる。

 オニグマに呼応して、他のベルゼルクルたちまで退化し始めた。


 ……それはもう、ひどい乱闘で、松明がいくつか倒れて、陣幕、天幕を燃やし、その場を明るくした。

 眼下で、オニグマと他のベルゼルクルが、ラドゥーンの兵士と戦っている。


 驚いたことに、ラドゥーンの兵士は、あの弩弓を近距離で使っていた。しかも使い捨てで、矢を射っては、別の装填したものをかまえる。

 もちろん、ベルゼルクルと近距離で戦って、五体無事なわけがないけど、ベルゼルクルの分厚い筋肉を太い矢が貫通していた。……あんな近距離で使っているから、剣よりも致傷力が上がっているんだ。


 退化変身したとはいえ、ワタリも近距離での、弩弓の恐怖がわかるのだろう。

 旋回滞空をやめて、北方にくちばしを向ける。


 その時、眼下で、炎とは別の光が見えた。

 ベルゼルクルと戦うラドゥーン兵の後ろ、輜重兵らしき軽装の兵士が、光り輝く棒を持っている。


 目を凝らす。[lr]

 ――それは紐で吊った、人間の腕のように見えた。

 時折くるくると、方位磁石のように回転していたが、やがて振り子のように、おのれを激しく揺らし始めた。

 一本だけ立った人差し指が、間違いなく、上空の僕とワタリのほうを指さしている。

 輜重兵が、上を見た。彼が何かを叫び、まだ余力がある兵士も、たしかにこちらを見た。

 まずいと思ったとき、僕の左肩、袋の中から、ぎゃあああんという鳴き声がした。


 もう! なんで肩に噛みついているのに、この生首は声が出せるんだよ!?


 僕は、肌身離さず身につけていた薬袋を開けて、丸薬を飲み込んだ。

 両脚で、ワタリの背をはさんで、両手を離す。


「来い!」


 叫べば、燃えさかる陣幕のなかから、鞘をまとった刀が二本、手のなかに飛んでくる。


「ワタリ! 僕の言ってること、わかるね? 一度でいい、旋回して、」


 僕の体、僕の脳は、僕の心と違って、ひどく冷静だった。

 ワタリに指示を出しながら、腰帯に鞘を吊るし、ふたつのうちひとつを引き抜く。


「輜重兵めがけて急降下、浮上!」


 グワア、とワタリが鳴いた。鴉は頭がいいと言うから、わかってくれたんだと思う。

 弩弓の狙いをはずすよう、旋回すると、そのまま光る腕を目がけて、急降下した。

 降下までの時間が、僕にはゆっくり感じられた。


 ラドゥーンの輜重兵が、空から落ちてきた巨大な鴉に、顔を引きつらせているのも、はっきり見えた。


 ……いやだな、二本刀の、この能力だけは。恐怖に歪んだ敵の顔を、哀れなそれを間近で、冷静に見る羽目になるんだから……。


 次の瞬間、ワタリの脚が輜重兵を踏みつぶし、勢い宙に舞った光る腕は二本刀で真っ二つにする。


「ワタリ、浮上! いそげ!」


 弩弓の存在を思い出して、ワタリの脇腹をかるく蹴る。

 グワア、とワタリが鳴いて、羽ばたく。


 前線野営地より北、もう少し先の野戦病院。

 そこにスヴェンやジゼルがいる。みんなが足止めしてくれてる間に、この生首をはずして、すぐに戻ろう。


 ワタリの、少しふかふかした首の羽毛をつかみ、振り返る。

 さっきまで僕がいた陣幕は、炎の色をしていた。

 まだ誰かが立っていて、戦っている。炎に、影が躍る。


 ……オニグマは、僕が牢屋敷から出て、四番目に知り合ったひとだった。

 僕は、彼女を友達だと言った。彼女は、僕を大好きだと言った。


 ……ごめん。ごめんね。

 友達なのに。友達だと言ったのに、僕は、きみを見捨てている。


………………

…………

……


 ワタリは、やはり退化変身しても頭が良くて、僕が黙って頭を伏せていても、野戦病院へ着陸してくれた。

 見張りに立っていたのが、おおとり族のひとで、慌てて近寄ってくる。


「あれっ、ワタリ!? ――あ、陛下、」

「ごめん、すぐジゼルを呼んで来て! 霊宝に憑かれた」


 ただの勘だけど、ジゼルに診てもらえば、どうにかなりそうな気がしたのだ。


 呼ばれてすぐに、すっ飛んできたジゼルが、僕の肩にかけられた袋の中身を見て、唸る。


「これ。ラドゥーンのヘスペラ王女じゃないか」

「知り合い?」

「十年くらい前だったか。ここの戦争準備で、軍医として招聘された。あそこの王将は横暴だし、ギルには袖にされるしで、私は、すぐ離脱したんだが、」


 過去の何かを嘆きつつも、ジゼルは首を検分している。


「これは"万死の首桶"だ。霊宝道具のなかでも、一段とたちの悪い。

 媒介になる緋色の首桶と、怨念だらけの女の生首と、その腕でひとそろいの道具だな。これがある限り、向こうから居場所を特定されて――ん、待て。これ、半壊しているな。ということは腕の一本は壊してきたのか」

「ラドゥーン兵が、光る腕を持っていた。あの腕、上空にいる僕を指さしたから、そうじゃないかと思ったけど、」


 ……ん? 一本?


「え? 腕? 二本目!?」

「腕が二本あったはずだぞ、王女は。おそらく残った腕が指南車の如く、マルセルの位置を捕捉して、今も、どこかで指さしているはずだ」


 ということは、僕が、ここで愚図愚図していたら、ラドゥーン兵が、こっちに向かってくる……。


「ごめん! 僕がいたら、こっちに敵が集まってくるね。はずす方法がないなら、すぐ前線に戻る!」

「ああ、待て、落ち着け! 除去方法なら、ふたつある。ひとつは、さっき言ったように、この女の両腕を破壊してしまうこと。

 もうひとつは、彼女が持っている未練、執念、怨念のたぐいを晴らしてやることだ。これで噛みしめた歯がはずれるから、海中にでも投げ捨ててしまえばいい。

 ……しかし今は、これの位置発信の能力を利用したほうがよくないか?」

「逆に利用?」

「これがある限り、マルセル、おまえの位置は特定され、襲撃される。ならば、それを使って、罠でも待ち伏せでも仕掛けて、ラドゥーン軍を追い詰め、殲滅させてしまえばいい」

「そうか。それで、そのうちラドゥーンの王将が僕のところへやって来るはずだよね。セベク王のときと同じ、女王を斃してしまえば、終わりだ」

「王将にこだわらなくとも、向こうの兵を全滅にもっていって、降伏勧告すれば、終戦に持ち込める。むこうの臣民を、霊宮に放り込めば、完全接合はできるんだぞ」

「……変な言い方だけど。王将一人生き残らせて、他を霊宮の生贄にするほうが手間だよ。どちらかを選べって言われても、大抵は、王将一人討ち取って、生贄に出すんじゃないかな。生贄の選択って、あまり意味がないよ」

「いや、意味はあるぞ。人口過多の貧国同士なら、王将より、臣民全員を生贄に選択するほうがいい。食料や住居地その他……いろんな意味でな」


 セベク王の首を生贄に出したときの、ヨルムンガンドの笑顔を思い出して、いやな気分になった。


「霊宮は、本当に、生贄全員を食べるの?」

「彼女らは、ひとまず満腹になればいいんだ。それで目こぼしされて、逃げ出せる人間もいれば――保存食にされたり、食いだめされる場合もある。

 ただ、王将が持っている"絲"は、一般人よりも多いらしい。王将一人を見逃す気なら、数万、数十万、数百万相当の生贄が必要になる。だから比喩表現として、臣民全員の命、と言われているんだ」

「イト?」

「ああ、絲だ。神の糸、神の意図。絲は、この世すべての生物、無生物の最小単位でな。私たちはその"絲"で編まれた編みぐるみみたいなものだ。霊宮は生贄を食らうことで、その"絲"をかき集め……ている、らしいぞ」


 立て板に水状態のジゼルがふと真顔になり、あ、と口を開けた。


「あー、いやいやいや! これは与太話だ、今は気にすることじゃないな! ともかく! その生首を利用して、ラドゥーンに勝ってしまえ。亢龍軍師に師事しているなら、それくらいは朝飯前だろう」

「…っく!」


 コウリュウ、とジゼルが言った瞬間、ぎちと僕の左肩の肉が音をたてた。あの生首が、歯を食いしばったらしい。

 痛みに身をすくませた拍子、懐中に入れていた薬の袋が落ちた。袋の口がゆるんでいたみたいで、丸薬の一粒がこぼれる。


「ん? 駄目だぞ。拾い食いは不衛生だ。こぼれた分は捨てるんだな」


 ジゼルが袋を拾って、手渡してくれた。

 もう一度、かがんで、丸薬を拾う。それをしげしげ見て、む、と眉根を寄せた。


「…マルセル! これは、どこで手に入れた!?」

「え?」

「ギルベルドからか!? おまえ、これ飲んで、なんとも無かったのか!?」

「って、痛い痛い! 肩揺らすと、首っ」

「あ、すまん! いや、でも!?」


 ジゼルがあわあわしてる。

 顔色を青くしたり、赤くしたりと忙しそうだ。


「その丸薬なら先生から、だけど。もしかして、ジゼルが作ったの?」

「製薬調剤の方法自体は、ギルが持っていた古文書に載っていたんだ。特殊な材料が必要だから、私は十錠も作っていないが」

「あ。伝説級の蛇の、なんとか?」

「……っ。うん、そう、なんだ……知ってたのか」

「先生が言っていた。劇薬だから、僕以外のひとに飲ませたら駄目だって、」


 背後で、おとなしくしていたワタリが翼の先で、ばふと僕の頭を叩いた。

 節くれ立った足がいらいらしたように、地面を蹴っている。


「っあ、そうだね!」


 話し込んでる場合じゃない。

 オニグマが退化変身して、あそこで夜襲を食い止めている。

 ベルゼルクルがいる乱戦は危険だからと、退却してしまったけど。もう、ここにいる意味はない。前線に戻ろう。

 ワタリと飛んでいるうちに、何か妙案が浮かぶかも知れないし。


「行ってくる、スヴェンをお願い」

「あー……と、うん……。おまえこそ気をつけてな、絶対に怪我するんじゃない。私にだって上手に治せない怪我は、あるんだからなっ」

「はーい。ワタリ、行ける?」


 グワア、と返事をされたので、またがり、飛ぶ。

 鞍がなくても、ワタリの羽毛が柔らかいので、股間は痛くない。


 ――横から、朝日が昇ろうとしていた。

 紫と橙色の混色の雲。


 ……綺麗だなあ。

 空は、こんなに広い。

 四角の空しか知らなかった僕が、空を飛んでいるのが不思議な感じだ。


 間もなく、幾筋か立ち上る煙が見えた。僕らが夜までいた野営地だ。

 眼下で、人間が何十人か動いている。目を凝らせば、武装はヨルムンガンドのもの。


「だいじょうぶ。終わったみたいだから、着陸して」


 ワタリに声をかけると、彼はくるりと旋回して、ゆっくりそこに降り立った。


「……陛下?」

「ああ、陛下だ! ご無事のようで」

「よかった、よかった!」


 何人かの武士が、目を赤くして、僕に駆け寄ってくる。


「それは、境鳥の?」

「うん、ワタリだ。……僕の一時退避のため、犠牲にしてしまった」

「いえ、ご無事でよかった。我らは、まだ負けていない」


 そうは言うけど、周囲一帯は死体だらけで、めちゃくちゃだった。

 焼けたもの、四肢の一部を欠損したもの、針山になったもの。死に様は、様々だ。


「……オニグマは?」


 訊ねると、武士は無言で首を振った。そして指さす。

 棒立ちになったままの、大きな針鼠がいた。


 針鼠、じゃない……全身に矢を受けた熊。


 駆け寄って、もう一度確かめる。


 何度見たって、同じだった。彼女に間違いなかった。左足で、ラドゥーン兵の上半身を踏みつぶし、右手に、引きちぎった脚を持っている。口を大きく開いた威嚇の形相で。


「………………ありがとう。もう、いい。もう、いいから」


 彼女の左手を、そっと撫でる。

 同時に、巨体がかしいで仰向けに倒れた。地響きが、僕の全身を揺さぶる。足下から、脳天まで衝撃が突き抜ける。


 …………遺言……彼女の遺言。


 毛皮、剥いで。僕に、くれると。

 そうだ、これ、腐って、痛んでしまう前に……やらないと。


「陛下。報告が、ひとつ」

「………………うん。なに?」


 冷静に、ならなきゃ。僕が動揺しちゃ、いけない。冷静に。


「二之旗本の元老が、ハンガク姫の婿、ヨシトさまに替わります」

「? なんで急に……リョウ元老は?」

「先刻、切腹いたしました」


 は?


「切腹って、え? 割腹自殺?」

「アオバを偽った者が、ラドゥーン兵のなりすましと判明しました。陛下を危険にさらし、この局面を招いた責をとって、先刻、」

「待って! 僕は死ねと命じていない!」

「陛下は、その……中央の方ですから、お解りにならないかも知れません。我らは、おのれに非ありと認めれば、裁かれるまでもございません。自ら罰します。

 善悪つまびらかにただすは武士の習い。ご理解下さい」


 二之旗本の武士が飛び抜けて、まじめで勇敢なのは、スヴェンの育ちからしても明らか。

 それにしたって真面目すぎる、この程度のこと……と、言いかけて、頭を振った。握りこぶしを作る。


 この程度、では無かった。僕は"万死の首桶"に憑かれたし、オニグマを失った。

 リョウ元老は、その責任を取ったのだ。なら、僕は応えなくてはいけない。


「リョウ元老は、今?」

「こちらに」


 武士の一人について行けば、そこに筵が敷かれていた。

 前線だというのに、わざわざ白い着物に着替えた……首のない死体が崩折れ、倒れている。


 遺体のそばに三十代の男性がいて、その人が僕に向かって、膝を折った。


「恐れ多くも陛下の大叔母、ウルリカの外孫。一の姫ハンガクの婿、終の盾スヴェンの義兄弟、ヨシトと申します。先代から指名されましたが、是非に陛下のご裁定を、」

「――私は、リョウ元老を信頼していた。血筋にかかわらず、彼の指名ならば、特に文句はない。先代の自裁に免じて、今回の不手際は不問とし、二之旗本の本領安堵は約束しよう。これからもヨルムンガンドと私に、しっかり仕えて欲しい」

「は!」


 スズカ姫の姉婿は、やはり毅然とした態度の、立派な武士だった。

 うん……。スヴェンを保護し、育ててくれた人たちだ。信じる。


 その彼に、先代の首桶の確認をなさいますかと訊かれて、僕は遠慮した。


 まったく。なんでこう、よくよく生首に縁があるのだろうか。

 ねえやもそうだし、僕自身の一度目の死もそうだ。今、左肩に乗ってるやつとか、霊宮の生贄とか。


「ごめん。今はちょっと、こころに余裕がない。首実検なら、終戦後にするから、不調法だとしても今日は勘弁して欲しい。これ以上、想定外のことが起きると、脳が煮えちゃいそうだから」


 正直な気持ちを打ち明けると、ヨシトは少し面食らったような顔をした。それから小声で、陛下は賢王です、と慰めを口にする。


「…だといいね。ヨシト元老、軍権の把握は?」

「この五年、先代について私兵軍隊の代将をしておりました」

「東方をまかせて、いいんだよね?」

「はい」

「ありがとう。よろしく」


 ところで、と僕は話を変えた。


「僕の肩に乗ってるほうの首、どうすればいいと思う?」

「拷問するまでもなく、間者が喋りました。首のある場所を、対の腕が指し示すのだとか」

「腕を破壊するか、怨念を晴らさない限り、この首、取れないらしいよ」

「除去方法は、あちらも知らなかったのか、単純に話さなかっただけか……」


 二之旗本の新元老が眉根を寄せて、考え始めた。

 その所作、雰囲気はスヴェンそっくりだ。スヴェンは、ヨシトさんと仲が良かったのかも知れない。

 鉢がねを巻き、陣羽織を着た彼は、腰に新造の弩弓をぶら下げ、背に弓と矢筒を背負っている。


「ひょっとして、剣よりも弓のほうが得意?」

「はい。旗本一弓取りの号をいただいております」

「ハタモトイチユミトリ?」

「弓射の腕比べで、三年ほど、一番をいただきました」


 弓……弓か……。


 そして閃いた考えに、自分で、げんなりした。

 公平で、強くて、優しい皇帝になれというのが、リンねえの遺言なのに。オニグマが亡くなった直後だからか、とうとう理性の箍が外れたようだ。


「陛下?」

「うん。いや。ちょっと待って」


 僕は、袋をかぶせられた左肩の首に呼びかけた。


「コウリュウ」


 途端に、がぶーっと噛みつかれる。ってか、


「いたたたっ」

「陛下!?」

「っあ。だいじょうぶ……洗濯ばさみ、十四個分だから」

「なんです、その具体例は」

「昔、タムねえとマリねえにやられたんだよ、洗濯ばさみで挟まれるの」


 思った通り、この生首は亢龍――先生に反応している。


 ということは、怨念を解けるのは、先生だけ。

 そして、ここに弓上手だという武士が一人。

 さらに手元には、ワタリから回収した"捨て石幻灯器"という、身を隠す霊宝道具があることを思い出した。


「僕にとって、二之旗本の武士は、スヴェン含めて切り札だ。本領安堵を約束したのは、二之旗本の家風でしか、武士が生まれないと思ったから。地方には地方の良さがある。

 だから、この先、二之旗本を安泰とするためにも、今ここで元老ご自身の力を世に示して欲しい。

僕に、命を預けて欲しい。いいだろうか?」


 そして、ちょいちょいと手招きして、彼の腰を屈めさせると、思いついた考えを耳打ちした。


「……どうだろう? それとも士道にもとる? 駄目なら、弓手司の弓兵を呼ぶことになるのだけど」


 いえ、と。彼は言った。お任せ下さいと答える。


「先にリョウ元老を填めたのは、あちらです。意趣返しが叶うならば、願っても無い。生かさず殺さず、私が射ます」

「単純に考えると、確率は、来るか来ないかの二分の一になるけどね。だけども僕は、悪運というのが強いみたいだから、絶対あたり引くと思う」




《万死呼ぶ曳光の手》 ばんしよぶえいこうのて

 霊宝道具。目標に女の生首が噛みついて、発信器の役割をする。同じ女の腕が、発信器の方向を指し示す。

 元ネタは、妖怪・泣き女とハンド・オブ・グローリー。

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