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Jigsaw2  作者: さより文庫(永井佐頼)
21/29

断章『花の悩み』

 生まれた時から、人生は決まっているのだと、そう思っていた。

 親の言うとおりに育ち、親の言うとおりに嫁ぎ、親の言うとおりに男児を産めば良いのだと。

 ――自分の意思なんて、きっと必要ない。

 お姫さまは、みな、お人形さん。


     ◇ ◇ ◇


「兄上!」


 年始正月、父親について上京していたスズカは登城するなり、従兄の私室を強襲した。

 今日は、非番だと知ってはいるが、それでも油断ならない。従兄は非番であっても、隙あらば飼い主のところへすっ飛んでいく番犬なのだ。

 案の定、スヴェンは寝床におらず、着替えている最中だった。


「……スズカ姫。男の寝所に入るなど、はしたのうござますよ」

「その他人行儀、なんとかなりませんこと」

「私はもう二之旗本ではなく、あなたの義兄でも、ございません。終の盾に復帰しました。ですから、」


 従妹の強襲に溜息をつきながらも、手は休めず、しっかり帯をしめている。着物に陣羽織と、どこからどう見ても武士姿。口でとやかく言いながら、妙なところで義理立てする従兄だ。


「腹を割って話したいことがありますのよ。従兄どの?」


 肩をすくめた従兄が、スズカに丸椅子を勧めてきた。

 年上の従兄は、寝台に腰掛けて、正面のスズカを見る。


「――朝も早くから、よう参られた」

「門番に、お中元とお歳暮の贈呈品を怠らなかった結果ですわ」

「賄賂ですか。では調査の上、彼奴らをくびにしなければ」

「円滑な人づきあいと言って下さいまし」

「今後、お控え下さい」


 スズカは、帯に差していた扇を取り出し、ぱしりと自身の手のひらを打つ。


「じゃれ合いは、ここまで。本題ですわ。予想はついておりましょう」

「マルセル様には一度、申し上げましたが」

「一度ですか。二度、三度、五度、十度でなく、ただの一度?」

「……陛下は、まだお若い。日々の政務以外で、お気を煩わせたくはない」


 従兄と従妹、しばし無言のにらみ合いが続く。


「兄上。わたくし、はずれ者でしたのよ?」

「はずれ?」

「直系男児をと望まれて、五人目も女。父上が、母上が、家中の臣が内心、どんなに落胆したことか」

「そのようなことは、」

「であればと、目をかけていた実直な甥が、二之旗本を辞してしまった。まあ、幸いにも、陛下一番の寵臣となりましたから、父上の溜飲は下がりましたけれどね。でも、わたくし、察してますのよ」

「………………」

「二之旗本、中央へのつなぎ。ひとつ目は、兄上。もうひとつは、わたくし。女の身であれば、やることは限られていますわ」

「権威のため、一族隆盛のための輿入れならば、やめたほうが良い。陛下は、そのような女子は絶対に望まぬし、あなたにとっても不幸なこと」

「これは権力に付随した義務ですわ! 婚姻に、恋情を望めるのは、せいぜい庶民だけですのよ!?」

「わかっている。だが、それでも今は無理強いしてはならん」


 従兄の熱心な訴え、意固地さ。その裏にスズカは何かあると直感した。そして鎌をかける。


「従兄どの。あなた、衆道に落ちなさったか?」


 その瞬間、だった。


 スズカの目の前に青白い火花が散った。間もなく、頬を打たれたのだと、理解した。

 従兄は打った平手を握りしめ、顔を般若の如く歪めている。

 この表情を、スズカは知っている。

 まだもう少し幼い頃、彼の持っていた霊宝の内部に花の種をぎゅうぎゅうに詰め、それがスズカの仕業と知られたときのこと――スヴェンが心底、怒り狂ったときの表情。


「スズカ。貴様、脳に、蛆虫でも、湧いたのか?」

「っく、」

「私は、まだ、許す……しかし、陛下に、むかって、それを、言うならば、」


 立ち上がった従兄は背が高い。それが、スズカを見下ろしている。


「侮辱するならば……貴様だとて、斬り捨てる」


 重ねた着物の内側、背筋にぞうっと悪寒が走った。

 絞り出すよう言葉を紡ぐ、男の口唇に、鋭い犬歯が見え隠れする。なぜか、この従兄に噛み殺されると感じた。


「……過ぎたこと、申しました! お許し下さい!」

「かようなこと、巷間に、吹聴した日には、」

「吹聴など絶対しませんわ!」


 椅子から飛び降り、着物の裾を絡げんばかりにスヴェンの私室を退去する。

 怖かった、と。駆けながらスズカは、胸のうちで呟いた。


(……怖かった……怖かった、怖かった……)

(兄上、本気で怒っていた!)

(だけども、そういう噂も、たしかにありましたのよ?)

(だって、いっつも二人一緒なんですもの! ずるい! ずるい、ずるい!)


 別室に、武士を待たせていたことも忘れ、スズカは駆けた。

 扉を開け、寂れた庭に飛び出す。


「………………あんなに、怒らなくとも、よいじゃあ、ありませんの」


 速度を落とし、小さな四阿へたどり着いて、ようやく人心地がつく。


「……あれ。お姫さん?」


 四阿の長椅子に伏せていた人物が、スズカを見て、声をかける。


「って、どうしたんですか? あんた、顔に、」

「コノリ……?」


 文字通り、羽を伸ばしていた間抜け顔の鳥人間を見て、スズカはなぜか安堵した。

 安堵のついで、ぽろりと涙を落とす。


「わーっ、ちょちょちょちょ! なんで泣いて、」

「……怖かった……」

「はい?」

「怖かった、よう……」


 スズカは、ようやく年相応に泣いて、コノリの腹に抱きついた。

 突然の抱擁に、コノリはあわあわと動揺していたが、間もなく、スズカの背や頭を撫で始めた。


「………………」

「……ひ…く………」

「お姫さん、鼻水」

「やかましい」


 怒鳴りつけると、はい、とコノリは従順になった。

 しかし、いたわるように頭を撫でてくれる。


「どうしたんすか、顔に紅葉を作って」

「兄上に久々、叱られましたの」

「兄上……。ああ、わんこな従兄の、あれですか」

「だって、女官たちが言ってましたのよ。もしかしたら陛下と兄上は、思い差しの仲じゃないのかって。それで訊ねてみたら、」

「あ。それは無い」


 コノリの断言に、スズカは、洟をすすりながら、彼を見上げた。


「あの二人、まんま飼い主と番犬、もしく仲の良いきょうだい、ですよ」

「どうして、わかるんですの?」

「つがいの匂いが全然しません。あと、おいらの勘」

「じゃあ、どうして!? どうして、マルセル様は、わたくしをきちんと見て下さらないの?」


 スズカは、コノリの胸を叩き、わめいた。


「マルセル様は、お優しい方ですわ。みんな、平等に、お優しい!

 ……でも、それだけなんですの……お土産を持って行っても、着飾っても、紅を差しても、そこから先は、なんにもない!」

「人間は、面倒ですねえ。あんた自身が惚れてないのに、どうしてそんな必死なんですか?」

「だって、これは名家、権力者のなすべきことですわ。友人止まりじゃだめなんですの……わたくし、マルセル様に嫁がないと……男子を産まないと……そうしないと……」

「内心、そんなに追い詰められているんですね。かわいそうに」


 コノリは、くしゃくしゃとスズカの頭を撫でた。


「殿様やお侍さんたちが怖いなら、いっそ全部捨てちゃったら?」

「何を、」

「お姫さんには、他に姉妹がいて、そっちは婿取りしてるんでしょう。じゃ、それでいいじゃないっすか、二之旗本。そんで、おいらのとこに逃げてくればいい。あんた、もともと、それくらい元気でしょ」

「逃げる……? コノリのところに……?」

「おいら、こう見えても高給とりですぜ。鳥なだけに」


 コノリは、身につけた腹掛けと腰布を示してみせた。

 獣人に服を着る習慣はないのだが、幼帝の鶴の一声。軍属は、軍服代わりに腹掛けや腰布を身につけるよう指示されている。


「おもに軍師さんの使いっ走りですけどね。おかげで毎日の食べ物と寝床あります。避難所くらいには、なれますよって」

「……コノリは親切ですのね。どうして?」

「最初に会ったとき、親切にしてくれたのは、そっちでしょ。

 おいら、好きですよ、お姫さんのこと。

 あんたは頭がいい、声がいい、元気がいい、全部いい。全部いいのに、それでも袖にされるって。人間は残酷ですねえ」


 スズカは驚愕に眼を見開き、コノリを見上げた。

 鳥人間は、珍しく真顔で、こちらを見下ろしている。


「あのさ。おいら、あと二十年くらいしか生きられません」

「……ああ、おおとり族ですものね」

「でも、その分、おおとりの子は成長早いです」

「ですってね、人間の半分くらいだとか」

「お姫さんが生きているうち、玄孫の顔まで見られるかも知れません」

「は?」


 コノリが、両手をつかんで、スズカの顔を覗き込んできた。


「お姫さん――いや、スズカ! おいら、」

「コノリ」


 突然、羽音とともに、全身黒ずくめの鳥人間が降り立った。


「なに季節外れの発情なんかしているの? 朝議が終わったよ。白だ。軍師さんが、音声通信しろって。

今ここにいるので一番声でかいの、きみなんだから、さっさとしろよ」

「ワタリぃ、空気読もうよ」

「馬鹿言え。滑空だけなら僕が一番だ」

「その空気読みじゃなくってね……もういいや」


 お姫さんはそこにいてね、と言われて、スズカはぼんやりとその背を見送った。


 ワタリと呼ばれた黒い鳥人間と、多羅葉の葉を何枚かやりとりし、コノリがうなずいた。

 そのまま垂直方向に跳んで、白宮殿の見張り塔の先端に着地する。何度か翼をはためかせた後、けええん、と鳴いた。

 音程を変えつつ、四方向に向かって、繰り返し鳴いている。コノリの鳴き声に刺激されたのか、どこぞで鶏も鳴き始めた。


「――あの声で、国土全体に散らばった、おおとり族全員に聞こえるんですの?」


 正気を取り戻したスズカは、ワタリのそばに寄って、訊ねた。

 烏じみた彼は、こちらを一瞥して、首を振る。


「さすがに、そこまでは。中継地点に待機してる奴が、声を聞き取って、他に回すんだよ。

 あいつは特に、音の高低をつけるのがうまいから、遠くに響くし、人間の耳には聞こえない声も出せる。その点を軍師さんに買われてる。国政でも軍事でも、通信伝達は、一番大事なんだって」

「そうなんですの」

「……まあ、幼帝さんに見た目は劣るかもしれないけど。仕事できて、美声の男ってのも悪くないんじゃあ、ないかな」

「――聞いてましたのね」



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