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Jigsaw2  作者: さより文庫(永井佐頼)
25/29

断章『ラドゥーン包囲戦』

 かつて、あの人は、それを卒業試験だと言った。

 私は、それに合格できなかった。

 あの人の卒業試験は、私にとって、むごいことであったから。

 そう……父親をこの手で殺したことより、一億倍むごい。


     ◇ ◇ ◇


 ケセド共通歴二〇一四年、二月。

 ラドゥーンの国は、これまでの二千年、領土を細長く、左右に広げた女の両腕のような形を作っていた。

 その北岸と南岸は、最大でも幅十粁ほど。なぜ、このような、いびつな形の国土を造り上げたのか。

 ヘスペラは、先王たちの趣味をまるで理解できなかったが、今回のヨルムンガンド対戦の役には立ちそうだ。そう思っていたのだが――


「各地点にて、巨大な壁が築かれました。どうしますか」


 開戦の刻を知らせる日の出の半刻前。まだ空は暗く、松明が点された本陣のなかに、伝令が駆け込んできた。

 彼は、一夜にして築かれた長大万里の壁について、息せき切って説明している。

 妹王が、こちらに視線を投げる気配がした。


「大量の土嚢を用意していたのでしょう。ヨルムンガンドは、最初期からよつあし族、熊のベルゼルクルを擁していたと聞く。彼らの怪力で築いたのね」


 かつて、ヨルムンガンドの逆臣から献上された、黒い羽扇で手ずから伝令の顔を扇いでやる。


「姉貴、」

「落ち着いて。よく考えるの。一夜の作業量で完全な壁が築けるはずがないのよ。

 穴は、必ずある。それを捜しなさい。ただし、見つけてもすぐに突入せず、偵察小隊を先行させること。本隊は、遠眼鏡を使い、それを観察。亢龍軍師ならば、そこに罠を必ず張るから」

「はい!」


 駆けだした伝令の背を見送りながら、


「……現物見てないのによく、わかるねえ」

「一夜城というものよ。亢龍軍師の受け売りだけど」

「なんだ、じゃあ手の内ばればれか」

「おそらく壁の内側に、罠を張った上、ヨルムンガンドの兵士が待ち受けているでしょうね。

 武器庫の弩弓の紛失に関する報告があった。横領かと思ったけど、おそらく、これも先生の仕業ね。でなければ、壁を築くわけがない」

「はーん。弩弓の長所と弱点が、ばれていたってか」


 ヘスペラはうなずき、顔を、一夜城の壁へ――北方へ向ける。

 霊宮がその長大な尾を出し合って、国橋を架け、銅鑼が打ち鳴らされていた。

 各地点に、架橋橇は用意してある。


「今は、外から射撃しても、無駄ね。薄板ならばともかく土嚢では、矢の威力を殺してしまう。そもそも、こちらの安全地帯からの射線が通らないわ。子細確認がとれるまで、もう少し待ちましょう」

「おう! しっかし、亢龍軍師が敵か。あの眼鏡、とっつかまえたら達磨の芋虫にでもして、檻のなかで飼ってやるか。姉貴に、不格好な土下座させてやるよ」


 妹に手を引かれ、陣の外へ出ながら、ヘスペラは首を振った。


「そんなふうに脅しても。富や女を散らつかせても、絶対に土下座なんて、しやしないわ。あの人を動かせるのは、自分の胸にある理想の王だけよ」

「あいつ、頭おかしいよ。卒業試験で、俺を殺してみろって、ばっかじゃねーの。狂ってる」

「そうね」


 昔のヘスペラは、筆記試験で満点をとって、彼に頭を撫でてもらうのが好きだった。

 それだけの好意を抱いていたのだから、卒業試験代わりに戦え、殺してみろと言われても、できるわけがない。


「まあ、あんなの婿に取ったって、姉貴の気苦労が増えただけさね」


 どこかで、銅鑼が大きく打ち鳴らされた。戦意の高揚をうながすように、それは連打される。


「でも今の私なら、殺せるわ。アレズサ、私に遠慮しなくていいから。亢龍軍師は殺しましょう、それが誰の為でもある」

「……本当に、いいの?」

「――防壁の内側は進軍を阻み、軍隊を細分化するための柵、塹壕、弩弓警戒のための大盾、ヨルムンガンド側に有利な順路が設置されているはず。その道はおそらく狭いわ。

 確認がとれ次第、弩弓兵ではなく、弓兵にありったけの火矢を撃たせましょう」

「ええー? えっと。だって、あれだろ。前の戦、ヨルムンガンドは国境で、炎の壁を築いたって。こっちに延焼したら、」

「これは騙し合いの、読み合いよ。どちらが多く裏をかいて、その先を読むかということ」

「……わかった、ねーちゃんがそう言うなら」


 来い、と妹が軽々こちらを担いだ。

 いつもの輿に載せ、衣服の裾の乱れを整えてから、担ぎ手に合図する。

 そして、軍馬にまたがった妹は不敵に笑った。


「姉貴! あたしが亢龍と幼帝の首を盆に載せて持ってくるとこ、右目でしっかり見ろよ? なあ!」


 出陣の銅鑼は、打ち鳴らされる。


「親征なり、親征なり!」

「女王が出なさる!」

「アレズサ万歳!」


 王旗を掲げ、軍馬で駆ける妹王の背は、すぐ遠くなり、ヘスペラの目には映らなくなる。


「……私は、ここまでで、いいわ。ご苦労、とめて」


 担ぎ手に指示し、自らの進軍は、国橋の手前で止める。

 仮面を被った細身の男が、やって来て、砂地に膝をついた。


「アペプ領の火種は?」

「申し訳ございません。戦前に、幼帝の悪評を撒きましたが、甲斐無く」

「混水摸魚は失敗か。アペプ人は、よほど水に飢えていたと見える」


 羽扇の内側に、口元を隠し、思案する。


「アペプ、他に何か?」

「枯れた大地ゆえ、戦前より漁業が活発でした。かなり前に漁船を無数、造船し、遠洋で操業させておりましたが」

「造船……漁船?」

「ヘスペラ様……?」

「ああ、そうか、背面取りか!」


 思いついて、後ろを見やる。


「眼前の壁は、おそらく最低限の兵力を残した空城よ。ヨルムンガンド本隊は、南方沿岸から船より上陸すると見た。すみやかに隊を二分して、精鋭は南方にあたれ! 上陸直後ならば勝機はあるぞ」

「はい!」

「そちらのあなたは伝令後、索敵に回って! 王将か軍師の在所を確認」

「はい!」

「地形から、こちらの包囲戦になると思ったが、逆に両翼包囲されるか。……みな、疲れているだろうが、頼みます! 私は、南方指揮にあたる!」


 輿が浮き、前よりもいささか乱暴な勢いで、揺れる。


(………………いいえ、待って。これ、あのひとならば、もうひとつ、なにか、裏に)


 ばしっと羽扇で、自分の頬をうった。


「左右だ! 東西から、脚の速いのが、」


 思いついたと同時、銅鑼が打ち鳴らされた。

 その数と律動に、心臓が跳ねる――遠くから馬の甲高いいななきが聞こえたような気がした。


「ヘスペラ様! お降り下さい、輿では逃げ切れません」

「お手をどうぞ! 防砂林に入ります」


 担ぎ手が、こちらの手を取った。

 海岸の防砂林に逃げ込むと同時に、騎馬武者の一群が駆けてきた。

 旗二本が交差した家紋を掲げ、朱塗りの軍装をまとっている。ヨルムンガンドの精鋭、二之旗本の騎士――武士の一団。

 ただし、彼らは駆けて過ぎるだけだ。みな、背を低くして、疾駆に集中しており、すぐに戦闘をする気はないらしい。


「上陸されたのか!」

「うんにゃ、後ろだ、後ろ!」


 前後左右で、ラドゥーン弩兵たちの惑う声が聞こえる。


「馬首かえぇ! そのまま釣れえぇ!」


 陣頭指揮をとる武士が叫ぶと、騎馬武者は失速後、反転して、もと来た道を戻る。


「逃げたか」

「追えっ、追え!」

「そのまま針ねずみにしちまえ!」


 すばやい奇襲に怖じ気づいたものの、逃げる背を見て、いくらか気力を回復したらしい。ラドゥーンの兵は、赤い背を追う。


「駄目よ、それを追っては……!」


 怒鳴ったが騎馬や人々の怒号、巻き上がる砂に、声はかき消される。

 砂煙の向こうで、いくらか刃の打ち合う音がしたかと思えば、ふたたび馬のいななきは遠ざかる。


 ラドゥーンの兵は、先王を斃した経緯から、結束は固く強い。しかし、この数年は弩弓の性能頼みで、接近戦や遭遇戦の練度が落ちている節があった。


(私の失策だ。戦闘訓練はそれなりにやったが、最近は弩弓頼みで、国軍はおもに内政に使っていた)


 それなり、の戦闘訓練では駄目だったのだ。

 ヨルムンガンドは十二年もの内戦を経験した。そこで生き残り続けた戦士や武士の練度は如何ほどか。


「姉貴!」

「……アレズサ」

「ここにいたか! 壁の後ろは、たしかに寡兵だったよ。でも、みんな、熊人間どもにびびっちまってる」

「ベルゼルクル……狂戦士の一族が前、横から武士か。後ろから何が来ても、もう驚かないわよ」

「は?」

「武士の釣り野伏せを、深追いする必要はないわ。海上の船団から、騎馬の輸送なんて、数は限られている。しかし、正面の、悪名高いベルゼルクルとまともに戦えるとは思えない。荷運びの牛を、壁側に向けてから、角に剣、尾に火をつけて放ちなさい」

「あ、なるほど。うまい焼き肉を前にして、熊が引っかからないとは限らないってか?」


 妹王はうなずき、こちらを褒め称えたが、ヘスペラは、それだけで勝利を引き寄せられるとは思わなかった。

 自分の考えなぞ、亢龍軍師は把握済みだろう。


「いくら策を弄しても、見破っても。結局は、王将の首を奪らなきゃ終わらない、か。アレズサ」

「……なに?」


 妹は、自分の声に含まれる不穏の響きを感じたようだ。


「先の釣り野伏せ、討ち死にした武士の装備を回収しなさい。あとは"仮面"を呼んで来て。彼に向こうと接触させ、こう言わせるのよ。『道すがら、ラドゥーンの軍師を討ち取った』と。あとは彼が、すべてのお膳立てしてくれる。……例の首桶の準備するから」

「うち秘蔵の霊宝か。しかし、ありゃあ、」

「対戦前に一通り、文化歴史はたたき込んできた。二之旗本の武士は首実検を尊ぶ。それを逆手にとるわ。いい? アレズサ、必ず勝つのよ。あなたが、あなた自身の手で勝ち取るのよ」

「死ぬ気かよ!?」

「ただじゃ死なないわ、この首と引き替えに絶対、幼帝か軍師を道連れにしてやる」


 たとえ死んでも、自分の死すら、策に組み込むのが軍師だと。

 自分の望みのために、命すら捧げる覚悟を持つのが軍師だと。

 他の誰でなく、あの亢龍軍師に教わったのだ。


(のぞみ……私の望みは、………………)


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