白いイシ黒いイシ
囲碁という、白と黒の石を並べる陣取り遊びがある。
この世界じゃ二之旗本あたりで発明された遊戯だ。
黒が先手、白が後手。
僕はこの遊びをよく知らないが、黒の先手が有利らしい。
◇ ◇ ◇
それが議題にあがったのは二〇一四年一月四日、年始の朝議でのこと。
出席者の手元は、各元老領ごとの年間計画、実行予算、収支目標をまとめた書類と碁石の入った袋が配布されていた。
減税を理由に、この二年、元老たちを国政に直接関与させなかったけど、今回、元老院議会の投票権を復活させることにしたんだ――で、今は(根回し済みの各官長たちはともかく)元老らが目を剥き、最後の案件に異を唱えている最中。
「前のアペプ対戦から一年、完全な掌握もままならないままに、次! しかも、こちらから戦を仕掛けるとおっしゃるか!? ラドゥーン相手に!」
馬鞍戸の元老の一喝に、他の六人もほぼ同意見のようだった。
「……ずいぶん好戦的ですな」
「いまだ国力は完全ではありませんよ」
「理由はある。亢龍軍師、図説を」
「はい、陛下」
僕の合図で、よそ行き顔で先生が卓上に地図を広げた。やや慇懃な表情だ。
「これは、ヨルムンガンド。そして、こちらがラドゥーン。
ラドゥーンの地図は、現地国軍の地図事業による複製を、勝手に拝借してきました。二〇一二年作成ですが、最新と思っていただきたい。ヨルムンガンドの地図は、ラドゥーンのものと縮尺を合わせました」
地図を見て、元老たちは意図を理解したようだった。
「亢龍軍師、これは国土全体が左右からの挟撃、両翼包囲になると、お考えに?」
「やり方次第で、全周包囲もできますよ」
「………………」
先生が答えた。
元老らがうなる。
「先の対アペプ戦とその後の武装解除時、我が軍の損耗率、致死ならびに重篤傷病の兵は一分一厘にすらならず、国軍の戦力、資源はともに問題ない」
「心得ております。すべては陛下と亢龍軍師の功績で、」
「しかし、二年と経たず、新たに土地や民を得ても」
「好戦的になっているわけでも、領土欲に駆られているわけでもない。対ラドゥーンに限っては先手を打つことによる、自衛。そう考えて欲しい」
僕が言うと、しかしですな、と元老たちは顔を見合わせる。
「陛下。陛下は、おいくつになられた?」
「数えで、十五。実年齢は十四だけど」
しかし今、それになんの関係が……。
「戦は危険です。ですから先に跡取りを考えてみては」
「跡取りの一人もいなくて、積極的攻勢など。安心できません」
「………………」
いや、理屈はわかるし、世襲制なら子作りは当然の義務だろうけど。なぜ、この議題で、そこまで話が飛ぶかな。
不意の横槍に、どうしたものかと返事に詰まっていると、
「この世に、残り数国という状況で、今から跡取りを作ったとしても、無駄に終わるでしょうね」
先生が、横から口を挟む。
「亢龍どの、何を、」
「陛下が戦によってお隠れになる危険性を考えているのなら……。どの道、ヨルムンガンドという国は、他国に飲まれて終わります。陛下の戦死は、国の敗北と同じことですから。
この世は、すでに最終局面に入っている。この数年内に間違いなく、島国すべては統一され、ケセド共通歴は終焉を迎えることでしょうね」
共通歴というのは、すべての島国に共通した暦のこと。
かつてこの世界をひとつにした上帝テレシアスの妻、玄女ケセドの名前に由来している、それ。
ケセド共通歴元年こそ、テレシアスがこの世界を統一したといわれている年だ。
で、だ。その共通歴が終わるということは、つまり――
「もう、すでに次の玄女が現れ、この世で聖婚相手の王将を捜している最中ですよ」
医官長の背後に控えていたジゼルが、びくっと震え、先生を見た。
「まあ、この際です、宣言しましょう。俺の生死をかけて。ヨルムンガンド帝国、第九十九代皇帝マルセルを、自然死を迎えることのない上帝にすると誓います」
「………………」
「…………は?」
「今なんと」
「長年、放浪してきました。本当に、長い間。その間に各国、各王将を見てきましたが、俺の理想を体現できそうな王将は、陛下だけです。
自分の命に換えても、マルセル・ヨルムンガンドを上帝にする。その覚悟がある。そして、この俺がそう決めたからには、十中八九、現実のものとなることでしょう」
断言した。断言された。
その言葉は、揺るぎない。
「永遠に生き、老いて死ぬことが無いのなら、跡取りの重要性は皆無です。それでも、ご自分の娘を、妹を、姪を嫁に差し出しすと? その理由は、答えていただけますか?」
元老がばつ悪そうに黙る。
そりゃあ僕個人ではなく、皇帝の権威が目当てだもの。義理でも、僕の父親になれたら、国政に口を出しやすくなる。
でも、それを正直に答えられる人はいないだろう。
「――昔々、ある大国に、たいへん長生きな王と、王に嫁いだ娘がおりました」
「………………」
「ある日のこと。彼女は、粗相をしでかし、夫の怒りを買いました。そして、彼女の親族は王の存命中、冷遇されることになりました。王は、たいへん長生きでしたから、百年もの間、彼らはみじめに暮らしたそうです。はい、おしまい」
いきなり昔話を始めたものだから、みんな、先生をいぶかしげに見ていたが、話の落ちに気づいて、深いため息をついた。
いやいやいや、ちょっと待って。自分で言うのもなんだけど、ぼく、そこまで怒りっぽい王様じゃないと思うよ? というか、百年間冷遇し続けるって、まず、その奥さんは何しでかしたんだ?
「それでも陛下に娘御を差し出したいのでしたら……そうですね。
性格がよく、頭がよく、しかし余計な口は挟まず、謙虚で従順で、美人で色白で、乳と尻は豊かだが柳腰の姫が、よいですね。そして、いつまでも年老いず、千年程度は長生きできる健康な花嫁だと尚更よいでしょう」
先生が勝手に花嫁の条件をあげだして、元老たちはますます深いため息をつく。
――あのね。ぼく、女の子に対して、そんな高望み一切してないから。
上に三人も姉がいたんだよ………………わかるでしょ?
「しかし、不老不死の上帝とは。本当に、そのような存在に、なられるものなのか」
「なぜ島国は動く? なぜ国橋が架かる? なぜ生贄がいる? すべての、なぜ?は創世神話由来、そう考えれば、説明はつく」
今まで黙っていたリョウ元老が口を開いた。
「陛下は、上帝となられるため、戦うのですか?」
「いや。今回は上帝になりたいとか、そういう理由で、議題にあげたわけではない。帝国二千年の歴史を、ただ一度の敗戦で潰したくない。ヨルムンガンドには未来永劫、ヨルムンガンドであって欲しい。――だからこそ、先手を打ちたいと思った」
嫁だの上帝だので、話がだいぶ横滑りしたなあ。軌道修正しないと。
「最初に言ったように、ヨルムンガンドは、ラドゥーンと地形的な相性がよくない。そして、私がかの国の王ならば、人口的に叩くべき時期は今だと思うだろう」
そして、白と黒の碁石が入った袋を掲げた。
「無理に、対ラドゥーンの宣戦布告に同意しろとは言わない。この案件に対して、元老には投票の権利と義務がある。元老それぞれに一票、僕のみ二票。総じて九票とする。
これと同じ小袋に、白黒の碁石を複数個入れた。黒は、先手を取って宣戦布告する。白は、こちらからの宣戦布告は見合わせる。
どちらか一色、石をとり、その意志を投じて。残った石は、袋に戻して、こちらの箱で回収する」
打ち合わせ通り、先生が投票用の革袋を持ち、ジゼルが回収用の箱を持つ。
会議の卓を右回りに、全員分の投票を終えて、すぐ開票をした。
結果は――
「黒、四。白、五」
こちらからの宣戦布告は見合わせる、という結果に終わった。
どちらに投票したか悟らせないよう、全員無表情を保っているあたりは流石だ。
「――宣戦布告を見合わせる故、対応策をとって頂きたい。亢龍軍師!」
僕は、次善策を先生に丸投げした。
先生は、一人一人の顔を順繰りに見た後、もったいぶったように口を開く。
「海岸線にそって堡塁、防御壁を作ります。
幸いにも、アペプ領には採取の簡易な土砂が腐るほどあり、正統派以外の元老領は、ベルゼルクルが数年、山林に立ち寄らなかったことで、木材、間伐材が山ほどある。
木材は船大工へ優先。アペプ領の砂で作成した土嚢は、高さ三十米、幅三米を最少の目安として積み上げる」
先生が、足下に置いてあった武器を持ち上げ、卓上に置き直した。
「ラドゥーン側は、このような武器を生産していた。これは弩弓と呼ばれている。巻き上げ器を使って高めた張力、貫通力はなかなかで、素人の手でも命中率は高い。女、子供でも一兵士となり得るのが強み。
これに弱点があるとすれば、複雑なからくりのため、射撃までに時間がかかり、また壊れやすいこと。
緊急時の増産が難しいこと。直射のため、射線の予測方向が絞られること」
「……なるほど、縦でなく、横に弦を張るか」
無表情に徹していた元老たちの、顔つきが変わった。特に弓手司は、実際に触ってみて、未知の弓矢に関心を持ったようだ。
「矢の形が。これは見たことがない」
「ラドゥーンの武器庫から、これの設計図と、実物を三張、拝借してきた。これを参考に弓手司と、旧根業矢の鍛冶、武具職人に研究開発をしていただき、可能ならば増産に備えて頂きたい。性能の向上をはかりたいが、矢は鹵獲も考え、規格は同一が望ましい」
「……亢龍軍師は、本当に有能ですな。各地に、密偵を放っておられですか?」
「すべて自力です。単独行動は得意なのですよ」
先生は、皮肉げに答えた。
「実のところ、軍師として名を上げたのはつい最近。昔は、他人に言えないようなことばかりしていた、手癖の悪い男でしたから」
その案件を最後に、今日の朝議は終わった。
いつもの終了予定時間より一刻ばかり、長引いている。
オニグマのおなかがぐーぐーと大きく鳴っていて、その音に、僕の腹の虫はかき消された。
「――マルセルくん」
執務室に戻ろうとする僕とオニグマ(と非番にもかかわらず当然のように合流してきたスヴェン)を、先生が呼び止め、空き部屋に引っ張り込んだ。
白宮殿のこのあたりは、応接室や貴賓室が複数あるので、ちょっとした話をするには困らない。廊下にスヴェンとオニグマを立たせて見張りにした先生が、そのまま背中で扉を蓋する。
「きみね。さっきの投票で、黒ふたつ、ではなく白黒ひとつずつにしただろう?」
……ああ、やっぱりバレたか。
この人は、他人の顔色を読むのがうまいから、すぐに判るとは思ったけれど。
「元老たちの意見も、尊重しようと思っただけです。戦争は、国全体を巻き込む。ならば、できる限り、他人の意見も聞きたかった」
「両翼包囲から、全周包囲に展開するのは容易だよ。アペプ領にちょっと火種を投げ込めば、仕込みは終わり、長期消耗戦に突入だ。よほどのことがない限り、被包囲戦、籠城戦は避けるべきだと、過去の例をひいて教えたはずだけどね」
「記憶しています、もちろん」
でも、と。僕は、先生の顔を見返した。
あいかわらず、眼鏡の奥の瞳は、よく見えない。
「初期に想定される局所戦の地点、戦線の長さ。そして、堡塁、土嚢、防御壁、大量の木材や間伐材について、先生が言及したとき、かなりの確率で勝てそうだなと思いました。僕が、先生の思考をきちんとなぞれているのなら、の話ですけど」
「……本当に俺のことを理解できているのなら、問題ないのだがね」
「それより。政略結婚のこと、横槍を折ってくれて、ありがとうございます」
お礼を言うと、先生は酷薄の笑顔を浮かべた。
「傾国、絶世、長恨歌。美女に関わると、王は身どころか、国まで滅ぼしかねない。だから余計な口を挟んでみただけだ」
「あの姫たちは、僕のところに嫁いでも、幸せにはなれないでしょう。いろんな意味で。それどころか親族から、一生責められ続けると思う。それくらいは、解るようになりました」
「ジゼルさんに頼んで、媚薬と精力剤でも作ってもらうかい?」
「好意のない行為こそ、この世で一番、唾棄すべきことです」
(※ ゲーム本編では選択肢がありました。今回は……どうしよう? 中道より覇道の選択肢のほうがよかったかもしれません)




