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Jigsaw2  作者: さより文庫(永井佐頼)
20/29

二〇一四

※地図があります

 子供が体感する時間の流れは、早く。

 大人が体感する時間の流れは、遅い。


 誰かが、そんなことを言っていた気がする。

 僕は、どっちつかずだ。


     ◇ ◇ ◇


「新年のお慶びを、申し上げます」

「ありがとう。あなたの一年も良いものであるよう」


 そんな言葉が、もう七回も繰り返された。

 ケセド共通歴二〇一四年、一月。

 僕は実年齢十四歳、数え年で十五歳になった。


 目下の卓には代官ではなく、元老本人たちが七人揃っている。

 今日は朝議ではなく、昼食を兼ねた新年会で、みな服装もちょっとばかり違う。


 ニ之旗本リョウ、弓手司ブライト、馬鞍戸カナル――かつて正統派と呼ばれた三元老。

 不零剣フォトボル、燦々甲ゴノイ、鎧黄土ダカール、長単靴ヤハ。

 かつて逆臣派と呼ばれた元老、の後継者。ここにいるのは世代交代した若い人たちだ。

 そろそろ正統派、逆臣派ではなく、中高年派と青年派とでも呼んだ方がよいだろうか。


「一昨年から昨年にかけて、みなには苦労をかけた。

 新たに接合した旧アペプ領の地質改善、その領民たちとの折衝――今年度も多々課題はあるが、一丸となって、このヨルムンガンドを守り、治めたいと思っている」


 僕の威張りくさった口調も、少しは板についてきただろうか。

 文語じみた王さま言葉には、まだ抵抗感はあるけど、公式の場ではちゃんと使いこなさないといけない。


「新年の祝いと、諸氏の団結を誓う意味もこめ、ささやかではあるが――」


 合図をすると、衛生や食料を管理する医官の男女が複数人やってきて、円卓の上に皿を並べていった。


「酒も少々ある。が、適量を楽しんでいただきたい」


 男性ばかりの、しかも酒の入った宴会に女官を出すことは正直、渋った。また変な目に遭わされでもしたら、かわいそうだと思ったから。

 ただ、こういう催しには年若い女性の給仕が必要なんだと周りから説得され、たしかに一理あるけれど…と頭を悩ませていたら、ジゼルが"似せ酒"という、酒もどきの飲み物を作ってくれたのだ。

 風味や味を限りなく酒に似せた、成分的には普通の炭酸水。なんとなくお酒を飲んだ気になるけど、実際には酔っていない。どれだけ飲んでも、理性が吹っ飛ぶことはない。


 ……なんというか、ここまで考えてしまう僕って、実は他人をあんまり信用していないんだなあ……。


 ともあれ、ジゼルが作った似せ酒は、雰囲気酔いみたいなものをもたらし、元老たちの口を軽くした。

 世代交代を起こしたこと、諸悪の根源、根業矢と九靫のお家取り潰しで、元老たちの間にあった怨恨のみぞも表面的には埋まってきたようだ。

 会話の内容も政治的な話から、なんかだんだん下世話な話になってきている。


「そう言えば、陛下――」


 ふと鎧黄土の元老である、ダカールの声が、僕に向けられた。

 ダカールは、スヴェンと同い年ぐらいの青年だ。似せ酒のせいで、目つきがぼんやりしている。


「陛下は、二年前とお姿が、お変わりありませんね。ちゃんと牛乳を飲まないと、背が伸びませんよ」


 その瞬間、玉座の間の空気が凍った。

 流石に、それを言ったら拙いだろう。と、ダカール以外の元老は、苦虫をかみ潰したような顔をしている。

 殺気を感じて、気配をたどれば、僕のあにやが無表情の仮面の下に、憤怒を押し隠しているところだった。


 ……はあ。これは僕個人で収めないといけない雰囲気だ。

 ダカール本人は似せ酒のせいか、今の空気が読めないまま、にこにこしている。


「――この姿は、この国を守るため、私が生き残り帰城するために必要だったちからの代償であるから」

「ちからの代償、ですか?」

「霊宝武具だ。私は、霊宝武具《二本刀》を手に入れ、無力な子供から、それなりの二刀流の剣士になった。

 何かを得れば、その代償は支払わねばなるまい。

 私は、剣士となる対価として、自分の外見を支払った。その程度のことだ。理解していただけたか?」


 まだ何か言おうとするダカールに、隣席の誰かが、足を踏むなりして、押し止めたようだ。

 一瞬、痛みで悲鳴をあげかけた彼は、次に自分の失言に気づき、椅子を蹴って、床に伏した。


「申し訳ございません! 酒が進んで、つい」


 だから、そのお酒、似せ酒なんだけど。

 まあ、いいや。身長は、僕も気にしている点だけど、呪詛なんてものが簡単に解けるとは思っていない。


「新年のめでたき宴席のこと。一度は水に流そう。二度目は無いと、理解してもらえれば、それで良い」


 あまり臣下に寛容であってもいけないらしいが、今の僕は、九靫、根業矢、アペプの旧領をどうにかすることで手一杯だ。

 宴席程度の失言で、元老家系をいちいち潰していたら、僕の荷物が増えるばかり。

 適度に釘を打って、あとは放置しておこう。


「……さあ、それなりの節度を以て、歓談を続けよう。私は、あなたがたが、よく話し合う姿が好きだ。

親睦を深め、二度と内乱が起きないよう、相互理解に励むとよい」


 ダカールだけは青い顔をしていたが、他の元老たちは場を取り繕うようにぽつぽつと会話を再開した。

 なんとなくニ之旗本リョウ、弓手司ブライト、馬鞍戸カナルの物問いたげな視線を感じたけど気づかない振りをして、似せ酒を呷る。

 ……去年は、本当に、姫君たちのご機嫌取りをしている暇が無かったのだ。

 一昨年の晩秋、アペプ王国との戦争で領土を増やし、新たな臣民を受け入れたけど、細かな調整はまだ続いている。


 アペプ王セベクは、義兄にあたるラシャプ将軍いわく、自身ができる範囲での最善を尽くす人だったそうだ。僕らヨルムンガンドとの対戦を決めたのも、ただ水と木陰を臣民に贈りたかった一心での宣戦布告。

 たしかにアペプ人は、水と木陰に飢えきっていた。

 ヨルムンガンドと完全接合することで、突如として水かさを増した井戸に大喜びで、これが彼らの民族としての誇り、その牙城を半壊させた。


 大規模な抵抗運動は無い。それでも細かな反乱の芽はある。

 起因は、敗戦と弟王の死を知った、セベク王の姉が娘と無理心中をはかり、彼女だけ亡くなってしまったこと。

 幸いセベク王の姪、ラシャプ将軍の娘さんのみ一命を取り留め、現在も治療中なのだけど。それがどういうわけか、僕がセベク王の姉を乱暴した末に殺し、さらに姪を手元において監禁しているという噂が出てしまっている。

 だから! 僕は、そういうこと絶対しないってば!


 ……ほんと、僕のご先祖様たちは、一体どうやって、対戦後の二之旗本や根業矢を臣民として迎え、従えさせたのだろう。

 コツがあるのなら、教えて欲し――あれ?

 そう言えば……。


「――二之旗本の旧国名、ですか?」


 なんだかぎくしゃくしてしまった新年会の後、私室に戻る間、スヴェンに訊ねると、彼もまた不思議そうな顔をした。


「たしかに、まったく聞いたことがありませんね」


 それぞれの島国には名前がある。

 卵か先か、鶏が先かは知らない。だけど、国名は霊宮の名前と合致している――単純に神さまかご先祖さまが、名前をふたつ考えるのが面倒で、まとめて単一にしてしまっただけかも知れないが。


 二之旗本は、かつて独立した国家で、ヨルムンガンドと戦って負けた。

 じゃあ、その霊宮と同じ国名がついていたはずなのだが、今は二之旗本なんて呼ばれている。

 対照的に、かつてのアペプ王国では、これまでに完全接合した国の名前を地方名、都市名や旧跡地の通称として遺していた。

 新たに名付けるより、これまでの地名を流用した方が面倒が無くて、いいように思う。


 そんな僕の疑問に余さず答えようと、スヴェンは思案顔で唸った。

 間もなく、これは憶測ですが、と前置きして、


「陛下が、かつて霊宝武具に憑いていた亡霊を祓ったこと。そして、その霊宝武具に新たな能力を付け加えたこと――それを考えますと、皇帝家の方々には、名前に関する、なにか不思議な能力をお持ちなのではないかと」


 名前に関する、不思議な能力……?


「名詮自性。名は体を表す。よくある昔話です。魔法使いなど、ちからある者に名前を奪われると、彼らの言うなりになってしまうと」

「ということは、僕がアペプ人たちに違う名前をつけて呼べば、ちょっとした反乱は収まるのかな」

「ただ、名前を変更することによる大規模拘束ができるのなら、根業矢や九靫どもが、ああも不敬きわまりない反乱を起こさなかったのでは、とも思うのです」


 もしかしたらニコルとうさまには、たまたまそういう能力が発現しなくて、反乱を防げなかった、とか……さすがに考えすぎか。


「結局、時間の問題かな。まだ、アペプ領に抵抗運動があってもしかたないよね。そのあたりは根気よくやっていくしかないや」

「はい」


 二人そろって、僕の私室に入る。

 新年とあって、しばらく書類仕事のたぐいはお休みだ。三が日は休みで、仕事始めは四日から。

 来客用の服を脱ぎ、ふと鏡を見る。


「――ぼく、本当に、子供のままなのかな」


 僕の独り言に、服をたたんでいたスヴェンは無言だった。

 まあ、その点については慰めようが無いのだろう。


「お心が鬱ぐようでしたら、次の、姫君たちとの会食は中止になさいますか?」

「忙しくて一年ほど遠ざけてしまったから、みんなまとめてなら会うよ。三元老たちも、その辺りを気にしていたようだから」

「はい」

「とりあえず今日くらいは、たっぷり寝よう。スヴェンも、去年一年間ありがとう。今年もよろしくお願いします」

「…はい!」


 寝台に横になると、スヴェンが毛布をかけてくれた。


「二之旗本では、今日見る夢は、初夢といいます。陛下、どうぞよい夢を」




 寝付くまえに、スヴェンがそう言ってくれたのに、二〇一四年の僕の初夢は最悪だった。


『失血が……きみは、こんなところで死ぬような人間じゃ無かろう!? このまま国と赤子と番犬を遺して死ぬ気か!』


 誰かが、死に逝く誰かに必死で呼びかけている夢だ。


『ハラル! ハラル、目を閉じるな! この赤子の名前だって、きみは、つけちゃあいないだろう?』


『――おじさん、行ってしまうのか? 僕らを置いて、どこかへ行ってしまうのか?』

『きみには、もう、おじさんは必要ないだろう。道具は与えた。霊宮ヨルムンガンドも、ネルも、クーもいる。……ハラル。きみの母親は聡明で、強いひとだった。その息子が、そんな途方に暮れた顔をしないでくれ』




 ――悪夢じみた初夢を何個見て、翌朝の僕はげっそりとしていた。

 いつものように、お粥の朝食をとって、スヴェンと剣の稽古。

 蒸し風呂から上がった後、昼食まで、気分転換に散歩していたら、旅装姿の先生と出くわした。


「お帰りなさい、先生」

「うん、ただいま」


 埃と擦り切れの目立つ外套を着た彼に対し、僕の背後に控えていたスヴェンが、さりげなく横に移動してくる。


「外遊、偵察の成果は、ありましたか?」

「まあね」

「軍師のほか、帝師も兼ねるというのに年の半分、国外に出なさる。怠慢の自覚はあるのですか?」

「他でも言われた、肝心な時にはいるけど、それ以外は全然いないってね。俺の給与は現物支給だから、給料が半分浮いて、良かったじゃないか」


 スヴェンの嫌みをあしらった先生が、それよりも、と話題を変えた。

 廊下で話すようなことでは無いらしく、空き部屋のひとつを確保して、そこに移動する。


「――やはり各国とも、国政の傾向が軍備増強になっていた。

 ヨルムンガンド含め、残る島国は六カ国。ここまで数が減っていれば、全島国を統一して神になるという神話伝承を信じて、積極的に行動を起こす王将も出てくるな」


 先生が、手帳を取り出して、その文字を指先でなぞった。


「イルルンヤンカースは、昨年、潰れた。

 敵対島国の、五国中うち二国は、過去になんらかの因縁があったらしくて、そちらは勝手に対戦して自滅してくれるだろう。

 今後、ヨルムンガンドが対戦する可能性があるのは――ラドゥーン、タンサ、ニズヘッグあたり。

 三十六計逃げるにしかずと言うが、ヨルムンガンドの巨体では、象と豹の徒競走だ」


 先回りして言われたので、僕はその言葉を飲み込んだ。

 ねえやの言った、戦わなくてはならない事態は、僕の意志を無視して、すぐそこに迫っている。


「きみの帰城から、今年で二年。完全とは言わないが、かなり土地や水質は改善された。士官学校の一期生も出る。

 今までゆるめに設定していた軍事や税制度を少し引き締めよう。それから、各元老に沿岸部の警戒防護を強くする要請も」

「沿岸部ですか?」

「ラドゥーンの地形と、あそこで増産された武器が、かなり厄介だ。今のうちに備えるべきだね」


 言って、先生は、手帳の空いた頁を開いて、簡単な地図を描く。


「普通の島国は、可能な限り、円形に領土を広げていく。平時において首都、そこに居る王将を外敵から守るためにね。

かつてのヨルムンガンドも大体そうだっただろう? 今はアペプ領の接合により、ひょうたん型になっているけど。

 だがラドゥーンは、三日月状に領土を広げてきた」


 いびつなひょうたん――今のヨルムンガンドの地図に、もうひとつ何かを描き加える。


挿絵(By みてみん)


「……これは」


 スヴェンが息を飲んだ。

 僕だって、びっくりだ。手書きだから縮尺は正確じゃないかもしれないけれど――


「ヨルムンガンドの、ほぼ半分を包囲できる形をしているんだよ、ラドゥーンの地形は」


 いやな予感がした。というか、いやな予感は大体当たる。


 僕がラドゥーンの王将なら、ここでヨルムンガンドを潰す。

 これ以上、ヨルムンガンドが肥大化すれば人海戦術という意味で、手強くなるからだ。数の暴力というやつ。

 僕がヨルムンガンドを攻める立場だとしたら、土地の大半を囲いこんだ後、国橋以外に架橋車や拒馬柵を準備して、巨大投石機で沿岸部を潰し、時期を見て上陸するかな。ヨルムンガンド側の戦力を各地に分散して、個別撃破で、確実に戦力を潰していく。


 ヨルムンガンド側が沿岸部にある街を放棄して、戦力を国橋周辺に一点集中させるなら、それは無意味な策になるが……実は今、ヨルムンガンドには、沿岸部の主要な漁港や街を潰したくない理由がある。

 現状、農耕牧畜だけでは十分でなく、沿岸部の細々とした漁業、養殖が食糧危機の歯止めに一役買っているのだ。

 そして何より、塩、だ。塩は現在、沿岸部でしか精製できない。


 僕らが根業矢、九靫を潰したのは、逃げ出した農民をもとの土地に戻す意図もあったが、何より、塩の大量精製が可能な海岸部が欲しかったから。

 慢性的な塩分不足により、あの十二年間、首都圏の民は体調不良、精神不安定に陥って、代々の宰相たちに刃向かう体力も気力も持てないでいた。


 塩の確保は、人体にとって、本当に重要なんだ。

 養殖漁業と製塩事業を破壊されたら、戦争に勝っても、目も当てられない。海岸線の長さに比例した、莫大な出費につながるだろう。

 だから沿岸部の防衛は、絶対に放棄できない。


「……実際に、ラドゥーンの内政や軍備はどんなものでしたか?」

「内治、軍事ともに、国政のお手本みたいに平均的。練兵は……高性能な飛び道具のせいで、接近戦に弱くなってたな。暗君気味の先王を斃した経緯から、臣民との結束力は良い。すべては女王と、その姉の手腕だな」

「ああ、女のひとが王将なんですね……って、え?」


 女のひとが王将?

 それって、僕がますます戦いづらい相手じゃないか!



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